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『めぐりめぐる恋模様』
吉良川 奏la0244)& 朝霧 唯la1538)&神埼 夏希la3850)&水無瀬 響la2686)&吉良川 鳴la0075

 カキンと音を立てて飛ぶボールを横目に、水無瀬 奏(la0244)が振ったバットは微妙な角度で当たって敢えなくアウトになる。暖冬といっても二月上旬は肌寒くダンスで鍛えた筈の動きは鈍かった。打ち切ったのでバットを元に戻す。
「はい。じゃあ奏はポケットティッシュだ、な」
「うー、無念だよ……」
 後ろで様子を眺めていたらしい幼馴染であり、このバッティングセンターの管理人でもある吉良川 鳴(la0075)の方に振り返ると、奏は肩を落として彼が無造作に差し出すそれを受け取ろうとした。と、手がティッシュを取った矢先に、
「鳴!」
 と明るい声が彼の名前を呼んだ。そちらを見れば手を振って近付いてくる女性がいる。歳は鳴と同じくらいだろうか、奏は知らない相手だ。彼女は今やっと気付いたかのようにこちらを見返す。
「普段はここの管理人をしてるって聞いて来たんだけど……おや? 隣にいるのは誰かな? もしかして鳴の幼馴染?」
 女性は首を傾げて矢継ぎ早に尋ねてくる。鳴を見れば、歓迎はしていないが嫌がる素振りもない複雑な顔をしているので二人の関係が気になったが、挨拶は大事だと折り目正しく自己紹介する。
「初めまして、水無瀬奏です! 宜しくお願いしますね。えーと……」
「奏ちゃんね。うん、こっちこそ宜しくね! 私は、うーん、鳴から説明宜しくだよ!」
 満面の笑みに自信が滲んでいる。何故か自己紹介を託された鳴は面倒臭そうな顔で一つ溜め息をついてから彼女の名前が神埼 夏希(la3850)だと教えてくれた。それで一旦黙り込んだ鳴だが、奏と夏希双方の視線を受けて観念したように付け足す。
「夏希はまぁ、俺の元カノってやつか、な」
 因みに彼女もつい先日ライセンサーになったばかりで、と煙草を吸いたそうに唇を触りながら補足するも奏の耳には生憎入っていなかった。鳴は自分より年上で、大人で――それに水無瀬家を出てから再会するまでそれなりに空白期間もある。だから恋人の一人や二人、過去にいてもおかしくないが、鳴の口から元カノの単語が出てきた瞬間に、ちくりと胸が痛んだ気がした。原因が分からず胸元に手を当て黙っていると、急に頭が重くなって一瞬前の方につんのめりそうになった。若干乱暴な仕草で撫でられていると気付いて、奏は勢いよく鳴に向き直る。
「もうっ、鳴くん!」
「ゴメンゴメン」
 奏が詰め寄るより先に鳴はすっと身を躱した。ポカポカと殴りたかったのにし損ねて、乱れた髪を手で直す。ぴょこんと立ったアホ毛に鳴が吹き出した。
「へー、二人って凄い仲いいんだね?」
 と腰に手を当てた夏希が少し唇を尖らせ言う。
「まあ、ね?」
「そういえば夏希さんはどうしてここに来たんですか?」
 とぼけた返事をする鳴は置いておき、わざわざ訪ねてきたのだから用事があるのだろうと思って訊いてみる。そうそうと手を合わせて夏希は気を取り直したように笑った。
「もうすぐバレンタインでしょ? だから鳴に手作りのチョコレートを手渡ししに行くよ、って宣言しに来たんだ」
「え?」
「は?」
 ほぼ同時に驚きの声をあげる奏と鳴を見て夏希は何故かとても満足げだ。少し離れたところにいた彼女が足を踏み出して、奏の真正面に立った。金色の瞳をまっすぐに受け止める。
「さっき元カノ、って言われちゃったけど、鳴のことはまだ諦めてないの。だから、宜しくね♪」
 それは宣戦布告だった。腰にかかる長髪を掻きあげた右手首に淡い水色のブレスレットが覗く。自分の知らない鳴を夏希は知っているという事実が奏の心をざわつかせた。人知れず奏は拳を握り締める。悪戯っぽく微笑む彼女の視線の先には鳴がいて、謎の焦燥感が火種となり燃えあがった。
「それなら私も、鳴くんにチョコを作るよ! それでどっちのチョコが美味しかったか鳴くんに判定してもらうっていうのはどうかな?」
「いや、それはちょっと……」
「うん、いいね。じゃあ十四日に鳴の家で会いましょ」
「――正々堂々、勝負だよ!」
「二人とも、な、俺の話も聞こうよ?」
 鳴が何やら言っているがそれはさておき、夏希は本当に宣言する為だけにやってきたようで約束を取り付けると、ひらひらと手を振って帰っていく。それを見送って、謎の対抗心に奏は奮い立った。なので、
「奏の手作りチョコとか、俺の胃保つのか、な……?」
 震え声の鳴の呟きなど少しも耳に入らず、誰かの打撃音と、そしてホームランが出たことを知らせるメロディがいつも通りセンター内に響き渡った。

