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『気がついてない、君はまだ』
神取 アウィンla3388)&神取 冬呼la3621


 静寂が支配する書庫で、神取 冬呼(la3621)は本棚に手を伸ばしていた。微妙に目当ての本に届かない。
 あと少しと、頑張って背伸びをしていたら、すっと背後から大きな手が伸びてきた。
「冬呼殿。この本でよかっただろうか?」
 見上げるとアウィン・ノルデン(la3388)の青い瞳と目があった。どきんと胸が跳ねる。背中に密着しそうな程近い。いつのまにこんな近くまで来ていたのか。気づかなかった。
「あ、ありがとう……」
 本を受け取って、慌てて距離をとった。
(親切に本を取ってくれただけ。他意は無いんだから、勘違いしちゃだめ)
 一方アウィンもまたクールな無表情に見せて、内心平静ではなかった。
(小柄な冬呼殿が懸命に背伸びをする姿、上目遣いの瞳を見ていると、何故か動悸が……何を邪なことを考えている)
 二人は誤魔化すように窓の外へ視線を向けた。
 しとしとと雨が降っている。冬の雨は体の芯まで冷えそうだ。
「寒いね……」
「そうだな。こういう日は……」 
「燗酒が美味しいだろうね」
 互いに思わず口元に笑みが零れて、目が合った。アウィンが口元でお猪口を持つ仕草をすると、冬呼は頷いた。
 それだけでわかった。今日は二人で呑みに行こうって。
 何度杯を交わしたか数えきれぬくらいに、何度も飲んだ呑み友だから。


 大学をでて並んで歩き、駅前の飲み屋街に向かう。
 透明なビニール傘越しに見えた冬呼の髪が、紫陽花のようだ。
 紫陽花が綺麗な寺で、冬呼と出会ったあの日も雨だった。あれから一年にも満たないが、今ではかけがえのない存在だ。
 走り続けなければ息ができなくて、鍛え続けることが目的だった。
 でも貴方が、新たな世界を教えてくれた、導いてくれた。
 貴方の穏やかな日常を守るため、鍛え続けることは手段となった。
 生きる意味を与えてくれた人。

 水たまり越しに見えるアウィンの顔に、別の顔が被ってみえて、冬呼は思わずぎゅっと左胸を押さえる。
 この先ずっと、ずっと抱えてく、消えない傷が心にある。亡くした双子の弟の記憶。
 初めはアウィンに弟の面影探しているのではと、思い詰めたりもした。
 でもある日気づいたのだ。
「あ、弟にこんな素直さは無かったね……?」
 少し残念だけど、その時アウィンを愛してるって、気づいたのだ。
 見た目が幼いと侮られがちな冬呼を、アウィンは先入観を持たず、誠実に向き合ってくれた。隣にいる居心地の良さに惹かれていって。いつのまにか惚れていた。
 悔やんでも変えられないこと、悔やむのを辞めよう。そう思えたのは、君と出会えたから。
 ねえ、こんなふうに、君が私を変えてくれたこと、知っているかな。

 あの雨の日から、いくつもの想い出を重ね、互いに惹かれあう。
 出会いは偶然。でも恋に落ちたのは、きっと必然。
 互いに恋してるのは一目瞭然。なのに互いに気づかず恋人以前。



「あ……」
 駅前の賑わいの中、見知った人影に二人は同時に気づいた。
「久しぶりね。冬呼さん、アウィンさん」
 緒音 遥。二人が出会った紫陽花寺で、慰霊祭を企画した人。つまり二人の恋のキュービッドである。
「緒音殿。これから飲みに行くのだが、よかったら一緒にどうだろうか?」
「あら良いわね。寒いから飲みたい気分だったの」
 こうして三人で向かったのは、ご近所に親しまれる小料理屋。小上がりの座敷席に座って。最初に燗酒を頼んで、お猪口を掲げ。
「久しぶりの再会に、乾杯」
 口の中で芳醇な香りを放つ酒精に、じんわりと体が温まる。
 緒音が冬呼と会うのは、あの慰霊祭ぶりだ。
「アウィンさんは私の講義の聴講生で、呑み友なんです」
「へー。そんな付き合いになってたなんて知らなかったわ」
「緒音殿は、また何か企画をしているのだろうか?」
「ええ。エオニア王国でライブイベントをするの。よかったら二人も来てね」
「エオニア。それは行きたいです」
 ちらりとアウィンを見て、思わず頬が緩む。あの地で紡いだ二人の想い出が、昨日のことのようだ。
「つまみが足りないな。……ぬ? このメニュー何だろう?」
 アウィンと冬呼、二人で一つのメニューをのぞき込み、どれにしようか悩み出す。
「え……どれどれ。ぬたか。酢味噌和え。日本の郷土料理の1つだよ」
 冬呼の語る郷土料理の話を、アウィンは興味深く聞く。冬呼を見つめる視線が、自然と優しくなっていることに本人は無自覚だ。
 メニューから顔を上げた冬呼と視線があって、顔の近さに内心驚きつつ、平静装いすっと離れる。
「すまない。注文を頼む」
 店員が返事をして振り返った。その時、他の客とぶつかって、コップが倒れた。
 咄嗟にアウィンは、冬呼を腕の中にかき抱き、一人で水を被った。
「す、すみません」
「大丈夫だ。それよりも怪我はないか?」
「は、はい。ありがとうございます」
 すぐに離れて店員を気遣うアウィンへ、冬呼はハンカチを差し出す。
「アウィンさん、ありがとう。これ使って」
「ああ。かたじけない」
 庇ってくれたのは、彼が優しいからで他意は無い。わかっていても、触れられて頬が赤くなる。

