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『獣人機関 3』
水嶋・琴美8036

 反撃を食らうなど有り得ない。
 それが無敗のくノ一、水嶋琴美(8036)の自負である――そしてその自負は決して自惚れでは無く、ただの事実である。

 ただの通行人、に偽装していたこちらの護衛対象を狙う刺客。事前に気付いて仕掛けた琴美を迎え撃つ為、刹那の間で獣人である本性を現し構えるが――琴美の動きはあろう事かその異形の獣より速かった。……いや、流石にこの獣より人間が速いと言うのは有り得ないか。速いと錯覚させたと言う事かもしれない。わからない。ただ、どちらにしろ獣の動きを完全に上回っていた事だけは確かだった。
 地を蹴り滑る様に華麗に接敵し――事前に構築していたシミュレーションに従い、クナイを振るう。狙うのは対象の命を獲れる急所となり得る部位幾つか――着物に包まれたはちきれそうな胸を揺らめかせるのは、その当たり前の動きに従っての事。体を捻り、振るうクナイに――攻撃に力と速度を籠める精妙なその仕草でさえいちいち完成されていて、美しい。
 ふとした拍子に大きく開いた着物の襟元――そこから黒に包まれた膨らみがまろび出そうにさえ見え、他人事ながら心配になるかもしれない――もしくはそれを期待してしまうかもしれない所がある。その事実だけでも相手の油断を誘う――これもまたくノ一ならではの、当たり前の様に使ってしまう術の一つとも言える。

 まぁ、それもこれも、まともに目で追えているなら、だが。

 そもそもまともに目で追う事さえ本来難しい速さなのが、琴美である。油断を誘う必要さえ無い。ただ当たり前に具えている運動能力、戦闘能力の時点で容易く敵対者を圧してしまう。見た目がこれだから、その魅力を最大限発揮する事で勝利を得ていると思われがちだが、実の所そうでもない。
 単純に、強いのだ。

 それは相手が獣人でも同じ。琴美に躍り掛かられた刹那、鋭い爪と牙持つ獣の姿に戻りはしたが――それでも琴美のクナイを避け切れはしなかった。急所も悉く斬り裂かれている――分厚い皮すら盾にはならない。それだけの重さ鋭さの攻撃もきちんと入っている。相手が人外であるなら既知の生物の急所を衝こうが効かない可能性が無くも無いから、ひとまず数を撃ち、試すのがいつもの遣り方。
 シミュレーション通りの「それ」を終えた時点で、琴美はその場から一気に飛び退き、獣人から離れる。伸びやかなそれだけの動きでも華麗。着地の後、絶妙に撓む臀部にふわりとプリーツスカートの短い裾が落ち着く――その時には何事も無かった様、再び隠形が掛け直されており。
 一拍置いて、獣人の総身から赤い飛沫が飛び散った。……勿論、琴美はその雫の一滴すら浴びてはいない。

 ふぅ、と軽く息を吐く。

 狙った急所は、効果あり。やはり反撃まで至らない――人外ながらも再生の一つもしそうに無い。他愛もありませんのね、とそんな感想しか浮かばない。表のとは言え大臣級の要人が用意した影武者と護衛を一度ならずあっさりと殺したと言う相手。もう少し手応えがあってもと思うのは琴美の我儘だろうか。
 ともあれ、ひとまず任務に戻る。つまりこの刺客の予備、後詰の工作員が居るかどうかの確認――いや、それも重要だろうが。ここで刺客を全て殲滅したとしても、相手が「組織」としての仕事でしている以上、これで終わりになるとも限らない。間を置いてまた狙われる。影武者と護衛が何人か殺されてまた同様の任務が入る――繰り返しの内に要人当人もうっかりすると殺される、か。そうすれば流石に終わりになるだろうが、それは任務失敗同然では無かろうか。
 ……この私が関わった任務でありながら、最終的にそんな事になるのは御免である。

 いたちごっこでは切りが無い。臭い物は――元から断っておいた方が?



 後詰の刺客は居ない。暫くの観察の後、そう判断が付いた時点で水嶋琴美は直接の護衛から独断で離れる――と言っても、元々誰の目にも留まらぬよう動いていた訳で、色々今更の事ではある。超攻撃的護衛の遣り方からしてそもそも初めから独断に近いし、琴美の場合は自由にやらせた方がいい結果が出ると上司の方でもわかっている。
 なので独断と言っても、上司に一報を入れておけば事足りる。

 ――『獣人機関の殲滅を遂行します』。

 と。

 獣人機関。刺客を出している組織の候補として名が上がった時点で、ある程度の調べは付いている。それは勿論裏の裏にある組織の常として、基本的には正体不明で所在不明である。ただそれでも琴美に掛かればそれで終わらない。そも、特務統合機動課の調査能力は優れている――そのデータから必要な情報を導き出すのは難しい事じゃない。琴美には運も味方する。複数の候補があってどれかを選ばなければならなくなった時でも、目星を付ければまず外れない。

 そんな訳で、今だ。

 獣人機関の本部だろう施設に狙いを定め、水嶋琴美は既に施設の攻略を始めている。もし「本部」と付けた目星が外れだったとしても、重要な支部または施設である事だけは確実と言えるここ。どちらにしてもここに琴美が来た時点で、獣人機関に大打撃を与えられる事だけは最早確定事項である。
 不確定なのはここの攻略で話が済むか済まないかだけ。済まなかったら後でお礼参りに来て貰うのを待ち、そこで改めて殲滅すると言う二手目が必要になるが、それは大して手間じゃない。むしろその場合、琴美を名指しで狙ってくれさえすれば話は楽に済む。
 つまり不確定な部分は最早どちらになっても問題無い訳だ。

 まずは施設のインフラを潰し、湧いて出て来た獣人機関の構成員を片端から殲滅する。内、無関係と思しき一般人は丁重に選り分け(表立っては普通にしか見えない施設の為、知らずに紛れ込んでいる可能性はある)、くノ一の幻術で何事も無かったと錯覚させ外に放り出す事もした。……この国の人々を護るのが、曲りなりとも自衛隊の末席に居る以上は務めと言える――その為に非公式部隊で具体的に何をしているのかはさておき。自らを顧て、「護る」と言う言い方は似合わない事この上無いが。いやそもそも今回の任務も始めから、護ると言えば護る事だったか。
 結局、攻撃は一番の防御、を地で行っている。そういう事でいいだろう。

 クナイの切っ先が幾筋もの弧を描く。電気が落ちた闇の中、態勢を立て直す間も与えずに次々と黙らせる。刺客特化となれば夜行性の獣の獣人だっているだろうに、どうしてこう一方的になってしまうのかと思う。……ああ、自分達はあくまで襲う方で襲われるなんて考えていないのかもしれませんね? それは随分と身の程知らずな話になりますが。くノ一とは言えただの人間相手に何をやっているのでしょう?
 きっと、その爪も牙も、分不相応な飾りなのでしょうね。

 水嶋琴美は忍ぶでも急ぐでもなく堂々と施設内を進む。黒の中を進む黒、ゆったりとしたまろやかな歩容は琴美ならでは。着物に包まれ弾む様に揺れる胸。スカートの下、つんと上向いた尻。両手に携えられているのは数本のクナイだけ。そろそろ無関係者が居る可能性は無い段階にまで来ている――動きに気付けば即座にクナイを投擲して構わない程度には。クナイに撃ち抜かれた先からは何も出来ず力無く倒れる音だけが琴美の耳にまで届く。視界の方は実は全然利いていない暗闇なのだが、それでも琴美は一人として逃がしていないし、返り血を浴びてもいない。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年02月10日

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