 ◆◇◆

(鳴にぃから神埼さんがSALFに鳴にぃを追い掛けてきたのを聞いて、不安だったんですよぉ。それがまさか奏ちゃんに宣戦布告したとかぁ)
 朝霧 唯(la1538)は鳴と話した時を思い出していた。夏希とは二人が付き合っていた際に数回会ったことがある。その当時は唯もまだ鳴に恋心を抱いていて、夏希が恋人とは認められなかったし、ウマが合わずに苦手意識が付き纏った。彼の前では穏便に努めたが、二人になるとどちらが鳴に好かれているだの鳴のことをどれだけ知っているかだのと張り合う犬猿の仲だった。
『と、いうわけなんだけど。唯、俺の作戦に協力してくれない?』
 とっくに諦めたとはいえ、鳴は同じ施設で育った義兄。大切な存在に変わりはなく、唯は二つ返事で了承した。
(水無瀬家……それならあの人もいますねぇ?)
 とどこで作戦を実行するか聞き、彼も手伝いそうと期待していた面もある。かくしてキラキラと目を輝かせて鳴たちと合流した唯の目の前には予想通り、奏の兄である水無瀬 響(la2686)もいた。早速ソファーに腰掛け、正面には鳴と奏、隣には響という並びになる。側から声が聞こえるだけで唯の胸はドキドキと騒ぎ出した。
「それで、俺と唯は買い出しに行けばいいんだな?」
「ん、お願いするよ。何買うかはメモしてあるから」
「うみゅ。私が作るんだから私が材料を決めるのはダメ?」
「奏。勝ちたいんだよ、な? だったら俺を信じてほしい」
「……うーん、分かったよ」
 普段朗らかで奏には意地悪な一面もある鳴が真剣な表情で彼女を見つめる。暫し見つめ合い、結局は一度は異論を挟んだ奏が折れる形になった。ちなみに唯は知っている。鳴が何故こうも必死なのか、それは奏の作る料理が壊滅的――破壊的という方が正しいくらい酷いせいだ。卵焼きだけは美味しくなったらしいと聞いたが。顔色が早くも青褪めているのはきっと気のせいではない。とはいえ、
(やっぱりあたしは、奏ちゃんの方が鳴にぃとお似合いだと思いますよぉ!)
 奏と接する鳴の様子を見て、負けたと思ったのだから。その直感は正しかったと信じている。頼んだと鳴が響にメモを託した。早速材料を買いに行くことになり、響に続いて唯も立ち上がる。いつも元気な奏が緊張しているように見えたので、我が事のように拳を握り、唯は言った。
「奏ちゃん、ファイトなのですよぅ」
「……うん! 唯ちゃん、ありがとうね!」
 奏が溌剌とした表情を取り戻したのに唯も微笑み返し、響の先導のもと店へと向かった。

(二人で買い出しに行くなんて夢のようなのですよぅ♪)
 恋い慕い、響に夢中な唯にとっては今回の騒動は嬉しい誤算だった。しかもメモを確認するのを口実に腕が当たるほど側に近寄っては、新婚夫婦が仲睦まじく買い物している気分に浸ったり――そんな幸せ過ぎて逆に倒れそうな時間も束の間、チョコを探し求め菓子コーナーに来た二人は、渦中の人物と目が合い立ち止まった。
「あらら? あなた、鳴の義妹の唯ちゃんよね」
「うぅ……お久しぶりなのですよぉ、神埼さん」
「うんうん。唯ちゃん、久しぶり! ところでお隣は?」
 奏には悪いが夏希が好きなのは鳴と分かっているので、敵愾心は湧かない。しかし見下されている気がして引き気味になってしまった。
「水無瀬響。奏の兄だ」
「ああ、奏ちゃんのお兄さんなんだ! 響さんだね、宜しくね!」
「此方こそ」
 挨拶する響に夏希は笑顔で握手を求める。すぐに離し、それから彼女はちらと響が持つ籠を見た。その夏希も苺やらナッツやら手作りチョコの材料らしき物が入った籠を抱えている。そしてぱっとチョコを取って中に放り込んだ。

