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『喩え神が赦しても』
ルチア・ミラーリアla0624

 小さな街の隅っこに建てられた、小さな孤児院。ナイトメアとの長らく続く戦いの中で親を失った少年少女がそこに暮らしていた。今やそれが、立ち入り禁止のテープが張り巡らされただけの小さな廃墟。寄る辺のない子ども達は殺し尽くされ、カラスだけが屋根の上で乾いた鳴き声を上げていた。
 ルチア・ミラーリア(la0624)(本名:ルーシー・ミランコフ)はそんな廃墟をじっと見上げていた。モスグリーンの旅装に身を包み、背中には楽器鞄を背負っている。
「待ってて、みんな。仇は私が取る」
 彼女の気迫に当てられ、カラスはバタバタと集まり騒ぎ始める。それが復讐の始まりを告げる合図であった。

 それから間もなく、セントエデンの街に一つのニュースが稲妻のように駆け巡った。何台ものパトカーがけたたましくサイレンを鳴らし、高所得者住宅街に押し寄せる。慌ただしく規制線を張った彼らは、パパラッチがカメラを構えて押し寄せるのを他所に、屋敷の中へと乗り込んでいった。普段は腰が重い彼らの迅速な働きぶりを前に、パパラッチ達は確信を深める。この町一番の青年実業家が殺されたに違いない、と。
 現場は二階の書斎。やって来た捜査員達は、思わず息を呑む。書斎の床が真っ赤な血溜まりになっていた。その上に倒れる青年の死体も、頭を吹き飛ばすだけでは飽き足らず、心臓や臓腑にも執拗に銃弾を叩き込んでいた。そこからは被害者に対する激しい憎悪が読み取れる。そればかりか、犯人は青年の胸から溢れた血を掬い取り、書斎のタペストリーに向かって血文字を書きつけてみせたのである。
“God forgives, the US pardon, I never” (神とアメリカが赦そうとも、この私が許さない)
 その文書は、かつてセントエデンに跋扈した復讐鬼『マフィア狩り』が用いた文言と単語一つに至るまで違いがない。それは犯人による宣戦布告である事に疑いは無かった。
 警察達は顔を見合わせる。既に彼らの手には負えないような気がしていた。

 そんな騒ぎの様子を、ルチアは新聞越しに眺めていた。小さな街のタブロイド紙は、この陰惨な殺人事件を数々の憶測と共に書き連ねている。復讐を装った強盗だの、彼の強引な拡大戦略の犠牲者だの。しかし、真相を知っているのは路地の陰でハンバーガーを頬張っている彼女だけだった。
 ルチアは新聞とハンバーガーの包み紙をゴミ箱に放り込むと、手帳を取って名前を眺める。
「まずは一人目……」
 彼女はぽつりと呟くと、一番上の名前にそっと線を引いた。

 一か月後。セントエデンのとある警察幹部は夜道を一人憤懣遣る方ない顔で歩いていた。最初の事件が起きてから、人間がさらに四人死んだ。遅々として進まぬ捜査に、市民達はひっきりなしに不満や不審の声を上げていた。その声は彼にも届いていたが、全て握り潰した。彼には調査を急がせられない理由があったのである。
「どうしてそんなに怯えているの? そんなに正体を知られたことが怖いのかしら?」
 どこからともなく声が響く。思わず男が足を止めた瞬間、銃弾が男の喉元を撃ち抜いた。男は仰け反り、歩道にどっと倒れ込む。男は叫ぼうとしたが、喉が潰され声が出ない。溢れた血が気道を塞ぎ、まともに息が出来ない。窒息して震える男の前に、狙撃銃を担いだルチアが姿を現した。彼女は新品の刷毛を手にして、じっと男を見下ろしている。
(なぜ我々を知っている)
 男の口が震えた。ルチアは胸元に差したサバイバルナイフを抜き放つ。
「ナイトメアに与する者を、決して私は逃さない」
 言い放った彼女は、男の首を掻き切った。溢れる血に刷毛を押し付け、目の前の壁にいつもの文句を書きつけていく。正体を知られる可能性もある危険な行為だ。しかし、彼女は完全なる復讐を達成するために、この恐怖の文言を書きつけることを決して止めなかった。

 殺人の連鎖が続くうちに、警察もやがて真相に近づいていった。一見社会的ステータスの高い人間がターゲットになっていると見えたこの連続殺人事件、その背後にレヴェル組織の影が現れたのだ。その名も『救世主の従者達』。アメリカ各地でナイトメアの襲撃を手引きし、着実に圧力を強めていた組織である。レヴェルとなればSALFも動く。セントエデンに派遣されたライセンサー数名は、地下拠点が存在すると思しき教会を、今まさに取り囲もうとしていた。
「待ちなさい」
 しかし、そんな彼らの通信ラインに、いきなり一人の女が割り込んできた。誰だと問いかけても彼女は応えず、ただ一方的に話を切り出す。
「奴らは私の仇よ。貴方達にも手は出させないわ」
 ライセンサー達は叫ぶ。組織はアメリカ全体に根を張っていると。彼らの存在は組織の他の構成員に繋がる重要な手がかりだと。彼らは殺さず拘束する必要がある。彼らは利を説いたが、彼女は一笑に付す。
「それなら私がそいつらも纏めて追いかけて葬ってやるだけ。奴らを殺さなければ、誰も浮かばれないのよ」
 従わないならば君も拘束しなければならない。彼らは訴えたが、復讐に囚われた彼女は強情だった。
「あくまで止まるつもりがないならこちらも警告するわ。既に教会には爆弾を仕掛けてある。もう間もなく爆発するわ。巻き込まれたくなかったら、大人しく眺めている事ね」
 彼らははっと振り返る。その瞬間、橙色の光が弾け、地鳴りが響き、教会が跡形も無く吹き飛んだ。

 瓦礫に塗れた地下室。大勢の人間がぺしゃんこに押し潰されていた。その中には、この街の市長もいた。両足を潰された彼は、白煙の漂う暗闇の中を茫然と見つめていた。
「人が人を支配するが故に、世界には歪みが生まれる……故に、より上位の存在に人類の全てを委ね、富める者も貧しき者も無い、平穏な世を……」
 壊れたレコードのように、老いた男はうわごとを呟く。ガスマスクをつけて踏み込んだルチアは、そんな男の足下を濡らす血を刷毛で掬い取り、そばの瓦礫にメッセージを書き付けていく。
「私は絶対に認めないわ。貴方達があの子達を殺したんだから」



 市長が死に、あまつさえレヴェル組織に関わっていたことで、セントエデンは大混乱に陥った。他にもレヴェルに関わった者がいるかもしれないと、人々は当てもなく犯人を捜し合う始末である。
 しかしルチアはもういない。復讐は終わったわけではない。まだ始まったばかりなのだ。
「レヴェルも、ナイトメアも、全ていなくなるまで……」
 ライフルを折り畳んで楽器鞄に押し込み、彼女は荒野を歩き出す。新たなターゲットは、既に定まっていた。

 おわり



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 ルチア・ミラーリア(la0624)

●ライター通信
 こちらでは初めてでしょうか。影絵企鵝です。この度は御発注いただきありがとうございました。どちらが悪か分からないような、という事だったので、彼女の活動を外側から描くようにしてみました。如何でしょうか。
 何かあればリテイクをお願いします。

 ではまた、機会がありましたらよろしくお願いします。


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グロリアスドライヴ
2020年02月14日

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