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『トラブル・バレンタイン』
不知火 仙火la2785)& 狭間 久志la0848)&不知火 楓la2790)&ラルフla0044)&日暮 さくらla2809)&アリア・クロフォードla3269)&東海林昴la3289)&氷向 八雲la3202)&柳生 彩世la3341

●来栖由美佳、襲来
 クリスマス。ジョゼ社に出向しメキシコでひいこら言っていた社畜技師、来栖 由美佳(lz0048)の東京支部襲撃はまだ記憶に新しい。脅威のおふざけアイテム『カップリング』により、みんながみんな赤っ恥となる事態に陥ってしまったのである。その場に居合わせたライセンサーは殆ど全員餌食になってしまうという、何処をどう見ても由美佳大勝利の結末となってしまった。
 そんな悪戯女王の伝説は、すでにSALFの中を駆け巡っていた。悪戯と言えば由美佳、由美佳と言えば悪戯というレベルで知れ渡っているのである。
 そして誰かが、彼女のそんな評判に目を付けた。こっそりと文を送り、『家族のバレンタインデーパーティーをその手腕で盛り上げてほしい』と、そんな依頼を投げかけてしまったのである。

 そんなわけで、由美佳はカップリングライフルを背負い、とある和風のお屋敷を訪れていた。彼女は素早く塀の上によじ登ると、庭に植えられていた木の枝の上に飛び移り、早速ライフルを構える。
「ぬっふっふ……いい度胸ではないか。誰かは知らんが、こんなことを私にこっそり依頼してくれる者がいるなんて。どうせなら本人にもぶち込んであげたいくらいだったけど」
 そこへ不知火 仙火(la2785)がやってきた。彼は雨戸を開き、朝日を縁側に取り入れうんと伸びをしている。彼女はふと笑みを浮かべると、背を向けた仙火のうなじへ照準を定める。
「さあ、第一ターゲットは貴様だ。くらいたまえ」
 小さなエネルギー弾が放たれ、仙火のうなじに突き刺さった。突然の痛みに、思わず仙火は肩を震わす。
「いてっ! ……何だ?」
 雀でも突っ込んできたのかと、思わず彼は背後を見渡す。しかし怪しい影は何一つ無かった。彼は怪訝に首を傾げながら、そのまま玄関へと向かう。今日の玄関掃除の当番は彼だ。箒を取ってサンダルをつっかけ、そのまま正門へと続く石畳の道へと出てくる。丁度その時、門をくぐる一人の女に出くわした。日暮 さくら(la2809)や不知火 楓(la2790)と懇意にしているライセンサー、澪河 葵(lz0067)だ。彼女は仙火の姿を目に留めると、大股で仙火へ歩み寄っていく。
「やあやあ、仙火くん。君がいるという事は、ここが不知火邸のようだね?」
「ああ、来たか。もうさくら達がお待ちかねだぜ。入れよ」
 仙火は箒を引いて葵を迎え入れようとする。今日は長い髪を背中まで流し、黒いジーンズに革のジャケットを合わせていた。彼の身の回りには中々いないタイプである。長らく恋愛には興味が無いと思っていたが、楓とはまた違うタイプの麗人を前に、ほんの少し興味を引かれてしまった。
「葵の私服は見た事なかったが、結構イケてるんだな、お前」
「ああ……そうか?」
 探るように尋ねると、葵はほんの少し照れたような顔をする。それもう一押しと、仙火は軽く葵に迫った。
「さくらから聞いたが、ツーリングが趣味なんだろ? どんな所に行くんだ?」
「まあ、穴場のスイーツ屋などだろうか?」
「へえ、そこは中々可愛げある動機なんだな。よし。今度奢ってやるから俺も連れて行ってくれよ?」
 彼女は眼を瞬かせる。仙火はすかさず流し目を送った。やがて異変に気付いた葵は、何処からともなくハリセンを取り出し、力一杯に振りかぶる。
「……ノーサンキューだ。目を覚ましたまえ」

