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『二年目の始まりには甘さと驚きを』
珠興 若葉la3805)&ラシェル・ル・アヴィシニアla3428)&珠興 凪la3804

 二月十四日はバレンタインデー。そして珠興 凪(la3804)と皆月 若葉(la3805)にとっては付き合い始めて丁度一周年という大きな節目でもある。当然気合が入らない筈がなく、凪は若葉には内緒で、チョコの準備に張り切っていた。ただ問題がある。二人は同棲していて、普段の食事なども可能な限り、分担し作っているのだ。常に一緒ではないにしろ、いつ帰る連絡が来るか分からない状況で落ち着いてチョコ作りなど出来ない。その為凪は昨年十二月のウィーンでの作戦時に知り合い、同じ小隊にも属しているラシェル・ル・アヴィシニア(la3428)の協力を請うことにした。そして現在、アヴィシニア家に訪れた凪は家主の彼に手伝いをお願いし、レシピを参考にしつつの作業を進めている。ちなみにラシェルの妹は友人達と一緒に出掛けているので、ここにいるのは凪とラシェルの二人のみだ。
「型や材料はともかくとして、消耗品くらい遠慮せず使ってくれてよかったんだがな」
「場所を借りて、手伝ってもくれてるのに、そこまでしてもらったらバチが当たるよ。ほら、親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ?」
 物でお礼をするというのも考えはしたが、さすがに仰々し過ぎるし、ラシェルも断るだろうという直感じみた確信もあった。開業資金を貯めるのも大事なことだが、お金だけがあっても肝心の味が酷ければ元も子もない。その為、いつでも家で練習出来るようにと消耗品は多くストックしてある。強いていうなら結構な荷物になって、持ってくるのが大変ではあったものの、それはそれで鍛錬の一環になった――のかもしれない。ちなみに材料などは先に別日に置きに来ていた。
 テンパリングしたチョコを型に流し込み、中にガナッシュを入れられるよう、ある程度の厚みを確保してそれ以外は落としてしまう。ガナッシュ作りも基礎となる手順を踏まえつつ、勉強して得た知識を元に手際よく進めた。並行してラップを敷いたホーローバットの上にホワイトチョコ入りのアイスモールドを置くと、こちらも余分は取り除く。大切な恋人への贈り物だけに、ラシェルは味に影響する工程はこちらに任せてくれて、洗い物や火の番と細々とした作業に徹していた。固まるのを待つのに休憩して、最後の最後で失敗したら目も当てられないと、慎重にどうにかチョコを取り出し――。
「出来た!」
 喜びと安堵に声をあげた凪の目の前、机の上にはホワイトチョコで出来た星型キャラメルトリュフとチョコペンを使いデコレーションしたハート型ボンボンショコラの二種類が並ぶ。真剣になっていて気付かなかったが、いつの間にか結構な時間が経っていた。完成したチョコを見たラシェルも、
「売り物と比べても遜色ない、さすがだな」
 と少し擽ったくなるくらい真っ直ぐ賞賛をくれる。彼の人となりを知っているだけに、お世辞ではないと分かるから嬉しさもひとしおだ。
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいな」
 勉強しているだけに本職のパティシエなどと比べれば遥かに拙いことは分かっていた。ただ持てる知識と経験は出し切ったと自負出来る。
「喜んでくれるかな」
「出来より何より凪が想いを込めて作ったんだ。喜ばないわけがないな」
「そこは絶対の自信があるよ」
 若葉を想えば自然と笑みが零れ出す。作っている最中にもふと気が緩む度に喜ぶ顔を想像して、口元まで緩んでしまいそうになった。つられたようにラシェルの唇の端もあがる。
「味見してもらってもいい? 美味しく出来たとは思うんだけど、大人の意見を聞きたいなって」
