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『付かず離れず、でも少しだけ……』
ミナ・アッシェンフェルトla1578)& ニア・クリムローズla2579

 年の瀬も迫る頃に行なわれた大規模作戦は無事に完遂された。しかしライセンサーが如何に死力を尽くそうとも無傷とはいかず、いくらかの爪痕は残された。その一つが同作戦に参加していたミナ・アッシェンフェルト(la1578)の自室だ。運が悪くも流れ弾が直撃し、二月も半ばにして漸く復旧が終わったのだ。当然私物も全滅してしまった為改めて買い直す必要がある。そしてその数が膨大になるのは当然の帰結で――到底一人では持ちきれない荷物をどうするか考えミナが白羽の矢を立てたのは、その作戦の際も小隊には属さず一緒に戦っていた幼馴染の男の子――ニア・クリムローズ(la2579)だ。かくして連絡すると間を置かず「行く!!」とテンション高く返事した彼と買い物に出掛けることになった。後は時期にかこつけ準備しておけばいい。

 最初ミナから連絡が来た時、ニアは一も二もなく即答した。なにせ絶賛片思い中の幼馴染からのお誘いである。電話口でも彼女の声音はさざ波程度の揺らぎのみで、けれど一見すると近寄り難いミナが真面目で、不器用な物言いになりがちだが他人を慮り、時には義憤さえ抱く心優しい人であることを彼女の両親の次に解っていると自負している。喜びのあまりガッツポーズに留まらず、ベッドの上で何度か跳ね回ったニアは万が一にも忘れてしまわないように、アプリにスケジュールを登録しようとして、そして気付いた。奇しくもミナに誘われたのは二月十四日だ。
 ――バレンタインデーなんてイベント……俺の本命以外からのチョコは貰えねぇからなぁ。
 毎年そう言って他の女の子からのチョコはきっぱりと断っているニアだ。まさか今年こそはと期待に目が輝き、存在しない尻尾を振ったのも一瞬、すぐにそれはしゅんと下がる。
「今年も貰えねぇんだろうなぁ……」
 と独りごちるニアは思わず苦笑いを浮かべる。ごろんと寝転がり昔――というには真新しい記憶を掘り返した。感情表現が苦手なのは顔色だけでなく、言葉も行動も基本はつっけんどん。この手のイベントで甘い空気になるどころか、彼女から話題に出すことなく、ニアが振っても素っ気なく流されるのが毎度の流れだ。それでもミナが、自分から荷物持ちでも連れにと指名してくれたこと、一緒に出掛けられることが嬉しいのは間違いない。恋する男の子とは現金である。

 ニアとの関係はと聞かれたらただの幼馴染と答えるが、実際のところは友達以上恋人未満とミナは思っている。彼の方はまあ見たままだろう。ニアはいつも明るく楽しげで、自分には眩しく感じてしまうくらい純粋だから羨ましさにどう反応していいのかも分からなくなるのだ。ただし鬱陶しくないといえば嘘になるが。
 折角の休日だ、時間は有効に使いたいと少し早めに約束の場所へ向かうミナの目に飛び込んでくるのは二月の初め頃から漠然と漂い、当日の今顕著になった浮かれ切った世間の雰囲気だ。腕を絡めて通りを歩く男女、制服を着た少女らが姦しく騒ぐ声――自分たちには関係無い光景。と切り捨てるのは簡単だが。
(……けど、今日は少しだけニアに優しくしてもいいわ。こんな私をいつも一生懸命、危険を冒して助けてくれてるんだから)
 自分たちがそういう関係とは意識しないけど、今日がほんの少し特別な日であることは間違いないと。思いながらクールさを強調する鋭い視線を前方へ向けていたミナは緋色のメッシュが混じる派手な髪と、イメージにそぐわない真っ白なグローブを目にし、
(――え、嘘、もう来てるし、早くない?)
 と落ち着き払った表情の裏、焦りの感情を覚える。咄嗟にスマホを取り出し時間を確認してしまった。一方ニアはミナがまだ来ると思っていないのか、ぼんやりと少し間の抜けた顔をして待ち合わせ場所のすぐ目の前にあるショーウインドウを眺めている。彼が今見ているのは――。
 早く来たなら来たで好都合。彼は『どんな服でもミナには似合う』と笑うだろうが、今日は礼の一つも言わなければとミナは決意し、ニアの元へと歩み寄った。気配を察知した彼の顔が満面の笑みに変わり、そしてちょっと下唇を噛んで笑みを抑え格好つける。向こうから小走りに近寄ってくるのでミナは悠然と歩み寄りながら、手を上げての挨拶に間髪入れず言った。