 屋敷へ快音が響き渡る。頭をひっぱたかれた仙火は、呻きながらその場に蹲る。
「いって……」
「全く、何か悪いものでも食べたかね、仙火くん」
「わかんねえ。おかしな事っつったら、うなじあたりがいきなりちくっとしたくらいなんだが……」
「ちくっとしたような?」
「ああ。この辺なんだが……」
 仙火は着物の襟を緩め、葵にうなじを晒す。しかし、そこに傷らしい傷は無い。それを見届けた彼女は、いきなり深々と溜め息を吐いた。
「いかんな。これはいかん」
「どうしたんだ?」
「これはあれだ。悪戯だ」
 悪戯。その言葉を聞いただけで仙火も事の次第を察した。
「……ああ、そういうことか。こいつは面倒な事になりそうだな……」
 二人は頷き合うと、慌てて屋敷へと飛び込んだ。

●巻き起こるドタバタ劇
 由美佳が暗躍し、仙火達がそれを追いかけている頃、ラルフ(la0044)はキャリアー内の厨房に立ち、ひたすらチョコレートづくりに打ち込んでいた。農耕工場ではなく自然農場で作られた貴重なカカオを仕入れ、自ら板チョコレートを作った。それを改めて湯煎している間に、チョコスポンジケーキを仕込み始めていた。そんな彼の手捌きを日暮 さくら(la3269)はじっと眺めていた。
「随分と入念な準備ですね。何を作るつもりなのですか?」
「チョコレートのタワーケーキと、そこに載せるチョコレートのジオラマとかですかね? そちらこそ、今日皆に渡すというチョコレートの準備は出来てるんですか?」
「抜かりはありません。前日のうちから支度は済ませておきました。今日はもう配るだけです」
 さくらはポケットからリボンで綺麗にラッピングされた包みを一つ取って見せる。ちらりと一瞥すると、ラルフは溶けたチョコレートを金型へと流し込んでいく。
「楽しみにしてますよ。さくらさんの作る菓子は悪くない出来なんで」
「菓子作りは私の取り柄なので。私もラルフの作品がどんな出来になるか楽しみにしています」
 さくらはぺこりと頭を下げると、厨房を後にする。そのままキャリアーも降りてみると、そんなところで柳生 彩世(la3341)とばったり出くわした。欠伸を噛み殺しながら、彩世は笑みを浮かべる。
「よう、さくら姉。今日は非番なのに朝早いな」
「習慣ですから。彩世こそ、今日は早起きなのですね」
 狼の形質が混ざる彼は、少々宵っ張りで朝に弱い。任務が無いとなれば普段は昼近くまで寝ているのだ。彩世はさくらについて歩きながらへらりと笑う。
「今日はパーティだろ? まあ俺もちょっとくらいは手伝おうと思ってさ。部屋の飾りつけとか、ちょっとした料理の支度とか」
「それは助かります。普段通り掃除もしなければいけませんし、人手は多ければ多いほどいいですから」
 こくりと頷くさくら。その横顔をちらりと見上げ、彩世はふと彼女に尋ねる。
「なあ、今年はアリアと昴は本命チョコ渡し合うと思うか?」
「え? 何故本命チョコを二人が渡し合うという話になるのです?」
 さくらは不思議そうに目を丸くする。彩世は耳元をぴくぴくさせた。
「何故って……あれ、さくら姉知らなかったのか? 昴とアリア、アイツらお互いに片思いしてるんだぜ。両片思い、ってヤツだな」
「なんと!」
 本気で驚いた。東海林家ともクロフォード家とも昔から家族ぐるみの付き合い。さくらにとっては二人とも弟妹のようなもので、よもや二人が思いあっているなどとは思わなかったのである。しかし、二人がそのような思いを抱いていると知れば、腑に落ちることもあるのである。さくらはポンと手を叩いた。
「なるほど。そうであるなら、昴がアリアの料理……を完食する所以もあるというものです。幼馴染でも気づかない事があるものですね……」
 遠い目をする彼女に、彩世は首を傾げた。むしろさくらが疎いだけだろう。そう思ったが彼は黙っておく。それ以上に気になる事があるからだ。
「でもってさくら姉。今日は仙火にチョコレートはプレゼントするのか?」
「もちろんあげますよ。同じ屋根の下に住まう仲間ですから」
「ふうん……?」
「何ですか、その眼は! 私にとってアレはそれ以上でもそれ以下でもありません!」
 ムキになったら余計に怪しい。そんな金言をさくらは知る由もない。にやにやするばかりの彩世に、彼女はあたふたするばかりだ。
 しかしそこへ、いきなり現れた由美佳が助け船を出した。
「ハロー、ボーイズアンドガールズ!」
 彼女はいきなり叫ぶと、高らかに銃声を鳴らして恋の弾丸をぶち込んできた。練に練られた不意打ちを見透かすことは出来ず、二人は眉間にエネルギー弾を喰らってしまった。さくらはくらりとよろめき、彩世は思わず狼耳に尻尾を露出してしまう。
「そんな事はどうでもいいのです……今必要なのはもふもふです!」
 言うなり、さくらは彩世をずんずんと押して無理矢理縁側に座らせ、彼の長い尻尾を掴んでもふもふと頬ずりを始めた。
「な、なんだよいきなり……?」
 とはいえ別に悪い気はしない。溜め息を吐いてされるがままにしていた。そこへやってくるのは、箒を手にした狭間 久志(la0848)である。
「おい、仙火を見なかったか? アイツ箒を玄関の前に放り出したままどっかに……何やってんだ?」
 喉を鳴らして彩世の尻尾クッションに張り付いているさくらを見て、久志は眉を顰める。彩世は肩を竦めた。
「何か急にさくら姉が爆発したんだ」
「爆発? なんだそりゃ……」
 久志は首を傾げていたが、すぐさまその正体を思い知る事になる。