 言って凪はボンボンショコラを示す。これは未成年の凪は試食出来ない。解ったとラシェルは二つ返事で頷き、皿に並んだ中から一つ摘むとそのまま躊躇なく口の中へと入れた。さすがに立ったままもどうかと座り、真正面の彼に視線を送る。
「中は……キャラメルのガナッシュか」
「どう、かな?」
「ふむ……」
 少し待とうと思ったのに気が急いて、まだ食べている途中なのに尋ねてしまった。しかしラシェルは気にした素振りもなく、目を閉じてチョコを味わっている。ドキドキと緊張しながら感想を待って一分が経ち、かすかに時計の秒針が刻む音だけが響く中、次に聞こえたのはラシェルの声ではなく静かな寝息だった。その直後がくりと頭が下がったかと思うと、机に突っ伏した。
「ラシェル?!」
 慌てて名前を呼び、背後へと回り肩を揺すっても全く起きる気配がない。叩き起こすのも気が引けるので起きるまで待つことにした。風邪をひかないようにブランケットを借り、ラシェルの背中にかけておく。緊張が解けたのでキャラメルトリュフを味見し、満足のいく出来なのを確認したら暇を潰す意味合いも込めてラッピングし始める。拘ってやっていれば、熟睡していたラシェルが目覚めるだけの時間が経った。
「お酒弱かったんだね」
「……すまん」
「いや、意外だなって」
 バツが悪そうに頬を掻き謝る彼に凪は笑って返す。勝手ながら強そうなイメージがあったので、まさかガナッシュの林檎酒で酔う程弱いとは思わなかった。
「だが、味も申し分ない。自信をもっていいと思うぞ」
「うん、ありがとう」
 味にも太鼓判を押され、嬉しくてお礼を言いながらつい笑った。予定外に遅い帰宅となってしまったが仕方がない。後は当日までにバレてしまわないよう隠さなければ。後はもう一つのプレゼントを用意すればサプライズの準備は無事完遂となる。そうして一生懸命な凪は、肝心の若葉の異変に全く以て気付かないのだった。

 それから三日後には今度は若葉がアヴィシニア家を訪ねていた。今日もラシェルは一人で、買い物帰りにふらっと立ち寄った若葉に紅茶まで淹れてくれる。
「ラシェル、ありがとう」
「そう暗い顔で礼を言われても喜べないな。……気の利いた助言が出来るかは分からないが、話せば気が晴れることもあるだろう」
「うん……」
 ラシェルは若葉の性格などすっかり承知のようだ。美味しい筈なのに気もそぞろで殆ど分からないのが申し訳ないが紅茶で下唇を湿らせてから話し始める。
「凪のことなんだけどね。三日前かな、珍しく帰りが遅いから理由を聞いたら濁されて……」
 言うも何故かラシェルはああと何か納得したような声を零した。若葉は続ける。
「昨日も考え事をしてるみたいだからどうしたのって声を掛けたらなんか慌てた様子ではぐらかされたしさ……最近、そういうの多いんだ」
 思い出しただけで、むぅっと頬が膨らむ。
(いつもは何だって話してくれるのに……)
 気付けば凪の心が見えなくなってしまい、ざわつく胸に手を当てて溜め息をついた。ふ、と小さく笑い声が聞こえ、若葉は俯いていた顔をあげる。ラシェルが思わずといったような苦笑を浮かべていた。
「……凪が裏切るような真似をするとでも?」
「いや、それはない」
 この不思議な縁を持つ小隊副長より、自分が一番凪のことを理解している。きっぱりと断言するのを見て、ラシェルの笑みが柔らかくなった。
「怒っているわけでもないのだろう?」
「そうだけど、俺が何かしちゃったかなって……」
 そう、凪を疑う気持ちは微塵もなく、ただ彼がそうする理由が分からない。なら知らず知らず傷付けてしまい、接し方がぎこちなくなったのでは――そんな風に考えてしまう。しゅんと項垂れると、紅茶の表面に情けない顔をした自分の姿が映る。
「悩むくらいなら思い切って聞けばいい。明日は一緒に過ごすんだろ?」
「うん。……そっか、そうしてみるよ」
