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『チョコ湧き肉躍るバレンタイン』
サラla3974

 街はいつの間にか、甘い香りに満たされていた。あちらこちらで存在を主張するハートマークの描かれたポスターに綴られているのは、バレンタインフェアという文字。
 異世界出身の放浪者、サラ(la3974)の知識の中には存在しない言葉だ。店頭に並べられている茶色い塊を興味深げに眺めていた彼女に、店員は味見をしないかと声をかけてくれる。
 何やら近々、祭り事が行われるらしい。街全体が、そのお祭りムードにどうやら染まっているようだった。
「ちょこ……ですか?」
 店員に手渡されたこの食べ物も、サラの居た世界にはなかったものだ。どんな味なのか想像もつかない。
 見た目は、少し前に知る機会のあったカレーという食べ物のルーに似ている気もする。という事は、辛い食べ物なのだろうか。
 店員に促されるまま、一口ぱくり。予想以上に柔らかで優しい味が、それでも強烈な存在感を放ちながらサラの口内へと広がった。
 心に灯る火に薪をくべたかのように、一気に気分が高揚するのを感じる。ちょこ、という、知らない食べ物。知らない香り、知らない見た目、そして知らない味。
 何もかもが新鮮なその食べ物を、サラは何度も目をぱちくりとしながらじっくりと味わう。
「これは、美味しいです! とても!」
 その美味しさに、思わず笑みを浮かべて何度も頷いてしまった。店員も、何かをやり遂げたような爽やかな笑みをサラへと向けている。
 感動のままに、サラはそのチョコという食べ物を幾つか購入する事にした。茶色が一番多いようだが、中には白や桃色のものもある。色によって、味は違うのだろうか?
 形も多種多様だ。この世には、いったいどれくらいの種類のチョコが存在するのか。想像するだけでも、途方もない気分になる。
 そんなチョコが主役のイベント。バレンタインというものへの興味が、オーブンの中のパン生地のようにサラの中で膨れ上がっていった。
 書店で調べてみたところ、どうやらサラが迷い込んだこの世界には、普段胸に抱いている気持ちをチョコに込めて贈り合う文化があるらしい。
「日々の感謝をこんな美味しい食べ物に込めて贈り合えるなんて、すごく良い世界ですねっ」
 バレンタイン。二月十四日。そんな素敵な日を、自分も満喫したい。末席でも良いから参加したい。この美味しいチョコを……恩人へと贈りたい!
 脳裏によぎったのは、サラが尊敬している先輩の姿だ。
 チョコは、家庭でも作れるらしい。料理なら巫女の下積みでやってきたので少し自信がある。
 ここはやはり、手作りにすべきだろう。自分の手で作った方が、気持ちを込められるような気がした。
「手作りチョコなら、この感謝の気持ちが絶対に伝わるはず!」
 もしサラに犬の尻尾がはえていたら、今頃ぶんぶんと元気よく左右に振られていた事だろう。
 張り切った様子のサラは、早速チョコ作りに必要な道具を買い揃えに向かう。
 どんなチョコを作るのかについても、考えなくてはならない。大きくて食べごたえのあるチョコにするか、小さいものが可愛く並んでいるチョコにするか……。
 店先に並べられたチョコを見ながら、サラは考える。そして、ハッと気付いた。
(けれど、先輩はこの前確かお肉が好きだと言っていました。チョコよりも、そっちの方が良さげでしょうか?)
 せっかくの日なのだ。出来たら、相手が喜ぶものをあげたいと思うのは当然だろう。
 でも、サラが感謝を伝えたいあの人は、どうしてもチョコよりも肉を食べているイメージの方が強い。
 しかし、こうやって各地がチョコ色に染まるくらいには、バレンタインというものはチョコを贈るのが一般的な日であるようだった。やはり、チョコを贈らないとイベント感が出ない気もする。
(うーん、チョコにするかお肉にするか……。悩みます。チョコ……お肉……チョコ……)
 サラの頭の中で、チョコと肉が交互に出てきてはくるくる回る。そのまま仲良くタンゴを踊りだしてもおかしくはない勢いだった。
 せっかくだし先輩の好物を贈りたい気持ちと、たった一日しかないイベントに相応しいものを贈りたい気持ち。
 サラの中にある二つの気持ちはせめぎあい、やがて――。
(合体させましょう!)
 ――融合してしまった。
 どちらも捨て置けぬというのなら、合体してどちらも贈ってしまえば良いのだ。チョコandお肉。チョコwithお肉。無謀と無理も同じく合体し、更に無茶も乗算されてしまう。
 しかし、チョコすらも初耳であったサラにとっては、全てが丸く収まる名案であった。少女は満足げに頷き、小さな声で呟く。
「お肉入りのチョコのレシピを調べないといけませんね」
 そのサラの不穏な言葉が偶然耳に入ったのか、近くにいた者が心配そうな視線を彼女の方に向ける。
 しかし、やる気に満ちたサラの顔を見て何も言わない事に決めたようだった。何であれ、バレンタインに張り切る少女を止める権利など、恐らく誰にもないのだから。

 ◆

 キッチンに立つサラの前には、肉料理の材料とチョコの材料が仲良く並んで鎮座していた。あれから色々調べてみたものの、肉を使うチョコのレシピはあいにくと見つける事は出来なかった。
(探し方が悪かったのかも知れません、反省です。ひとまず、手探りでも作らねばっ!)
 知らない世界で、知らない食材を元にした、知らない料理を開発する。何が正しいのかも分からない道を手探りで歩く。
 放浪者としてこの世界に降り立ったばかりの、右も左も分からなかった頃の自分の姿をサラは不意に思い出す。
 ――そして、そんなサラに優しく色々な事を教えてくれた、先輩の姿も。
 道に灯る標の松明のように、迷子のサラの向かう道を示してくれた。そんな偉大な先輩への尊敬と感謝の気持ちを、こうして形にする事が出来る事をサラは嬉しく思う。
「バレンタイン、やはり素敵な日です」
 肉の焼ける良い香りがする。小さくカットされたその肉を、チョコが優しく覆い隠す。
 チョコ、と呼ぶべきか肉と呼ぶべきか分からないが、完成したその料理はサラが頭の中で描いていた理想の料理の形を忠実になぞっていた。
 肉入りのチョコというより、肉料理のチョコレートソース掛けと言った方が良いかもしれない。
 見た目は悪くない。問題の味の方は……どうだろう?
 目の前にあるチョコ(肉)を、ぱくりと一口、サラは口の中へと放り込む。
 店で買ったチョコは甘いものだったが、チョコは甘さにも色々な種類があると知り、今回は控えめなものを選んでみた。主張しすぎない甘さだがコクがあるチョコが、肉と絡まって上品な美味しさを引き出している。
「……美味しいです」
 食事代表の肉とお菓子代表のチョコという一見相容れぬように思える組み合わせだったが、サラの料理センスにより舌鼓を打てる絶品に仕上がったのであった。
「これならきっと、先輩にも届きますよね。私の気持ち」
 サラの心に灯る、感謝の気持ち。消える事なき敬意の炎。
 それをこうして料理という形にして相手へと贈れる事が嬉しくて、サラは笑みを深めるのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
サラさんのバレンタイン奮闘記、このようなお話となりましたがいかがでしたでしょうか。サラさんのお口に合えば幸いです。
何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、その時は是非よろしくお願いいたします。素敵なバレンタインをお過ごしくださいね。
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2020年02月13日

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