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『甘く蕩ける夢に溺れ』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785

 深々と下げた頭を上げ背筋を正せば、こちらに背を向け、遠ざりかけていた筈の女性がちょうど振り返るところだった。朝焼け色と目が合い、不知火 仙火(la2785)の心臓は先程までとは違う意味で跳ねあがる。それはこの世界に骨を埋めると決めた今でも既視感を覚えてしまうせいだ。隣にいる恋人より魅力的に感じる女など、まだ四分の三以上残っている人生に金輪際現れることはない。と胸中でひっそりと惚気る仙火の目の前、弧を描いた唇が薄く開かれる。声はなくほんの短い一言だけ。しかし、血の繋がりはなくとも宿縁の為せる業か、すぐ意味を理解する。そうした彼女の挙動に連れ合う男も当然気付き、これまた文字通り生まれたその時からずっと見てきたものに限りなく等しくも違う夕焼け色が振り向き、こちらを一瞥する。一瞬視線が絡み合うだけで意図は伝わった。反応を返すより早く正面へと向き直り、また二人歩き出す。一糸乱れず、まさに一心同体といった様相。そんな二つの背中に、
(俺達もいつかはああなるんだな)
 とただ当然のように感想を抱く。とはいえ彼らが自分の両親ではないように自分たちには自分たちの過去があって、未来へと続いている。だから、違う寄り添い方になるだろう。――と、人にどう見えるかなどどうでもよく。先達の姿が消えた直後すぐ側でホッと小さく息が零れて、仙火は彼女――恋人である日暮 さくら(la2809)を見やった。女性としてはやや長身の部類に入るが、同じ立った状態では俯いていると表情が窺い難い。手を伸ばし、頬にかかる薄紫色の髪を掬いあげれば、さくらは僅かに指に頬を擦りつけるようにしてこちらを見返し、唇と眉とに表れていた強張りが解ける。それを確認し仙火は微笑むと勿体なく思いながらも腕を下ろし、ほらと椅子を引いて促す。人目を憚り、小声で返されるお礼の言葉に目線で応じてさくらが座るのを見届けてから仙火はテーブルを挟んだ真正面に腰を下ろした。
「何か、俺よりもお前のほうが緊張してたよな。 ……そんなに頼りなかったか?」
「いえ、そうではなくて……その、一生に一度きりですから、私も緊張くらいはします」
「俺達が二人で父さんに挑んだ時よりか?」
「それとこれとはまた話が別です」
 と言うと同時、さくらは若干険のある視線を寄越してくる。出逢った当初の、腑抜け男などと評していた頃が懐かしい。あの時はお互いに余裕がなかったし相手の抱えているものをよく知りもしなかった。その頃と比べれば、同じ自信のなさや不真面目さを咎める目でも受ける印象がまるで違う。しかしながら口元が緩やかに吊りあがるのが見え、嬉しさについだらしなく笑ってしまいそうになった。一分の隙もなく身なりを整えた給仕が食器を下げ、新しい料理が運ばれてくるとどちらからともなく食事を再開する。先程まで隣にいたさくらが前にいて、古い家の跡取りとして受けた教育が当然のごとくその挙措に品性を滲ませた。白魚のような手がその実、守護刀を握り込む鍛錬の日々を色濃く反映していると知っている。それがまた愛おしくて、同じ剣士としては彼女と出逢って思い出した負けん気が顔を覗かせた。
 仙火もマナーを一通り叩き込まれているので意識せずともこの場――窓の向こうに夜景を望む高級レストランだ――にそぐう形でナイフとフォークを使い分けて食べ進める。と、再び給仕が来たと思えば、仙火の前にワイングラスを置く。その中身が満たされていくのを横目に、咄嗟にさくらを見た。
「父上がいるからと飲まなかったのでしょう?」
 そう彼女が答えたのは充分に給仕が離れた後、そして仙火がおいと小声で言うよりも前だった。さくらなら口にせずとも言いたいことを読み取るとは思っていたが、あっけらかんとした姿は予想外で、一瞬頭の中が真っ白になる。つい腕時計に目を向けて、ナプキンで口元を拭っている彼女が気付いていないことに顔には出さず安堵した。
「まあ、そうなんだがな。さくらは飲まないのか?」
「今日はやめておきます」
 当然のようにさくらはそう言う。俯くと、長い睫毛が父親譲りの瞳を覆い隠した。仙火は音もなく息をついて逡巡する。一度飲み込みかけ緩く首を振ると、カトラリーを置いて彼女を呼び止めた。
「俺達やっと夫婦になれるんだぞ? だから隠し事はなしだ。……具合悪いんだろ」
 そう断言すると今度はさくらが目を瞠る番だった。暫しの沈黙の後、彼女は口を開く。その肌は目を凝らせば幾許か青褪めて見えた。
「……ごめんなさい」
「いや、すぐ気付けなかった俺が悪い。それと、大事な日だから我慢してたのも分かってる」
 決まり悪げながら顔を背けないのがさくららしい。彼女の両親に認めてもらうだけの強さと経済的余裕を得るまでそれなりに時間が掛かった。なのにさくらは文句一つ言わず隣に並んで走ってくれたのだ。己と同じ名の簪が彩った面差しに大きな変化は感じないものの。
「戦う時は肩を並べられる仲間だ。けど俺は男としてはお前を守りたいし、ぐずぐずになるくらいに甘やかしたいんだよ。そういうのは嫌か?」
「どうして、周りの女性は皆、こうも貴方を放っておけたのでしょう」
「……え?」
「こんなにも優しくて逞しいのに。だから貴方と一緒になれたと思うと悪い気はしませんが」
 ふふ、と唇に手を添えて笑い声を零すさくらの頬が薄紅色に染まる。つられて赤くなりながら仙火は一度横を向いて咳払いした。
「それは……俺が腑抜けだったからじゃねえか」
「ならこういうと仙火は怒るかもしれませんが、あの頃腑抜けでよかったです」
「そこは否定しねえのかよ……?」
 言えばいよいよ楽しげな表情へと変わる。自身もその評価に異論はないので、若干の羞恥心を覚えつつも笑い、それからチラと腕時計を確認して、胸中で秒読みし、ゼロになると懐に手を入れた。

