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『貴方は私のかわらぬ星』
黒帳 子夜la3066)&白野 飛鳥la3468


 ずいぶんと昔のこと。忘れられない輝きの思い出。
 今は戻ることの叶わない遠い世界で見上げた星空。
 この世界でも同じように夜を彩るそれは、あの日を特別なものとして、今もこの胸に。



 世界を食い物にする異形と、それを討伐する者。
 そういった関係性は、『世界』が変わっても普遍的に存在するのだろうか。
 黒帳 子夜(la3066)が生まれた世界もそうだったし、初めて転移したこの世界も同様だった。
 どういうわけか子夜は転移して以降、21歳という外見の年齢を重ねることがなくなった。
 しかし、ここでの生活にも馴染み21年という月日が流れていた。
 42歳。働き盛りだ。
(……そんなに、経つのですね)
 暦を目にして、誰が見ているでもないのに悟られないよう吐息する。
 かつての戦友であり相棒でもあった、義妹。彼女の敵討ちを果たして、ここ最近は幾分か落ち着きを取り戻していた。
 大きな目標を遂げた後に燃え尽きるかと思えばそんなことはなく、彼女は今も仕事とあれば戦いへ身を投じる生活を送っている。
 穏やかではないけれど、捨て鉢というでもない。
 見守りたい、見守るべき存在があり、そのために、平和を維持するための、戦いであるから。


 夕暮れ時。世界の境界があいまいになる頃。
 冬は日暮れがとても早くて、気付けば濃紺の空気に閉ざされてしまうけれど。
 夕食には間がある、中途半端な時間だった。
「トバリ伯母さん。……今、時間だいじょうぶですか?」
 ひょこり。
 物陰から柔らかな黒髪の少年が姿を見せる。
 白野 飛鳥(la3468)、10歳。
 子夜の義妹の忘れ形見だ。
 黒帳、という姓から少年は子夜を『トバリ伯母さん』と呼ぶ。
 義妹が亡くなった今、子夜が親代わりをしているが母親はあくまで義妹ひとり。
 それを大切に覚えていたくて、覚えていてほしくて、あくまで伯母・甥という関係をとっている。
 おとうさん。おかあさん。そう呼びたい甘えたい気持ちがあるのではないか……とも思う、けれど。
 飛鳥はまっすぐな子に育ってくれた、と贔屓目かもしれないけれど子夜は感じている。
「ええ。昨日で大きな仕事は一段落しました。お茶を淹れましょうか」
 良い子に育ちすぎて、不安にもなる。
 我慢をさせてしまっているだろうことは否めない。
 言いたい我儘も言い出せないのでは。
 だから、飛鳥が何か言いたげな時は、出来る限りじっくりと時間を作るようにしていた。
 話しにくいことも、話し合えるように。
「それじゃあ、湯のみを用意しますね」
「お願いします、飛鳥さん」
 子夜が湯を沸かす間に、飛鳥が湯のみや急須の用意をする。ストックがあればお茶請けも。
 自然と習慣になった役割分担。
 かちゃかちゃと食器の立てる音は何処か楽しげで、言葉がなくても二人のコミュニケーションを表していた。


 茶葉と一緒にスライスした生姜を入れた、冬のほうじ茶。ほかほか、体の温まるアレンジだ。
 飛鳥には、ハチミツも入れて甘くしてやる。
 2人そろって同じタイミングで一口飲んで、ほっこり。
「えっと……。これ、なんですけど」
 顔を出した時の不安そうな雰囲気は融けてなくなり、嬉しそうに飛鳥は星座早見盤をテーブルに乗せた。
「冬休みの課題なんです。行ってみたくて」
 『冬の星座を見てみよう』。もちろん保護者付き添いが条件。
「星座ですか……。この世界へ来た当初、位置関係を覚えるために少し学びましたねぇ」
「トバリ伯母さんは星座に詳しいんですか?」
 飛鳥の敬語は、距離を置いているのではなく子夜の影響。
 丁寧ながら、内容は年相応に好奇心に満ちている。
「興味深いと思います。齧った程度ですけれど、星座にまつわる逸話は幾つか」
「!!」
「此処で話してしまうのももったいないですね。実際に星を見ながら、お話ししましょう」
 わくわくする飛鳥の表情を見て、楽し気に子夜が言った。