「狭間久志、討ち取ったり!」
「は?」
 背後からノリノリで叫ぶ由美佳が飛び出してくる。彼が耳を疑う間もなく、由美佳は再び銃弾を久志の胸へと叩き込んだ。久志はよろめき、思わず尻餅をついてしまう。
「ははははっ! よいぞ、よいぞ!」
 由美佳は茂みから飛び出すと、脱兎のごとく逃げ去ってしまう。銃弾を喰らった胸元を撫でさすりながら、彼は何とか起き上がる。
「ったく、アイツは何なんだ。今年31になって、ついでに娘もいるんじゃないのか。落ち着きがなさすぎる」
 ぶつぶつと呟きながら、久志は嘗ての妻に思いを馳せようとする。さる屋敷に勤めていた本職のメイドで、モデルのような金髪長身の彼女。細やかな気配りが求められるその仕事に相応しく、気回りの利く、しっかり者の女性であった。
 そんな彼女に恋い焦がれて追いかけて、その心を掴み振り向かせるためにどれほど心を砕いた事か。そんな酸いも甘いも含まれた味わい深い記憶を振り返ろうとした時、さくらがむくりと身を起こした。
「久志ではないですか。さあこちらへ。ここへ」
 さくらはぱっと目を輝かせると、彼女はぽんぽんと縁側を叩いた。
「お、おう……?」
 久志は言われるがままに縁側へ座る。すると、さくらは早速熱い眼差しを彼へ贈った。
「久志。貴方には……奥さんがいたのですよね? さぞかし素敵な女性だったのでしょう」
 ふと妻の事を思い浮かべていたところに迫る、さくらの問いかけ。久志は照れくさそうに頷いた。
「まあな。俺にはもったいないくらいのひとだったよ。気立ても、見た目も」
「では……彼女に比べて、私はどう思いますか?」
 いきなり蹴り込まれるドライブシュート。思わず久志はどっきりした。さくらは共に肩を並べて戦う先輩と後輩のようなもので、特に異性としての関心の眼を向けた事は無かった。さくらが普段から彼女の父親と同等の世代として扱ってくるものだから、なおさらである。
「そうだな……さくらはまずとても努力家だ。料理は苦手だなんだといってるが、最近は何だかんだで克服しつつあるしな。その向上心で、きっといい家庭を築けるように努力するんだろうと思うぞ。良妻賢母ってヤツだ」
「……ふふ」
 褒め称えると、さくらは切れ長の目を細めて満足げに笑う。その視線は何処か熱っぽく見える。
「ならば、久志は私の事を妻にしてみたいと思いますか?」
「あー、そうだな……」
 思わず真面目に考える。さくらと暮らす自分の絵を。
(いやいや、待て待て待て! 変な事考えるな! どうかしてるぞ)
 慌てて首を振る久志。ぼんやりする頭の中で、由美佳に何かをされたのだろうと思い至る。そしてきっと、同じようにさくらもどうにかなってしまったのだ。
「うーん、これは宜しくねえな。アイツを捕まえて、この状況を解決させないと……」
「どこへ行くのですか!」
 立ち上がろうとした久志の腕をさくらは捉える。彼を縁側に引き戻し、むっと頬を膨らませる。
「まだ話が終わっていません。行っちゃだめですよ」
 常日頃から幼馴染の姉貴分として振る舞い、押さえ込んできた甘えん坊モードが全開である。久志が途方に暮れていると、そこへゆらりと不知火 楓(la2790)がやって来た。
「おや、久志。随分とさくらと仲良しこよしだね」
 楓はすっと目を細める。男の眼も女の眼も引く美貌。さらしで押さえつけたりしているが、そのゆったりとした装いの下にはスタイル抜群の肢体が隠れている。普段は親しき仲でも、今のさくらにとっては第一警戒対象である。さくらは咄嗟に久志を抱き寄せた。
「楓、どうかしたのですか」
「いやあ。何だかとても仲が良さそうだからね」
 くすりと笑うと、楓は久志のもう片側に腰を下ろし、そっと腕を絡めて耳元で囁く。
「でもよくないなぁ。僕がいるって事、忘れないでよね?」
「え、お? はっ?」
 思わず久志は眼を見開いて楓を見つめる。少なくとも本気には見えないが、素で揶揄っているのか、悪戯でそうなってしまったのか何も判別がつかない。さくらに至っては、そんな二人に早速嫉妬してしまった。
「何ですか久志! そちらばかり見てデレデレして! ほら、チョコがありますよ。あーんしてください」
 ポケットに入っていた包みを広げ、トリュフチョコを取って久志へ差し出す。
「おいおい、何なんだよこの状況」
 当然罪悪感はある。中身は良い年したおじさんなのだから。しかし、由美佳の銃弾に脅かされた彼の脳裏は、この状況にいっそ流されてしまえと叫び続ける悪魔が居座っていた。苦しげな久志を見つめ、楓は笑みを浮かべた。
「ふふふ。両手に花のご感想は?」
「ううぅ……」
 二人の誘惑に必死に抗う久志。毛羽立ってしまった尻尾を毛づくろいしながら、置いてけぼりになった彩世は三人のやり取りをじっと観察していた。
「カオスだぁ……」
 身も蓋もない感想が口を突いて出る。特に恋愛などに興味を持ってこなかった彩世にとっては、未知の世界である。
 そこへ駆け込んでくる仙火と葵。久志達を目に留め、葵はあっと声を上げる。
「おい仙火くん! アレはマズいんじゃないか!」
「あん? ……え、ウソだろ……」
 仙火の心臓が思わず撥ねた。ちょっと眼を離した隙に、楓もさくらも久志にぴたりと身を寄せ合っているのである。小さな声で呻くと、そっと仙火は葵に手を差し出す。
「葵、さっきのヤツ貸してくれ」
「ああ……」
 葵はハリセンを差し出す。受け取った仙火は、三人につかつかと歩み寄ってハリセンを振り上げる。
「おい、目を覚ませ!」