 ◆◇◆

 あのことがなければ今も鳴の隣にいられた筈。破局して顔を合わせることがなくなっても夏希の心の中に息衝く彼への淡い恋心はずっと薄れることなく、だから噂を頼りにライセンサーの仲間入りを果たした。そうして新たに先輩後輩という繋がりを得たのだ、すぐに探して見つけて、バレンタインを名目に会いに行き、前から話に聞いていた幼馴染と知り合った。二人がじゃれ合っているのを見て宣言は宣戦布告へ変わる。得意なのは和食だが料理全般が趣味なので、お菓子作りも自信があった。出来るだけに何を作れば鳴が喜ぶかと考えに考えて、幾つかの候補に絞りようやく買い物に出たらまさか、唯とライバルの兄に鉢合わせるなんて予想外だった。
(鳴を取り合った犬猿の仲だった、私には勝てたことなかったけど♪)
 大人気ないとは少しも思わない。色恋沙汰において年齢は無関係だ。そんな密かな優越感に浸りつつ声を掛けて、響にくっつきそうでくっつかない唯に意識していると察する。
「何年か前は鳴の恋人だったとか」
 唯の様子を気に留めつつ響がそう切り出してくる。男の幼馴染とは兄弟同然と言っていたから、直接聞いたのだろう。どこまで話したのかは不明だが鷹揚に頷いてみせる。
「神埼さん、まだ鳴にぃのことを諦めてないのですよぉ、んんぅ」
「諦めてないのがそんなに悪いこと?」
 先に口を挟んだ唯を軽く睨むと彼女は素早く響の後ろに隠れた。うがーですよぉ、と彼を盾に睨み返して、ベーっと舌まで出す。それを響が、
「落ち着け、唯」
 と宥めている。視線でこちらまで窘められて夏希は肩を竦めた。
「まぁ、そういうことだから。奏ちゃんを贔屓して、私を邪魔するのはやめてよね。響さん」
「贔屓も何も誰とどうしたいか決めるのは鳴自身だ」
 言うことは尤もだと頷きつつも、落ち着き払っているのが鳴と奏の仲に絶対の自信を持っているようで胸の中にもやもやしたものが湧いた。確かにあの日一緒なのを見て鳴が奏の存在を大事に思っていることに気付いた。軽い口調に込められた心配や笑みの柔らかさに、恋人であった夏希さえ向けられたことがないような――特別な何かがある。恋愛感情かまでは判らないが。あの時元カノと即答されて内心少しがっかりしたものの、それで折れてしまう程この想いは安くなかった。
「それもそうね。だから私も、鳴とよりを戻す為なら全力を尽くすよ」
 でなければこの仕事は選ばない。響の目をじっと見返して宣言する。それからふっと肩の力を抜いて意識して微笑んでみせた。今この二人と悠長に話している暇があるのなら、少しでも上手にチョコが作れるよう練習したい。そう思ってそろそろ切りあげることにした。
「それじゃ、鳴と奏ちゃんにも宜しく言っておいてね♪ 唯ちゃんは……響さんにあげるのかな。上手くいくといいね」
「神埼さんには関係ないのですよぅ!」
「ほら、唯、俺達もそろそろ行こうか。あまり待たせるのも悪いしな」
「はい。神埼さん、さよならですよぉ」
 二人揃って頭を下げるのに手を振って応える。
 響が少し迷う様子を見せながらチョコを取り、次はと視線を巡らせ別のコーナーへと移動する。その後ろを唯が仔猫のようについていった。まだ何か買うらしい。レジに向かうもふと響の言葉に若干の引っ掛かりを覚えたが、答えは見つけられず、すぐ忘れてしまった。何せ決戦の日まで時間がない。清算し終えて店を出た夏希は空を見上げた。鳴と二人で何処かに出掛けたくなるような青が広がっている。

