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『Twinkle Twinkle Little Star』
セシア・クローバーka7248)&レオーネ・ティラトーレka7249

●お連れ様の馴れ初めは
 春郷祭のチャリティーコンサート会場に、セシア・クローバー(ka7248)、レオーネ・ティラトーレ(ka7249)、そしてヴィルジーリオ(kz0278)はいた。直前に雑魔騒動があった為、ハンターオフィスに警備の依頼が舞い込み、三人もその依頼を請けた、と言うわけだ。
 同じ魔術師、と言うことで、セシアとヴィルジーリオはペアとして配置が決定。自己紹介の後に握手を交わす。
「よろしく頼む」
「こちらこそ」
「仲良くな」
 レオーネがウィンクを飛ばす。彼の持ち場は別らしい。
「あなたも気を付けて」
 セシアが言うと、彼はにっこり笑って背中を向けた。

 演奏が始まった。陽気に相応しい、軽快なテンポだ。客席から少し離れた所を歩きながら、二人は警戒しつつ雑談に興じている。あんまり無言でいても不自然だ。
「これはあくまで私がちょっと気になったことであって、決して個人の領域を踏み荒らそうと言うつもりはありません」
 唐突に、公的機関が行なう調査の前置きのようなことを、ヴィルジーリオは言った。セシアは首を傾げて彼を見上げる。
「どうしたんだ、神妙な顔をして」
「……レオとの馴れ初めが気になります」
「……君、案外わかりやすいな」
 ヴィルジーリオの緑の目から、そわそわした気配を読み取って、セシアは苦笑した。了承の代わりに話し始める。
「オフィスの紹介で、大規模作戦の小隊を共にしたのが最初だ。お互いに知人という認識だったんじゃないか」
「なるほど」
 友達は恋愛対象にしない……とかつてレオーネから聞いたことを思い出しながら、ヴィルジーリオは頷いた。
「その後、私は彼が住む町に引っ越すことになったんだが、オフィスを通して彼に案内を頼んだ」
 おおよそ、それまで住んでいた村にはないような物にはしゃぎ、家族が多いからお土産選びに難儀する、と言う様な話で盛り上がっていたところで、口説かれたのだ、とセシアは語った。
「わあ」
 友人が、恋愛の場面でしか見せない表情のことを思ったのか、ヴィルジーリオは無表情のまま、口元を両手で覆って声を上げた。完全に恋バナを聞く学生のポーズである。
「正直驚いた」
「そうでしょうけど、彼らしいですね」
「今になってはそうだろうと思う」
「私も今だからそう思います」
 単純にセシアの人柄に惹かれたのだろうが、その時のセシアとの関係が単なる「知人」だったのも、彼の背中を押したのだろう。二人は納得顔で頷いた。
「家族を大事にする彼ならと応じた。私は両親に加えて、上と下に姉妹がいるんだ」
「そうですね。お互いの家族を大事にしてくれる人が良いに決まっています」

●地上の星は曇天に隠れない
「ただ」
 歩きながらヴィルジーリオは言った。
「応じた、と仰いましたが、それは提案に乗った、という意味ですよね」
「そうだ」
「ですが、今日お会いした印象は普通に気持ちが通じた仲良しさんなんですが、何か決定打はあったんですか? いや、レオは普通に良い人なので、付き合ってる内に好きになったというのもあるとは思いますが、なんかありました? 聞いても良いですか?」
「そうだな。この人を幸せにしよう、と決めるきっかけはあった」
 バイオリンが高らかにソロパートを奏でている。それを聞きながら、セシアは話を続けた。
「以前、彼と一緒に請けた依頼で、子供を庇って私は池に落ちた。一月のことでね。水はとても冷たかった」
「お怪我されたんですか?」
「いや、熱を出した」
 セシアは首を振る。
「彼はつきっきりで看病してくれたんだが、その時の顔が……」
 そこで彼女は小声になる。
「凄まじいものがあったな。顔が良く表情豊かな男の顔から、表情が虚無に抜け落ちて、片目だけで泣いている、と言うのは」
 その時のことを、セシアは今でも思い出せる。手の届かない高みで光る、夜空の星を見つめる瞳から流れる一筋の涙。
「想像はできませんが、そうだろうと思うことはできます」
 ヴィルジーリオも、本人から聞くには聞いていた。かつての恋人を病気で亡くしたと。その時も、彼は付き添い、泣いていたのかも知れない。いや、泣いていたのだろう。

