▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『夢のお告げ、かもしれない。』
天野 一羽la3440)&ヤロスラーヴァ・ベルスカヤla2922


 窓から差し込む太陽の光が、天井を照らし出す。
 薄目を開けた天野 一羽(la3440)はぼんやりとしたまま、それを眺めていた。
 見慣れた自分の部屋の天井。
 だが元旦の光に照らされると、なんだかとても特別なものに見えてくる。
 人間が作った区切りというだけで、昨日と変わらない太陽なのに。

 もちろんそれは、自分の感じ方ひとつ。
 一羽はとても幸せな気分でしばらく横になっていたが、その理由をようやく思い出した。
「あっ……!!」
 がばっと起き上がると、すぐに顔を洗いに走る。
 タオルで顔を拭いながら、時間を確認する。
 大丈夫、約束の時間には充分間に合う。
 そもそも目覚ましのアラームが鳴る前に目が覚めていたのだから。

「やっぱり緊張してるのかな?」
 一羽は自分の両頬をパン、と叩いて気合を入れた。
 昨夜から選んで置いた服に着替え、いつもよりちょっと念入りに鏡に向かう。
「……そろそろかな?」
 横目で時計を確認する。
 約束の時間までは、まだ充分。
「そもそもちょっとぐらい遅れるかもしれないし」
 窓の外をちらっと見る。
 絵本で見た、妖精の羽根のような透明な水色の空が広がっていた。
「いやでも、遅刻するような人じゃないだろうし」
 うろうろと部屋の中を歩き回る。

 そんな悶々とした時間は、予定時間ちょうどに終わった。
 来客を知らせるチャイムと同時に、一羽は足早に玄関に向かう。
 ひとつ大きく息を吸って吐いて、扉を開けた。
「おはようございます。一羽くん」
 そこには眩い太陽の光を纏って、ヤロスラーヴァ・ベルスカヤ(la2922)が微笑んでいた。


「お、おはようございます」
 一羽は反射的にそう口にしてから、次の言葉を探す。
 ヤロスラーヴァはお正月らしく、華やかな振り袖姿だった。
 普段から時々和服姿でいることも多いだけに、着こなしや立ち姿も実に自然だ。
 どう見てもロシア美人なのに、違和感は全くない。

 ――元旦に初詣に行こう。
 今となってはどうやって誘ったのかも覚えていないが、とにかくヤロスラーヴァはすぐにOKしてくれた。
 そして『どうせなら振袖で初詣に行ってみたい』と言い出し、着付けの時間があるので、彼女が一羽の部屋に迎えに行くということで話がまとまった。
 一羽は多少遅れても構わないと伝えたが、きちっと約束の時間に来る辺り、流石だと思う。

「おかしいですか?」
 そう声を掛けられて初めて、一羽はまだ晴れ着姿にコメントしていないことを思い出した。
 言葉にしなくても、とても綺麗で、とてもよく似合っているのが当然だったから。
 いやむしろ、どうやっても月並みな褒め言葉しか見つからなくて、言葉にできなかったのだ。
「いえ、その、あんまりよく似合うので……ちょっとびっくりしちゃったというか……」
「ありがとうございます」
 青い瞳の大和撫子は、少し恥ずかしそうに、そして誇らしそうに微笑む。
 一羽はとても素敵な夢の中にいるようだと思った。



 一羽とヤロスラーヴァが並んで歩くと、道行く人が振り返るのが分かる。
 いや、男子大学生の一羽を振り返っているわけではないだろう。
 晴れ着姿のヤロスラーヴァが注目を浴びているのだ。
「ヤロスラ―……えっと、ヤローチカは、あの、疲れませんか。草履とか」
 一羽は気恥ずかしさに耐えきれずに思わず妙なことを尋ねてしまう。
 和服に慣れた人が自分から晴れ着でと言ったのだから、多少歩くのに問題はない。

 ついでに、最近呼び始めたばかりの愛称を混ぜてみたので、余計に妙な感じになってしまった。
 一緒に依頼に行ったり、SNSで繋がっていたりしているうちに、ロシア人にとってはむしろ愛称で呼ぶ方が自然だから、そう呼んでほしいと言われたのだが。
 年上のお姉さんを名前で呼び捨てしているようで、一羽はまだ慣れることができない。
(というか、なんだかちょっと深い関係になったみたいだし)
 
「私は大丈夫ですよ」
 ヤロスラーヴァが上品にくすくす笑う。
 一羽の戸惑いに果たして気づいているのだろうか。
 時々一羽の手に、絹のほの冷たく滑らかな感触が当たる。
 少し手を伸ばせば、その先に白い指があるはずだ。
 一羽の指が反射的にピクリと動いたが、その先に進めるほどの厚かましさがないのが一羽の美点であり、弱点だ。