 そんな二人の様子を眺めていた緒音は内心あきれた。
(え? これで付き合ってない……どころか互いの気持ちにすら気づいてないの?)
 と思ったが口にはしない。代わりにお猪口の酒をぐいっと呷る。
(人の恋路を肴に飲む酒は美味いわね)

 運ばれてきた料理を、アウィンは取り分けて真っ先に冬呼に差し出す。
「これも美味い。それにこちらは滋養がある」
「ちょ、ちょっとこんなに食べきれないよ」
 ずらりと並んだ料理に慌てた。体調不良で倒れて以来、アウィンはずいぶん過保護だ。
「アウィン君。冬呼さんが落ち着いて食べられないわ」
 緒音に目で『大変ね』と労らわれ、冬呼は苦笑した。緒音に見抜かれてる気がして、照れ隠しにぐいとお猪口をあおる。
 アウィンがさっとお銚子を手に取って、お酌するのを忘れない。

 安心できる相手との飲み会が楽しかったのか、冬呼の飲むペースがいつもより速い。気づけば顔が赤く上気して、アウィンに寄りかかった。
「アウィンさん。ふわふわするよ」
「冬呼殿」
 ご機嫌な様子で甘える冬呼の姿が嬉しい半分、困ったのが半分。
「冬呼さん、そろそろお冷や飲みましょうね」
 緒音に目で『大変ね』と労らわれ、アウィンは目を逸らす。緒音に隠しごとができない気がして。

 傍目にはカップルにしか見えないのに、相手の想いに気づいてない。緒音は内心つっこむ。
(……じれってーな。早く付き合ってちゅーしろよ)
 でも、きっと互いに事情があって、一歩踏み出せずに躊躇っているのだろうと察した。だから心の中だけで叫ぶ。
(末永く爆発しろ)

「あら、もうこんな時間ね。明日が早いから、お先に失礼するわね」
 お代をテーブルにのせ、ウィンク1つ残して緒音はそそくさと帰って行く。
 二人きりになって、アウィンは途方に暮れた。冬呼がご機嫌に腕に抱きついたまま離れない。
「アウィンさーん。もう一杯」
「……冬呼殿。そろそろ水だぞ」
「飲ませて」
 上気した頬、とろんとした瞳で、あーんと口を開けて待つ冬呼を見て、アウィンはフリーズした。
 乱れた心を整えるために、暗記したコンビニマニュアルを、脳内で読み上げているのを、冬呼は知らない。



 店を出ると、まだ雨が降っていた。まだ冬呼は腕に抱きついて離れない。
 振りほどくこともできなくて。片腕を預けたまま、片手で傘を差した。
 冬呼が濡れないように傘を傾けたせいで、アウィンの肩はびしょ濡れだ。それが気にならないほど、冬呼へ向ける視線は、甘く優しくて。
 腕を組んで相合い傘。傍目にはカップルにしか見えない。


 普段はしっかりしてるのに、冬呼のこういう隙にアウィンは弱い。
 頑張りすぎなところが心配で、放っておけなかったり。ときどき見せるか弱さが守ってあげたくなる風情で。
 いつかの紫陽花の如き、可憐な貴方の、幸せを守りたい。

 ──世界で一番大切な人。人生、二度目の恋をしている。

 けれど、冬呼への想いが募るほどに悩む。自分は異世界から唐突にやってきた異邦人。
 また、唐突に元の世界に戻されるかもしれない。
 いつか引き裂かれるかもしれない。永遠を誓えない。そんな不確かな身で、想いを告げるのは不誠実だ。
 胸の奥に燻る恋の炎に、ぎゅっと蓋をした。