 月明かりの弱い夜。
 夕食を終え、夜が深まるのを待って。
 厚手のコート、ぐるぐるマフラー、毛糸の手袋でモコモコになった飛鳥は子夜と共に夜の公園へ。


「この方向の公園は初めてです」
「光源が控えめですから、普段から利用する人は少ないかもしれませんねぇ」
 飛鳥ほどではないけれど、子夜もいつもよりしっかりとした防寒対策。
 冬の夜は更けると体の芯が痛むほどに冷え込むから。
(うれしいな)
 飛鳥が手にする星座早見盤は夏休みに学校からもらったもの。
 その時は『夏の星座を見てみよう』という課題で、友人家族らと星空を観たため子夜は一緒じゃなかった。
 夏があったから、冬は必修ではない。
 それでも、今回は子夜と来たかった。
 小さな自分に合わせた歩調が嬉しい。
 夜道に落ちる影が並んでいることが嬉しい。

 子夜は、日常を脅かす敵を倒す仕事をしている。飛鳥も理解している。
 戦う力を飛鳥は持たないゆえ、いつだって帰りを待つしかできない。
 常に仕事をしているわけでもないから、忙しくて一緒に出掛けられないということはない。
 きっと、頼めばいつでもこうして時間を作ってくれるのだろう。
 それでもわざわざ予定を空けてもらうのは幼心にも忍びなくて、大丈夫そうと思った時に声を掛けてみた。
 子夜が飛鳥を大切に・特別に思ってくれていることは充分に感じていて。
 だから、言えないこと。
 だから、嬉しいこと。

 今という幸せを噛みしめて、飛鳥は一歩一歩、進んでゆく。




 案の定、夜の公園には誰もいなかった。
 外灯が一つあるだけの、薄暗い静かな公園だ。
 冷たいベンチにブランケットを敷いて、2人並んで空を見上げる。
 ぎこちない手つきで、飛鳥は星座早見盤を合わせる。
「……なるほど、今時期ですとこの方角になるのですねぇ」
 子夜が覗きこみ、小さく頷いた。
「飛鳥さん。オリオン座はわかりますか? 南の空なので……こちらですね。3つ並んだ星が目印ですよ」
「みっつ……」
 南、と言われた方向を見上げる。
 早見盤に表示されているものと同じ形を探す。
 砂時計のような特徴的な並びだ。
「あっ。ありました! 見つけました、トバリ伯母さん!!」
「オリオン座のエピソードは幾つかあるのですが。オリオンとは狩人の青年なんですよ」
「……ひと、なのですか?」
 砂時計にしか見えない。
 飛鳥は何度も目を凝らしてオリオン座を見上げるけれど、やっぱりわからない。
「不思議ですよねえ。星と星を結んで、何かの姿に見立てて、神話を生み出す……。どれほど想像力の豊かな方々が語り継いだのでしょう」
「想像力……」
 自分には足りないのだろうか?
 楽しそうに見上げる子夜の横顔を見つめて、戦う力を持つか否かの差を、感じてしまう。
「すぐにわかるのは、それとカシオペヤでしょうか。今度は北の空です」
「弓のような形ですね」
「椅子に座ったままの、王妃と言われています」
「いす」
「この星座は、四季を通じて観ることができるんです。時期によっては、椅子の形に見えるんですよ」
 なぜ椅子なのかというエピソードを聞いて、飛鳥は「理不尽な……」と悲しげな顔をする。
「北極星を中心として、回り続ける宿命の星座。悲しくもあり、旅人には道しるべにもなるんです」
「オリオン座が南で、カシオペヤは北……。これがわかると、現在地の方角がわかるということですね」
 飛鳥の理解へ、子夜が静かに頷いた。
「飛鳥さん。もしも道に迷うことがあったなら、星空を見上げましょう。目指すべき方向を示してくれています」
「道に……」
 今は子供の飛鳥だけれど、いつかは大人になって、1人で夜の道を歩く日も来るだろう。
 大人になる前に、やむにやまれぬ事情で歩かねばならない時があるかもしれない。
(迷うこと……)
 伯母の言葉を、飛鳥はじっくりと考える。
 彼女は、単純に星座を教えているだけではないような気がした。
 深い何か、想いを込めているような気がした。
(トバリ伯母さんも、道に迷ったことはあったのかな)
 問うまでもないだろう。
 飛鳥が物心ついた時には子夜は傍にいて、少年に弱い姿を見せることはなかった。
 それでも、不安を抱かずに今までを生きて来たなんて、ないと思う。
「トバリ伯母さんは、母さんと一緒に星空を観た思い出はありますか?」
 ふとした素朴な問いかけに、今度は子夜が考え込む。
「……任務帰りに……空をほんの少し、見上げるくらいでしたでしょうか」
 星座の名を思い浮かべるでなく。
 疲れた体で「ああ、綺麗ですねぇ」と。
 もったいないようにも思うし、贅沢なようにも思える。
(ここに居るのが義妹ならば、なんと言っただろう?)
 育て親の自分ではなく、れっきとした飛鳥の母親であったなら。
 豊かなものを少年へ与えられただろうか。
「次の星座を探しましょうか、飛鳥さん」
 幾度となく繰り返した問答を押しやって、子夜は星座早見盤を覗き込む。
 この時期、この時間帯に見つけやすい星座は――……。




