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『あなたもろうそく』
デルタ・セレス3611

 響カスミ(NPCA026)。
 神聖都学園の音楽教師である。学部も学年もクラスも超えてあちこちの音楽授業を担当しており、普通に顔が広い。その上に人当たりが良く、老若男女問わず親しまれている教師なのだが。

 ……その彼女が行方不明になったとの話を聞かされた。

 更には。

 ……そのカスミ先生が廃工場に入ってくのを見た。

 と言う「時系列的に最後の目撃証言」も出た。
 その上で。

 ……デルタ・セレス(3611)に響カスミの捜索依頼が舞い込んだ。

 それは何故か。

 ……まあ、この辺りの事情の詳細は、話が多少逸れてしまうので別の機会に譲る。



 外観は普通。ただ、廃工場の筈(セレス達が知る限り)なのに、何か稼働している様な気配があるのが怪しい謎の工場である。ついでに言えば稼働してる気配があるのに警察が調べたら何も出ないとか、本当か嘘かわからない様な話も出回っている――だから余計に、この場所をオカルトの領域に分類してセレスに任せる様な流れになった訳でもある。もしここが普通に裏社会や犯罪に絡む様な匂いしかしない場所だったら、逆に――セレスくんに行かせるなんて出来ないわっ、と言う流れになっていたかもしれない。

 さておき、ここまで来たからにはもう何を言っても同じである。

 工場の稼働してそうな気配の先、何とかセレスが忍び込めた所は――どうやら倉庫らしかった。等身大の人間――がドロドロに溶け掛かり滴っている様な形で固まった、多分蝋燭……が幾つも置かれている。セレスの目にはそんな風に見えた。取り敢えず匂いが蝋だからそこは間違いないと思う。でもこの形自体が――どうしようもなく不気味である。……滅多に無い事ではあるが、環境や保存の仕方によっては死体がそのまま蝋化する事だってある訳だから、これらが「それ」である可能性は否定出来ない。

 見ているだけでぞっとする。

 でも取り敢えず、カスミ先生らしき人型はそこには無かった事にほっとする。
 次は――。



 倉庫区間から出、複数のレーンがある区画にまで進む。何かの機械がそれぞれ設置され、蝋の匂いも強くなっている――あと、熱。どうも蝋を温めている様な――何かを加工している区画なのかもしれない。
 例えばさっきのドロドロの奴。
 それで何をしているのかは知らないけれど――って、これ……っ!

 セレスの目に飛び込んで来たのは、ぐったりした様子の子供達が作業台に流れて来る光景。そしてその上から、ドロドロの――さっき、半分溶け掛かって滴っている様に見えた「あれ」と同じ物になるだろう軟らかい蝋をとろとろと浴びせ掛けている所だった。つまり、殺してる――そんな!? と血の気が引いたが、いやちょっと待った、と思い直す。
 これは、ただの蝋じゃない。だって、作業員達――って言うか、何処から見ても人間じゃない多分魔族っぽい女の子達が、触っちゃってもあんまり気にしてない。つまり、そんなに熱くないし、そもそも浴びせ掛けた側からすぐに固まり始めてる。……多分「そういう」用途に使う魔法の蝋。なら、助けられる余地はあるかもしれない。殺されてはいないかも。そんな微かな希望を持ちつつも、でも僕じゃどうしようもない、とも同時に思う。
 流れ作業で、そのドロドロ等身大蝋燭は作り上げられ、レーンの先に送られて行く。まるっきり「工場」である。何処かに出荷されているのかもしれない。なに、ここ……!

 頭の中は殆ど恐慌状態。見付かったらと思うと生きた心地がしない。でも、もしここにカスミ先生が居る可能性があると思えば逃げる訳には――と。

 居た。
 居てしまった。

 レーンに流れて来たのは見慣れた音楽教師のぐったりした姿。子供達の中に豊満な大人の女性の姿が混じっていれば、それはすぐに判別が付く。左目の下の泣き黒子、ちょっと独特なリボンの巻き方や結び方も間違いない。どうしよう。どうする。どうしようもないけど! でも!

