▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『この世界に落ちて』
レイla3746)&サーフィ アズリエルla3477

●暗き海の底から
 その少女は、三又の槍を手に、ひたすら戦い続けた。どこからともなく現れ、世界を喰らい尽くそうとする化け物の群れ。殺しても殺しても、次から次へと襲い掛かってくる。
 黒い人魚はその尾鰭を大きくくねらせ、昏い海の底で舞い踊る。心臓に槍を突き立て、頭を切り裂き、世界に迫る暴威を淡々と退けていく。そのたびに、彼女の心は黒く塗り潰された。そうしてどれほど汚れても、彼女の戦いは終わらない。
 祖国では英雄と讃えられた。多くの民を守り抜いたと皆に喜ばれ、その殊勲の証として、少女は銀の冠を与えられた。その冠は、少女のささやかな誇りとなるが、戦いの中で壊れていった少女の心を安らがせるには至らなかった。血に染まる槍と手が、彼女の心を呪い続けていた。
 侵略が激しさを増すにつれ、彼女の手が届かずに零れ落ちていく命。いよいよ彼女は絶望した。いっそ己の総てを壊し去ってしまいたい。ふっと去来した思いが、彼女の総てをすかさず絡め取った。英雄は災厄と化した。近づく者全てを皆殺し、敵の“王”に召し抱えられて、別の世界にまでその刃を向けた。人を守るために仇為す者を殺し続けていた彼女は、いつしかあらゆる者を殺すだけの悪魔になってしまったのである。
 それでも、罅割れくすんだ銀の冠だけは、ついに捨て去ることが出来なかった。海鳴りの向こう側から響く歓声が、悪魔と化した彼女をずっと苛んでいたのである。

(……それも、ようやく終わる)
 レイ(la3746)は深海を力なく漂っていた。尾鰭をくねらす力さえもう残っていない。彼女に力を与えていた“王”が消え去り、彼女もまたその命を喪い、海の泡となって消えようとしていたのである。常に抱き続けていた呪いの槍も既に手放した。彼女の耳を塞ぎ続けた海鳴りの音もさっぱりと消え、“あの日”聞いた歓声が、彼女の心を満たしていた。
(そんな声は、もう“わたし”には似合わない。だから……)
 相応しい“わたし”に。せめて、英雄として讃えられたままの、この世界でも多くを守り抜いたのであろう自分に討たれて、自らの物語を終わりにしたかった。
 波にさらわれたレイは、遂に岩場へと打ちあげられる。硬い岩に身を預けたレイはぼんやりと空を見上げる。青い空だ。海の青が自分は一番好みであると信じていたレイだったが、こうして空を見ると、空の青もどうして悪くないと思えた。
「兄さん! あそこに誰か倒れています!」
 あまりにも聞き慣れた声が、砂浜の彼方から聞こえてきた。運命だ。天の差配だ。今まさにこの世から消えようとしていた中で、とうとうレイは“英雄”に出会えたのである。砂浜をパタパタと駆け寄ってくる少女。霞む視界の中で、レイは少女を見つめる。
「英雄としての私。戦と守護とケーキの神様」
 少女はレイを見つめて首を傾げる。レイは喉を振り絞って訴えた。
「多くを殺し続けた、悪魔としての私を、どうか……殺して、終わりに……」
 宿願の叶う時が来た。ようやく己の悪夢にピリオドを打つことが出来る。そう信じていた彼女であったが、少女の反応は、レイを大きく裏切るものであった。
「え、なにこれ、こわい」
「こわい……?」
 レイが聞き返す暇も無かった。少女はレイの脇を抱え上げると、手を下すわけでもなく、そのまま彼女を海へと放り戻してしまったのである。
(そんな)
 やっと終われると信じていたのに。一体どうして、『こわい』の一言で済ませてしまうほどに腑抜けてしまったのか。レイはますます絶望を深めていく。
 しかし、絶望しているばかりでもいられなかった。海に落とされたはずなのに、まるで空から落とされたかのように、沈むスピードが飛躍的に早まっていくのである。その激しい水流に揉まれているうちに、ヒレが一対の細い足に変わり、黒い鱗はフリル付きの細いドレスへと変わった。
「一体何が起きて――」
 その時、レイは再び空の下へと放り出された。“神様”と出会った場所と変わりない砂浜である。しかし“神様”の姿は見えない。ただ一人で岩場に落ちたレイは、その拍子に頭をごちんと打ちつけた。
「ぎゃっ」
 思わず悲鳴を上げたレイは、ぐるぐると眼を回し、そのまま気を失ってしまった。

