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『ただ、愛し君を。』
ユリア・スメラギla0717)&霜月 愁la0034


(すっかり遅くなっちゃったな)

 繁華街の中心へ向かう人の波に逆らって、霜月 愁(la0034)は足早に目的地へと急いでいた。手に提げた紙袋がカサカサと音を立てているのに気が付くと、確かめるように中を見遣って、気持ちばかり歩調を緩めた。今宵は2月14日。待ちゆく人々もどこか浮かれ顔で、カップルらしき二人連れの姿がいつもよりも心なしか多かった。ナイトメアの襲撃もこのところは収まっているとあって、町の活気もしばらくぶりの賑わいを見せている。

「ユリアさん、待ってるかなぁ」

 愁が向かう先は恋人であるユリア・スメラギ(la0717)が待つ、彼女の自宅兼撮影スタジオ『エーデルワイス』であった。ライセンサーとしての顔だけでなく、売れっ子のモデルとしても手広く活動するユリアが様々なオファーに対応するために設えさせた撮影用のブースを有する『エーデルワイス』は遠めにもよく目立つ。人混みの集まる中心部からはやや外れた、アクセスの良さと閑静さを兼ね備えた住宅街の一角にユリアは居を構えていた。

 弾む息を整えて、ほぅと吐く。白く湯気がちになった吐息が澄んだ宵闇へと溶ける。沈みゆく夕陽に照らされたスタジオは、冬なのに丁寧に手入れされた花壇が来訪客を出迎えた。チャイムが一つ鳴って、ややあってからマイクが通話状態を知らせるランプを灯す。

「ユリアさん? 僕です、愁です」

 無機質な単眼の向こうに居るであろう彼女へ向けて愁が呼び掛けると、待ちわびていたのだろうか、間髪を容れずに応える声があった。

「愁君! いらっしゃい、今降りていくわ」

 カチャリとオートロックが解除される音が戸口ですると、扉が開いて、門扉の傍に立つ愁に向かって一人の女性が駆けてきた。

「寒くなかった? 迎えに行ければよかったんだけど……」
「大丈夫です。こちらこそ、遅くなってすみません」

 いいのよ、と愁の手を取ってユリアは自宅の中へと彼を導き入れた。



「去年はまだ、このスタジオも建ってなくて……愛を誓ったのはマンションの屋上だったわ」
「そうでしたねぇ」

 ユリアが準備した夕食を囲み、グラスのシャンパンを傾けながら二人は語らい合う。ユリアと愁が恋人同士となったのは、ちょうど一年間のバレンタインの日。街の灯りが瞬く空の下、人知れず愛を伝えあったのだ。
 思えばあっという間の一年間であった。一年前のこの日に想いを重ね合い、そこから先は二人で歩んできた。ピクニックや季節ごとのパーティ、そしてクリスマスに初詣……どれもが、忘れがたい記憶となって刻まれている。そのシーンは折り目折り目に、ユリア自身が撮影したスナップとなってスタジオの壁に飾られている。時節を経るごとに増えていくその写真を見ながら、次は何をするか──と相談するのも、また楽しい。

 室内は快適に温度管理されており、外の寒さを感じることは無い。思い出話やこれからのことに話の華を咲かせながら、ユリアは愁をほんのりと見遣る。手を伸ばせば触れるほどの距離だが、少し離れて照明の灯を照り返す葵色を眺めるのがユリアは好きであった。

「愁君は、この1年。あたしが恋人になってからの変化って──ある?」

 くるくると、手にしたグラスの琥珀を回しながらユリアが問いかけた。

「うーん」

 あっという間に過ぎるくらい楽しい毎日でしたけど、と前置きして愁は続ける。

「でも、未来のことを、考えるように少しなってきました」

 そう答えたその顔は、少し、アルコールが回っているのだろうか。仄かに薄紅が差したように色づいていた。紅顔の美少年と言っても過言ではない愁ではあるが、その実立派な成人である。

「『誰かのために』命を使う、そんなことばっかり前は考えてたんですけど」

 でも、今は。命を使うんじゃなくて──と応える愁の顔は、いつも以上にも増して凛々しくて。しっかりと力の籠った声音で、ユリアの為にと宣言したその姿に彼女は改めて心ときめいてしまう。仕事柄、様々な男性女性に接する機会が多くあるユリアであるが、それでもやはり、この最愛の恋人こそが彼女の心に決めた唯一人なのだと思わされる。

「ふふっ、ありがと。愁君」

 胸の奥に穏やかな温かさが広がるのを感じ、ユリアは微笑む。歓談しながら食べ進むうちに、メインの料理は粗方食べつくしてしまった。

「愁君もケーキ、持ってきてくれたのよね」
「ええ。ユリアさんの誕生日と、普段の気持ち……ですけど」

 手作りじゃなくてごめんなさい、と恐縮する愁の手を取ってユリアは指を重ねる。

「いいのよ、愁君があたしの為を想って選んでくれたケーキが一番、嬉しいから」

 それに──ケーキ作りは来年一緒にやってもいいしね? そう言ってイタズラに笑うユリアの言葉に、愁もまた心の臓が跳ねる。お菓子作りはもともと嫌いではないが、恋人と二人、並んで一緒に作る……。

