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『神とアメリカが赦そうとも、この私が赦さない。』
ルチア・ミラーリアla0624

 現代アメリカで二番目に新しく、且つ、二番目に酷い未解決事件がある。
 ただマフィア狩りと呼ばれることもあるが、ニュースペーパーに載せられた名称は『セントエデン連続殺人事件』。セントエデンという小さな地方都市――ネット検索しても、カリフォルニアワインの銘柄が知れるだけだ――で起きた殺人劇だ。
 扱いが奇妙なほど小さかった一因は、被害者がその地を統べるマフィアの主要メンバーだからだろう。そして、だからこそ長い間、誰の興味を引くこともなかったのだが。
 同じセントエデンを舞台に起こった事件が、このカビ臭い事件にスポットライトを当てた。
 新進気鋭の青年実業家、最年少で警部へ抜擢された市警幹部候補、手堅さと大胆さを併せ持つ市会議員……なにかを辿るようにひとりずつ惨殺されゆく、セントエデンの明日を担うだろう者たち。人の形すら奪われた彼らの骸の傍らには、あの事件で犯人が殺害現場にかならず残していたメッセージがそのままに綴られていたのだ。

 神とアメリカが赦そうとも、この私が赦さない。

 憶測と推察がアメリカ全土に飛び交う中、ひとり、またひとりと被害者は増えていく。
 果たして『新セントエデン連続殺人事件』は現代アメリカでもっとも新しく、且つ、もっとも酷い未解決事件として名を馳せ。
 安息日である日曜日を選んで犯行を重ねる犯人は、“Sandy”の仮名で呼ばれ。
 真実は知れぬまま、好事家の推察が重ね続けられている。


 後にルチア・ミラーリア(la0624)を名乗る女がいる。今はまだ本名を使っているが、それを晒すのは野暮だろう。故にここでは彼女と呼ぶ。というわけで。
 彼女はかつて、米軍の士官として戦地を踏んだ経歴を持つ。
 ただし、名を挙げて語れるものは戦地だけだ。陸海空軍いずれの所属かを始め、最終階級も戦地で担った任務も、はっきりとはしない。
 このネタを手繰ろうと試みたジャーナリストもいたが、見知らぬ誰かにやんわり“注意”を受け、もれなく断念したという。
 マスコミの一部では彼女の不自然な正体不明ぶりを揶揄し、「Ms」と呼ぶ者もあるが、多くの一般人から“Sundy”の名で呼ばれていることを知る者は存在しない。いや、正確に言うならば数時間に限り存在する。彼女の標的となった者――とあるレヴェル組織の構成員が。

 セントエデン市長の秘書である男は今、必死に路地を駆けながら思い出していた。こいつは子ども向けのネタ本で見たぞ……!
 通常弾ではなく、推進器を備えた弾を撃ち出す銃。火薬を爆ぜさせる必要がなく、故にほぼ完全な静音性を備えた代物だ。ただし生産コスト、射程、命中、すべてに問題があり、設計の段階で葬られたはず。
 しかし。そんな代物に彼は追い立てられ、追い詰められている。
 いや、追い詰められてなどいるものか! 私には護衛がいる! 1、2、3、4、5……いるんだろう? 私を逃がすために力を尽くしているはずなんだ。なあ!?

 すでに3人を損なった護衛の生き残りたちは息を殺し、彼女の視界の外から機を窺っていた。
 携帯電話はジャミングされていて使い物にならない。それどころか通信機も。電話はともかく通信機は軍用だというのに、ノイズ以外聴こえるものはなく……あの女は、こんなことまでできるのか。
「ご主人様のストーキングはできてもスニーキングは苦手? これじゃハイド&シークも楽しめないわね」
 ノイズの向こうからささやかれた声音にびくりと振り返る。とはいえ、市長秘書ならぬ組織の要人を守るべく派遣されたプロフェッショナルだ。左腕で肘打を繰り出すと同時、右手では拳銃を構えていた。
「ピー、カ、ブー」
 歌うように紡がれた声音は、振り向いたはずの護衛の背後から投げかけられて。
 防弾防刃仕様のベストを押し退け、鎖骨の窪みへあてがわれたナイフの切っ先が、するりと心臓まで潜り込んだ。
 そして15秒後。最後の護衛もまた、手にした銃を撃つことすらできぬまま胸に2発、頭に2発を喰らって崩れ落ちる。俗にコロラド撃ちと呼ばれる、必殺を成すがための射撃術によって。