 スパンと軽やかな音が立て続けに響いた。さくらと久志は我に返り、さくらは縁側で深々と頭を下げる。彼女は耳までも真っ赤になっていた。
「すみません、久志。今日の事はどうか忘れてください……」
「いーよいーよ。我に返ってくれて安心したよ、俺は」
 表向きには何でもないような事を言ったが、あれだけ熱の籠った視線を送られて『忘れろ』と来ては、打ちのめされた気分になってしまう。そんな自分にも呆れてしまい、内心ではすっかり頭を抱えていた。
「いやあ、すっかりこの屋敷は由美佳の悪戯で圧倒されているみたいだね」
 からからと明朗に笑う楓。一目には何でもないように見える。葵は首を傾げた。
「おい、楓。君は何もされてないのだな? 無意味にハリセンを振り回す様な事はしたくないのだが……」
「さあねぇ」
 意味深に笑みを浮かべる楓。葵が顔を顰めていると、いきなり納屋の陰から由美佳が姿を現す。
「おお、これは望外の獲物ではないか!」
 由美佳は銃を構えた刹那、葵は素早く身を翻す。弾を外した由美佳は、こそこそと逃げ出す。葵はハリセンを手に叫んだ。
「さくら、逃がすな!」
「はい!」
 さくらは全速力でその後を追いかける。由美佳は眼を見開く。
「うわっ、来やがった!」
「日暮の名に懸けて、決して逃がしません!」
 彼女は納屋の中にあったロープを手に取ると、由美佳の脚を素早く捉えた。

