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『待ちぼうけはショコラテイスト』
デルタ・セレス3611)&ファルス・ティレイラ(3733)

 あまり人の立ち寄らない深い洞窟に、その日は珍しい事に愛らしい二つの笑い声が響いていた。
 ぴょこんと跳ねたあほ毛が特徴的なのんびりとした雰囲気の小柄な少年と、気になるものを見つけては目を輝かせる好奇心旺盛そうな少女は、意気揚々とした様子で洞窟内を歩いている。
 探検にきたというより、ピクニックにでもやってきたかのように二人の足取りは軽い。どこかワクワクとした様子で足を進める二人は、この洞窟の奥に何か素敵なものがある事を確信しているようだった。
 長く伸びた洞窟を進み、やがて二人は開けた空間に辿り着く。一見、何もないただ広いだけの場所だ。
 しかし、彼らはまさにこの何もない開けた空間を望んでいたため、顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
「だいぶ広い場所に辿り着けましたね。ティレイラさん、ここなら大丈夫じゃないですか?」
 デルタ・セレス(3611)は、ファルス・ティレイラ(3733)へとそう声をかけた。次いで、彼の視線は彼女の持っている奇妙な形の物体へと移る。
 ティレイラも一度その物体を見やってから、大きく元気に頷いてみせた。
「そうだね、これだけ広ければきっと大丈夫! よーし、じゃあここで使ってみよっか!」
 ティレイラの手の中にあるのは、とある魔法道具だった。先日依頼で譲り受けたもので、美味しいものが出てくる効果があるのだと聞いている。
 だが、一点だけ注意すべき点があり、ある程度視界の開けた広い場所で使わないと大変な事が起こってしまうらしい。
 それこそが、ティレイラとセレスがこの洞窟へとやってきた理由であった。この洞窟なら、きっとその広い場所という条件を満たせるに違いない。
「いったい何が出てくるんでしょうか?」
「そうだね。それに、広い場所じゃないといけない理由も気になるよ〜。もしかして、広ければ広いほどたくさん出てくるのかも……。一緒にいっぱい食べようね!」
「はい、楽しみですね!」
 魔法道具から出てくるものは、極上の味がするのだと聞いている。二人はいったい何が出てくるのだろうと、ワクワクした様子で顔を見合わせた。
「じゃあ早速、魔法道具を起動するよ!」
 ティレイラが、魔法道具を作動させるために魔力を注ぎ込む。途端、魔法道具はぐにゃりと歪み、その形を変え始めた。
 料理が出る効果があるという事しか聞いていなかったため、予想していなかった魔法道具自体の変化にティレイラは思わず手を放してしまう。
 幾つもの器が連なって重なるような形になった魔法道具は、地面へところんと転がった後、思いの外綺麗に天に向かい直立する。
 そして、徐々に――大きくなっていった。
「え? な、何ですか? これ!?」
 困惑したセレスの声に、ティレイラは答える事が出来ない。何せ、彼女も今いったい何が起こっているのか把握出来ていないからだ。
 高さもあったはずの洞窟のてっぺんに届く程、巨大なサイズになってしまった魔法道具。ぽかんとした表情のまま、二人は塔のようにそびえるそれを見上げる。
 その塔は、サイズこそ大きいものの、どこかで見た事のある形をしていた。フォンデュをする時に使うチョコレートファウンテンのような形なのだ。
「美味しいものって、チョコフォンデュの事だったんですね」
「たしかに、これなら広い場所で使わないと大変な事になっちゃってたよ。屋根とか突き破っちゃってたかも」
 どこか納得したように呟き合う二人。そんな二人の会話を邪魔するかのように、不意に音がした。
 どこかで聞いたような音、水が流れるような音だ。いや、滝の音に近いだろうか。
「なんだか、嫌な予感……」
 咄嗟にティレイラは翼と尻尾を生やし、逃げ出そうとする。セレスもまた、彼女と同じように嫌な予感がしたのか、出口に向かおうとした。
 ちょうど、その時だ。チョコレートファウンテンから、滝のような濁流が溢れでたのは。
「きゃあああ!」「わぁあああ!」
 二人の悲鳴が重なる。滝の正体は液状のチョコレートであった。
 突如魔法道具から溢れ出たチョコレートの噴水は、受け皿から溢れて洞窟内にも流れ出る。
 それはさながら、チョコの滝と川だった。広い空間で使わなくてはいけなかった理由を、セレス達は身を持って思い知る。
「わわっ!? そ、そんな……!」
 逃げる速度をあげようとしたセレスは、何かに足首を掴まれている違和感に慌てて下を見た。足が言う事を聞いてくれない。流れるチョコの川に浸されてしまった足は、そのチョコレートに囚われてしまったのか、動かす事が出来なくなっていた。
 大波となって襲いくるチョコレートは、飛んでいるティレイラの身体にもかかる。撃ち落とされるように一度落下してしまったティレイラは、再び羽ばたこうとその翼を揺らそうとした。
「嘘!? 動けない!」
 だが、やはり動かない。彼女の自慢の竜の翼も、セレスの足と同じように今はすっかりチョコレートに覆われてしまっていた。
 溶けたチョコは、どうやら身体に付着すると徐々に固まっていってしまうようだ。
「ティレイラさん、大丈夫ですか!? このチョコレート、普通のチョコじゃありません!」
「そっちも気をつけて! なんとかしてでも逃げないと……このままじゃ、二人共チョコになっちゃう!」
 せめて合流しようとした二人だったが、そんな二人の間にも無情にもチョコの大波が通り邪魔をする。
 見渡す限りのチョコの海。どこもかしこもチョコレート色に染まっていて、もはやお互いがどこに居るのかも分からない。
 いつもならセレスとティレイラを癒やしてくれる甘いお菓子は、今は彼らを襲う恐ろしい驚異になっていた。
(嘘っ! 足も動かなくなっちゃった! これじゃ逃げられないよっ!)
(も、もうだめです……! ティレイラさんは、今どこに? ティレイラさん!?)
 先程まで聞こえていたはずの相手の悲鳴が、いつの間にか止んでいる。
 奇しくも同じタイミングで安否を問いかけようとした二人は、自分の唇が動かない事に気付いた。
 魔法のチョコレートは、二人の事をその胸に抱いた絶望ごと飲み込んでしまったのだ。