(待ち合わせには余裕持って……っても早く来過ぎたかなー)
 暇を持て余して爪先で路面をつつきながらミナを待つ。普段なら何かスマホゲームを見繕って遊ぶのだが、それで彼女の到着に気付かなかったらウザイどころの話ではなく、もしミナが何も言わなくても自分で自分が許せなくなるだろう。しかし退屈なのできょろきょろと周囲を見回す。そんな時にふとショーウインドウの向こうが目に入った。
 暫し見とれていたが注がれる意識に気付いて振り向く。するとまさに今思い描いていた想い人の姿があり、どくりと鼓動が高鳴った。間抜けな顔をしていなかったか急に気になりだして大人びた微笑みを作る。近寄り、爽やかに手を上げた。
「よぉミナ! 折角のデートだし、荷物持ちでも何でも俺に任せてくれたらいーからな?」
 彼女を目の前にすればそれだけで幸せで、理想とするクールな男の仮面などすぐに剥がれる。殆ど同じ高さにある――二センチの誤差はないと言い張りたい――銀色のその瞳に真っ直ぐ射抜かれた。と。
「ゴメン、ちょっと忘れ物。すぐ戻るからそのまま待ってて、ニア」
「お? おー! 分かった」
 硬質的で澄んだ声が予想外の言葉を紡ぎ、反射的に頷いたのを確認すると、ミナは腰まで伸びた長髪と背を翻して元来た道を引き返してしまった。肩透かしを食うも忘れ物なら仕方がない。一度自宅に引き返して戻ってくるとなるとそれなりの時間が経つだろうが、元々早かったので、予定が少し遅れる程度で済む。遠ざかるミナを見送って、ニアは大きな欠伸を一つ零した。
 五分十分と時は流れ今は少し離れた所にある店先に飾られた服を思い返す。
 ――ミナに似合いそう……でもあーゆーの着ねぇんだろうな……。
 と思った。そして脳内で勝手に、ミナがあの格好をした姿を想像する。想像したら当然似合っていて、自分の妄想にドキっとなりながら、動揺を目を泳がせることで誤魔化そうとして、思わず我が目を疑う。
(――なんてぼんやり見てただけなんだーけーど! 着てくるとか聞いてねぇぇぇぇぇ!)
 心の叫びが迸った。だらけていた背筋がすぐに伸びる。待たせたわね、そう言って戻ってきたミナは、妄想と全く同じ服装をしていながら現実は遥かに上回る。淡い桜色のワンピースに薄手のショールを羽織り、暗めの色の服が多いイメージを覆した。
(くっそ可愛いかよ!? 可愛いだよ!? 知ってたよ!!)
 内心大興奮のニアをよそにミナは平時通りの表情、に見えて頬が薄紅色に染まっている気がする。もしかしたらワンピースの色が映って見えるだけかもしれないが。だってミナは色白で髪も瞳も銀と色彩に乏しい。と。
「……驚いてないで、何か無いの?」
 少し険のある声で一気に現実へ引き戻される。ニアは勢いよく首を振って前のめり気味に言った。
「めちゃくちゃ似合ってる! いつものシックなのもいいけど、こっちのミナも好き」
 女性は幾つでも皆優しくて可愛い。しかしやはりミナだけは特別で思ったことを全力ストレートで伝えた。だらしのない顔になっているかもしれないが可愛いものは可愛いので当然だ。ただ懸念があるとすれば、
(……変な男寄って来ねぇ様に見とかねぇと)
 という点だけ。近寄り難さが薄れ、美人さが引き立ってしまっているのは男の目を惹きそうで宜しくない。密かに決意して、顔が険しいかもと思い笑みを取り戻す。何よりも今日一日を楽しむのが大事なのだ。仙台にイルミネーションを見に行った時と同様、差し伸べた手は敢えなく拒絶をされるも、だったらこの後――とつい期待をするニアだった。

