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『St.Valentine's Day』
桜憐りるかka3748

 クリムゾンウェストとリアルブルー。
 二つの世界が交わる中、多くのモノが生まれてきた。
 季節毎の催しは、その最たる物。
 聖輝節、つまりクリスマスなどは代表格なのだが、それ以外のイベントでも重要な物は多い。

 そして――二月。
 この月にも忘れてはならないイベントがある。

「……でき、ました……」
 桜憐りるか(ka3748)は、要塞『ノアーラ・クンタウ』の宿屋にて借りたキッチンで格闘を繰り広げていた。
 同盟商人から入手したサルヴァトーレ・ロッソの放出品である原材料を購入。キッチンで原材料を細かく刻んでから湯煎して液状にする。少し冷ました後にスプーンを使って球状にしてから冷蔵庫で三十分程冷やしてガナッシュでコーティング。さらにココアパウダーの中で転がして表面にココアをまぶしつける。
 こうしてできあがったのが、りるか渾身のトリュフチョコレートである。
「美味しく、できていると……いいんです、けど」
 りるかは、ぽつりと呟いた。
 間もなく、二月十四日。その日は女性から愛する男性へチョコレートを贈るバレンタインデーと呼ばれるイベントである。社交辞令として義理チョコが男性へ配られるケースもあるが、りるかが作成しているのは所謂本命チョコ。本当に愛する人へ、精一杯の愛情を込めて作成する手作りチョコレートである。
(重い、とか思われないです、よね?)
 りるかが不安を抱く理由は、知人から聞かされていた言葉である。
 手作りチョコレートを贈られても、その相手からの愛情が重いというのである。
 りるかは自分の気持ちを押しつけるつもりもなければ、相手を束縛したいとも思っていない。
 ただ――自分の嘘偽りのない気持ちを届けたい。
 その為にはチョコレートを手作り他無いと思い至ったのだ。
「……あ、ブラウニーも、準備……しなきゃ」
 りるかは思い出したように冷やしていたチョコレートの元へ向かう。
 溶かしたチョコレートにバターと上白糖、薄力粉を入れて混ぜ合わせた後、クルミを入れて型に流してオーブンで焼き上げる。粗熱を取って切り分ければチョコレートブラウニーの完成である。
 トリュフチョコレートだけでは少々寂しいと考えたりるか。ブラウニーも添える事で見た目にも楽しげな雰囲気を生み出していた。
「これを、一口サイズに切って……」
 りるかは型から取りだしたチョコレートを一口サイズに切り分けていく。
 できれば、片手で摘まめる程度の大きさにする。相手は辺境でも多忙を極める『あの人』だ。お仕事の邪魔をしたくない。りるかは一口サイズにする事で手軽に食べて貰う事を考えていたのだ。
(落ち着いて、しっかり……)
 ブラウニーをゆっくりと切っていくりるか。
 そして、それを一つずつ大事に包装する。一つ一つ、丁寧に。
 りるかは思うのだ。このチョコレートの包装を開く度に、甘いチョコレートと共に自分の愛情が相手の目の前で花開く。チョコレートの香りに乗せて相手に届く想いに、きっと相手は微笑んでくれる。
 いつもと同じように見えて――自分だけの笑顔で。
「あとは、これを……」
 りるかは『特別に取り寄せた』布で包装したチョコレートが入った箱を包み込む。

 準備は、整った。
 後は相手の元へ向かうだけ。
 忙しそうにしているであろう、あの人の執務室へ――。


「お忙しかったです、か? ……ヴェルナー、さん」
「いえ。ちょうど、一休みしようとしていましたから。おかけになって下さい」
 りるかの来訪に辺境要塞管理者のヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は、笑顔で出迎えてくれた。
 りるかは分かっている。
 本当は、一休みしている時間も無い事を。
 部族会議で大首長が留守にしている間に部族会議に反旗を翻した戦士達がパシュパティ砦を占拠。ヴェルナーは大首長補佐役として反乱軍を鎮圧したのだが、大首長は彼らの反乱を戦で終わらせる気はなかった。説得により事態の収拾を図ろうとしていたのだ。
 辺境へ戻って早々、大首長はヴェルナーを強い口調で叱責した。それに対してヴェルナーは口を閉ざして事件の後始末に奔走している。
 りるかの目にも分かる。部族会議に大きな亀裂が入っている。
「……昨日は、眠れましたか?」
「はい。おかげさまで」
 ヴェルナーはいつもと同じ笑顔を浮かべる。
 だが、これも事実ではない。大首長の怒りは凄まじく、ヴェルナーに味方する者の言すら聞き入れようともしない。若き大首長が故の問題であるが、だからこそヴェルナーは部族会議を二分しないように周囲を説得して回っていた。
 その笑顔を見て、りるかはこれ以上追求しない事にした。貴重な時間を自分に割いてくれたのだ。ならば、りるかは今できる事を精一杯すればいい。
「……あの、これ……」
 りるかは、一つの包みをそっと差し出した。
 そこにあったのは紫と白に染められた薄手の風呂敷。
 表面には月と鶴が描かれている。
「ほう、これは」
「東方の、都に……伝わっている伝統的な、風呂敷、です」
 りるかが東方より入手したのは、龍の都郊外で造られている薄く手触りが良い風呂敷である。東方商人に声をかけて特別に入手してもらった。
 りるかは西方でも流通するチョコレートを、敢えて東方の風呂敷に包んだ。それは西方のヴェルナーを、東方出身のりるかがそっと包み込む。風呂敷に描かれた月に向かって飛ぶ鶴も、夜空に浮かぶ月のようなヴェルナーに、鶴であるりるかが少しでも近くにと飛んでいく様を重ね合わせていた。
「美しい織物ですね」
「はい……」
 りるかはヴェルナーにそう返すのが精一杯だった。
 顔が紅潮しているのではないか。
 その事に気付いて焦るりるかを目にして、そっと微笑むヴェルナー。
 静かに箱を開く。そこから広がるチョコレートの香り。
「これは……チョコレート。ああ、そうでした。今日はヴァレンタインでしたね」
 りるかがチョコレートを出して今日が何の日なのかを思い出したようだ。
(やはり、ご多忙……なのです、ね)
 りるかはヴェルナーがこうしたイベントを忘れていた事に対して静かに驚いた。
 その思いを知っていてか、ヴェルナーは自戒する。
「いけませんね。りるかさんがお越しになった際に気付かなければなりませんでした」
「あ、あの……。チョコレートは、一口サイズ、です。お忙しい中でも……食べられ、ます」
「手作り、ですか? それは嬉しく思います」
「……本当、ですか?」
 りるかは恐る恐る問いかけた。
「ええ。りるかさんが気持ちを込めて作られたのです。その気持ちがとても嬉しいです。
 ですが、できればこのチョコレートは仕事中ではなく……あなたと一緒に食べたいです」
「……え」
 一瞬、言葉が詰まるりるか。
 その様子を悪戯っぽく笑みを浮かべて見つめたヴェルナー。
 立ち上がり、執務室にある食器棚に向かって歩き出す。
「今日は特別な茶葉をお出ししましょう。リアルブルーから取り寄せた品です。お付き合い、いただけますよね?」


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ファナティックブラッド
2020年02月18日

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