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『師弟のバレンタイン』
杉 小虎la3711)& 狭間 久志la0848

●大事なお召し物
 ウールで出来た厚手のコートに身を包み、杉 小虎(la3711)は腕時計をじっと見つめていた。今日は楽しい楽しいショッピングの日である。すっかり気合の入った小虎は、待ち合わせ場所に一時間も早く辿り着いていた。
「すまん。待たせたな」
 寒空の下でも構わず立ち尽くしていた小虎の下へ、彼女の師匠――狭間 久志(la0848)がやってくる。はっと顔を上げた小虎は、両手を重ねて静かに頭を下げる。殿方と待ち合わせをした時のやり取りは様々な創作物で学んできた。プライベートでも抜かりはない。
「いいえ、わたくしもつい先ほどこちらに来たところですわ。お気になさらず」
「そうか? 杉ならどうせ一時間も前から待ってるんだろうと思ったが」
 図星である。流石は我が師匠と舌を巻く小虎だったが、それを悟られたくは無かった。小虎はびしりと久志の胸元を指差し、つんと眉根を寄せる。
「そんな事よりも、師匠。やはりその服装は大人の殿方として如何なものかと思いますわ」
 久志が今日着てきたのは厚手のジーンズに革のジャケット。どちらもそれなりの値打ちがしそうだが、生憎どちらも少々擦り切れている。髪も寝癖をとりあえず櫛で梳いたような有様だ。当の師匠はピンと来ていないようだったが。
「今の持ち合わせじゃ一番なんだがな」
「いけません。狭間様は年長者なのですから、もっとしっとり落ち着いた身なりをなさるべきですわ。さあ行きますわよ」
「あ、ああ……」
 小虎は自分で言いながら頷くと、久志の背中へ回ってぐいぐいと押し始めるのだった。

 そんなわけで、小虎と久志は銀座にある一軒の紳士服店を訪ねようとしていた。小虎はブーツをこつこつと鳴らしながら、ちょっと不機嫌そうな声色で語る。
「いいですか、狭間様は常日頃からもっと服装に気を払うべきなのです。誰がどんなにきれいごとを語ろうと、人間とはどうしても外見で人を区別するものなのですわ。そのようにカジュアルなだけの服装では、本当の若輩同様に軽んじられてしまいますわよ」
「そういうもんかね」
「そういうものです。ですから、今日は我ら杉家行きつけの洋装店にて師匠に身なりを改めて頂きます」
「わかった。ファッションとかそういうものは俺にはよくわからんから、杉に任せる」
 久志はその背後できょとんとしていた。一介の公務員から一介の傭兵、一介の放浪者にその身を転々とした彼が、身なりの事を気にする機会はほとんどなかった。精々昇任試験や他人の結婚式の時くらいは一張羅を着ようとか、そのレベルの話である。自分の普段の身なりについて深く考えたことはほとんど無かった。
(昔も、アイツに色々と言われちまったっけな)
 かつての日々に、似たようなことを言われたことをふと思い出す。普段着にセンスがないと遠回しに言われたのだ。今の格好も、そう言われて自分なりに流行の勉強をした結果辿り着いたものだ。
(あのまま一緒にいても、いつかはまた今と同じことを言われたかなぁ……)
 ぼんやり昔の晴れやかな日々を思い出していた久志だったが、怪訝そうな顔をした小虎がいきなりくるりと振り返った。
「一体どうしたのです、狭間様。さっきから黙り込んでおられますが」
「ああ、いや。ちょっと考え事をしていただけだ。俺は確かに対してファッションについて考えなしだが、杉はむしろ気合が入りすぎじゃないかってな」
 本当の事を言ってどうにかなるわけでもないだろうが、何となく本心をごまかす。小虎はふいと背を向け、日傘をくるくる振り回しながら呟く。
「弟子として、師匠に恥をかかせないのは当然の事ですわ」
 しかし小虎自身も気づいてはいなかった。服を買いに行くという段になって、思いがけずにうきうきしていた事も、その理由も。
「さて、着きましたわよ」
 そうして付かず離れずの位置を保って歩いているうちに、二人は一軒の洋装店に辿り着く。ビルには真新しさを秘めつつも、雀紋を基調にした店のロゴには積み重ねた歴史を感じさせる。いかにも良家が御用達にしそうな雰囲気だ。庶民の久志はそれを見上げただけで思わず溜め息を吐く。
「はあ、またこいつは随分立派な店だな……」
「この店はナイトメア襲来の折にライセンサー用の防具制作にもいち早く乗り出したのですわ。ファッション性と実用性を兼ね備えた代物として、界隈では人気を博しておりますわよ」
 さらりと説明してみせる小虎。久志は肩を竦めた。
「少なくとも俺には縁のない界隈だな」
「これから縁を作るのですわ。ほら、入ってくださいな」
 小虎は久志の背後へ回り込むと、いきなりぐいぐいと店の中へと押し込んでいった。