 助けなきゃ。

 隠れてたってどうしようもない。一度退いて出直す間も無い。そんな事をしていたら手遅れだ。何とかしなきゃ――覚悟を決めて、セレスは隠れていた物陰から弾丸の様に飛び出る。向かう先は勿論カスミ先生――無茶でも何でもここは「加工の邪魔をしつつ身柄を取り戻して逃げる」と言う選択肢しかない。
 金化の能力が発動出来れば武器にはなるかもだけどそれだとカスミ先生まで金化させちゃいそうですしって言うかそもそも封印されてるから多分出ませんし、せめて少し位撹乱出来ればあるいは!――思いつつ、加工機械を思い切り蹴る。ぶしゅと空気が洩れる様な音がして、生温かい蝋が湯気と共に不規則に溢れ出た。
 作業員達も異変に気付く。でも、これじゃ視界利かない筈。今の内に――セレスはカスミの元にまで辿り着くと、起きて下さいカスミ先生、と潜め声で叫びつつ頬を叩いて覚醒させようとする。が、起きない。ならばとその腕を取り肩を組む様にして立とうとするが――そもそも、立てなかった。セレスは男の子とは言え中学生。更に言うなら女の子の様に小柄で細身な訳である。
 つまり、意識の無い豊満な大人の女性を持ち上げて連れて行ける様な腕っ節は無い。
 当然、作業員達も状況にすぐに気付く。セレスの存在。カスミを助けようとした事。ただそれは――物理的に不可能な事だった。作業員の人海戦術の方が余程役に立つ。

 結果、すぐさま闖入者――セレスの身柄は取り押さえられてしまった。

 ……その、目の前で。
 作業は何事も無かったかの様に再開された。

 否、むしろ。

 作業員――魔族の少女達は、それまでより楽しんでいた様子だったかもしれない。ぐったりとしたままのカスミの上にとろとろと魔法の蝋が流し掛けられる。髪の先から手指の先、爪先まで念入りに、万遍無く。セレスに見せ付ける様にして。
 やがて滴りの歪さと元々の造形が混じり合い、不気味な蝋燭として見る見る内に固化し、仕上がる。作業員達は素敵でしょうとセレスに同意を求める。気紛れの様に蝋を手に取り、セレスの頬や唇にこれ見よがしに塗り付ける。固まる。そうしている頭上から、とろとろと粘性のある液体が流し掛けられる――背筋が凍る思いがした。別の作業員が魔法の蝋をセレスの頭上から掛けている。とろとろとろと滴り落ち、落ちた側からどろりと粘度が上がる。滴った部分から固化。無事な部分がまだある。わかる。でも。口から固められてしまっていて。声が出せない。悲鳴の一つも。やだ、やだ、やだ、だれか、たすけて……!

 その願いに答えられる「誰か」など、何処にも。



 数日後。
 とある街。

 クリスマス。

 そこではクリスマスの飾り付けとして、なかなかに豪華なクリスマスキャンドルが灯されていた。
 等身大の可愛らしいミニスカサンタ……の様な、あほ毛の目立つ細身の子と。
 逆に豊満な体付きをした、こちらも等身大の――優しそうな大人のお姉さん。

 精巧にそんな形を模った蝋燭である。

 ……勿論、その大本の造形が「作り物では無い」などと、誰も考えない。
 ……幾ら精巧で、何処かで見た様な顔立ち体付きと思ったとしても、それがその「顔立ち体付きを持つ本人」などとは思いもしない。
 ただ、趣向を凝らしたクリスマスの飾り付けだと思い、行き交う人の誰も彼もが通りすがりに見て楽しむだけ。

 ……その蝋燭が後々にどうなるかなど、誰も気にはしない。

 誰も。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 デルタ・セレス様にはいつも御世話になっております。
 今回は発注有難う御座いました。
 そして毎度の如く大変お待たせしております。

 内容ですが、書き始めた時点でセレス様が行方不明の捜索依頼を受ける「事の流れ」が俄かに謎の気がして来てしまいまして、色々頭の中で捻り回した結果、別の機会に譲ると言う事になりました。
 そして「長めに」と御希望のあった描写の長さがどうだったかとか、セレス様以外の服装がふわっとしてるとか色々引っ掛かり所がある気もしないでもないのですが……如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、次はおまけノベルの方で(→「別の機会」)

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2020年02月17日

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