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『姫の作ったチョコレート』
音切 奏la2594)& 狭間 久志la0848

●アフターミッション
 音切 奏(la2594)と狭間 久志(la0848)は、大規模な作戦以外でも何かと連携して任務に挑むことが多い。それだけ互いが互いを信用しあっているのだ。今日もまた、共に作戦へと当たっていた。
「好機ですわ、久志様! 一気に畳みかけてしまいましょう!」
 レイピアを構えた奏が、ナイトメアの正面に立って構える。全身を黒い甲殻に包み、クワガタのような兜を被ったナイトメアは、両手に持った蛮刀を頭上へ掲げ、のしのしと彼女へ迫ってくる。奏は半身になって構えると、一気に敵の懐へと踏み込んだ。
「ただ馬鹿力なだけでは、この私に一太刀を浴びせる事など出来ませんわよ!」
 ナイトメアは力任せに刀を横に振り薙ぐ。奏は素早く身を伏せて躱すと、膝の甲殻の隙間目掛けてレイピアの切っ先を突いた。甲殻に張り付く腱を断ち切り、ナイトメアは僅かにぐらついた。兜のパーツを大きく開いて威嚇したナイトメアは、奏目掛けて力任せに袈裟斬りを見舞った。奏は咄嗟に身を翻し、シールドを張ってその刃を受け流す。
「今ですわ!」
 奏が叫んだ瞬間、久志が物陰からナイトメアに向かって飛び出す。足音も立てず、息も殺して迫る彼の姿は、奏に夢中のクワガタには捉えることが出来ない。
「こいつで……どうだ!」
 久志は刀を振り抜く。その瞬間に空間が捩れ、凍てつく氷柱が一本、ナイトメアの背中に鋭く突き刺さった。身を守る間もなく氷柱で背中を貫かれたナイトメアは、ぐらりとよろめきその場に倒れ込む。しばらくもがいていたが、やがてぴくりとも動かなくなった。
 武器をしっかり構えたままそれを見届けた奏と久志。奏は揚々とレイピアを鞘へ納めた。
「大勝利! 今日も姫に相応しい活躍が出来ましたわ。久志様もそう思いません?」
「ん? ああ、奏が引き付けてくれたおかげでかなりやりやすかったぞ」
「それは何よりですわ。姫たるもの、民のため前線に立つのが務めですもの!」
 鼻の穴を膨らませる奏。久志は思わず首を傾げた。
「そうかなぁ」
 普通は後背で守られるのが常であろうとぼんやり思う久志。とやかく言わずに黙っていると、奏はふと久志の正面へと回り込む。
「時に、久志様。最近連戦続きで、疲れているのではありませんか?」
「ん? まあ……疲れてるって言えばそうなのかもしれねえな。あっちでもこっちでも戦いだらけだからな……」
「でしたらぜひ! 家で美味しいお菓子でも食べていってください!」
「お菓子?」
 久志は首を傾げる。どんな風の吹き回しだ。そう尋ねようとしたが、奏はかっと目を見開いていた。
「ぜひ! 家で美味しいお菓子でも食べていってください!」
 そんな奏の形相を見ては、何故かと質問する事さえままならなかった。
「ああ、わかった……」