 水筒に入れてきた茶で体を暖めながらの星空観賞も、飛鳥が睡魔と戦い始めた辺りでお開き。
「家の窓からも、いくつかは見つけられそうですね」
 オリオン座であればすぐにわかりそうだ。
 しょぼしょぼする目をこすりながらも、飛鳥は今日という日が嬉しくてたまらない様子。
「ひとりでは見つけられませんでしたし、楽しい話をたくさん聞けました」
「私の話でお役に立てたなら嬉しいことです」
 いつになく、たくさん話をした。言葉を交わした。
 一緒に暮らして寝食を共にしているけれど、それとは違う時間を過ごしたという印象は子夜も同じく。
 星空のもつ、不思議な力を信じてしまいそう。
(今は……、この平穏な時間を大切にいたしましょう)
 たらればで胸を痛めることもあるけれど、現実として飛鳥を守るのは自分なのだから。
(いつか別れる日が来るとしても、私のように醜い者にならないよう……)
 手を、離さねばならないのなら。その時は迷いなく。
 ただし、掴まねばならぬ時は、決して離したりはしない。
 どうか、健やかに幸せに、育ってくれるよう祈る。
「飛鳥さん。歩きながら眠ると転びますよ」
「ね、寝ていません」
「背負いましょうか?」
「こどもじゃないんです、歩けます」
 意固地になるのは、眠気が増している証拠。
 子供らしい姿に、つい笑いを誘われる。
「課題じゃなくても……春や秋の星座も、いっしょに観てくれますか?」
「そうですねぇ。四季それぞれに、夜空の良さはありますね。きっと楽しいでしょう」
 大掛かりな遠出ではなくていい。
 ささやかな『特別』という時間を、飛鳥は欲していた。
 眠くて、取り繕うこともできなくなって、素直な願いを吐露する。
「約束ですよ」
「約束です」
 弱い月明かりが、小さな約束を照らしていた。




 いつか、この手を放す時が来ても
 いつか、貴方が俺の前を去る時が来ても

 それでも

 星空を見上げれば、何気ない日常の、大切な思い出がよみがえる。
 特別な時間を思い出す。


 離れていても、貴方は――……




【貴方は私のかわらぬ星 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました。
転移前の世界、冬の星空のエピソードをお届けいたします。
不安と安心。願いと信頼。
暖かな時間が再び動き出すまでの、大切な思い出となっていましたら幸いです。
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2020年02月25日

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