 自分が笑えていた自信はない。
 それでも彼は笑っていたと思う。
 最期の言葉も、もう彼の声では思い出せない。

 彼が胸に抱えた欠落を表す言葉だ。

「あれで喪失に気づいた」
 セシアは、今は出ていない星に向かって語りかけるように言った。

 明けない夜に怯える気持ち。出口の光が見えない怖さ。
 空は全く暗いまま、光る星だけ増える予感。

 だから。

「彼の地上の星があってもいいんじゃないかと思ったんだ」
 セシアはそう、締めくくった。
 夜空の星を愛せるように。
「地上の星なら、曇天の晩でも見えましょう。どんなに雨が降ろうとも」
 赤毛の司祭は頷いた。
「あなたたちは生きているから」
 空へ行くには早すぎる。
 今はまだ、夜に見上げるだけにして。
 雨の晩には、思いを馳せるだけにして。

●友として
「君から見て彼はどうなんだ?」
 しんみりした空気を払うように、セシアはヴィルジーリオに尋ねた。言われた方は「ふーむ」と唸り、少し声を低めた。
「本人には内緒ですよ」
「うん」
 セシアもひっそりと頷き返す。
「第一印象は、『私の友達にはいないタイプ』ですね。パリピでしたっけ。ああいう明るい人」
「ちょっと違う気もするが、君とタイプが違うのはわかるな」
「そうなんですよ。実際、彼の方が冷静で、私の方が血の気が多いんですが……それは置いておくとして。正直、オフィスで顔を合わせて、私の友人の為に庭仕事をお願いして、それっきりだと思ってたんですよ。ええ、私と彼もオフィスでのご縁でしたね」
 人生の交差点ですれ違うだけの相手だと思っていた。明るくて面倒見が良く、そつなく何でもこなすような人気者タイプ。人気者ゆえに付き合いが多く、向こうが忙しくてあまり関わらないだろうと。
「庭仕事の後は? それで終わりじゃなかったんだろう?」
「私が大怪我して入院した時、お見舞いに来て下さいました」
 君に興味がないとでも? と病室で言われた時はびっくりしすぎて心臓が止まりそうになった。真剣な眼差しから感じた迫力は、本当に自分を気に掛けてくれたからなのだろう、と思う。
「私が女性だったら危なかったですね」
 それとは別に、顔立ちの整った男の真顔に不覚にもどきっとしたのも事実だ。
「顔が良い自覚があるんだかないんだか、わかりません。え? ありますよね? どう思います?」
「どうだろう」
 セシアは笑いをこらえる。真顔でそんなことを言うな。
「その後、友だち付き合いを続けている内に、大変真面目で家族思い、他人に対して思いやりがある人だと」
「教師の評価みたいだな」
「さっきも言いましたが、明るいけど冷静なんですよね。はめ外しませんし。感情は豊かですが、沸点は間違いなく私の方が低いでしょう。あの理性的なところは見習うべきと思いますが、ああも理性的だと、苦しむことも多いのかな、と最近話をしていて感じたりもしますね」
 ヴィルジーリオは目を細めた。それから眉間に皺を寄せて首を振り、
「いやー……でもブチ切れて喚いているレオは見たくないな……想像もできませんけど」
 まるでこれから怒らせる予定でもあるかのように、唸りながら腕を組んでいる。その姿がおかしくて、笑い出しそうになったセシアは下を向いた。
「ただ、どんなにキレてても、怒らせた人には法に則った対応をしそうですよね」
「それはわかる気がする」
 その場で撃ち殺すことはしないだろう。
「あなたの方がご存知だとは思いますが、誠実な人だと思います」
「うん」
 セシアは頷いた。空を見上げる。
 昼日中の空に、まだ星は出ていない。
「そうだな」
「あなたを害さない意味で、私は彼の事が大好きです」
「今話しただけでよくわかったよ」
 しみじみと頷かれて、ヴィルジーリオは咳払いをする。セシアはそれを聞くと少し笑い、
「ところでヴィルジーリオ、君は彼から何て呼ばれているんだ?」
「ヴィオ、と。気付けばそう呼ばれていましたね」
「そうか」
 彼女は頷いた。
「私はヴィルと呼ばせてくれ」
 ヴィオという呼び名は、篝火のような大切な友と思っている彼だけのものだろうと、セシアは考えた。そして、彼女はその領域に踏み込むつもりはなかった。
「ええ、どうぞよろしく」
 もう一度握手を交わす。一つの親しみが生まれた瞬間だった。

