▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『再び冬のデモニッシュ』
海原・みなも1252

 2月です。しかも実は今日、14日です。みなさまはもう、チョコレート進呈したり進呈されたり、はたまた交換したりしましたでしょうか?
 あたしこと海原・みなも(1252)は進呈してないですし進呈されてもないですし、もちろん交換もしてないんですけど。
 ……幼稚舎から大学院まで、ずーっと同じメンバーでお送りする我が校です。いくら友情と恋愛を大事にしたいあたしでも、それはもう慎重になりますよ。だって気まずくなって離れても、逃げ場がないじゃないですか。
 とはいえ、無事思春期へ突入したあたしです。特に恋を意識せざるを得ない乙女心が妙なところで暴発するかも。ガス抜きは必要ですよね。

「あらためて悪魔体験したいんですけど」
 吉祥寺の繁華街、その片隅にあるお店【デモニッシュ・ゴーゴー】で、あたしは店員さんならぬ店悪魔さんへ切り出しました。
 はいー。それはもう喜んでー。
 悪魔さんのお返事に、あたしはこっそりほくそ笑みます。第一関門はクリア。次は――
「30分じゃなくてもう少し長い体験コースはありますか? あと、悪魔体験できる場所って、お店の外のどこかあったりします?」
 コース時間は延長可ですー。それから体験可能場所となりますとー、かなり限定されますねー。具体的には公共施設ではなく、個人提携先になるのですがー。
 はい、来ました。あたしが求めてたのは、まさにそれなのです。
 うきうきと悪魔さんから受け取った薄いファイルをめくっていって、見つけました。
 だってこの世界で、悪とはいえちゃんとご商売されてる怪異系のお店と『怪奇探偵』、関係ないはずありませんから。
「今日、あたしが体験したいことなんですけど」


「んー、間に合ってます」
 草間興信所の窓の向こうから、草間・武彦(NPCA001)さんはため息をついて言ってくださいました。
 それだけじゃありません。半開きの窓をそっと閉めて鍵をかけて、ついでにカーテンまでかけようと――
「ちょっと反応がおかしくありませんか!」
 あたしは悪魔パワーで鍵を開けて窓も開けて、悪魔ウイングでカーテンを突き抜けましたが。
 すでに横へよけていた草間さんは半目で見送ってくれましたよ。死んだ魚の目ってやつです。
 そんな目でいられるのも今の内ですからね!
 着床と同時にポーズを決めて、あたしは言い放ちます。
「魂と引き換えにあなたの願いを叶えますけど?」
 どうですか!? この『体験コース・女子A』装備で矯正された偽りのナイスバディと、この日へ備えて寝る前に練習してきた偽りの艶やかボイス!
 でも、草間さんはといいますと。
「間に合ってます」
「ですから反応! おかしいです!」
 偽りの胸を押しつけようとするあたしを左手ひとつでいなしながら、草間さんは低い声で言いました。
「いや、店のほうからおまえが来るって電話あって、きっぱり断ったんだよ。なのになんでかおまえが来て、シラフに戻ったら絶叫して悶絶するようなことするし」
「そこはもう自分と折り合いつけてます!」
 あたしは高らかに宣言します。で、草間さんが「はぁ?」って固まった瞬間、一気に腕へ巻きついて体を押しつけました。
「うわ、なんかやわらけぇ……なんか俺、最近こういう目に合わされんの多くねぇ?」
 よくわからないことを言う草間さんをいちゃいちゃ取り巻いてソファへ押し込んで、座らせることに成功ですよ。
「……もういいからよ。さっさと悪魔体験コースの、勧誘シミュレーションだっけ? 終わらして帰れ」
 とにかくあたしの本日の目的――悪魔のお仕事体験、スタートです。

「というわけでしてー、草間様にもー、ぜひ! 悪魔体験をー、おすすめしたくー」
「いやー、悪魔ってー、怖いじゃないですかー」
「悪魔と申しますがー、実際はー、そこまで反社会的ではなくー」
「でもー、悪なんですよねー」
 マニュアル片手にロールプレイする、あたしと草間さん。うん、マニュアル通りなんですけどね。あたしはちゃんと悪魔口調ですし。ただ。
「どうして草間さんまで悪魔口調なんですか?」
「いや、だって台本に書いてあるし」
 確かに。セリフのところが全部、悪魔口調なんですよね。こういうところはアドリブで対処するものじゃないんですか? それにさらっと飛ばしてますよ、大事なところ!
「なんでむくれてんだよ。終わりでいいんなら終わろうぜ。ハンコ押すから紙よこせ」
 草間さんがあたしのマニュアルに挟んである、悪魔体験契約書を奪い取ろうとします。
 それをわーっと隠しながら、あたしは突きつけました。
「だめです! さっき飛ばしちゃったケース3、ちゃんとやってくれないと!」
 ええっ? 草間さんの眉が八の字に困りました。それは許してくれよって、唇の動きで言ってきますけど、あたしは赦しません。
 今日のあたしは小悪魔。恋を求める乙女心に駆り立てられがちなバレンタインを滞りなく乗り切るため、草間さんっていう数少ない男性のお知り合い――しかもなにしても後で困る心配がない――をたぶらかさなくちゃいけないのです。
 ちなみにケース3は、悪魔の魅力にやられた男性をたぶらかして契約まで持って行くロールプレイ。
 さあ、あたし(の偽りのナイスバディ)を褒めてください!
(衣装がもたらす偽りの)魅力にめろめろ打ち据えられて、惑ってください!
 艶然を意識して脚を組んで、そのときを待ち受けたあたしでしたが。
「なんか今日のおまえ、すげぇかわいい」
 ――おかしいですよね台本のセリフとちがうんですけどここでアドリブですか!?
「悪魔だからってんじゃねぇよ。悪魔んなってまで俺のこと落としにきたおまえが、かわいい」
 堕としには来ましたけど! 落とそうなんて気持ちはありませんからあああああ悪魔の本能がサムズアップしてますけどちがうんですそうじゃないですおかしいです――
 草間さんが、ゆっくり立ち上がって歩いてきて、あたしのとなりに腰を下ろしました。あたしの剥き出しの肩へ手を回して、引き寄せて。
 ちょっと待ってくださいお願いですから悪魔の本能もそこで見てない振りとかしなくていいです! ああああああああああ!
 と。真っ赤になってぐるぐるしてるあたしの手から、草間さんはひょいとマニュアルを取り上げて、中から契約書を抜き取りました。魔法みたいに取り出した印鑑を体験終了証明欄に押しつけて、あたしに返してきます。
「ガキがやる気出してんじゃねぇよ。せめてちゃんと育ってから来い」
 やられました。
 あたしがたぶらかされてどうするんですか。
 でも。
 それでいい気もします。驚きすぎて、肥大していた乙女心もすっかり萎みましたし。
 うん、それでいいことに、しておきます。

「お邪魔しました」
 しょんぼり一礼して、あたしはお店に帰ります。
 油断したんです。草間さんはああ見えて手強い男の人だってこと、忘れてて。
 あたしの完全な敗北です。言い訳なんてしようがありません。
 ……今日のところは、ですけどね。
 あたしはカーテンがかけられた興信所の窓を返り見て、誓いました。
 次は絶対、あたしが勝ちますから!
 すでになにと勝負しているのかわからない有様ですけど、負けっぱなしではいられません。より強大な悪魔の体験力を手に入れて、あたしはきっと草間さんの前へ立ちはだかるのです。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年02月14日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.