 大きな試着室のカーテンを、小虎は一気に開く。そこには借りてきた猫のような顔をしている久志が突っ立っていた。身に付けているのは黒いスラックスにウールのベスト。跳ねっ返りの若者のようだった久志が、今やどこかの実業家のような風貌である。
「随分とまあ、見違えるようですわ、狭間様!」
「そうか? 完全に余所行きみたいな服だから、全然落ち着かねえんだが……」
 戸惑うばかりの師匠。小虎は笑みを浮かべ、買い物鞄に突っ込んだ別の服を彼の手に押し付ける。
「では、では。今度はこちらを着てくださいませ」
「なんだこれ? ……おいおい、また高そうなもんを……」
 白いジャケットを手にした瞬間呻く久志。小虎はにっこり笑みを浮かべた。
「大丈夫です。狭間様にはむしろこのくらいが似合いますわよ」
「本気で言ってるのか、それは……」
「本気も本気です。さあ、早くお召しになってくださいませ」
 小虎はそのままぴしゃりとカーテンを閉めてしまう。久志は肩を竦めると、渋々着替え始めた。

 小虎があれやこれやと久志を着せ替えるうちに、時間はあっという間に経っていく。再びカーテンを開いた小虎は、満足したように頷いた。
「ええ、ええ。これで完璧ですわ」
 最早久志は為すがままであった。スラックスやベストの上からロングコートを羽織るその姿は、いっそどこかの国の私立探偵のようだ。久志は首を傾げるばかりである。
「ホントかよ……」
 そこへすかさず店員がやって来た。穏やかな笑みを浮かべ、彼は久志に尋ねる。
「このまま着ていかれますか?」
「このまま? いや……」
 久志は断りかけたが、その口を小虎は塞ぎ、すぐさま頷いた。
「もちろんですわ。お代はわたくしが持ちますので、お会計を……」
「おい、本気か」
 レジへ去ろうとする小虎を呼び止めようとするが、彼女は軽やかなテンションで叫ぶ。
「すっかり見違えるようですわ! どうせ放っておいたら落ち着かないとか言って着ないのでしょうから、今日くらいはずっと着ていてもらいますわよ!」
「はいはい……そうですか」
 こうも楽しそうにされては、突っぱねる気にもなれない。久志は苦笑すると、着てきた服を畳んで袋にしまい込み、そっと試着室を後にするのだった。

