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『花の記憶』
瀧澤・直生8946)&香月・颯(8947)

 夜の街中は、キラキラとしていた。店の灯りと外灯と車のヘッドライトが混ざり合い、瞬きを繰り返している。
 そんな煌びやかな灯りから少々離れた路地に、十数人の若者が何かを囲むようにして立っていた。
 皆それぞれに、見るからに『ガラの悪い』風貌であった。
「立て、オラァ!!!」
 乱暴な言葉が響き渡る。
 どうやら、不良たちの諍いであるようだ。
「生意気なカオつきしやがって」
「……へぇ、出会って数分で、そんなことまでわかんのかよ」
「黙れや!!!」
 いかにもと言った外見の若者は、やたらと声が大きかった。
 対して、静かに煽った青年は達観とした表情のまま、僅かに口角を上げている。やたら綺麗な顔立ちではあったが、それでも『荒れている』感じは否めない。
 ――それが、瀧澤・直生(8946)であった。
 そもそものきっかけは、なんであったのだろうか。
 直生はただ歩いていただけだった。その通りに、彼らが屯していた。普通に通りにぬけられるはずだったのだが、一人が直生を見て、声をかけたのだ。
 ――『通行料』を払え、と。
 つまりは、やっかみなどの感情が漏れただけだったのだろう。運悪くそれが直生に向けられてしまったのだ。
 無視することも出来たが、それをする前に別の男が殴りかかってきた。
 そうなるともう、売られた喧嘩は買わずにはいられなかった。
「……次から次へと、夜中のコンビニに群がる虫みてぇに集まりやがって」
「んだとぉ、コラ!!」
 直生が笑みを浮かべつつ、煽る言葉を吐き捨てる。
 すると周囲の若者たちは簡単に逆上し、こめかみあたりの血管を浮かせて殴りかかってくる。
 寸でで避けても、別の方向から拳が飛んでくる。それらを器用に避けつつ、直生は喧嘩相手を一人一人倒していった。
 喧嘩慣れしている直生にとっては、一人一人の攻撃はどれもスロー画のように見えた。だからこのまま一人ずつ倒していけばそのうち収まるだろうと思っていた。
 だが、相手方もまた、無知ばかりでは無かった。
「おいお前ら、囲め!」
「!」
 リーダーらしき男が声を荒げると、周囲にいた他の若者たちが直生の周りを囲み始める。左右と後ろ、そして前方に二人ほど。
「……ちっ」
 直生は思わずその場で舌打ちをした。
 いっぺんに掛かってこられると、対応が難しくなる。多少の怪我を覚悟したところで、空気が変わった。
「――あなた達、何をしているですか!」
 凛とした、なんとも馴染みの良い声音であった。
 当然、直生はその声の主など知らない。
 だが。
「多勢に無勢。……恥を知りなさい!」
「オイ、あんた――」
「いいから、前を見て。来ますよ!」
 赤毛の青年であった。言葉尻から、優しさを湛えた人柄だと解る。
 その青年は、あっという間に距離を詰めて直生の背後へと背を向けて回っていた。
(……全然、動きが読めねぇ)
 声をかけたところで、若者たちもこちらへと駆けてくる。だから直生は、青年の言葉通りに視線を元に戻して、向かってくる相手と対峙した。
 一人きりだと思っていた所に、もう一人が加わる。
 たったそれだけの事であったのに、状況は一変した。青年は強かったのだ。
 そして数分後には、若者たちは怯んで捨て台詞を吐いて散ってしまった。
「クソ……っ、お、憶えてろォ!!」
「……そのネタ、もう使えねぇっての……」
 直生はそう零しながら、深いため息を吐いた。
 少々、息が上がっていたようだ。
「――大丈夫ですか?」
「何なんだよあんた。ガキの喧嘩なんか、ほっときゃいいだろ」
「放っておけるわけがないでしょう! たった一人であれだけの人数を相手になど、もはや喧嘩ではありません!」
 赤毛の青年は、怒っているようだった。
 顔も知らず、誰とも知れない子供を相手に、暢気なものだと直生は内心で呆れていた。