 その間に秘書は路地を転がり出て、公園へ逃げ込んだ。ここにはホームレスの一群が棲み着いているはず。小金をばらまけば喜んで盾になってくれるだろう。
「残念だけど、今夜は西の区画であたたかい食事が振る舞われるのよ。その後には寝心地のいいベッドも。だって今日は安息日だもの。不幸な誰かに小さな幸せが訪れてもおかしくないでしょう?」
 いつの間に追いつかれたものか。
 息を切らせた秘書からわずか10メートル、彼女は涼しげな顔で立っていた。
 思った以上に若い。
 なのに、どうだ。組織で飼っている荒事専門の犬どもと同じようでまるでちがう。あの女の目は、現世の向こう側にいる者の目だ。
「ついでに言っておくわ。市警は今、市長の警護で手いっぱい。……ああ、あなたは当然知ってるわよね」
 そうだ。だからこそ、今夜は市長の代わりに組織の報告会へ出席してきた。そこでいくつかの報告を交わして、手練れを護衛に借り受けて市長の元へ戻る。簡単なおつかいだったのだ。そのはずなのに。
 ぎっ! 秘書の喉の奥から押し潰れた悲鳴が噴き出した。無意識に我が身を守ろうと突き出していた左手から、小指と薬指がちぎれ飛んでいて。
「焦らないで。まだ18本も残ってるんだから」
 手足の指すべてを噴き飛ばす気だ――痛みよりも恐怖に突き上げられ、秘書はもどかしく右手を蠢かせ、銃を引き抜いた。撃つ、撃つ、撃つ撃つ撃つ撃つ撃つカチリ。
 彼女はわずかにずらした体を元の位置へ戻し、弾を撃ち尽くした銃のトリガーを狂おしく引き続ける秘書を見やった。
 ガンナーが素人ということを置いておいても、銃口から数ミリ体をずらせば、あとは10メートルという距離が弾を逸らしてくれる。見切りなどというほどのものですらない。
「苦しんで。泣き叫んで。のたうちまわって。あなたが殺した私の家族よりも」
 無音銃の射撃で秘書を端から削り落としながら、ささやく。
 知らない知らないシラナイイイイイ!! 四肢をちぎられ、這うことすら封じられた秘書は叫んだ。
「そうでしょうね。あなたは命令しただけだもの。劣等種を刈れって」
 まるで思い出せなかった。いったい、どれのことを言っている!?
 彼が所属する組織――救世主の従者達は、世界にひしめく問題の根元が「人が人を支配する」ことにあるとしている。それを解決する唯一の方策こそ、より上位の存在へ人というもののすべてを委ねることだと。
 組織は上位存在へ恭順を示すため贄を捧げ、それに値せぬ“劣等”な人類を、上位存在を摸して殺すのだ。常は時折、希に度々。
「セントエデンの片隅にあった小さな孤児院のこと、思い出せたらそこで殺してあげる」
 肺に穴を開けておいて、彼女は約束する。話などできるはずがないことを知りながら。
 万が一にもショック死しないよう慎重に弾を撃ち込んで、彼女は半壊した秘書の傍らに立った。
「地獄で償えなんて言わない」
 ブーツの踵で彼の血にまみれた歯を踏み折り、空いた口へ手榴弾をねじり込む。
「みんなに贖えなんて言う気もない。だって――」

 神とアメリカが赦そうとも、この私が赦さない。
 そのメッセージを市長が自らの血で描いたのは、次の日曜日のことだった。


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2020年02月28日

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