 彼がじっと見ていたから――それに自分に着てほしいと思っていることは疑いようもなくて、だから普段は選ばない服だけど、と自宅に帰るふりをして迂回し、健気に待っているニアの後ろから例の店に入って、店員に声をかけた。社会人的マナーが苦手なので世間話を回避出来、コンプレックスの塊である自分の目つきの悪さに少し、感謝しなくもない――いややはり嫌なものは嫌だが。とにかくニアがそれを望んでいるのなら喜ぶ筈と、今日一日はこの姿で付き合おうと思ったのだ。少し恥ずかしさはある。だがきっとすぐに慣れるだろう。
 手を繋げばより周囲からの視線を感じてしまう気がしてそれはにべもなく断り、気持ち近くに寄って二人歩き出した。丁度この辺りには女性向けファッションブランドの直営店が並び、順番に見て回るだけでおおよその目的に事足りる。――とはいえ、ミナが買うのはいつも通り自分に似合いそうなデザインの物ばかりだった。背丈は変わらないのに細身に見えてしっかりとした筋肉がついたニアは袋を幾つも持っても平気な顔で、調子に乗ったらしく、
「これも可愛くね? すげーミナに似合うと思うんだけどなー?」
 とこちらを見てアピールしてくるがパステルカラーだったりレースがついていたり、可愛い系ばかりだ。それでも何でもとはいわず、真面目に吟味している辺り本気で勧めているらしかった。
「さすがにそれはないわよ」
 とバッサリと拒否すれば、あからさまにがっかりするニア。正直にいうといつあれを渡そうと気がそぞろになっているせいもある。そんなやり取りを幾度となく繰り返している間にもニアが持つ荷物は増え、時間は段々過ぎ去っていく。一日歩き通しで買い物を続けて、そして日も暮れて――。

 荷物は多いし時間も時間だしで、ニアはミナと暗くなり始めた道を行き、部屋まで送り届けることにする。残念ながら期待して伸ばした手はじっとりとした視線に断られたので、少しテンションは盛り下がった。途中休憩がてら寄ったカフェの話などをしているうちに――主に話しているのはニアだが――ミナの家に辿り着いた。玄関先で彼女が振り返る。
「今日は付き合ってくれて助かったわ」
「お疲れさん。まだ足んねぇなら、いつでも呼んでくれていいからな」
 にっと笑ってみせればミナの視線は泳ぎ、袋を渡そうとした矢先に繊手がニアの服の袖を引いた。
「それと――これはお礼、今日の……じゃない、えーっと……」
 饒舌ではないにしても、やけに言い澱むミナ。後ろに隠した手の方をちらちらと振り返っている。変に促せば言葉を引っ込めてしまうだろうと思い、黙って続きを待った。時間的には十秒に満たなかっただろうか。
「この一年、助けてくれて……ありがと」
 辺りは静まり返っていて小声で呟かれたその言葉もニアにしっかりと届いた。すっと視線が外れ、代わりに綺麗にラッピングされた箱が目の前に差し出される。二月十四日、バレンタインの今日にミナが渡す物といえば――思わず不躾に、
「これってチョコ?」
 と尋ねるもミナは何も言わない。否定しないのなら肯定だ。引ったくるように荷物が回収される。
(……え? 俺今日死ぬの?)
 後数時間で終わる今日だが。恥ずかしくなったミナが引っ込めてしまう前に慌ててチョコを受け取る。本日二度目の衝撃がニアを襲った。玄関扉の上の照明にワンピースとショールを着たミナが照らされている。
 彼女は多分自らの表情の乏しさで隠れていると思っているのだろうが――服を着替えて戻ってきた時と違って明らかに顔が赤くなっているし、僅かに目尻が下がって唇の端もほんの少しだけ上がってと、ここにいるのが他の誰かならきっと気付かない些細な表情の変化に、嬉しさがこみ上げてきて顔が綻ぶ。
「俺も……いつも守らせてくれて、ありがとな」
 危険を伴う戦いでも自然と連携が取れる同じタイミングの呼吸を信じ、その身体を預けてくれる。それはミナが思う以上に嬉しいことで、心の大部分を占めるものでもあった。ミナは他に何も言えない様子でこくりと頷いた。
 別れるのはいつも寂しいが、今日はチョコを持って帰る楽しみがある。ニアはこの喜びを強く噛み締めた。足取りは疲れを感じさせない程に軽かった。

「べっ、別に赤くないし!?」
 一方、火照った顔を鏡の前で確認したミナは誰も聞いていないのにそう大声で否定する。――でなければ何かが変わってしまいそうだなんて、いえる筈もなく。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
あれも書きたいこれも書きたいと悩みに悩みながら
駆け足気味ではありますが、詰め込めるだけ二人の
甘いけどもどかしくもある、そんな空気を描いたつもりです。
字数の余裕と自分にファッションの知識があれば買い物中の
描写もがっつり入れたいくらいでした。
色々と真逆に見えるミナさんとニアくんが気持ち的には
多分既に近いところにいて、でも主にミナさんが言動で
向き合うのはまだ難しいけど頑張る姿が微笑ましかったです。
いつかニアくんが素手で手を繋げるようになるといいですね。
今回は本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年03月04日

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