 その頃、ラルフは黙々とジオラマの下準備に取り掛かっていた。昨日のうちから仕込んでいたパーツを冷蔵庫から次々に取り出していく。チョコレートの土台に粉砂糖を散らして雪化粧を施し、固まりかけのチョコレートを上手く駆使して城の形を整えていく。嘗て彼が仕えていた城だ。
「……何か不知火邸の方が面白い事になってるみたいだぜ?」
 そこへ氷向 八雲(la3202)がふらりとやってくる。お菓子のジオラマを見つめて、彼は適当に感想を並べ始めた。彼をちょっと脇によけ、慎重にパーツを飾っていく。
「大体察してますよ。まあ、ちゃんとパーティに間に合うなら、私は文句ないですが」
 相変わらずストイックな態度のラルフ。八雲は肩を竦めた。
「たまにはラルフもぱーっとはっちゃけたら良いじゃねえか。それだけのもの作れるんだ。きっと引く手数多だぜ?」
 ラルフはむっと顔を顰めた。
「故郷の人間ならいざ知らず、この世界で何者かに惚れる事などありえませんよ。元の世界だって、結局は政略結婚か、次男坊以下を捕まえて働き手を増やすくらいのものでしかないですし。興味を持てという方が無理です」
 つっけんどんに言ってのけると、型から旗のパーツを取り外し、城の天辺へと立てていく。
「八雲の方も、大して恋愛沙汰とか興味ないでしょうに。適当に人をけしかけるのはよくないですよ」
 さらりと言われた八雲は、苦笑して肩を竦めた。
「そうさな。よくご存じで」
 姫の影武者として育てられてきた八雲。彼も政略を巡る愛憎劇は何度も目にしてきたものだ。彼は笑う。
「やっぱり持つべきものは友ってな」

「あんたは何をしてるんだ?」
 その頃、葵は由美佳を糾弾していた。銃を召し上げられてしまった由美佳は粛々と頭を垂れている。
「いや……太平洋インソムニアが沈んで色々ひと段落したし、ね?」
「なーにが一段落だ。しばらく反省しろ!」
 葵は銃を手に取ると、その銃床でぺしりと由美佳の頭を引っ叩いた。
「いったぁっ!」
「まあまあ、特に実害があったわけでもありませんから、その辺りで穏便に……」
 さくらが葵をとりなしにかかる。しかし葵は首を振った。
「甘い顔しちゃだめ! 甘い顔をするから懲りずに何度も繰り返すんだ!」
「甘い顔しなくても繰り返しますから……」
「よくわかってる! さくらちゃんはよーくわかってる!」
「こいつ……」
 葵は銃身を固く握りしめる。楓もまた一触即発の現場にふらりと舞い込んできた。
「まあまあ、由美佳。押してダメなら引いてみないと。相手は実直な巫女殿だ。泣き落としのような真似をしても彼女は決して揺るがないよ」
「よくわかってるではないか」
 彼女は強気に胸を張って見せるが、楓はにやにやと笑みを浮かべて葵へと詰め寄っていく。
「さて葵、とある若人の恋路、君だって見たいと思ってないかい?」
「なんだと?」
 僅かに眉が揺れ動いた隙を突いて、小銃をひったくる。
「例えば、昴とアリアとか。あの二人の背中、ちょっと押してみたいと思わないかい?」
「昴とアリア? うむ……いやしかし、それは……あの二人の自由意思に委ねるべきものであって、そのようないかがわしい道具を用いて無理矢理くっつけようなどというのは……」
 彼女はくどくどと言葉を並べ立てる。楓は葵の顎をつうと撫で、そっと尋ねた。
「どうなの?」
「……見たいです」
 葵はぽつりと一言だけ洩らし、その場に崩れ落ちた。

