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『スケジュールに狂いはない(4)』
水嶋・琴美8036

 館は、いやに静かだった。
 主が帰ってきたというのに、普段なら真っ先に出迎えにくるはずの使用人達の姿もない。そのせいで、ただでさえ思うように計画が進んでおらず不機嫌だった男の機嫌は、更に地を這う事となる。
 使用人達の姿を探しながら、男は怒りのままに怒鳴り散らした。しかし、不意にその首元に冷たい何かがひたりと触れる。まるでナイフで撫でられているかのような恐ろしい感触に突然襲われ、男の顔からは一気に血の気がひいていった。
 実際に、ナイフが当てられているわけではない。だが、それと同じくらい冷たい温度を持った殺気が、確かに男の肌を撫でていた。
 心当たりは……あまりにも多すぎた。
 先日もライバル企業が保有している先進的な技術を奪うために、相手の邸宅を傭兵部隊に襲撃させたばかりだ。
 結局その時の襲撃は失敗に終わってしまったが、近い内にまた仕掛けようと男は密かに画策している最中であった。
 あの襲撃の黒幕が自分であるという事が、相手の企業にバレたのだろうか。そうだとしても、自分へと辿り着くのがあまりにも早すぎる。
 男は自分の企業が疑われないように、プロの工作部隊に頼み巧妙に裏工作をしていた。男が関わった痕跡は、完璧に隠せていたはずだ。
 自分の雇った工作部隊に何らかの落ち度があったか、もしくは――よっぽど頭の切れる者が向こうの企業にいたのか。殺気に怯えながらも、男は思考を巡らす。
「ずいぶんと顔色が優れませんね。そろそろお休みなさった方がよろしいのではありませんか?」
 不意に、凛とした女の声が響いた。反射的に振り返った男の目と、一人の少女の目が合う。
 長い黒髪の一部を二つに結んだ、メイド服を身にまとった少女だった。どこか自信に満ちた笑みを浮かべており、艷やかな唇は美しい弧を描いている。
 使用人の顔などいちいち覚える気などなかったが、この美しいメイドの事を把握していなかった事を男はひどく惜しく思った。まるで誘われるかのように、思わず彼は彼女に向かい手を伸ばす。
 しかし、その指先が彼女に触れる事はなかった。いつの間にか彼の背後へと回っていた少女は、くすくすと悪戯っぽく笑い、告げる。
「穢らわしい手でお触れになるのはご遠慮くださいませ。私はあなたのメイドではありませんよ?」
 男は、自身の肌をなぞる殺気が一層強くなった事に気付いた。
 そして、その殺気を放っている人物が、今目の前にいるこの愛らしい少女だという事実にも。

 ◆

 水嶋・琴美(8036)が、主人のライバル企業の邸宅へと赴いた目的は、ただ一つ。主人へと敵意を向けた、この企業をせん滅するためだ。
 突然琴美に殺気を向けられたターゲットは、自分が雇っている傭兵部隊を慌てて呼び出す。
 館で待機していた者達はすでに琴美が倒していたが、外出中の自分の護衛のために男は結構な人数の傭兵達を引き連れていたらしい。次々に、傭兵達が琴美の前へと立ちふさがった。
 そして、彼らは一斉に彼女へと襲いかかる。琴美のしなやかな肢体を狙い、容赦なく武器を振るい始めた。
 だが、彼らが武器を構えるよりも、琴美が動き始める方が早かった。疾駆したメイドは一息で相手との間合いを詰め、ニーソックスに包まれた脚を敵の一人へと向かい振るう。
 息を吐く間すらも許さず、続け様にもう一撃。速く、そして威力を持った拳が、相手の身体へと叩き込まれた。
 敵もすぐに反撃しようとしたが、彼女に触れるどころか、その姿を目で追う事すらも彼らには難しかった。一人、また一人と、琴美の手により傭兵達は倒れていってしまう。
 彼女の動きは、完成されたシナリオをなぞっているかのように、あまりにも華麗で隙がなかった。戦闘の様子を伺っていた館の主は、まるで劇でも見ているかのような錯覚に陥る。
 自分の命に危機が迫っている事すらも忘れ、今まで彼が見たどの舞台よりも鮮やかでどの女優よりも美しい彼女の姿に、ついつい男は見入ってしまっていた。
「あら、呆けてしまっていてよろしいのですか? もう、あなたしかおりませんよ」
 その声に、男はようやく正気を取り戻す。あんなにいたはずの傭兵部隊は、気づけば全員地に伏せていた。この美しい少女に、皆倒されてしまったのだ。
 男は慌てて、琴美に向かい何かを言い出し始める。自分の元で働いてくれれば、いくらでも金を出すと必死に言いくるめようとしているようだった。自分の命が惜しいというのももちろんあるようだが、それ以上に男は琴美の事を手に入れたくて仕方がない様子だ。
 だが、メイドは笑顔で首を左右へと振る。代々今の主人へと仕えている彼女の忠誠心を、こんな男が崩せるはずもない。
「ご遠慮いたします。私が仕えるのは、ご主人様の一家だけです。私の大事なご主人様へと悪意を向けた事を、どうか地獄で反省なさってくださいませ」
 突如、強い風が吹いた。琴美の操るその風は、地にある全てをさらっていく。
 完璧なメイドが歩いた後には、ゴミ一つ残らない。汚れも雑草も――敵も。彼女の主人にとって害になる者を、琴美は何一つ残す気などなかった。
「お掃除完了ですね。全て、予定通りに進みましたわ」
 ひと仕事終えた琴美は、満足げに笑みを浮かべる。行儀よく一礼してから、彼女は主を失ったその館に背を向けるのであった。

 ◆

「さて、次は買い物に行かなくては……。ご主人様のお好きな茶葉は、私が直に見て品質をチェックしなくてはいけませんからね」
 戦闘を終えたばかりだというのに、琴美の顔に疲れの色はない。事実、さして疲れる仕事でもなかった。この後は、元々の予定通り馴染みの高級茶葉店に寄るつもりだ。
 すれ違う者達は、彼女の美貌に思わず見惚れはするものの、まさかこの美しいメイドが今まさに一つの企業をせん滅してきた帰りとは思わないであろう。
 琴美自身も、いつも通りの落ち着いた笑みを携えている。だが、彼女の胸は、勝利した興奮を未だ忘れられず気高く高鳴っていた。
(次はどんな敵と戦えるのでしょう。私を満足させる程の強敵と、次こそ出会えるでしょうか)
 任務を終えたばかりの心地よい高揚感に浸る胸へと手を当て、琴美は僅かな間だけまだ見ぬ未来へと思いを馳せる。
 たとえ、彼女が望んだ通り強敵が現れたとしても、決して負ける事がない自信が琴美にはあった。この美しく艷やかな体には、どんな敵であろうと触れる事を許す気はない。
 メイドは、自身のスケジュールに忠実に動いている。狂う事のない、彼女の人生のスケジュール。その全ては輝かしい勝利で満たされており、琴美が失敗や敗北する事など、絶対にありえないのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
完璧なメイドさんのとある日の一幕、こんな感じのお話となりましたがいかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。またいつか機会がございましたら、何卒よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年02月18日

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