 ご機嫌気分の冬呼だったが、雨の寒さに、火照った肌が冷えていく。酔いも冷めていく。
 しまったと後悔したときには後の祭り。
 雨から冬呼を守る紳士ぶりに、嬉しくなる反面、寂しさも募る。彼の育ちのよさ故の気遣いで、恋心ではない。
 アウィンは放浪者だ。いつか故郷に帰るかもしれない。
 年の差も気になる、教え子と教師という立場も壁だ。それにこの体の虚弱さは、彼の負担になってしまう。
 書庫で倒れたあの日から、彼は何かに付け、自分を気遣うようになった。心配させてしまっている。

 ──いつかこの頼もしい腕を失うかもしれない。いかないでと引き留める資格は自分にはない。

 彼の好意に甘えすぎてはいけない。そんな想いで未練を振り切って、腕から離れた。

「冬呼殿。……気分が悪くなったのか?」
「大丈夫。迷惑かけてごめんね」
 そう言って半歩離れ、閉店した店の軒先に入る。
 離れがたい。けれど一歩前へ進めない。半歩離れた距離感が、いま二人の間を引き裂いている。
 ダメだ。これ以上甘えたら、笑顔で別かれられなくなる。いつか彼が帰る日に。
 自分の傘を開いて、何でも無い振りをして笑った。
「ごめん。仕事が残ってたの思い出したから。大学に戻るね」
 背を向けて去ろうとした。その時、冬呼の体が傾いだ。アウィンは慌てて背中から抱きしめた。
「冬呼殿! やはり気分が悪いのか!?」
 脳裏に過ぎる。いつか見た夢。

 ──最期に見るものが、綺麗なものでよかった……なぁ……。

 そう呟き、ふわりと笑みを浮かべ、息を引き取った。
 あれは夢で、現実ではないのに。絶望に濡れた記憶が蘇り、闇の世界に放り出されたような気分になって。
 失いたくない。そう願うほどに、つい力を込めて抱きしめてしまう。
「……無理をしないでほしい」

「アウィンさん。違うの。滑っただけで……」
 泥濘に脚を取られて滑らせただけ。そう伝えて顔をあげたら青い瞳と目があった。
 彼にとって自分は特別な存在なのでは、そう錯覚するほど綺麗なガラス玉の瞳。
 涙が滲んだように見えたけれど、きっと雨雫だ。
 自分が特別な存在になれるわけがない。このまま、この腕の中にいたいだなんて、思ってはいけない。
 強引に腕を振りほどいて、落ちた傘を拾う。

 はっとアウィンは失態に気がついた。滑った冬呼を助けるだけなら、強く抱きしめる必要なんてない。
 とても失礼なことをしてしまった。羞恥で震えて青ざめる。
 エオニアの船の上で、彼女を後ろから抱えて抱き上げた。あのときはまだ、自分の想いを自覚してなくて、何の躊躇いもなくできたけど。
 恋心に気づいた今は、もうあの時のように何も考えずに、彼女に触れることはできない。
「すまない。失礼なことをしてしまった」
「だい、じょうぶ」

 ──すまない。だい、じょうぶ。
 二人の言葉は『ai』に溢れているのに、『愛』の言葉だけ口にできない。不器用な二人。

 今にも土下座しそうな勢いで萎れるアウィンに、冬呼は優しい笑みを浮かべ、そっと手を差し出した。
 いつか分かれる日が来るとしたら、私は彼の何を持って行けばいい。彼に何を置いて行けばいい。
 答えは解らないけれど、別れを恐れて、今側にいる幸せを失いたくない。

「また、滑るかもしれないから。手を繋いでもらっても良いかな?」

 この手を伸ばして、怖がらないで。この手をとって、一緒に行こうよ。
 そんな希望を乗せて、差し伸べられた手に、アウィンは微笑み、手を重ねた。

「大学に戻るなら。そこまで送ろう」
「うん。お願い」

 傘2つぶん距離があるけれど、手が繋がっているぶん近くて。
 このまま永遠に、手と手を繋いでいたい。二人なら悩みも障害も、怖くない。そう思える。

 気がついてない、君はまだ。二人を妨げるものは、どこにもないってこと。
 気がついてない、君はまだ。未来さえ変える力が『愛』にはあるってこと。

 きっと、いつか気がつく日がくるだろう。
 雨あがりの虹のように、二人を繋ぐ架け橋が、この世界にあるってこと。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【アウィン・ノルデン(la3388) / 男性 / 23歳 / 無自覚紳士】
【神取 冬呼(la3621) / 女性 / 15歳 / 紫陽花の精】


●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ご発注ありがとうございました。大変お待たせしてすみません。

初詣ノベルとエオニアイベシナの間くらいの時期で。
出会いが雨の中でしたので、冬の雨の寒さと切なさを混ぜて書かせて頂きました。
お二人の過ごす時間のイメージが、いくらでも溢れ出るのですが、圧倒的字数不足に負けました。
また別の機会に書かせていただこうと思います。

もし解釈違いなどありましたらお気軽にリテイクをどうぞ。
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2020年02月17日

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