●ねじれの位置の修正案
 屋敷でのすったもんだなど知らず、アリア・クロフォード(la3269)と東海林昴(la3289)は肩を並べて不知火邸へと帰還する。二人揃ってデパートでバレンタインに贈るチョコレートの買い出しに出かけていたのである。昴は紙袋からチョコレートをひと箱取り出す。包み紙には彼の世界でもこの世界でも有名なチョコメーカーのロゴが入っていた。
「アフリカが落ちて、南米が落ちて……カカオの産地どうなってんだ? って思ったけど、この世界じゃ農耕工場なんてところで作ってんだな」
「びっくりだよね。私達の世界もいつかそうなるのかな……って、そんな話してる場合じゃないよ! 早く戻らなきゃ! パーティまでにチョコレート仕込む時間が無くなっちゃう!」
 アリアはいきなり素っ頓狂な声を上げた。チョコレートを仕込む。それを聞いた昴は思わず尻尾の毛を逆立てた。アリアの作る料理は酷い。酷いが、たまに色々な要素が噛み合って成功してしまうこともある。しかし菓子はダメだ。万が一にも失敗する。昴は恐る恐る口を開く。
「止めとけよ。今のままで十分だろ?」
「どこが十分なの! ただの板チョコなんだけど!」
 アリアは口を尖らせ、スーパーの袋を振り回す。そこに入っているのは板チョコにチョコパウダー、デコレーションシュガーである。確かにバレンタインのプレゼントにしてはお粗末すぎる。
「ここからチョコクッキーとかトリュフチョコとかにするつもりなんだけど! あとマカロンとか!」
「うう……」
 トリュフチョコは簡単だ。板チョコを溶かして丸めてチョコパウダーを振るだけである。しかしそれでもアリアの成功はおぼつかないだろう。クッキーやマカロンとなればなおさらである。明らかに尻尾をだらんとさせている昴を見たアリアは、急に頬を膨らませ、袋の中から掴み取った板チョコを一枚彼へ投げつけた。
「わかった! 昴はこれだけ食べてればいいじゃん! 知らない!」
「え、ちょ、ちょっと待ってくれよ」
 真っ先にダークマターの被害を免れた昴だったが、アリアからチョコがもらえないとなるとそれはそれでショックである。昴は慌てて彼女の後を追いかけ、屋敷の正門をくぐった。
「覚悟せよ! 迷える子羊め!」
 刹那、邸宅の屋根から由美佳が飛び出し、カップリングライフルを構えて撃ち下ろしてきた。二人は咄嗟に背後へ飛び退く。由美佳は舌打ちをして撃鉄を起こす。
「ちぃっ、外したか」
「ふふふ、私に銃弾を撃ち込もうなんて百年早いよ! 何しに来たの?」
 得意満面になって胸を張るアリア。昴も尻尾をピンと立て、慎重に由美佳の姿を窺う。
「あー……このノリ、あのお姉さんの事思い出すぜ……」
「さっさとそこから降りなよ! 私がしっかりお仕置きしてあげるから!」
 由美佳はいかにも悔しそうに歯ぎしりしていたが、そろりそろりと歩いてきた楓が散弾銃を構えた。
「だがこのショットガンが許すかな?」
 言い放った瞬間、楓がショットガンをぶちかます。恋の弾丸が広範囲に拡散し、二人纏めて次々突き刺さった。
「うわっ! ……何で楓ちゃんそっち側なの?」
「僕は頭のてっぺんからつま先まで久遠ヶ原学園の人間だからね。たまにはトラブルメーカーになったっていいだろう?」
 喜色満面の楓。由美佳と共にそこからパタパタと逃げ出す。
「あ、待ってよ! ずるい!」
 呼び止めても二人は止まらない。アリアは溜め息を吐いて振り向き、ぼうっと立ち尽くしている昴へと振り返った。
「ねえ! 早く追いかけないと!」
 アリアはさっと昴の手を取る。しかし彼は動かない。楓と由美佳の背中を見つめっぱなしだ。アリアは思わず真っ赤になると、素早く昴の両頬をぺちんと叩いた。
「昴は私だけ見てればいいの! 確かにさくらは美人なお姉さんだし? 楓ちゃんの中性的な色気とか凄いし? 私なんて全然勝てないかもしれないけど……! でも、昴は私だけ見ててよ!」
 美人に取り囲まれて感じるちょっとしたヤキモチやら、今まで無自覚ながらも確かに抱いていた片思いが爆発して、アリアは感情を制御できずに昴をぶんぶん揺すぶった。昴はそんなアリアの肩を押さえ、必死に彼女の動きを制しようとする。
「急に何言ってんだよ。俺は別に誰が好きとか、そういうのはねーから」
「ねーの?」
「そう! だからそんな……」
 マジな顔しないで落ち着け。そう言おうとしたが、アリアはもう目にいっぱいに涙を貯めていた。
「オイオイオイ。泣くなって」
 そんな彼女の顔を見た時、昴は雷に撃たれたような心地になった。アリアにこんな悲しい顔をさせたくない。守りたい。そんな気持ちから芽生えた好意を、彼はここに強く感じさせられたのである。
「ご、ゴメン! えっと、俺、俺……も」
 アリアの笑顔が好きだ。そう言おうとしたが、喉からつっかえて出てこない。彼は頭を抱えた。
「い、言えるか! そんな事! アリアはずっと俺の妹みたいなもんだったじゃねえか!」
「違うもん! 私がお姉さんだもん!」
「はああっ? そこでそんな事言うのかよ!」
 悪態は流れるように口を突いて出てくる。何でこんなに不器用なんだ。言いたいことも言えないこんな自分が厭になり、彼は天を仰いで叫んだ。
「くそ! 何でこんなにどうにもならねえんだよおおお!」
 彼の神経がついにショートし、どさりとその場に倒れてしまった。アリアは真っ青になり、慌てて彼を抱える。
「ねえ、ちょっと昴? スバルぅうう!」