●姫と姫?
 そんなわけで久志は奏の暮らす小さなアパートへと連れてこられた。姫と言えば豊かな装飾で飾り付けられた部屋に住んでいるイメージを持たれがちだが、奏は違った。必要最低限の家具しかない、とかくさっぱりした雰囲気の部屋である。眺めた久志はぼんやりと思う。
(あいつといい、こいつといい、俺の知る御令嬢はどいつもこいつも自宅が質素なのは何なのか……)
 ただ、掃除はしっかりと行き届いている辺りは女の子らしい。部屋を見渡している久志の腕を引っ張って、奏は小さな食卓の前に久志を座らせた。
「ささ、そこで少しお待ちになってくださいませ」
「あ、ああ……」
 久志がおずおずと頷くと、奏はさっさと部屋の奥へと引っ込む。キッチンを覗くと、早速奏はやかんに湯を沸かし、その片手間に冷蔵庫からやたらと沢山チョコレート菓子を取り出していた。思わず久志は背筋がざわつくのを感じる。
(アレを全部食べろと……?)
 遠目に見ても、どれも良い出来に見える。しかし久志は特別チョコレートの類が好きなわけでもない。見ているだけで胃もたれしてきた。
「さあ、どうぞ召し上がってくださいませ!」
 ニコニコしながら奏がチョコレートを運んできた。小さなテーブルの上に、奏はチョコレート料理をひょいひょいと並べていく。
「そちらがガトーショコラ、こちらがブラウニー、あれはザッハトルテ。あとはショコラオランジェにアマンドショコラに……」
 並べたチョコレート菓子を奏は一つ一つ指差して説明を始める。久志は既に目を回しそうだ。
「はぁ……どれも随分力作みたいだな……」
「飲み物は紅茶とコーヒー、どちらに致します?」
「コーヒーかな、このラインナップだと」
 これだけの数のチョコレートとバランスを取るには、紅茶の渋み程度では足りない気がした。軽やかな足取りでキッチンに向かう奏の背中を見遣り、久志は首を傾げる。
「どれも見た目に良い出来だと思うんだが……どうしてこんなに気合入れてチョコレート菓子を作ったんだ? 別に俺に食わせるのが目的ってわけじゃないだろ?」
「むむむ……」
 フィルターで丁寧にドリップしつつ、奏は思わずバツの悪そうな顔をした。
「……そ、そうです。その通りです……」
 コーヒーを注ぎ終えた奏は、そろそろと久志の目の前へ向かい合うように座り、そっとコーヒーを差し出す。
「そうなのです。……日頃から姫若様と一緒に過ごされている久志様なら、きっと姫若様の好みは知っているでしょうし、冷静にアドバイスを頂けるかと……」
 奏は呟きながら、やがてその眼を逸らす。
「何で俺に? あいつの好みについてなら、もっと詳しい奴がいるだろ。例えば――」
「うわあああ! それではダメなのですわ!」
 奏はぶんぶんと腕を振り、その言葉を遮った。わかりきっていた。麗しの若君に何を贈るかについて、“彼”に聞けばまず間違いなく満点の回答がもらえるに違いないのだ。しかし彼に頼っては敗北を認める事になってしまう。彼に尋ねるわけにはいかなかった。
「ですが……プレゼントはあの方が喜んでくれるものをお出ししたくて」
 そのために久志を利用とする今の自分に、何かしら後ろめたさのようなものは感じてしまう。普段の強気な奏はどこへやら、しおらしい表情で彼女は俯いていた。
「なるほどな」
 久志は呟く。彼女は“女同士”でも人気があるのだなと内心で思っていた。もちろんそれは大いなる勘違いなのだが。彼は目の前のブラウニーをフォークで切り分けると、一口食べる。どっしりとした質感と甘み。少なくとも美味い。量に加えてかなり手も込んでいる。素人でも気合が入っている事はよくわかる。奏がいかに久志を頼りにしているかは明白である。
 年長者として助力してやらねばなるまい。彼はそう心に決めると、コーヒーを飲んで口の中を整え、今度はザッハトルテを口に運ぶ。
「あいつの好み……ねぇ。取り敢えず酒か。あとパフェとか好きみたいだぞ」
「酒にパフェ! 確かにその通りですが……今回のプレゼントはチョコレートでなくてはならないのです」
「チョコレート?」
 何故チョコレートに拘るのだろうか。おじさんは疑問に思いつつ、コーヒーを啜る。
「どうやって渡すのかによって品も変わるとは思うが……チョコに拘るなら、チョコパフェとか、ブランデー入りのチョコみたいなのはアイツの好みに合うんじゃねーかな」
「なるほど、ボンボン・ショコラ! その手がありましたか!」
 彼女はポンと手を叩く。何かと多方面に才を発揮している“彼”であるが、製作難度の高いボンボンショコラを手ずから作る事は無いはずだ。ここに付け入る隙がある。ありったけの思いをここに叩き付けてやるのだ。
「うむむ……」
 しかし最大の問題は、奏自身もボンボンショコラを作った事が無いということ、その一点であった。久志の言葉をメモに写し取りながら、奏はぽつりと呟く。
「ふむ……しかし私にボンボンショコラを作る事は出来るでしょうか……」
 悩ましげな顔をしている。ガトーショコラを食べきった久志は、ふと頬を緩めた。
「まあ、俺にスイーツの味がわかるのかどうかわからんが、どれも手が込んでて手間を惜しまずに作ったんだなってのは分かる程度には美味かったよ。レシピさえちゃんとしてれば、少し難しい菓子でも、十分美味いのが作れるんじゃないか?」
 久志の励ましの言葉は、奏の胸に深く沁みる。満面の笑みを浮かべると、奏は再び声を弾ませた。
「ありがとうございます! やっぱり久志様は頼りになりますわ!」
 普段から姫たるべしと弛まぬ努力を続ける奏であったが、信頼し懐いている久志を前にしては、ただの少女のような笑みを見せるのであった。

 しばしチョコレート菓子のティータイムを満喫した奏と久志。そろそろ帰ろうという頃には、既に冬の陽が傾きかけていた。
「今日はありがとうな。美味かった」
「こちらこそ、アドバイス頂けて感謝ですわ。……ただ、その」
「わかってる。これだけのご馳走をしてもらった礼だ。この事は必ず黙っておくさ」
「お願いしますわね」
 久志は手をひらひらさせると、階段を下りて家路につく。その道すがら、彼はふと気が付いた。携帯を取り出し、カレンダーを呼び出す。
「ああ、そうか。もうすぐバレンタインデーか……」
 世にいう『友チョコ』についての相談だったのだろうか。久志は首を傾げながら歩く。

 奏の心は、今のところ奏だけが知っているのであった。



 おわり


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 音切 奏(la2594)
 狭間 久志(la0848)

●ライター通信
 この度は御発注いただきありがとうございました。私がバレンタインデーに食べたチョコレートは自分で買った板チョコ一枚でした。そんな事はどうでもいいですね。奏さんが勘違いに気が付いた時は一体どうなってしまうのでしょうか。
 また何か機会がありましたらよろしくお願いします。

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2020年03月02日

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