 明日は若葉と凪にとって特別な日だ。任務に遊びと後に回せる用事は全部回して空けてある。ラシェルの視線は隣の椅子に置いた買い物袋へ注がれていた。食材だけではなく、明日の為にと用意した品も入っている。喜んでもらいたいと悩みに悩んで今日やっと購入したのだった。
「話を聞いてくれてありがと」
「気にするな。それよりも明日を目一杯楽しんでくるといい」
 頷いて応えれば、安堵したようにラシェルは淡く微笑んだ。懸念はあれど、本人に聞かなければ真相は分からないままで、明日はその絶好の機会に間違いなかった。微かな不安を抱きつつ、若葉は紅茶を飲み干し笑顔でラシェルと別れる。ただ楽しく過ごせるようにと、心の底から願っていた。

(凪が材料を置きに来た日やチョコを作った日のことだな)
 と帰りが遅い話を聞き、そう当たりをつけて、
(贈る花を考えていたら声を掛けられ驚いた……と言っていたか)
 と考え事の件にずっと前から凪が悩んでいたのを思い出す。
(心当たりはあるが……)
 当然言えるわけがないと若葉には悪いが真実を飲み込んで、代わりに拗れないよう、明日問いただすことを勧めた。そうすれば自ずと知って行き違いを解消出来る。しかしと、すっきりしない表情で帰った若葉を見送り、ラシェルは一人呟く。
「サプライズするのは好きなのに、される側になるとは思わないのだな……」
 それはまあお相子なのだろうか。凪も若葉を喜ばせることしか考えていないのだし。
(明日の二人を見られないのは残念だが、いい日を過ごすに違いない)
 叔父たちとよく似ているからではなく、今行動を共にする凪と若葉を見ていて強固な絆を感じる。だから心配は無用だ。親近感を覚える二人を内心応援しつつ、ラシェルはそろそろ妹が帰る頃だと紅茶を淹れ直すことにした。

「すぐ戻るから」
「えっ、凪!?」
 若葉が何か言うより先、コートを羽織ってマフラーを巻いた凪が廊下を通り過ぎる。キッチンに立っていそいそと夕飯の準備をしていた為に反応が遅れて、慌てて顔を覗かせた時にはもう、靴を履き終えて玄関扉を開くところだった。全く気付かなかったのか、振り返ることなく行ってしまう。
(今日は全部俺に任せて、って言ったから気を利かせただけ? ……それともやっぱ俺何かした?)
 拭い去れない不安がぐるぐると渦を巻く。どれ程仲が良くても別の人間だ、傷付ける可能性だって充分に――。次第に泥沼化する思考を振り払い、若葉は深呼吸して大丈夫だと自分に言い聞かせた。もし何かあっても聞けば話してくれる。よしと拳を握って気を取り直すと、凪に喜んでもらおうと本来の趣旨に立ち戻りキッチンに引き返した。これから作るのは全て凪の好物だ。若葉自身は調理学校に通っていないが喫茶店開業は共通の夢であり、凪と一緒に勉強もしている。今日は特に記念日のお祝いに腕によりをかけて作るつもりだ。エプロンをつけ、腕捲りして取り掛かる。
 そうして無心になり支度を進め、ダイニングテーブルの上に一通り並べ終わる。一部の料理からはまだほかほかの湯気があがる。冷めない内に帰ってくるかどうか少し心配になった頃、まるで見計らったようにインターホンが鳴った。
「はーい!」
 と返事をして、脱いだエプロンをとりあえず自分の椅子に掛け、玄関に向かう。向かいながら住所を知っているような友人は皆、自分と凪が付き合っていることを知っているので、記念日は知らなくてもこの日は遠慮する筈と思った。ならば一体誰が――思い浮かぶのはたった一人だけだ。きっと鍵を持っていくのを忘れたのだろう。
「おかえり、……!」
「ただいま」
 扉を開けた若葉の眼前へと現れたのは凪の顔ではなく差し出された花束だった。すぐ目の前でふわり甘く上品な香りが漂う。華やかな花束にはピンクの薔薇が四本あり、ピンと来なくても何か意味があるのは察せられる。ドアノブに手をかけたまま目を丸くしていると、答えが返ってきた。
「可愛い人への、変わらぬ気持ちって意味を込めて。受け取って、若葉」
 言われるまま、状況を飲み込めずに花束を手に取った。後はねと凪は懐に手を入れ、別の物を渡してくる。それへと視線を落とした若葉はそこでようやく全て理解した。