 だが彼は、その柔らかさに反して、動きは完璧であった。加減もしていたようで、息すら上がっていない。
「……礼は言わねぇぞ」
「礼などいりません。そんな事より、傷を見せて下さい」
「はぁ? 傷なんて……、ッ」
 青年が右手を差し出してきた。俯いていたこともあり、その動きに数秒遅れた直生は、彼の行動に全く反応が出来なかった。
 顎あたりに指が伸びた。そしてそのまま上を向かされると、皮膚が引きつり、それが痛みだと自覚して、思わず表情が歪んだ。
 『喧嘩』をしていたのだ。無傷でいられるわけではない。
 だが直生には、それすらが日常で、今までそれを気にかけてくれるものなど居なかった。だからこそ、かすり傷程度のものは、自分でも気にかけなかった。
「……切れてますね。手当をさせて貰えませんか?」
「いらねぇよ。ほっときゃ治る」
「ダメです。菌でも入ったらどうするんですか。それから、左手の甲も、そのままだと腫れますよ」
 人が良すぎる、なんとも『お節介』な性格だと思った。
 だが、何故か――それ以上反抗する気にもなれなかった。
「良かったら、僕の店に来ませんか? この先で花屋をやってるんです」
「花ァ?」
 直生は思わずの声を上げてしまった。
 すると、青年は困ったようにして小さく笑うだけだった。
「ついでだと思って、手当させてください」
「……しゃーねぇな」
 結局、青年の押しに負ける形で、直生は彼の後をついていくことになった。男が花屋など、と内心で思っていたが、歩いて物の数分で、青年の言う通りの花屋が見えてきた。
 小さな店だ。まだ明かりがついているという事は、営業中であったのだろう。
 青年が「少し待っていてください」と声をかけて、店舗用のドアの鍵を開けた。
「退魔の依頼が入ってしまって、留守にしてしまったんですよ」
(……退魔?)
「あ、そこに座っててください。もうお客さんも来ないでしょうし……もし花に興味があったら、見ててくださってもいいですよ」
「はぁ……」
 直生には理解できない言葉があった。だが、それを聞き返す間もなく彼は店の奥へと姿を消してしまい、残された直生は花の香に意識を持っていかれて、視線をそちらへと向けた。
「…………」
 薔薇とカスミソウ程度の花は、知っていた。その隣には『カーネーション』と『ガーベラ』、幾重にもなる花びらの塊は『ラナンキュラス』と書いてある。
 最初は膨らみのある薔薇かとも思ったが、違うようだ。
「アネモネ……クレマチス……」
 直生は花の名前が書かれたプレートを、何の気なしに言葉として読み上げていた。
 自分でも驚いたが、全く興味が無いわけでもないらしい。
「……金魚みてぇ」
「キンギョソウのことですか?」
 一つの花を見ながら、小さくつぶやいた感想だった。
 それを聞いていたのか、奥から戻ってきた青年が微笑みつつそう言ってくる。
 直生の見ていた花は、キンギョソウではなく、スイートピーであった。
「……なんか、こういう金魚がいたなって……思った」
「なるほど。蝶をイメージする方のほうが多いんですが、確かに金魚の尾にも見えますね」
 青年はそう言って、カウンターの上に薬箱を置いた。そして蓋を開けてから、直生を呼び寄せる。
「そう言えば、俺もあんたも、名乗ってねぇけど」
「ああ、すみません、そうでしたね。僕は香月颯(8947)と言います」
「……瀧澤直生」
 颯は実にあっさりとその名を告げた。
 だから直生も、仕方なく自分の名を颯に告げる。それから最初に示された丸椅子へと腰を下ろして、改めて颯を見上げた。
「あんた……いくつ?」
「いくつに見えます? 多分、あなたとそんなに大差はないと思いますよ――そのまま、上を向いててくださいね」
「……ああ、うん」
 そのまま、怪我の手当てをされた。
 普通にコットンに湿らせた消毒液を押さえつけられたあと、大きめの絆創膏を貼られただけの簡易的な物だったが、直生にはそれがとても温かく思えた。
 名乗ってもらえたあたりから――否、この場に迎えられた頃から、直生の尖った気持ちは、不思議と解されていた。