 ◆

 セレス達が魔法道具を使用してから、いったいどれだけの時間が経ったのだろうか。何分……いや、何十分かもしれない。セレス達自身にとっては、途方もないほど長い時間が経ったような心地だった。
 ようやく、とめどなく流れていたチョコの波が止まる。それ程までに長い間チョコにさらされたセレスとティレイラの姿は、地面の上にはない。
 代わりに、中央に鎮座しているチョコフォンデュのタワーには新しい装飾がつけられていた。
 チョコレートで出来ている少年と少女の形をした像が、レリーフのようにチョコレートファウンテンには埋め込まれている。
 まるで本当の人間をそのままチョコレートで包み込んだかのように、細部まで精巧に作られているレリーフだ。驚愕し嘆き絶望に染まっている表情や、助けを求め逃げ惑うような仕草さえも。
 それが、ただ美味しい料理を求めて洞窟へとやってきた無邪気な二人の成れの果てだという事を、知る者は今のところは当人達以外には存在しない。
 水滴のように、チョコレートの雫がセレスとティレイラの頭へとぴちょんと落ちた。それに悲鳴をあげる事すら出来ず、彼らはその場へと立ち尽くしている。
 ひんやりとした洞窟の奥では、チョコレートが溶けるまでには長い時間がかかるであろう。二人に今出来る事は、助けを待つ事しかなかった。
 声も出せず動く事すら叶わないセレスとティレイラは、いつくるのかも分からない助けを洞窟の奥深くで待ち続ける。
 二人の放つ残酷なまでに甘い香りだけが、ただただ洞窟内を満たしていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
美味しいものを求めてやってきたはずのお二人が巻き込まれてしまう甘くも辛い災難のご様子、このようなお話となりましたがいかがでしたでしょうか。
お二方のお口に合うテイストになっていましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。またお気が向いた際は、いつでもお声がけくださいね。
遅くなってしまいましたが、ハッピーバレンタイン!
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2020年02月25日

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