●そのチョコレートは誰に
 一括払いでさらりと代金を払ってみせた小虎は、今度はそのまま久志を引き連れてとあるデパート地下を訪ねていた。そこには名だたる洋菓子店が名を連ねている。シンプルなチョコレートから、チョコレートケーキやチョコクッキーといったひと手間加えたお菓子まで、様々な店がバレンタインデー用の商品と銘打ってチョコレート菓子をショーウィンドウに並べていた。久志はその棚をガラス越しに覗き込む。
「どこの世界でも、この時期はバレンタインフェアって相場が決まってるんだな」
 かつての世界で共に生きていたパートナー。彼女もこの時期には何だかんだでチョコレートをプレゼントしてくれたものだ。そのことを思い出して、久志は何処か懐かしい気分になる。
「さあ、狭間様に相応しい服を選んで差し上げたのです。今度はわたくしのお買い物に付き合っていただきますわよ。わたくしのプレゼントに相応しいチョコレートを選ぶのです」
 小虎は胸を張って言い放つ。相変わらず高飛車にモノを言うお嬢様に、久志は苦笑した。
「別に俺がそうしてくれと頼んだわけじゃないが……まあいいだろ」
 小虎はデパ地下の通路を歩き出す。恋人へ贈るのか、友人へ贈るのか。女性達がどの店にも詰め掛けていた。そんな彼女達より頭一つ高い小虎は、背中越しに商品を悠々と眺めていた。
「さて狭間様、そもそも殿方にはどのようなチョコレートが喜ばれるのでしょう? ブランドで箔押しされたチョコレートならばまず間違いは無いと思うのですけれど」
「まあその判断でいいだろ。あまり高いもの贈ってもびっくりさせるだけだから、ほどほどにな」
 久志はコートの襟元へこっそり手を伸ばす。小虎は似合うと言ったが、彼自身は高すぎるコートやジャケットに着られているような気がして仕方がなかった。そんな彼女がとにかくブランド物をと言って選んだら、どこかの本場で作られたセレブ御用達の一等品を買ったりしてもおかしくない。誰に贈るかはともかく、そこはある程度制御してやるしかなかった。
「チョコレートといっても、こうしてみると色々と種類がありますわね。トリュフに、ブラウニーに、生チョコレートに焼きチョコレート……何やら私自身が目移りしてしまいそうですわ」
 小虎は軽く背伸びしながら辺りを見渡す。彼女でそれなら久志はもう女子達の熱気に揉まれる限りである。久志は人々の頭だけを見つめて溜め息吐いた。
「特にこだわりはないんだろう? ならとりあえず控えめの量の品を選ぶで良いと思うがね。甘いものが好きだというヤツも少なくないが、結構一口二口つまんだらもういいや、になって残りを持て余すヤツもいる」
「なるほど……皆様気軽に選んでいるように見えて、中々奥深いですわね。バレンタインデー……」
 セリに来た商人のように真剣な目をする小虎。半ば呆れたような眼を久志に向けられても気づきやしない。
「いや、大抵は予算にどう収めるかくらいしか考えていないと思うが……」
「ちなみに、師匠はどんなチョコレートを好むのでしょうか?」
「俺か? 俺は……まあもらうだけもらっておく立場だったからな……」
「それでは困りますわ。参考になりませんもの」
 小虎にずいと迫られる。久志は眼を泳がせた。
「まあ強いて言うなら、余り甘過ぎるのは好みじゃない……か」
「なるほど。それならばカカオの配合率が高いチョコレートの方が良さそうですわね」
 小虎は合点して頷くと、女子達を掻き分けるようにしてカウンターの前へ踏み込み、店員に何やら尋ね始めた。とにかく積極的な彼女。久志は彼女の勢いに戸惑わされてばかりだ。嘗て将来の契りを結んだ女性とは全く似ていない。
(まあだが……悪くないな)
 ふと久志は笑みを浮かべる。彼女がこうして積極的に面を突き合わせてくれるお陰で、この世界にも繋がりが出来ているのだ。
 口に出すのは照れくさい。彼は心の奥で、こっそり小虎に礼を呟くのだった。

「どうぞ」
 数分後、小虎はチョコレートを一箱受け取り、久志の下へと戻ってきた。
「買えたか。で、結局それは誰に渡すんだ?」
「それはまだ決めていないのですわ」
「は?」
 紙袋からチョコレートの箱を取り出すと、小虎はそれをひらひらさせる。結ばれたリボンがふわりと揺れた。
「世にバレンタインデーがある事は当然存じておりましたが、生まれてこの方、この日にチョコレートを買った事は無かったのです。だから少し体験してみたくて。実のところはそれだけなのです」
「ふうむ、それはお前らしいというか、何というか……」
「まあでも、せっかくですからこれはしかと誰かに差し上げようと思っていますわ」
「誰にだ?」
 久志が首を傾げると、小虎は悪戯っぽく微笑んでみせた。

「父か、師匠か……さあて、誰なんでしょうね?」



 おわり


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 杉 小虎(la3711)
 狭間 久志(la0848)

●ライター通信
 お世話になっております。影絵企鵝です。この度は発注いただきましてありがとうございました。
 影絵は服飾についてはとんと疎い人間で、こんな感じでよいものかわかりませんが……満足頂ける出来になったでしょうか? 何かありましたらリテイクをお願いします。

 では、またご縁がありましたら……

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2020年02月12日

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