 ◆◇◆

 以前から鳴に、前に彼女がいたことは個人的に聞いていた。その元カノが最近ライセンサーになったことも、鳴を追いかけてきたことも全部知っている。とはいえ他人の恋愛事情に深入りする気はなく、余り突っ込んで聞いたことはなかった。それが夏希が会いに来た現場に妹の奏も居合わせて、初対面で二人の関係が露見した挙句に、あの奏がチョコレートを作り、鳴に手渡すのだと燃えている。響としても鳴の胃袋が無残に破壊される様を見たくはないし、奏を応援したい気持ちも勿論ある。だから、鳴の頼みを受けて唯と一緒に駆り出されてきたわけだが偶然、夏希と遭遇するとは思わなかった。
「まだ機嫌が悪いのか? 唯」
「にゃ? そっ、そんなことないのですよぅ!」
 夏希と別れて帰宅する道すがら、珍しく口数が少ない唯に尋ねると、ぶんぶんと勢いよく首を振る。唯が儚げな外見とは違い芯が強く、優しい性格なのだと響は理解している。でなければどんな事情があっても、危険な戦いに身を投じることはしなかった筈だ。そんな彼女がまるで、野良猫のように警戒心も露わに接する相手がいるとは意外で、夏希も悪い人間ではなさそうだが、どうにも険悪な仲だ。
「彼女――夏希も本気みたいだな」
「そうですねぇ……神埼さん、鳴にぃのことが本当に好きでしたから」
 唯の歩幅に合わせて歩くと、腕に下げた買い物袋の中身がガサガサと音を立てる。らしくないほろ苦さがこもった声に自分の知らない唯の過去を思った。施設にいた頃から鳴にくっついていたというので彼を取られたように感じたのだろうか。
 夏希の鳴に対する想い、その本音を直に聞き、彼女への印象はむしろよくなった。しかし別れた経緯を知らない以上口を挟みはしない。
「……やはり俺が持つか」
「あっ、ありがとうございますですぅ。響さん」
 ふらふらと危なっかしい唯の買い物袋を引き受ける。唯は歩きながら、少しだけこちらへ身を寄せた。夕暮れ空でもないのに何故だか彼女の顔が赤く見えるが、気のせいだろう。

「聞いてくださいよぉ、鳴にぃ! お店で偶然神埼さんに会ったんですぅ。あの人、全然変わってなくてもう凄かったんですよぉ」
 と帰るなり唯は鳴に、怒りの感情をぶつけに行っている。響は買い物袋を台所に運び、テーブルに並んだ調理器具を前に腕まくりをし気合いを入れている妹を見た。
「よし、がんばろう!」
 何故初対面の夏希に、これ程対抗心を燃やしているのか。自分でも不明かもしれない。奏がまた鳴くんと呼ぶようになって一年も経っていないのだ。すぐ使わない物を冷蔵庫に仕舞っていると、鳴と唯も台所へと入ってきた。
「じゃあ唯、奏のサポートは、任せた」
「了解ですよぅ。頑張りましょぉ、奏ちゃん!」
「うん。お手伝い宜しくね!」
 女子二人が実際にチョコレート作りを行ない、鳴は奏が余計なことをしでかさないかの監視役、響はその三人を見守りつつ、適当に雑用でもする予定だ。まずは手洗いからと、流し台に奏と唯が並び何か話しているのを眺めていれば近付いてきた鳴が横に立つ。真剣な顔つきに話を聞く姿勢を取った。
「……響はさ、俺、どうすればいいと、思う?」
「俺の言う通りにして、絶対に後悔しないか?」
「俺は、真面目に聞いてるんだけどな……いや、色々、ゴメン」
 緩くかぶりを振って、乱れた髪を整える。鳴は優しい性格だが、夏希を嫌っているのなら奏の前でもはっきりと拒絶しただろう。しなかったということは多少なりと感じるものがある筈だ。
 謝罪に返事する代わりに鳴の肩を叩いた。彼の受難は続きそうだと他人事のように考える響は自身が唯に慕われているとは全く気付かないのだった。

 ◆◇◆

「あのね、鳴くん。夏希さんとのこと、訊いてもいいかな」
 奏がそう言ったのはボウルやら泡立て器やらを取り出している時だった。オーブンペーパーが何処か棚を漁っていた鳴はふと動きを止め、心なしかぼんやりした様子の奏を見やる。そして、一つ息をついた。彼女にも聞こえるようあからさまに。それから軽く肩を回しながら考えてみる。
「訊くも何も、元カノってだけの話、だよ。ここを出た後に出会って、何年か付き合って――それで、別れた」
 言いながら、鳴は自分がつけているブレスレットを見た。交際当時夏希から贈られた品だ。それを別れた今もつけている訳はと聞かれてもおいそれと話せない。だから言おうとは思わなかった。奏は尚も物言いたげだったが何かしら言う前に響と唯が帰ってきたので、話は打ち切りになった。
 元カノとバレるのも嫌だったのに、あの邂逅の結果、奏もチョコを手作りして渡すのだと燃え出したことに鳴は怯えた。主に彼女の料理の腕に対して。考えた末に、唯を誘い奏と一緒にチョコを作らせようと思いついたわけだ。
「計量は正確に、な」
 とレシピを片手に、鳴は適宜口を挟む。言葉では説明し難いことは唯に実践してもらうという形だ。奏の手料理が不味いのは調理の仕方がやたらと極端な為だ。おまけに抽象絵画や現代アートじみた大体悪い意味で独創的なセンスを発揮する。その辺は母親譲りの才能によるものだろう。基本レシピに忠実に進めれば食べられる味になる筈、と頑張った甲斐あってどうにか、危険な感じではないチョコが一応は完成した。

