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『清めの雪、花舞う如く』
吉野 雪花la0141


 人里離れた山の里。
 ちいさな村で、吉野 雪花(la0141)は生まれた。
 その土地の、神社の家の、長子に生まれた。
 たったそれだけの偶然が青年に宿命を背負わせた。
(生まれた頃から『こう』だと、なんの疑問もないけどねぇ)
 もしも違う生まれだったら? なんて、考えたこともなかった。
 自由に憧れて家を出たことも、『家』の存在を意識すればこそ。
「家を出ても、戻ってくるんだもんねぇー」
 縁を切られたかと思えば完全にそうではなく、雪花の『隠し覡』としての力は必要とされたまま。
 見えない糸で繋がれているかのように連絡が入り、雪花もまた年末年始にかけて帰省を決めた。




 しゃん、と雪の落ちる気配。
 硝子戸の向こう、庭から覗く周囲の木々を、冬毛のモモンガがヒラリと滑空する姿が見えた。
「ただいまー。ひさしぶりー。元気そうだねぇ、時差ぼけさん」
 モモンガは本来、夜行性。
 にも関わらず、家の近くには昼間に姿を見せるモモンガがいて、雪花は『時差ぼけさん』と呼んでいる。
 もっと可愛らしい名前を考えてあげたほうがいいかもしれない。
 肩に乗っている、うずら型ロボ・うず美と見比べて、うーん、と小さく唸る。
「うず美と友達になれるかなー? ここに居る間に、また会えるといーねぇ」
 短くはない滞在期間だ。
 忙しく過ごすことは目に見えているけれど、のんびりする時間だってあるはず。はず。
(うーん。帰ってきちゃったなー)
 歩くと軋む床板、懐かしい匂い。
 一歩進むごとに、じわじわと実感がわいてくる。
 不思議と閉塞感はなかった。
 外の世界を知り、ひとびとと出会い、縁を結んだ経験が雪花を強くしているのかもしれない。

 帰ってきた。けれど、役目を終えればい場所へ戻る。それだけのこと。

「道具や装束は、変わらないと思うけど……」
 心持ち、筋肉のついた己の腕を見る。
 身長は大きく変わっていないだろうか。
 和装はいくらでも調整できるものだけど、祭事の段階でドタバタするのはいやだなー。
「ちょっと付き合ってくれる? うず美ー」




 誰も踏み入ることのない『奥の殿』。
 闇の中、浮かび上がる篝火。
 照らし出される白練の髪。輝きを強める薄萌黄の瞳。
 この時だけの装束を纏い、刀を手に雪花は舞う。
 体に魂に染みついた『覡』の宿命。
 呼び声に応えるよう、清らかに美しく。花が開き、やがて散るように。

 しゃん、しゃん、

 鈴のように、外では雪が降り続けていた。




 といった祭事を数日間。
 祭器の清めを終えて、あるべき場所へ戻し、ようやく雪花は自由を得た。
 SALFへ所属してからできた友人たちへ伝えたなら、どんな顔をするだろう。

 
「忙しかったねぇ、うず美ー」
 硝子戸越しに庭が見える縁側に、座布団を敷いて雪花はコテンと横になる。
 その頭の上に、ちょこんとうず美が座っている。
 さやさやと外の木々が揺れた。時差ぼけさんだろうか。
「明日には、グロリアスベースだねぇー」
 今となっては、此処より遥かに馴染んだ場所。
 戦いや、楽しいことや、色々と色々と待っている場所。
「…………」
 自身の髪と同じ色の雪が舞い降る様子を、横になったままじっと見つめる。
 自室の掃除、最終チェックしようかな。
 ここに居る間に、星読もしておこうかな。
 ぼんやりとした考えは、ぼんやりと雪と一緒に積もっては色に混じって見えなくなる。

 夏の暑さは苦手。
 冬の寒さは、ほんの少し安心する。

 凛とした空気は、思考をクリアにしてくれるから。
 真白の雪は、余計な考えを流してくれるから。
(これも、安心なのかなー……)
 自由を求めて飛び出したはずの家で、こんな気持ちになるなんて。
 
