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『酒の肴に花咲かせ』
飯島・健吾8949)&香月・颯(8947)&瀧澤・直生(8946)

 ウチの店には女性客が多い、とバイトの少年は思う。花を取り扱っている店なのだから、女性に受けが良いのは当然の事かもしれない。
 だが、この花屋が連日女性客で賑わっている理由は、それだけではなかった。

 店内に入ってきた女性客は、笑顔で挨拶をした温和な雰囲気の青年を見て、瞳を輝かせる。
 香月・颯(8947)はこの店の店長だ。先程から、今のように店にくる客くる客をその営業スマイルで虜にしている。この店で働く店員の中で、誰が一番モテるかと聞かれたら、間違いなく彼の名を自分は挙げるだろう。
 常連客の中には、彼目当てにこの店にきている者も多い。颯に微笑みを向けられて喜ぶ様は、さながら推しのアイドルからファンサを貰って喜ぶファンのようだった。
 もう一人の店員、瀧澤・直生(8946)は一見とっつきにくそうに見えるが、その整った顔立ちと案外面倒見の良い性格から颯と同じように客からの人気が高い。颯がアイドル的な感じでモテているとしたら、直生の場合はどちらかというとガチ恋される傾向が強いように思える。女性客が震える声で直生を呼び止め、必死に告白する様をバイトの少年も何度か見かけた事があった。
 少年は、モテている二人を見ながら考える。では、自分、飯島・健吾(8949)はどうだろうか、と。
 健吾は、お客さんが普段自分に向けてくる態度を思い返してみた。よく店にきてくれるおばあちゃんに先日おやつだと和菓子を貰い、自分の母親くらいの年齢の女性客からはお仕事頑張ってて偉いと褒められた。
 ……モテているというより、息子や孫のような扱いを受けているに近いかもしれない。
「二人の事は尊敬してるけど! この違いは結構大きい気がしてきた……!」
 三者三様のこの店の男性店員のモテ模様について考え、健吾は自分だけ異性にモテているというより年上に可愛がられているのではと気付いてしまう。思わず、その事を吐露してしまった健吾に、近くにいた直生は呆れた様子で肩をすくめてみせた。
「何一人で頭抱えてんだ。悩むのとか、お前には似合わねーよ。それより、それ、奥に運んどいてくれ」
 健吾の方が先に入店していてバイト歴は長いが、直生は彼の事を特に先輩扱いはしない。むしろ後輩を相手にするように、こうして雑用を頼んできたり、健吾の事をからかったりしてくる。年齢では健吾の方が年下なためだろう。
 了解だと返事すれば、直生は「サンキュな」と小さく微笑んだ。こういう、細かい点であってもちゃんとお礼を言ってくれる人の良さも、直生のモテる要因の一つなのだろうと健吾は思う。
 その直生は、女性客に声をかけられてそちらの接客に向かってしまった。距離的には健吾の方が近かった上に、女性客が探しているのは観葉植物。フラワー装飾技能士など花を飾ったりアレンジしたりする事に長けている資格を持つ直生よりも、グリーンアドバイザーの資格を持っている健吾の方が彼女の接客には本来向いているはずだ。
 だが、直生と話すその客の頬が僅かに赤く染まっているという事実が、他でもない直生に接客してほしいのだと言外に語っている。
 恐らく、あの客は直生を目当てにこの店に訪れたのだ。そう、この店にくる常連さんは、接客して欲しい店員が決まっている客が多い。健吾がここで勇んで飛び込んでいっても、直生目当てのあのお客さんは喜ぶどころかがっかりしてしまう可能性が高かった。
 仕事をしながらも、健吾は溜息を吐く。持っている技能とお客さんが求めている商品が合致すれば万々歳だが、そう上手くいく話ではない。
「飯島くん、向こうの男性のお客様、観葉植物を探しているようですよ。飯島くんの出番ですね」
 声をかけてきてくれたのは、颯だ。店内の様子をよく見ている店長は、客が求めているものを察して健吾に声をかけてくれたらしい。
 健吾が先程、直生に声をかけてきた女性客の対応を自分がすべきか一瞬迷っていた事にも彼は気付いていたのかもしれない。颯は健吾達の所有している資格を考えて、二人が働きやすいようにこうやって気遣ってくれる事が多かった。
「ありがとうございます! じゃ、俺行ってきますね!」
「はい。期待してますよ」
 優しげな笑みを浮かべて背中を押してくれる颯に、健吾もまた笑みを返すのであった。