●もう一人のねえさまと
 やがて、レイはおもむろに目を覚ます。身を起こしてみると、レイは変わらず砂浜にいた。槍は手放してしまったから丸腰、彼女の身を包むのは黒いドレス、頭にはくすんだままの銀の冠が乗っていた。状況が呑み込めないレイは、慣れない脚で砂浜に立つ。足の裏がびりびりする。レイは思わず震え上がった。
「……私まで、あの神様と同じようになってしまうなんて……」
 返す返すも悲しいやら腹立たしいやら。臍を噛む思いとはこのことだ。しかし、たった一人、寄る辺も無くこの世界に放り出されてしまったレイには何をしたらよいものやら見当もつかない。
 途方に暮れていると、彼女の背後に誰かがやって来た。
「まさか、ねえさま?」
 レイはその声にはっとなって振り返る。
「サフィ!」
 そこに立っていたのは、レイの年上の妹分、サーフィ アズリエル(la3477)であった。レイは彼女の姿を認めるなり、足が痛むのも構わず彼女へと駆け寄ろうとする。
「よかった! サフィもこの世界にいたなんて――」
 しかし、サーフィはいきなり背負っていた大剣を抜き放って中段に構える。碧い刃がきらりと光った。
「“くろいねえさま”……」
「ひっ! サフィ、一体何を……」
 レイは悲鳴を上げ、エビのように飛び退く。サフィは剣を振り抜き、空を裂いた。
「まさかこの世界まで落ち延びていようとは。」
「何の話ですか! いや、ある意味では間違っていないですけれど! わたしだって好き好んでこの世界に来たわけじゃ! あの“英雄としてのわたし”にいきなり無体な目に遭わされて、こんなところまで……!」
 海の悪魔と恐れられたころの姿は何処にもない。目をぐるぐると踊らせて、必死に弁解を繰り返すレイ。そのあまりにもしまらない姿を見たサーフィは、首を傾げて剣を収める。
「……ふむ。確かに、あの頃の“くろいねえさま”とは勝手が違うようですね……足も生えてるし」
 レイは深々と溜め息を吐く。
「そうです。違うのです。サフィ……何がどうなっているのか、詳しく聞かせてもらえませんか……?」

 そんなこんなで、サフィはレイにかくかくしかじかと語った。“王”を倒した後、サフィはきょうだいと共に平凡な日々を過ごしていたことを。その中でふと自分探しの旅に出てみたら、何が何だか分からないうちにこの世界に飛ばされてしまっていた事。それから彼女はこの世界における脅威と立ち向かう組織、SALFのライセンサーとなってこの世界でも日々戦っている事を。砂浜に座ってじっとその話を聞いていたレイは、不意にポンと手を打った。
「わかりました! 要するにすべてはあの神様がわるいと! そういうことですね!」
「はい。話している間にサーフィも合点がいきました。きっとそうなのです」
 喪服のように黒い身なりのレイに出会って数分、失くしたパズルのピースをようやく見つけられた気分であった。自分がこの世界に迷い込んだのは、きっと姉の意志が働いたからで、そんな意志が働いた原因は、この“くろいねえさま”を世話させ、自らの半身を無碍に扱ってしまった事の、言うなれば埋め合わせを図ったのだと。
「それならば、目指す道はただ一つです、ねえさま」
「目指す道?」
 レイは首を傾げる。頭でも打ったのか、彼女は戦士であった頃に見せた鋭さが一つも無い。どこかとぼけていて、からかいがいがありそうだ。
「そうです。今はナイトメアの襲撃によりこの世界が不安定で、中々元の世界への帰還の目途が立ちませんが……この難事を乗り越えれば、きっと帰る術が見つかると思うのです。そうなれば、ねえさまと共にあの世界へ帰って、姉さまにこのオトシマエをつけさせてやるのです」
「具体的には? この通り、わたしはもうあらゆる力を失ってしまいました。あの神様に太刀打ちする力はないのです」
「音を上げさせるだけなら簡単ですよ。兄に話して、一週間ほどケーキを断てばよいのです。そうすれば、姉さまはあの時の振る舞いをきっと後悔するでしょう。そこで一撃お見舞いしてやればいいのです」
「なるほどー……サフィ、賢いですね! でも良いのですか? サフィはそちら側でしょう?」
「いいのです。……だって、面白そうですもの」
 くすりと笑うと、サーフィはそっとレイへと手を伸ばす。
「それはともかく、お茶にしましょう。ねえさまも、ケーキはとても気に入ると思いますよ」
「ケーキ……。はい、行きましょう! わたしもケーキ、気になっていたのです!」

 かくして、世界の向こう側で新たな姉妹の物語が幕を開けたのである。



 おわり


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
 レイ(la3746)
 サーフィ アズリエル(la3477)

●ライター通信
 お世話になっております。影絵企鵝です。この度は御発注いただきありがとうございました。この先の二人の活躍に期待しております。

 ではでは。

パーティノベル この商品を注文する
影絵 企我 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年03月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.