▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『愛しい恋人の隣で』
神取 アウィンla3388

 世間的にはバレンタインとして盛り上がった二月十四日。放浪者であるアウィン・ノルデン(la3388)が経験した三度目のその日は二度と忘れることのない記憶になった。かねてより好意を抱きながら、己の出自を思うとどうやっても踏み切れなかった二度目の恋が叶った日だ。晴れて恋人同士になったとはいってもお互いライセンサーでありながら他の肩書きも持つ多忙な身である。大学の教授職で忙しい彼女と、バイトで忙しい自分。アウィンは彼女の講義の外部聴講生でもあるのだが、私情を持ち込まない主義なのは一致している二人だ。一緒に過ごせる場所も限られ、今日もアウィンは彼女が暮らすマンションを訪れていた。
 思い返せば縁を結んだのも雨降る紫陽花寺での慰霊祭の後に、蕎麦屋で酒を酌み交わしたことだった。その時はどちらかといえば彼女は同世代のオペレーターと意気投合していた覚えがある。それと自らが成人に見られずに苦労していることを明るいトーンで愚痴っていたが、彼女が誰を悼み何を思っていたのかも全く以て知る由もなかった。
 関係性が変化しても、酒飲み二人が集まれば別々に過ごしたひと時の話題と美味しい料理を肴に宅飲みをするのが日常のこの頃。教え子より若く見える外見で意外と実年齢はアウィンより一回り以上上と、世間的にいうところのアラフォーである彼女は超がつく程の飲んだくれで、しかしワクというわけではないので飲めば普通に酔い潰れる。酔った彼女を寝かしつける為にとアウィンはまたここに泊まることにした。
 そこまで筋肉はつかないとはいえ、暇を見つけては筋トレに励み、殺風景な自らの部屋に無料求人情報誌と一緒に筋トレ道具を置いてあるアウィンだ。小柄な恋人をリビングから自室まで運ぶのは容易だった。すっかり見慣れた来客は見ることもない部屋へと入ると、眠りの淵に肩の上まで浸かっている彼女を宥め、囁き声で名前を呼んでベッドに入るように促す。そして、袖を引かれるまま自らもまたその上へあがった。もう随分慣れた仕草で腕の中にすっぽりと恋人を収めてしまうと、後はもう酒のせいで火照った体温の高さがまるで木漏れ日の下のように心地良く彼女を眠りへ誘っていく。眠るまでにそれ程の時間は掛からない。じきにすやすやと眠る彼女の寝顔を眺める。眠気が増すのはアウィン自身も同じで、しかし鍛えた甲斐があってか、肉体的な疲労はそこまででもない。自然と眠くなるまで今こうしていられる幸せを噛み締めていようとそんなことを考えるアウィンの意識は、これまでのことを振り返った。
 そもそもとして経緯は不明のまま、突如として兄の婚儀の最中に日本に飛ばされてきた身だ。どうして転移したのか分からないということは、いつ戻るかも分からないことと同義である。次男なので、領主家を継ぐことはないにしろ父と兄の補佐役、文官として義務は果たさなければと思った。役目があるから帰らなければならない、そうした殆ど罪悪感に近い責任感に駆られ、自覚してからも踏み込むことを躊躇し思い悩んだ末にこの恋心に蓋をしていた。だがこの異世界で再会し、実質的には初めて正面から向き合ったといえるだろう義理の姉に叱咤激励され、幾つもの世界を渡り歩き、この地へと流れ着いた放浪者でありながら、この世界出身の女性と恋仲になるという似たような境遇を持つ小隊長に相談してと、ライセンサーになり、繋がりを得た友人らに背中を押されたことでやっと、想いを告げようと心に決めた。思い返せば告白を断られると思っていたならまだ悩みはしなかっただろう。折角の信頼関係に水を差すのは嫌だとか、悪いと思わせること自体が申し訳ないだとか、そんなものは酷い言い方をしてしまえば一時の感情であり、恋人や伴侶の関係が視野に入るのであるなら、自分か彼女かのどちらかが一歩足を踏み込めば絶対に未来が変わる確信があったのも同然だ。しかし黙っていれば彼女は未来ある別の誰かと幸せになれるかもしれない。そんな風に相手を思うと同時、遅かった初恋を想いを告げることなく散らせた、たった一人の女性と共に在り続けることの意味を漠然としか理解出来ていないが故の臆病さもあった筈だ。