 ――戻ってきなさい

 それは雪花が役割を果たしたのち、再びグロリアスベースへ向かうことを見越しての言葉だったか。
 がんじがらめにして、二度と家から出られないように――なんていうことは、なかった。
 二度と家の敷居をまたぐな、とも言われなかった。
「……ふ、ふふふ」
 不思議な笑いがこみ上げて、ゆるりと身を起こす。
 傍らの茶は、まだ冷めきっていない。
 ひと口飲んで、白い息を吐く。
(何処にいても、僕は僕なのにねぇ)
 何が不安だったのだろう。恐れていたのだろう。
 束縛を振り切る刀を、自分は手にしているのに。
 自分自身が刀であると。
 雪の流れに合わせるように、胸ポケットから天然石を取りだして床に広げる。
 紅梅、紫紺、露草色に無色……。指先で弾き、星の行方を繋ぐ。
(うん……、うん……)
 点と点の導く先を読んでは、一つ一つ頷く。

 帰る場所。
 帰りたい場所。
 ありたい、自分の姿。

 不安はあれど、おそれることはない。
 雪は融けても、いつか積もるように。
 雪が積もっても、春が来れば融けるように。

 自然のまま、あるがまま、己の意思のまま。




「ひゃー、寒いよぉー!」
 外套を着こんで防寒しっかりだというのに、寒いものは寒い。
 雪花は庭へ出て、積もった雪に自分だけの足跡を沈める。
 手入れの行き届いた庭も、冬ばかりは雪化粧に任せたまま。
 誰も踏み込まない場所へ、舞うように両腕を広げ進んでいく。
 澄んだ空気が、頬に心地よい。
 花弁のような雪の感触が鼻先をくすぐる。
 何ひとつ疑問を抱かずにいた、幼いあの頃を思い出す。
 あの時と、雪は何ひとつ変わらない。
(おなじ、雪だ)

 懐かしい懐かしい、故郷の雪。触れては融ける、融けても積もる、儚くも強い雪。

 耳をすませば、山に暮らす様々な動物の気配を感じる。
 豊かな自然。厳しい季節を生き抜くものたち。
 当たり前の環境は、決して当たり前ではなかった。
 薄い氷の上で成り立っている平和。
 ともすれば、この山村だって――……

 家を出て、雪花は多様な『最悪』を目にしてきた。
 人外による最悪。
 人間による、最悪。
 予想できたこと、予想できなかったこと。
 悲しかったこと。
 悔しかったこと。
 それらすべてを丸く丸くして、雪だるまを作る。

 最高だったこと。
 嬉しかったこと。
 驚いたこと。
 喜んでもらったこと。
 それらを丸く丸くして、胴体の上に乗せる。

 雪花の腰辺りの高さの雪だるまが完成した。
「んー、なかなか上出来だよぉー」
 穢れのない雪に、感情を飲み込んでもらって。ほんわり、雪花は笑う。
「僕は明日から、また家を出るけど。君が見守っていてくれるかなぁ?」
 ぽん、っと頬の辺りを撫でて話しかける。命を吹き込むように。




 過ぎてしまえば、あっという間の年末年始だった。
 役割を果たす為に呼び戻されたのだから、ほとんどを役割に費やしたのは当然とはいえ。


 新鮮な朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで、雪花は生家である神社を振り返る。
 見慣れた景色。
 どこか遠く感じるようになった景色。
「だいじょうぶ、だいじょーぶ」
 誰に聞かせるでなく声に出し、青年は再び『家』を出た。
 彼を待つ、自由の場を目指して。




【清めの雪、花舞う如く 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございました。
年末年始の里帰り、雪景色のひと時をお届けいたします。
時差ぼけさん、きっとどこかにいるはず。
ひんやりとして、清々しい雪の降る空気。感じて頂けましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年02月12日

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