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『【IE】インパーチェ』
レオーネ・ティラトーレka7249

●銀翼の番
 酒はいい。
 まるでずっと前に読んだきりの本のページをめくるように、昔を思い出すことができる。
 また、ときとして見ず知らずの同席者とさえ、それを共有させてくれることもある。
(少しくらい気が合えば、な)
 だが、残念なことにレオーネ・ティラトーレ(ka7249)が今宵同席することとなった男は、ただの無礼者だった。
 あとから酒場に来たにも拘らずそいつは既に出来上がっていて、恐らくは誰でもよかったのだろうが、よりによってカウンター席で静かにひとり酒を嗜んでいたレオーネに目をつけ、とことん絡んできた。
 とは言え、目立つ自覚はあるし、面倒を起こしたくもない。
 だから、ほとんど聞き取れない支離滅裂な罵声をいくら浴びせられても、酒と下水の混ざったような呼気が鼻をついても、レオーネはとりあえず笑って流した。
 どうやら厄日らしいと半ば以上の諦念を抱きながら。
 いつもなら、この時間は妹と晩餐を楽しんでいる頃だ。しかし今日は女子会とやらがあるらしく、彼は締め出されてしまったのだ。それならそれでたまにはひとりを楽しもうと馴染みの酒場に来てみれば、ものの一時間でこれである。
 さすがにうんざりしてきたレオーネは、小さく溜息を吐いた。
 それがよくなかった。
 彼の態度を目敏く認めた男は最前とは打って変わって妙に舌が回るようになり、ナメやがって、ここはシャバ僧が来るところじゃねえ、スカした首飾りぶら下げやがってとレオーネのペンダントを乱暴に掴み取って酒を口に含むと、汚水を噴き出して、それを穢した。
「――――……聞こえないな」
 レオーネはなおも鎖を握ったままの男の手を、文字通り握り潰した。
「首飾りがなんだって?」
 聞くに堪えない下品な悲鳴をあげた酔っ払いは、優男の物静かというには重すぎる低い声音に、その体躯からは意外な膂力に、表情の失せた冷たい眼差しに、青ざめることしかできなかった。
 そんな彼の顔面に、レオーネは容赦なく拳を振り下ろし、
「もう一度言ってみてくれ」
 胸ぐらを掴んで倒れかけたのを引き戻し、その腹へもう一撃見舞って、
「頼むよ」
 頽れたところを蹴り飛ばした。
 他の客達のざわめきと合わさって、コップや酒瓶、割れた椅子などが派手な音色を奏で、転げる酔っ払いの周囲を彩る。
 レオーネはゆっくりと男のほうへ歩み寄り、怯え切った目でこちらを見るのを確かめると、すぐにカウンターへ踵を返した。
「すまない」
 そうして多めに代金を置くと、店を後にした。
 さっさと帰宅して、夜陰に紛れ静かに自室へ戻るなり、真っ先にペンダントを水に浸す。
 引き上げて丁寧に拭き取ってやり、軽く匂いを嗅いで――レオーネは自分も汚れていることに気が付いた。
 ペンダントは窓際の棚に置いて上着を脱ぎ捨て、露わとなった上体を、こちらは少しばかりラフに水拭きして。
 そのまま着替えもせず、再度窓辺へ足を忍ばせる。
 両翼を広げた姿を央に頂くペンダントは星明かりを照り返して煌めき、藍色の夜気を劈いていた。
 再度手に取って変わらぬ美しさに安堵を覚え、息を吐く。
 やっと人心地着いて、酒場でのことを顧る。
 ハンターの身でありながら素人に手を上げ、店にも迷惑をかけた点に少し胸が疼く。
 それでも、怒りに身を任せたことに後悔はない。
 なぜならあの男は、このペンダントを――“彼”の思い出を、穢したのだから。


●星の聖域
 忘れもしない。
 幼馴染で、親友で、自らを以って初恋を教えてくれたその人に、レオーネは星をみた。
 そうして想いを告げられ、応えて惹かれ、恋仲となって間もない頃。
 “彼”は突然このペンダントをプレゼントしてくれた。
 同様に、レオーネは“彼”へ星を模したペンダントを贈った。
 どちらの誕生日でもクリスマスでもないごくありふれた平日の出来事なのを、ふたり、笑い合った。
 でも、毎日が記念日のように特別で、楽しくて、切なくて、愛しかったから、これでいいと思った。
 思えば“彼”と過ごした中で、あのときが最良の時間だった。
 ――お前が星なら、どんな遠くにいたって俺は空を飛んで会いに行く。
 当時まだ十代だったレオーネは互いのプレゼントに互いを重ねて、そううそぶいたものだ。
「……子供だったな」
 若気の至り――と言っても、恐らく他人が聞けば青臭い、可愛らしいと一笑に付す程度のものだろう。
 だが、しばらくしてレオーネは思い知った。
 いかに羽ばたこうと決して辿り着くことのない、手の届かない遠くがあるのだと。
 ちょうどこの夜空に浮かぶあれと同じ、目に見えながら触れることの叶わない遥か彼方。
 病を患った“彼”はそこへ旅立ち、二度と戻らなかった。
 “彼”は、本当の星になった。
 レオーネは、この世で考え得るもっとも痛烈な衝撃に打ちのめされた。
 埋め難い穴を持て余しながら日々を虚ろに取り繕うので精一杯だった。
 先んじて未来が断たれたと知るや、必ず笑顔で見送ろうと決めていた。
 なのに、胡乱で頼りない記憶をいくら確かめても、自分が上手く笑えていたかどうか分からなかった。
 いつしか立ち直る頃には、“彼”の末期の声も、その顔も、思い出そうとするとなぜか別の誰かに置き換わった。
 けれど、忘れることなどできる筈もなく、虫食いの悲しみを抱えて生きていた。
 幸い、今は新たな出会い――謂わば地上の星――に恵まれ、彼女のお陰で随分和らいでこそいる。
 それでも“彼”を、レオーネが天に頂く星を穢されたとあっては、とても穏やかでいられそうにない。
 とは言うものの、今日のことが妹や恋人に知れたなら間違いなく絞られるだろう。
 あのバルにも行きづらくなってしまった。
「こんな姿をみたら、お前は心配するかな」
 沈んだ声を出してみると、いつかの叶わぬ願いが滲んだ。
 違う。なにも心配をかけたいわけじゃない。むしろ――レオーネは微笑み、夜空の星に翼が重なるようペンダントを眼前へ掲げた。
「俺の地上の星は、華のようだぞ」
 だから安心しろ。
 このクリムゾンウェストはおろか、遥かローマでも、ましてや自分の中でさえない、近くて遠い空の星へ。
 その安寧の祈りを、レオーネは翼に託す。
 翼の輝が星の光と交差して、銀の華を咲かせた。

 まるで、応えるように。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 登場人物
【レオーネ・ティラトーレ / ka7249】

 【IE】のご依頼まことにありがとうございました。工藤三千です。
 “銀翼のペンダント”に纏わる、今と昔をお届けいたします。
 ……えー、私事ながら前半の出来事と似たようなことが最近あり、恥ずかしながら感情移入してしまいました。
 それはそれと、MSとして関わりのなかったFNBのお客様からもこうしたご依頼をいただけること、本当に嬉しく思います。
 ご満足いただけるものとなっておりましたら幸いです。

 解釈誤認その他問題等ございましたらお気軽にお問い合わせください。
 それでは。
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2020年03月03日

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