(それも悪くないなぁ)

 共同作業の真似事であれば、結婚式場のモデルバイトなどもあるにはあったが。やはり並んで食べるものを協力して作るというのは何か、『特別』な感じがするものである。

「ありがとうございます、それじゃ……来年は一緒に」

 ユリアと自分では料理の腕も差があるかもしれないけれど。それでも共に歩んでいければいいなと、愁は内心で決意を新たにした。



「素敵! 愁君、あたしのバースデーをセレブレートしてくれて……本当にありがとう!」

 食後のお茶を煎れてから、ソファーに並んで座ってデザートを。愁がユリアの為に買って来たバースデーケーキは紅茶の風味を閉じ込めたクリームに、フランボワーズの酸味が合わさった少し大人向けのショートケーキであった。添え物としてちょんと端に乗せられたオレンジのグラッセが、フランボワーズとはまた一風変わった苦味と香味を添えている。

「いえ、喜んでもらえたなら良かったです」

 ──で、その突き出した唇は何なんですか? 眼を瞑って口を軽く開けたユリアが、膝でじり、と愁へ向かってにじり寄る。

「せっかくだし──愁君、一緒にケーキ食べさせ合いっこしない?」

 そんな恋人の言葉に、今度こそ愁は顔を真っ赤にしてしまう。ユリアの熱烈な行動には慣れてきたとはいえ、こうして整った彼女の顔が迫ってくると少しばかり剣幕に圧されてしまった。

「う……はい。あ、あーん、です……」

 こうなったユリアに何を言っても、愁に勝ち目がないことは既にこの一年で良く骨身に沁みている。それに、愁自身もユリアから真っすぐに好意を向けられるのは嫌ではない。ただ、少し……照れ臭いだけなのだ。ケーキをフォークの先で一口大に切って、それを掬い取ると期待に熱っぽくなった吐息で迫るユリアの口元に差し出してやる。ぱくり、と差し出されたバースデーケーキを啄んだ桃色の唇は、喜色に染まって愛の言葉を囁く。

「とっても美味しいわ。愁君、ありがと。じゃあ……これは、あたしからのお返し、ね?」

 あーん、して? とユリアが差し出したのはガナシュチョコレートとチェリーが贅沢にあしらわれた、ブラック・フォレストケーキ。これは? と愁が問いかけると、ユリアは胸を張って答えた。

「ふふ、あたしが作ったのよ。この一年で、料理の腕も上達したのよ」

 愁君の事を考えて、このブラック・フォレストケーキ、作ったの。だから、食べて……? とにじり寄った勢いのままに上目遣いで懇願する。愁は茹で蛸のようになりながらも、何とかユリアの気持ちを受け止めた。

 愁と、ユリアと。二人の「想いの交換会」は往復するもその回数は数え切れず。最後には湿った音が二人の唇から微かに糸を引いていた。



「せっかくだし、今日の記念にもスチールを撮っておきたいわ」

 ユリアがそう言ったのは、既に夜も遅くなっての頃。聞くものが他に居ない二人の語らいは仲睦まじく、時間の経つのを忘れる程であった。

「スチール、ですか?」

 ユリアに案内されるままに、愁はスタジオの内部へと案内される。レフ板や大型のレンズ、背景ロールなど目にするもの全てが彼にとっては物珍しい。ユリアと、自分と。これまでに生きてきた道がこれほどまでに違うものかと実感して、彼はまた一つ感慨に耽る。

「そう、愁君とあたしの──キスシーンね」
「キスシーン、ですか!?」

 その感慨は敢え無く、ユリアが発した爆弾発言にかき消されてしまったのではあるが。

「ええ。愁君──イヤ?」
「嫌じゃないですよ。もちろん……」

 いやではない。ユリアを好ましく思っているのは間違いないし、唇を重ねるのは幸せな気分になれる。ただ、自分の……その。そう言った姿が『写真』として形に残るのは如何とも。

「じゃあ、お願い。今日の一日を、二人だけのポートフォリオに綴ると思って」
「はい……が、頑張ります」

 その声は、少し震えている。


 カシャリ。

 シャッターが閉じる音がする。だが、それを聞く者はいない。そこにはただ、交わった道を喜びながら進む二人の男女だけが互いを確かめ合う気配だけが、そ──と漂っていた。
 今日の日がユリアと愁、まだまだ初々しい二人の掛け替え無い一幕になったことは、間違いない。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度は節目のノベル、ご発注どうもありがとうございました。
これまでの歩みも納品物で確認させていただきましたが、良い一年だったようですね。
次の一年も、お二人にとって思い出に残る素晴らしいものでありますように。
イベントノベル(パーティ) -
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グロリアスドライヴ
2020年02月25日

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