 恋の弾丸に翻弄される思春期、昴とアリア。その姿を見て、葵は再び崩れ落ちる。
「止めておけばよかった……あれでは二人が不憫で不憫で……」
「きっと、あの二人には劇薬が必要なのです。だから、そんなに自分を責めないで……」
 さくらが必死に葵を宥める。隣では彩世が幼馴染二人をぽかんとした顔で眺めていた。
「あー、ああいう感じになるのか……」
「こりゃまだまだ先は長そうだな。まあ中学生なんだからこんなもんか?」
 久志達も助けに入らず傍観に徹している。八雲は欠伸をしながらそこへふらりとやってきた。
「くぁ……何してんだ。みんな揃って茂みの中でかくれんぼか」
「見ての通りさ。アリアと昴の背中を押してみたんだ。昴が気絶しちゃったけど……そうだ。せっかくだし、君も一発喰らってみたらどうだい?」
 楓はショットガンを構えると、エネルギー弾を八雲へ浴びせる。流れるような一撃に、周囲はぎょっとして八雲の様子を見守る。八雲は溜め息を零し、仙火をじっと見つめた。服の襟元を僅かに緩めて、仙火へと迫っていく。
「なあ仙火。お前もこいつらの悪戯にやられたのか?」
「……もう治ったけどな」
「そうか。……どこ撃たれた?」
「あー、うなじあたりだが、いや別に、何ともなってねえから」
「いやいや、そんな事ねえだろ? ほら見せてみろよ。俺はお前にもしもの事があったら困るんだよ……」
 熱っぽく言い放つと、仙火の上着を剥ぎ取りにかかる。仙火は八雲を押し退けようとしたが、彼は構わず押さえ込もうとする。
「ちょっと待て! おい!」
「おいおい、こんなのもありなのか……」
 彩世はもう目を丸くするしかない。しかし、八雲は不意に悪戯っぽく笑みを浮かべ、彩世をちらりと見遣った。
「なんてな? 遊ぶのもそこまでにしといたらどうだ、楓」
 葵の手からハリセンを取ると、八雲は迷いなく彼女の頭をひっぱたく。
「うっ……」
 程よい刺激が恋愛脳モードを解除し、楓はその場にどさりと倒れた。