 ◆◇◆

「誕生日おめでとう、さくら。お前が生まれてきて、俺と出会ってくれてよかった。……遅くなったけど、どうか受け取ってほしい」
 そう言って小箱を差し出した仙火の、戦いの最中は烈火のごとく燃えあがる赤い瞳が優しく細められる光景を生涯ずっと忘れやしないだろう。それはまるで凍えた時に身体の芯までじわりじわりと温めるような、そんな優しくて愛おしい眼だった。実際あながち間違いでもない。裏では己の未熟さを噛み締めながら偉そうな口を叩いていたあの頃さえ、仙火は自らを貶めこそすれど、結局は向き合うのをやめなかった。弱った時には甲斐甲斐しく世話し、心の底から案じてくれていた。――当時の自分はこんなふうに素直に甘えることは出来なかったけれど。父と母が一体となって繰り出す刃に泥臭く刃向かった力強い手が、まるで壊れ物を扱うようにそっと背中に添えられる。まだ少し浮かない顔をしている仙火の顔を間近に、さくらは彼にくたりと身を預けて寝台に横たわった。しかし我慢しきれず、指の腹で仙火の頬を撫でる。彼はその姿勢のままじっとこちらを見下ろしてきた。
「もうよくなったと言ったでしょう?」
「お前の大丈夫は信用ならねえんだよ」
「前科があるのは認めますよ。ですが、貴方に触れられていると本当に痛みが消えていくんです」
「それはその愛の力、ってやつじゃねえの」
「ふふ。自分で言っておいて照れるなんて、まだ修行が足りませんね」
「何の修行だよ……」
 呻くように呟く仙火の顔が見る間に赤く染まっていく。ベッド脇の照明が煌々と輝き、さくらの鼓動を高鳴らせるその面立ちをはっきり映し出しているけれど、明る過ぎて恋人が睦言を囁き合うには些か情緒に欠けるようにも思えた。
(仙火のことをこれ程好きになるとは思いませんでした)
 人目を惹く端正な顔も深く溺れる程の愛情がなければ無意味だ。あの世界の記憶を辿り、今目の前にある幸せを実感していると不意に頬に触れている手に手を重ねられ、確かめるように薬指をなぞってから優しく引き剥がされる。そして柔らかなベッドの上に縫い止められた状態で、さくらはまっすぐに仙火の瞳を見返した。ごくり、ふと沈黙が落ちた部屋に生唾を飲んだ音が聞こえる。ぐっと堪える表情は何度も見て、見なかったふりをしていたものだ――それを受けて確かな興奮がさくらの胸にも灯る。
「本当に大丈夫なんだよな?」
「勿論」
「怖くないか?」
「怖くない、と言えば嘘になりますね……。ですが、この時を待ち望んでいたのは私も同じです」
 そうきっぱり言うと仙火はそうかと感慨を込めた声で答え、相好を崩す。肩肘から無駄な力が抜け、心底安堵したように笑った。さくらの好きなさくらにだけ見せる笑顔だった。
 単身世界を渡ってきた彼の、さくらの両親に認めてもらうまでは手を出さないという固い誓いは本人に告げられずとも伝わっていた。さくらもその意を汲んで、エージェントとして任務をこなしながら子供と大人の境目に近い恋に留めた。それは有り体にいえば我慢だった。
「上手く出来るか保証は出来ねえけど、絶対に優しくするからな」
「仙火……貴方のことが好きです。大好きです」
「俺も、さくらだけを世界で誰よりも愛してる。お前は俺の――」
 続く言葉を聞きつつぎゅっと拳を握り締める。ぴたりと嵌る指輪は永遠の契りの証だ。
 笑みを浮かべた仙火の顔が段々近付いてくる。さくらも不安以上の期待に微笑みかけ、そして触れる柔らかな感触に酔い痴れながら自分の想いも伝わるようにとその逞しい背中に腕を回して――。