 何故かは全くわからなかった。だが、目の前のこの男のことは、信じてもいいのだろうとすんなりと思えてしまったのだ。
「瀧澤さん」
「直生でいい……なんか、苗字で『さん』付けは、俺的にも……くすぐってぇし」
「では、直生さん」
「……切り替え早ぇな……」
 直生はそう言いながら、かくりと肩を落とした。
 颯の反応の良さに――切り返しの良さと言ったほうがいいのだろうか、とにかく『それ』に肩透かしばかりを食らってしまうのだ。
 そして、悪い気はしないという後付けが湧いてくる。
 居心地が良いと、思えてしまうのだ。
 ちなみに、先ほど名前を呼ばれたのは、左手を出せという事であったらしい。軽い打撲ではあったのだが、その部分に優しく湿布が貼られて、ネット包帯がはめられる。
 丁寧な仕草に、直生は思わず見惚れてしまった。
「……その分だと、普段から怪我の治療は御座なりですね」
「そりゃそうだろ。さっきも言ったけど、ほっときゃ治るモンは、そのままでいいんだよ」
「では、僕も同じことを繰り返しますが、切り傷や擦り傷は菌が入ると厄介ですから、ちゃんと手当しましょうね」
「…………」
 颯は正論を述べただけだ。
 それにプラスで、完璧な笑顔があった。直生はその笑顔に、逆らうことが出来なかった。
「……くそ、調子狂うな。なんかムカつくから、あの花、買ってやる」
「おや、それは嬉しいですね。色は?」
「オレンジの。一輪だけだぞ」
「……ふふ、そうですか。『秘密主義』……最初は、そんな感じですよね」
 直生が眉根を寄せつつ指を向けた先には、オレンジ色のラナンキュラスがあった。最初に薔薇だと思った花だ。
 颯はそれを見て笑いながらそう言った。その笑顔が、また毒気を抜かれた。
「ソレ、花言葉か?」
「そうです。良く解りましたね」
「……なんとなく、そう思っただけだっつーの」
 オレンジ色のラナンキュラスの花言葉は、『秘密主義』であった。直生にそんなつもりはないだろうが、初対面には誰だってそうだろうと思う。
 颯は直生の希望通りに、ラナンキュラスを一輪だけ、それでも丁寧に包装紙に包んで手渡してくれた。
 直生もそれに従い、一輪分の金額をそこで支払い、そして店を後にした。
「また来てください」
「……気が向いたらな」
 二人は一旦、そこで別れた。
 直生はそれで普段通りに日々を過ごしていくのだろうと思っていたのだが、なぜかその後も颯の店を訪れるようになってしまった。
 街を歩いているうちに、勝手に足がそちらに向いてしまうのだ。
 ついでだから寄った、と最初のうちはそう言っていた。
 だが、いつの間にか毎日店に立ち寄り、目についた花を一輪ずつ買っていくようになる。
 それ繰り返していくうちに、花にも詳しくなっていった。
 
「良かったら、うちで働きませんか」
「……はぁ? あんた、本気かよ……」

 颯がそんな提案をしてきたのは、通い始めて二週間ほどが過ぎた頃だった。
 直生は当然驚いていたが、それでも嫌な気は一切せず、少々照れが混じった音で返事をしてしまう。
 目の前に立つ颯の笑顔は、いつでも優しかった。とても冗談でその言葉を告げてくるとは思えない。
 だから直生も、思わず頷いてしまうのだ。
「そうだな……あんたが困ってるんだったら、手伝ってやってもいい」
 俯きがちにそう言ってくる直生に、颯はそれを受け止めた後、さらに嬉しそうに笑って見せるのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ライターの涼月です。再びのご指名をありがとうございました。
お二人の出会いの物語、書かせて頂けて本当に嬉しかったです。
少しでも気に入って頂ければ幸いと思います。
またの機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2020年02月25日

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