 ◆

 男性客の接客も終わり、別の仕事をし始めていた健吾の耳を、どこか必死な様子の少女の声がくすぐる。
 見てみると、すでに会計を済ませているはずなのにレジの前……もとい、レジ打ちをしてくれた颯の前から離れようとしない女性客の姿があった。
 彼女の手には、記念日である今日に合わせ特別な包装がされた購入したばかりの花束と、鞄から出したばかりのラッピングされたチョコレートがある。
 彼女はその二つを颯へと差し出し、バレンタインの贈り物だと述べた。
「ありがとうございます。けれど、僕にはもったいないですよ」
 いつものように飛び切りの微笑みを浮かべているものの、内心颯は困っているようだった。無理もない。店で購入した花を、そのまま渡されてしまったのだから。
 こうして客がプレゼントを渡してこようとしてきたのは、何もこれが初めてではない。今日一日だけでも、颯はすでに何人もの女性客にこうやってチョコレートや花を差し出されていた。
 その度に遠慮の言葉を口にする颯だが、今相手している客のように何度颯が辞退しても是が非でも譲らない者もいる。仕方なく、颯は笑みを崩さぬままその贈り物を受け取る事となった。
(……家の中に花瓶はいくつあったかな)
 そんな事を考える颯は、すでに数え切れない程の花を受け取っている。
 この量をいけるのは時間がかかりそうだが、枯らしてしまうわけにもいかない。花を長持ちさせるのに一番適した方法を脳裏でなぞりながら、颯は貰ったプレゼントの山を一度しまいに向かうのだった。
(店長、大変そうだな。そりゃあそっか。今日はなんたって、バレンタインだし)
 普段以上に花屋が賑わっているのは、目当ての店員にバレンタインの贈り物をしたい常連客が訪れているせいもあるのだろう。
 直生もまた、今日何度目かも分からないチョコレートをちょうど受け取っているところだった。顔を真っ赤にし、必死に告白の言葉を紡ぐ女性客の手には、自分の手でラッピングしたのだろう手作りのチョコレートがある。
 もし義理チョコなら、直生もありがたく受け取るが……。今差し出されたのは、見るからに本命チョコレートというやつだった。
「ありがとうございます。でも、今はそういうの考えてなくて……仕事に集中したいんで……。だから、すみません」
 相手を傷つけないように言葉を選びながら、オーケーする意思はない事を直生は伝える。断られた事にショックを受けつつも、女性客は直生のその真摯な態度に胸を打たれたのか、返事をしてくれた事への礼を述べた。
(二人とも、やっぱ今日はいつも以上にモテモテだよなぁ)
 健吾のカバンの中にもいくつか貰ったチョコは入っているが、二人のおまけに貰った義理チョコばかりだった。
 二人の事は大好きだし、尊敬もしているけど……時々無性に虚しくなる時がある。今が、まさにその時だろう。
(おっと、今日は早く上がれそうだ)
 不意に時計を確認した健吾は、とある事を思いつき一気に顔を晴れやかなものへと変える。客足が途絶えた時を見計らい、彼は二人へと声をかけた。
「二人とも、今日一緒に飲みに行きません?」
 返事は、そう間を置く事もなく返ってくる。
「おう。もちろん」
「喜んでご一緒しますよ。車できているので、僕はノンアルコールだけにしますね」
 二人が快諾してくれたので、健吾は嬉しそうに微笑んだ。先程までの虚しさは、途端にどこかへと吹っ飛んでいってしまった気がする。
「俺も車通勤だけど飲みてぇし……店長、店の駐車場に俺の車置かせておいてもらっていいですか?」
 元ヤンキーだが、こういった部分に関しては真面目な直生の言葉に、颯は「いいですよ」と頷きを返した。
 自分と彼らのモテ具合の違いについて少し愚痴ってしまった健吾だが、こうして普段と変わらないやり取りを二人としていると何も気にする事などなかったように思えてくる。
「よっしゃ、楽しみ! この前知り合いに良い店教えてもらったんですよ! 絶対二人と一緒に行きたいと思ってたんですよね!」
 記念日だろうと、何だろうと、自分が大好きな二人についていく事には変わりがないのだ。
 恋に溢れる今日という日。いつも以上に忙しかった花屋の店員達は、信頼出来る仲間達と呑みながら今度は話に花を咲かせ、一日の疲れを癒すのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
花屋さんの店員であるお三方の、バレンタインの日の一幕。このような感じのお話となりましたが、いかがでしたでしょうか。
お気に召すものになっていましたら、幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。またお気が向いた際は、是非よろしくお願いいたします。
遅くなってしまいましたが、ハッピーバレンタインでした!
東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2020年03月09日

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