 ばくばく心臓が跳ねている。一瞬にして覚醒したさくらは当然二度寝出来る訳もなく、羽毛布団から抜け出て自室からも出ていった。廊下はまだ暗く、何人も下宿しているとは思えない程静かだ。なけなしの理性で足音を抑えつつ水を飲んで頭を冷やそうと台所へ向かった。頭の中でぐるぐると言葉が浮かんでは消える。
(何故よりにもよってあの男と……!)
 よぎるのは無論仙火のこと。ただの腑抜けではなく共にあの背に食らいつくもう一つの蕾――という認識はあくまでも剣に関してだ。現実のさくらは彼の恋人ではなく、ましてや恋愛感情を抱いている訳もない。と唱えるも、全身が茹るような感覚に襲われて、台所につき水道水を注いだコップを煽ると、あまりの羞恥心にさくらはその場に崩折れそうになる。シンクを支えに座り込み盛大な溜め息をついた。
「……この時期ですから、意識していないといえば確かに嘘になりますけどね」
 聞く者のいない弁明が静けさの中に溶けて消える。ナイトメアとの攻防が続いているからこそ、世間はその時期の行事に盛りあがる。まさに今バレンタイン云々と毎日聞くくらいに。さくらも料理はともかくとして菓子作りには大いに自信があり、あげるべきか悩んでいたところだった。とはいえ当然ながら義理で、仙火だけでなく、ここの家主である彼の父や小隊仲間のついでに限りなく近い。世話になった面もなくはないが、自分が世話をしていることのほうが多いのだから本命など有り得ない。その筈だと先程も考えた答えが頭の中で上滑りしていった。しかし前にも似た経験をしたようなと考えていると――。
「なあ、誰かいるのか?」
 不意に聞こえた声に肝が冷える。と同時に明かりがついて、すぐ様振り返れば声の主――仙火と磁石に引き寄せられたように目が合った。すると彼は目を見開いて、慌ててこちらまで駆け寄ってくる。まあ当然の反応だ。
「おい、まさかどこか具合が悪いんじゃないだろうな?」
 言い、しかし不自然にそこで言葉が詰まった。急に何かを思い出したかのようだ。さくらはさっと立ち上がり、まだ赤いかもしれない顔を手で隠すと、彼の身体をもう片方の手で押し返した。心配してくれるのは有難い。けれど今はデジャブを覚えるこの状況には耐えられない。
「何でもありません! 私はもう寝ますから絶対に追いかけてこないでください……!」
 同居人への気遣いも忘れ叫ぶと、仙火の虚を突いてさくらは脇を抜け駆け出した。コップを放置してしまったことに気付いたのは自室に戻ってからだ。寝台に逆戻りし、枕に顔を埋める。夢の中でいたのは多分仙火の家だったなんて余計なことを考えては追い払おうとする。前に見た夢の続きかも考えなくていい。
 熱がぶり返したさくらは一睡も出来ずに朝を迎え、同様にやけに疲れた表情の仙火とまた鉢合わせることになるのだが――深夜の現在は知る由もなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
冒頭のさくらちゃんのお母さんの言いたいこととか、
いい感じの時の仙火くんの台詞だとかシチュだとか、
色々と描写しきれていない部分があるんですが、
自分の取り柄は心情描写かなあと思うので
そちらのほうを優先させていただきました。
プロポーズは気の利いた台詞を書ける自信が少しも
なかったというのもありますが……いつかどこかで
PLさんが書かれたものを読んでみたいです!
じたばたしているさくらちゃんを書くのが
一番楽しかったりしました。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年02月17日

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