 コンサートは盛況の内に終わった。警備終了の連絡を受けて、ハンターたちが合流する。セシアとヴィルジーリオからしたら、意外に思える所にも配備されていたようだ。レオーネが二人を見つけると、
「独りで俺はちょっと寂しかったぜ……」
 そうぼやく彼を前に、セシアとヴィルジーリオは目を見交わした。
(さっきの話は内密に)
(ええ、もちろん)
「……俺の話題で盛り上がっただろ」
 二人の様子を見て、レオーネが眉を上げた。セシアがその肘をぽんと叩き、
「手続きを終えたら帰ろう。ではヴィル、今日はありがとう。お疲れ様」
「ええ、こちらこそありがとうございます。お疲れ様でした」

●日常の欠片
 レオーネは高所での警備に回されていた。高いところは地上より風を感じやすい。青空を背にして、彼は地上の動きに目を配っていた。

 最初はただの雑魔警戒だったのだが、コンサート参加者の資産家令嬢へ身代金目的の誘拐の恐れが浮上したため、内々に数人が主催からの要請で高所警備や護衛に回された。レオーネは高所警備に回された一人だった。単独の持ち場で、同じ高さから人の声はしない。

 離れた別の持ち場で犯人グループが取り押さえられたとの報が入った以外は、至って平和だった。メインで警戒されていた雑魔は気配さえなかった。邪神を撃破してから、やはり雑魔の出現数そのものは減っているらしい。これが撃破前なら、恐らく今日も程度の差はあれ、出没していたのだろうと思う。
 誘拐の動機が借金苦だった、ということを通信で聞きながら、レオーネは会場を見下ろした。

 穏やかな郷祭。同盟の日常がそこにある。客席で楽しそうに身体を揺らしている少女と、それを見下ろす両親。寄り添う恋人同士。笑い合う友人たち。あるいは一人で音楽に没頭している人。そんな日常の欠片が集まった場所を、レオーネは眺めていた。

 やがて、コンサートそのものが終了し、彼は下に降りて他のハンターたちと合流した。その中に、セシアとヴィルジーリオの姿を見つけて手を振る。
「独りで俺はちょっと寂しかったぜ……」
 そう言って肩を竦めると、二人はちら、と目線を見交わした。微笑ましい雰囲気が漂い、優しい瞳で自分の方を見ている。この目を知っている。親同士が子供についてひとしきり情報交換した時の目だ。レオーネは首を傾けて眉を上げ、
「……俺の話題で盛り上がっただろ」
 それを聞くと、セシアがさりげなく自分の方へ歩み寄った。肘を軽く叩き、
「手続きを終えたら帰ろう。ではヴィル、今日はありがとう。お疲れ様」
「ええ、こちらこそありがとうございます。お疲れ様でした」
 悪い話題ではないだろう。レオーネは、それ以上追求はしないことにした。振り返り、友へ手を振る。
「また今度」
「ええ、また今度」
 次はあの屋台に行きたい、と言いながら走る少女と、それに慌ててついて行く親が二人を追い越した。
 幸せな日常の一つが暮れようとしている。

 もうすぐ星が出るだろう。
 地上を優しく見守る星が。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
レオーネさんセシアさんカップルは、お互いに独立してちゃんと相手の領域を尊重している印象があります。それでいて、大事なことはちゃんと共有している絆の深さを感じました。
ヴィルジーリオに頂いたご縁にも感謝を込めて。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年02月21日

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