 そして約束の日。四人は鳴の家に集合しそこに夏希も加わる。インテリアを眺める夏希の近くでは、
「ひ、響さん。あたしのチョコを受け取ってくださいですぅ!」
 と、奏の為に見本を見せがてら作ったチョコを唯が響に渡す。
「ありがとう。……ん、鳴の分は用意していないのか」
「それはそのぅ……あたしのチョコは響さんが……ううっ、言えないですよぉ」
 当然のように義理だと思い込む響に本命とは言えない唯。唯の恋は前途多難のようだ。
「鳴、一生懸命作ったから受け取ってね」
「私も鳴くんに気に入ってもらえるよう、がんばったよ!」
 ラッピングされたチョコを受け取って、そして現在、鳴の目の前には夏希が作ったボンボンショコラと奏が作ったガトーショコラが既に皿へと移し置いてある。どちらに軍配があがるかと、正面に立った二人から痛いくらいの視線を注がれた。そんな中、鳴は不思議と落ち着き払ってそれぞれを口に運ぶ。神妙な顔つきで咀嚼して鳴は頭を悩ませた。
 現状、率直にいうと奏のほうに鳴の気持ちはあった。その点、彼女に利があるといえるが、すぐには付き合うつもりはなかった。夏希に対してもあまり邪険にはしたくない。単に味で比較するなら、料理上手な夏希のチョコが圧倒的に美味かった。しかしだ――。
 いつの間にやら夏希と奏程ではないが、響と唯も自分の動向を見守っていた。暫しの沈黙を挟んで、鳴はようやく口を開く。
「判定はまぁ――引き分け、ってことで」
『えーっ!?』
 納得がいかないと言わんばかりの大声が綺麗にハモって鳴の耳を突き抜けた。二人のすぐ側にいる唯などは両手でしっかりと耳を塞いでいる。さしもの響も少しだけ眉根を寄せていた。
「夏希のは、文句なしに美味い、けど俺、甘い物って好きじゃないんだよ、ね。奏のは、俺でもいけるけどどっか計り間違えたっぽい……かな。食えるけど、また食いたいとは思わない感じだな」
 事情を知っている響には逃げだと思われるかもしれない。しかし今はどっちつかずでいたいのが鳴の本音だった。奏に自分好みのレシピを押し付けたのは、結果的に正解だったと思う。でなければ理由付け出来なかった。
「というわけで、今年のバレンタインは、これで終わりにしようか――」
『納得出来るわけないよ!』
 上手く始末をつけたかと思いきや、奏も夏希もヒートアップして迫ってくる。その後ろで、
「あわわ、二人ともやめてくださいですぅ!」
「……自業自得というやつだな、鳴」
 唯と響が全く別の反応をする。いやいやだって、という鳴の抵抗は元カノと幼馴染の声に飲まれた。
 かくして今年は曖昧なままに幕を閉じ、そして、来年のバレンタインデーに勝負は持ち越しとなる――かどうかはこの先の彼らの行動次第だろう。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
幾つか勝手に解釈した点もあるので、もしおかしければ
遠慮なくリテイクの申し出をしていただければ幸いです。
夏希さんは交友欄の響さんに対するコメントを見ると
鳴くん以外には結構きつめなのかなあという印象ですが、
そういう面をふんわり出しつつ、鳴くんへの一途さを
強調する形で書かせていただきました。
また響さんもデフォルト口調は敬語ですが交友欄では
夏希呼びになっていたので最初からタメ口にしています。
鳴くんの判定は自分自身がアドリブで誰かを贔屓する
描写はしたくなかったので逃げさせていただきました。
それぞれの恋の行方が楽しみです!
今回は本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年02月19日

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