「ハッピーバレンタイン」
 ほんの少し照れ臭そうに凪が言う声が胸に染み込んだ。今この手にあるのは透明な袋に入ったチョコレートだ。ワックスペーパーを敷いてシールを貼り付けるなど、綺麗に施したラッピングに一瞬市販だと思ったが、よく見ればシールに手書きメッセージが添えてある。安堵に力が抜けるのと同時、嬉しいが溢れ出して、若葉は感情のまま凪に抱き着いた。すぐに彼の手が背中へと回り、ぎゅっと抱き返してくれる。花束とチョコが間に挟まれて潰れないよう、互いに手の中に持ったままで。
「すっごく、嬉しい。ありがと」
 少しだけ体を離し、若干上にある凪の顔を笑顔で見上げる。彼はこのことを隠していたから、近頃様子がおかしかったのだ。そう納得すれば現金なもので、不安なんて跡形もなく消えてなくなった。
 視線が絡めば恋人同士、自然と引き寄せられていって――そっと唇を触れ合わせる。しかし、凪の背後でぱたんと音を立てて閉まる扉に我に返されてしまって、甘い空気はお預けとなった。

「わ、僕の好きな物ばっかりだ!」
 丁度出来たばかりだと凪を促し、ダイニングに戻った若葉の耳に弾んだ声が届いた。ぱっと勢いよく振り返った凪の目がキラキラと輝く。蟹缶に入った汁の風味ごと活かしバジルを添えた蟹のトマトクリームパスタをメインディッシュに、スープもサラダもデザートも、今日のメニュー全てが凪の為の物だ。
「俺も凪にサプライズしたかったんだ」
 言いながら室内にあがる際、ラシェルに協力してもらったと照れ臭そうに言った凪を思い返した。つまりラシェルは全てお見通しの上で、本人に訊けと勧めたのだ。
(次会ったら楽しかったよって報告しよう)
 嬉しいと心からの笑みをくれる凪と共に食卓を囲んで、ささやかながら今日という記念日を祝う。凪はテーブル中央に飾る薔薇にどの花を贈るか悩んだと話し、若葉は凪のいない日を見計らってずっと料理の練習をしていたことを話した。楽しい時間はあっという間に過ぎ、食器を片付けると若葉は一度部屋に戻り、箱を後ろ手に持って凪の元へと戻った。
「俺からも渡したい物があるんだ」
「開けていい?」
「うん、どうぞ」
 リビングでソファーの隣に座り、丁寧に包装を剥がし箱を開ける凪を見つめる。
(同じくらい凪も喜んでくれるかな?)
 内心ドキドキしていると、
「キーケース……お揃いだ」
 箱からそれを取り出した凪が感激した声で呟いた。それからこちらを見返して、
「嬉しい。ありがと」
 と言い、肩を抱かれ懐に引き寄せられた。同じシャンプーの匂いが擽ったくて、けれど喜びに自らも寄りかかる。上目遣いに見れば嬉しさと愛しさを一杯に込めた凪の顔が至近距離にあって鼓動が高鳴った。
 前に使いやすそうでいいなと凪が言ってくれたキーケース。これなら色違いを持っていても気付かれ難く、家の鍵をつけて毎日持ち歩く。婚約指輪の他にも揃いの品が欲しかったのだ。
『これからもよろしくね』
 一年目から二年目へ、更にその先も続く。寄り添い合う恋人たちの幸せな日々はまだ始まったばかりだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
若葉くんと凪くんの微笑ましいすれ違いにふふふと
なりながら、とても楽しく書かせていただきました。
自分の書き方的にどうしても少し制約が出来ますが
台詞として書かれていない部分も台詞に入れる形で
可能な限り、拾っていったつもりです。
ラシェルさんと若葉くんが同い年で凪くんが年下なのが
性格的にはしっくりくるんですが別人だと解っていても
不思議な感じもして、しみじみと面白いなあと思います。
今回も本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年02月25日

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