●チョコレートの誓い
 騒ぎが一段落した後、彼らは続々とラルフのキャリアー、そのブリッジにやって来た。中央のテーブルに並べられたケーキと城のチョコジオラマを前に、さくらは思わず息を呑んだ。
「まさかここまでの品が出来ているなんて思いもしませんでした」
「皆さんが騒いでる間に、それだけ時間が経ってたんですよ」
 ラルフはテーブルにチョコレート以外の料理もひょいひょいと並べていく。趣味の料理となればとことんまで突き詰めるのがラルフという男であった。
「この城はお前が昔仕えてた城か?」
 久志は城のミニチュアを細部までじっと見つめた。石積みの質感まで丁寧に再現されている。ラルフは頷く。
「ええ、やるからには完璧に再現しませんと。故郷に失礼ですから」
「ふむ……いつかは私もこれだけのものを作りたいですね……」
 隣のケーキタワーもじっと眺めていたさくらは、ふと立ち上がって手を叩く。
「なんて言ってる場合じゃないですね。私のクッキーも準備するので、手伝ってもらえますか?」
「ああ。任せろ」
 葵と由美佳は頷くと、彼女に従いキャリアーの厨房へと歩いていった。

 一方、アリアと昴、それから彩世の幼馴染組は部屋の隅っこで切り分けられたチョコケーキを食み続けていた。
「うぅ。何で私あんな事を……忘れてね昴、絶対だよ」
「え、いや……正直俺、さっき何やってたかさっぱり」
 首を傾げる朴念仁。アリアはクッキーを手に取り、昴の鼻先に投げつける。
「何でホントに忘れてるの」
 どんよりする空気、溜め息を吐いた彩世は、二人の前に尻尾を差し出す。
「はいはい、落ち込むなって。ほら、もふもふしとけ」
「うん……」
 二人揃って尻尾にしがみつく。その頭を撫でながら、彼はぽつりと呟いた。
「恋愛ってのは、いいもんなのかね」

 少年少女がそんな事になっている一方、小さな丸テーブルを囲んで楓と八雲、それから仙火がチョコをアテに辛い日本酒を飲み交わしていた。
「いや、すまないね。一回食らったものだから大丈夫だと思っていたけど、甘かったよ」
「気にすんなって。とりあえず飲もうぜ」
 八雲はへらりと笑って二人に酒を注ぐ。猪口をくいと傾け、仙火は溜め息を吐く。
「ったく、今日は驚いたぜ」
「驚いた? 八雲に言い寄られたこと? それとも、僕やさくらが久志に言い寄った事かな?」
 じっと見つめられ、仙火は思わず口ごもる。
「それは……」
「ほれ、お前にだけ『特別』なチョコのプレゼント、くれてやるよ!」
 そこへ、急に立ち上がった八雲が大きなチョコの包みを仙火へと突き出した。目を丸くしている仙火に、八雲は冗談めかして笑ってみせた。
「はっ、洗脳だかなんだかなんざ必要ねーよってな、くははっ」



 かくしてドタバタに巻き込まれつつも、無事に不知火家のバレンタインデーパーティは幕を開けたのであった。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 不知火 仙火(la2785)
 狭間 久志(la0848)
 不知火 楓(la2790)
 ラルフ(la0044)
 日暮 さくら(la2809)
 アリア・クロフォード(la3269)
 東海林昴(la3289)
 氷向 八雲(la3202)
 柳生 彩世(la3341)
 澪河 葵(lz0067)
 来栖 由美佳(lz0048)

●ライター通信
 いつもお世話になっております。影絵企我です。この度は御発注いただきましてありがとうございます。楽しんでいただければ幸いです。
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2020年02月27日

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