▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『結晶の中の好奇心』
ファルス・ティレイラ3733

 魔力で動く魔法時計の針が進む音が、静かな店内に響く。
 魔法薬屋の店番をしているファルス・ティレイラ(3733)は、退屈そうな様子でその時計を見やった。時刻は、昼を少し過ぎたところだ。
「雫ったら遅いなぁ。また何か気になるものでも見つけて、夢中になってるのかな?」
 友人である瀬名・雫(NPCA003)がティレイラが店番をしていると知りお昼を差し入れに行くと言ってくれていたのだが、約束していた時間になっても彼女は現れなかった。
 雫の事だ。きっとまた、店にくる途中でオカルトちっくな面白いものを見つけて、夢中になってしまっているのだろう。
 ティレイラもまた、彼女に負けず劣らず好奇心旺盛なところがあるので、雫の事をとやかく言う事は出来ない。後で、今日は何を見つけたのか絶対に教えてもらおうと心に決めて、彼女は気長に雫の事を待つ事にした。
「でも、掃除も終わっちゃったしお客さんもこないし、雫がくるまで暇だよ〜! 一緒に食べようと思ってたお菓子、先に食べちゃおうかなぁ」
 退屈だと思う気持ちを大きな溜息に変え、ティレイラは「はあ」と店内に吐き出す。
 何か面白そうなものでも置いてないだろうか、なんて考えながら何気なく店を見回した時、不意に何かが奥の棚の方で光ったような気がした。
「あれ? 今の……なんだろう?」
 たしか、あそこの棚には割れ物が置いてあるから不用意に近づかないように、とこの店の店主である師匠に言われていた気がする。
 だが、一度気になってしまったものを頭から消し去る事は難しい。むしろ、我慢しなきゃと思えば思うほど、ますます意識してしまい気になってきてしまう。
 数秒の間、ティレイラは思案する。彼女にしては頑張って我慢した方だと、いっそ褒めてほしいくらいだった。
「ちょっとだけ! ちょっとだけですからっ!」
 今は留守にしている師匠へと届かないと分かりつつも言い訳を口にしながら、ティレイラは棚の方へと向かうのだった。

 ◆

「わぁ、綺麗……。さっき光ったのは、これだったのかな?」
 ティレイラは、棚に置かれているクリスタルキューブを見て目を輝かせる。
 先程の光は、外から差し込んできた光をこのキューブが反射したものだったのだろうか。
 この棚には他にもティレイラの好奇心をくすぐる綺麗な置物が並べられてはいるが、一番彼女の興味をひいたのは他でもないこのクリスタルキューブだった。
 土台の上に鎮座している透き通ったキューブに、ティレイラはすっかり夢中になってしまっている。
 特にこれといった彫刻はされていないところが、かえってこのキューブの神秘的な美しさを引き立たせているような気がした。このキューブに合う彫刻はいったいどんな彫刻だろうか、と想像する楽しさもある。
 土台部分にあしらわれた青色の宝石も綺麗で、ずっと眺めていても飽きそうにない。
 値札はついていないし、売り物というより師匠のコレクションの一つなのだろうか。
 割れないように気をつけながらも、ティレイラはそっとキューブに向かい手を伸ばす。
 ひんやりとした冷たいキューブの感触が、触れた瞬間に指先から伝わってきた。
「え!? な、何!?」
 その時、周囲が突然光に包まれる。
 光を放っているのは、そのキューブだった。眩い光は、ティレイラの身体をたちまち包み込んでしまう。
 そして、その光が収束すると共に、彼女の身体は吸い込まれるようにキューブの方へと引っ張られ始めてしまった。
「や、やばっ! これって、もしかして封印の魔法道具!?」
 自分はクリスタルキューブ状の封印魔法道具を誤って発動させてしまったのだ、と気付いたティレイラは慌てて竜の翼を展開した。
 角と尻尾もはやし、襲いくる封印の魔術から竜族の少女は全力で逃れようとする。
 だが、必死に飛ぶティレイラを嘲笑うかのように、再びキューブからは光が放たれた。
 より強力な封印魔術が重ねられ、竜族の飛行すらも上回る力で彼女の事をキューブの方へとずるずると引き寄せる。
 好奇心のままに、クリスタルキューブへと触れてしまったのがいけなかったのだろうか。今更何を反省したところで、もう遅かった。
「もう! なんでこうなるのよ〜!?」
 好奇心旺盛な少女は、今は結晶で出来た立方体の中。
 情けない嘆きの声と共に、ティレイラはとうとうクリスタルキューブに封印されてしまったのだった。

 ◆

「ティレイラちゃん、お待たせ。……って、あれ? いないのかな?」
 魔法薬屋にやってきた雫は、何故か姿が見当たらないティレイラの事を探し始める。
 その途中、不意にキラリと店の奥で何かが光った事に彼女は気付いた。そして雫は、光を発したクリスタルキューブの方へ……ティレイラの方へとゆっくりと近づいて行く。
 クリスタルキューブには、まるで彫刻されているかのようにティレイラの姿が浮かんでいた。変わり果てた友人の姿に雫は驚き、目を見開く。
 そして――。
「凄い、何これ!? 素敵すぎるよ!」
 ――嬉しそうに、目を輝かせたのであった。
 不思議な現象を好む雫にとって、ただでさえ変わった雰囲気を持つこの店に友人の姿の彫刻がされた美しいクリスタルキューブが飾られているという状況は、非常に興味をそそられるものだった。
 思わずと言った様子で、雫はクリスタルキューブへと触れる。もちろん、手から伝わってくるのは冷たい結晶の感触だけだ。
 普段のティレイラの温かく柔らかな感触とは、正反対の温度。ひんやりとした、無機質な硬さ。
 その質感を楽しむように、雫は何度もキューブを手でなぞる。ひとしきり触った後は、彫刻をよく見ようと色々な角度からキューブを覗き込み始めた。
 夢中になっている内にあっという間に時間は過ぎてしまい、雫が差し入れに持ってきたサンドイッチもすっかり冷めてしまっている。
 それでも、雫が満足する様子はない。むしろ、調べれば調べる程、この不思議なクリスタルキューブへの興味は大きくなっていっているようだった。
 竜の翼をはやした友人の彫刻は、細部まで精巧にティレイラの姿をなぞっている。
 助けを求めてもがく姿のまま閉じ込められているその様は、哀れでありながらもひどく愛らしかった。
 世界でたった一つしか存在しない、ティレイラ自身が封印されたクリスタルキューブ。
「うんうん、やっぱりどこから見ても素敵だよ! せっかくの不思議現象だもん、たっぷりと堪能しないとだよね!」
 なおも触れ続ける雫の目には、ティレイラは災難に巻き込まれた友人というより、自分の好奇心をくすぐる不思議なアイテムにしか見えていないようだった。
 むろん、動けないティレイラがどれだけ心の中で助けを叫んでも、彼女に届く事はない。
 早く何とかして欲しいと願うティレイラの思いが雫に通じるまでには、まだしばらく時間がかかりそうであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
美しいクリスタルキューブのせいで災難に巻き込まれてしまったティレイラさんのお話、このような感じになりましたがいかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら、幸いです。何か不備等ありましたらお手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。またお気が向いた際は、是非よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年02月21日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.