それに両親が故郷では珍しく政略結婚ではない、父は領主で母は先妻付き侍女という恋愛結婚だった影響も大きい。周囲の目はともかくとして――いや、悪意のある目に晒されていたからこそ、その仲睦まじさはより印象に強く残る。だから父と、腹違いなど全く気にもせず自分を可愛がってくれる兄の補佐を務めるのに誇りと生き甲斐を感じていたし、身分が低いだけで陰口や根も葉もない噂を囁かれる母が少しでも悪く言われないように、あわよくば偏見を覆せるように努力し続けることにさして苦痛を感じることもなかったのだ。幸せだなと思える家庭を自分も築けるだろうか――そんな不安も心の奥底にあった。
(――今となっては、笑って済ませられる話だな)
 責任感だけでなく、家族を愛しているから、自らが男児をたくさん産めばよいと言い切る義姉が兄と描くノルデン家の未来を見たい気持ちもあるのだ。だから今腕の中にいる恋人とそれを見てみたいなんて我が儘な感情も湧いてくる。それもこれも、彼女もアウィンのことを好いていてくれたから抱ける思いだ。諦めた結果哀しませずに済んでよかったと今は思う。
 故郷を捨てるのではなくて地球で生きることを選んだのだと、義姉は真っ直ぐにこちらを見つめ、そう思うように言った。意味的には同じでもその言葉から受ける印象はまるで違う。アウィンは自分のことをネガティブと思ってはいないが、あの姫君の前向きな決意の固さは本物だと思う。性別の差は確かにあれど領主家の血を引いているのは同じなのに。この世界で再会して以降振り回されっぱなしのアウィンだが凛として佇む姿を見ると、心底尊敬の念を抱いた。
 アウィンの意思が何であるかなど無関係に、いつかどうにもならない別れが来るかもしれないと、ふと訪れる不安を拭い去ることは出来ない。運命とはままならぬ、人の手に余るものだとライセンサーとして活動するようになり、この眼前に突きつけられることもあった。嫌だとも怖いとも思うが、絶対有り得ないと目を背けることだけはやめよう。だからアウィンはこう思う。それでも心は添い遂げていたいと、もう心の奥底にしまいこまなくてもいい、日ごと膨らみ続ける愛しさを抱えながら。
 十年に一人程度と奇跡的な確率を除き、アウィンの故郷であるカロスの者には額に紋がある。それは普段は前髪で隠れてしまっているアウィンも同じでそれ故に存在している風習が一つ。
「愛している、永遠に」
 すうすうと小さな寝息を立てて眠る恋人の額に口付けを落として誓う。二人とも戦いに身を投じる身、生まれた世界が違うという危うさを抜きにしてもいつどうなるとも知れないのが現実だ。それでも外見も内面も全てが愛おしいと思う気持ちは不変で、もしもこの身体が朽ち果てるときがきても、魂という名前の概念が実在するのならば、この想いが消えてなくなることはないと断言する。無論この先も共にいられるように努力を惜しむ気は更々ないが。
 ――今夜もまた眠る貴女に、永遠の想いを誓う。
 幸福に満ち足りた胸は温かくなって眠りを誘い、おやすみと一人囁いて目を閉じる。意識が安寧の海に辿り着くまでそれ程時間は掛からなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
特にはバレンタイン当日のあれこれを活かせてませんが
そこに至る経緯だとか今のアウィンさんの心境について
色々と長く自分なりの解釈も交えて書かせて頂きました。
初恋相手の想い人がお兄さんだった点に触れるのも若干
考えたんですがこの恋が地球に来てからの家も関係ない
一個人としてのアウィンさんが想い想われたものですし、
折角のおめでたい時にネガティブさを入れてしまうのも
アレかなと思ったので悩んだりはしていても暗くは
ならないようにと心掛けたつもりです。
今回も本当にありがとうございました!
シングルノベル この商品を注文する
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年03月02日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.