 一羽はそっと息を吸う。
 元旦らしい良いお天気で、煌めく陽光が暖かく、けれど吸った息は体の中を涼しく駆け抜けていく。
 少し落ち着いて眺めれば何もかもが真新しく、何もかもが美しい。
「いいお正月ですね」
「ええ、本当に」
 そんな会話もなんだか長年連れ添った大人同士のようで、一羽はくすぐったくなった。


 神社についてみると、やはりそれなりの人出だった。
 普段は静かなたたずまいのこぢんまりとした神社だが、近くの人が少しめかしてお参りに集まり、賑やかな中にも少しかしこまった、程よく張り詰めた空気が感じられる。
 手水舎での作法も、ヤロースラヴァは完ぺきだった。
 袖を上品に押さえつつ、柄杓を器用に操る。
 その所作にも、一羽は見とれてしまう。
「初詣って素敵な習慣ですよね」
 ヤロスラーヴァは日本文化の研究に熱心なだけあって、とても楽しそうだった。
「初詣しか神社に行かない人も多いんですけど」
 一羽もようやくリラックスしてきたようだ。
 並んで歩くのにも余裕が出てきた。 

 拝殿の前で揃って手を合わせる。
(ヤローチカ、何をお祈りしているのかな……)
 静かに目を閉じる横顔をちらりと見て、自分も目を閉じる。
(ボクは……できれば、新年も、これからもずっと……)
 その先は、神様にも以心伝心でお願いしたいところだ。

 人の流れは拝殿から、社務所へ向かっている。
「おみくじを引きませんか」
 一羽が先に立って、重いくじ入れを持ち上げてヤロスラーヴァに渡す。
 一羽も自分の分を引き、神籤を受け取る。
 数歩離れたところでそっと開いたところで、飛び込んできた文字。
 一羽は思わず小さな声を漏らす。
「あ」
 ざっと読み流し、改めて読みなおす。
 ――恋愛は思いの通りに、結婚はその時を待てば必ず幸せに。
 他の部分は忘れてしまうぐらいに、今の一羽にはその言葉が突き刺さる。
(いや、まだボクは大学生だし、そのときっていわれても……)
 カッと火照る頬を感じて、思わず神籤から目を上げる。
 その視線が、青い瞳と真正面からぶつかる。
 驚いたような、戸惑ったような、それでいて少し熱を帯びた、潤んだ瞳。
「ヤローチカ……」
 何か言いたげに少し開いた唇が、不意にぼやけた。



 窓から差し込む太陽の光が、天井を照らし出す。
 薄目を開けた天野 一羽はぼんやりとしたまま、それを眺めていた。
 見慣れた自分の部屋の天井。
「夢かよ……夢みたいだとは思ったけどさ」
 一羽は両手で顔を覆う。
 めちゃくちゃ恥ずかしいが、めちゃくちゃいい夢だった。
 思わず布団をかぶり、枕に顔を埋める。
 暗いところで目をつぶっていると、輝く微笑みがまた目の前に浮かんでくる。
 なんという幸せ。

 しばらくそうしているうちに、少し落ち着いてきた。
「どうせなら、あの空気ぐらい吸って来ようかな」
 華やかで、厳かで、冴えた空気。
 せっかく元旦のこの時間に目が覚めたのだから、初詣ぐらい行ってみてもいいだろう。
「それに……夢のお告げ、っていうのもあるかもしれないし」
 一羽は少し迷った後、夢の中と同じ服に着替えて家を出た。
「いや、そんな偶然を期待しているわけじゃないけどさ」
 誰にともなく、言い訳などしながら。



 元旦。
 ヤロスラーヴァは、この日に振袖を着ようと決めていた。
「せっかく日本にいるのですもの」
 朝早く起きて、滑らかな絹の肌着に袖を通す。
 まるで生まれ変わるかのような、清冽な気持ちだ。
 ヤロスラーヴァの気持ちを盛り立てるかのように、飾り帯も綺麗に決まった。
 晴れやかな気持ちで外に出る。

 そうして近くの神社へ向かう途中、少し前を歩く、見慣れた細身の青年の背中に気づいた。
「あら、一羽くんではありませんか?」
「えっ……ヤローチカ……!?」
 青年は大きく目を見開いて、硬直したようにヤロスラーヴァを待つ。
 いつも穏やかで優しく、感じの良いこの青年を、ヤロスラーヴァは友人として好ましく思っている。
 だから自分を、遠慮なく『ヤローチカ』と呼んでほしい、と伝えた。
 日本人にとっては戸惑いを感じることのようだが、彼女にとっては『ヤロスラーヴァさん』なんて呼ばれるのは拒否されているようでとても落ち着かないので。
「一羽くんも初詣ですか?」
「え? ええ、はい」
「ではご一緒しても構いませんか?」
 一羽の心を激しく動揺させているとは知らず、ヤロスラーヴァは優しく微笑むのだった。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

長らくお待たせいたしました、すみません。
夢オチとは、ちょっとかわいそうな気もしましたが。
新しい年には何かいいことが待っているかもしれないので、頑張っていただきたいものです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
パーティノベル この商品を注文する
樹シロカ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年02月20日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.