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『とある量産兵士の休日』
美玖・ルフla3520

 いつものごとく煩雑で面倒ですね。
 無機質な受診着を着込んだ美玖・ルフ(la3520)は、今日という日に受けてきた検査の数々を仏頂面の裏で思い出す。
 検査にかかる時間は一定で、慣れで短縮されることはない。毎度律儀に渡されるメニューを全部こなせば、朝が夜になっている。SALFの看板を背負って世界中を駆け回る彼女の貴重な休日をこんなことで潰されるのは、どう考えても不条理だ。
 本当は休日を使って、愛機の調整とテストを行いたいところなのですが。
 ロシアが生んだピーキーな機体。それは問題点を洗い出し、解決を図ったことで別の問題が生じ、人が見ればそういう趣味かと評さずにいられまい超ピーキーな機体へと転生してしまった愛機である。したい調整もするべきテストも、それこそ無尽に存在する。
 ……ああ。機関が自分たちをひっきりなしに検査したがるのも、そういうことなのでしょうか。
 思いついてしまったせいで「でしょうか」はものの数秒で「でしょうね」へ変わり。美玖はオーバーサイズのスリッパをぱたつかせ、げんなりと次の検査室へ向かうよりなかった。
 なにせ拒否権はない。人権も部分的に、適用外。理由は美玖が契約に縛られたクローン体だからだ。

 彼女の“素”となった放浪者は、とある機関と契約を交わした。自らの保護を「機関とは別の第三者組織」へ託すなら、クローン体の培養権を認めよう。
 実際の契約は、A4の用紙に換算すれば数百枚分に及ぶほどのものだったし、その間に様々な交渉が交わされもした。
 機関側としては、EXISへの適合性を持つ放浪者のクローン体は研究のためぜひ欲しい。しかし適性がクローンに受け継がれなかった際は、放浪者自身を研究対象にしたい。SALFに関与されてはそれがままならなくなるから、少なくとも結果が出るまで、放浪者の身柄を抑えておきたかった。
 放浪者側からすれば、機関の都合と真逆の理由で、第三者機関への繋ぎを契約条件に加えざるをえなかった。研究者という人種が、他人の苦痛にどれほど無関心かを知っていたから。その中でクローンの培養権を餌にしたのは、どうしても時間を稼ぐ必要があったためだ。
 かくて放浪者は、稼いだ時間でSALFの介入を呼び込み。
 機関は契約書を盾にクローン体の培養権を得て。
 SALFは放浪者とクローン体を守るべく動き、クローン体のEXIS適合性が認められた10分後、ライセンスを発行して研究体からライセンサーへとその身分を書き換えた。

 まあ、そんなドラマチックな出来事があって、美玖はライセンサー生活を送れているわけなのだが……正直、SALFと“素”は機関に偏見を持ち過ぎだ。
 今も昔も、機関の検査や干渉は鬱陶しい程度のもので、非人道的な実験をされたことも命を賭した試験へ蹴り出されたこともない。
 名を与えられ、教育と訓練を施され、適性に合わせた進路――結局のところSALF一択だったのはしかたない――を示された。関係者たちに愛はおそらくなかったが、情はそれなり以上にかけてくれたから、いい距離感を保つこともできた。
 そうであればこそ、美玖は十二分にはみ出すことができたのだ。

 検査が終わったのは20時過ぎ。いつも通りとはいえ、朝8時から12時間拘束で調べ続けられるのはやはり辛い。しかも検査に差し障るということで、水分摂取すら許されないのだ。
 水分摂取の許可? それは出せないね。
 美玖が一度だけ申請してみた際、クローン体の管理調整を一手に担う“主治医”はかぶりを振って見せ。
 そもそも君が生命活動を停止するには、その体内からおよそ14リットルの水分が失われる必要がある。この施設の温度及び湿度設定なら、他の要因を加えて考えても96時間は問題にならないわけだ。
 職業柄なのか単に性格の問題なのか知らないが、美玖にもう一度申請しようという気を起こさせなかったのだから、彼の目論見は成功したのだろう。
 まあ、それはともあれ。
 美玖は機関が用意した“クローン体の24時間分の稼働に必要な栄養素とカロリーを詰め込んだ食事”が待つ部屋へ踏み入った。
 と、先に席へついていた者たちが一斉に振り向く。
 まったく同一の身体造形を備えた少女体――美玖同様、“素”から培養されたクローンであり、機関では「シスターズ」でくくられるものたちだ。
 自分が最後でしたか。では。
 美玖は文字通りの姉妹たちへ仏頂面をうなずかせ、これまで真一文字に引き結ばれていた口を開く。
「全員の集合を確認。これよりシスターズ食事会及び報告会を行いまし」
 シスターズの右眉が一斉に、ひくりと跳ねた。
 自分たちは同じものである。故に舌の長さも等しいはずなのに、美玖だけはなぜか訛るというか、舌足らずなのだ。
 一応、シスターズの中で理由を討議してもみたのだが、未だ答は導き出されていない。彼女たちは根が真面目で、もれなく世間を知らない部分が大きい。だから「みんなちがってみんないい」というアバウト極まる正解に辿り着けなかった。

 こうして会は始まり、皆で近況を語り合う。
 常はSALFの各支部で任務漬けの日々を送る彼女たちにとって、検査日は希有な機会でもあった。たとえ食事が緑色をした謎の物体だろうともだ。
「自分は特に報告するようなこともないのでちが」
 姉妹の話を聞きながら、自らも語り出す美玖。
 もちろん、彼女の前置きは誤りである。シスターズの内でも特に戦術運用と知覚の才に恵まれており、試験的に投入された小隊の中で妙な方向へ特化した彼女の話は、「なにもない」で済まされるようなものではありえないのだから。
 ――美玖は指向においても行動においても、シスターズという平均化された一群から大きくはみ出している。それこそ個性的では言い足りないほどにだ。
 先の舌足らず問題ではお手上げ状態な姉妹たちだが、美玖という個体がなぜこうであるものかについてはひとつの推論を得ていた。
 美玖はシスターズの先を模索する任を、シスターズを構成する遺伝子の集合体から担わされたものではないのか?
 同じ構造と個性を備えたものは、同じ原因をもって全滅する。形や性を違えた“変わり者”を生み出し、環境や状況の変化への適応を図ることは、生物界においてごく当然のものである。
 もしかすれば、我々は無意識の内に先へと進もうとしているのかもしれませんね。
 局地戦におけるキャリアーの役割と防衛線の形成についてを語る美玖からそっと目線を外し、シスターズは静かにアイコンタクトを交わすのだ。

 新たな姉妹がSALFへ投入される日が確定したそうです。
 別れ際、ロジスティクス担当として戦場の後方を支える姉妹が、そのポジションを利して掴んだ新情報を共有した。
 シスターズは一定の間隔で生産され、SALFへ登録されて世界の守備につく。さて、その姉妹の適性はいかなるものか。
「戦場で見せてもらいまし」
 美玖の言葉に一同がうなずいた。
 適性がどうあろうと、シスターズの職場はもれなく戦場。ならば見るべきはそこで見届けよう。
「次は戦場で」
 姉妹と再会を誓い合い、美玖は機関を後にした。
 明日は午前中に戦場へ立つ。限界まで己を尽くし、適切なる当然を為そう。それがクローン兵士の一分であり、心意気というものだ。


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2020年02月28日

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