▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ヤーニングスター』
化野 鳥太郎la0108)&ケヴィンla0192

●当然アポもない
「前に話したでしょ、キャンプだよキャンプ」
 まだ寒さの残る、冬の頃。
 ちょうどケヴィン(la0192)が自室で、左の義手にドライバーを突っ込んでいた最中。
 インターホンがせっかちに鳴り、半ば以上意識を精密機器の保全に向けたまま「開いてるよー」と顔も上げず応えたところ、ドアが開くなり、そう切り出されたのである。
 来訪者の名はもちろん、化野 鳥太郎(la0108)。
 なにがもちろんかと言えば、この傭兵の部屋にまでわざわざ訪ねてくる物好きなどお互い他に心当たりがないあたりがだ。
 あまつさえ事前に詳細な日程を打ち合わせることなく当日突然しかも野宿を誘うなど、尋常ではない。
「……? あー、以前の約束カー」
「そ、そ、そ――って」
 鳥太郎の視線は、恐らく朧げな記憶にも至らず非常にぞんざいに応えたケヴィンに、というかその忙しなくも緻密な作業を繰り広げる手元に注がれている。
「……予定空いてる?」
「んーっと」
 鳥太郎が気遣いげに確かめると、ケヴィンは左腕のケーシングをぱたんと閉じた。
 そうして肘の曲げ伸ばしや手の開閉を見てから「こんなモンか」と語散て。
「今空いた。で、キャンプ? 言ってたな。道具は揃ってるんだっけか」
「ケヴィンさんあのあとメールくれたでしょ。それで指定された分はばっちり」
「よォし確認ー」
 やっと面を上げた部屋主に言われ、鳥太郎は端末のロックを解除した。
「まずテント、タープ、シート、寝袋、椅子」
「うんうん他には?」
「一応食器類と、他にはクーラーボックスに簡単な食い物――豆、芋、卵、ベーコン、パン。ポリタンクには飲料水×2。飯盒。個人的に渓流釣り用品。以上!」
「よくできました。じゃ、あとはこれな」
「えっ」
 胸を張ったのも束の間、鳥太郎は目の前にどすんとナップザックを置かれ、目を丸くする。
 まったくどこからいつの間に出してきたのか。
「持てるか?」
 ケヴィンはと言えばなんだか違う形に膨らんだもうひとつのザックまで出してきて、しれっとそれを背負った。
 鳥太郎も真似ようと持ち上げ――
「おっ、重ぉ」
 ――ようとして、やっぱり置いた。これ絶対腰に来るやつだ。
「なに入ってんのコレ……?」
「ナイフ、オイルランタンと予備のLEDランタン、砥石、コンパス、毛布、ハンドグリル、水筒、固形燃料、ハッカ油、カレー粉、チョコレートに――……まあ他いろいろ? 携帯品は到着次第手分けしてぶら下げるから、本番は多少軽くなる」
「…………。そんな準備いるの」
「半分はただの備えだが正直足りないくらいだ。残りは必要に応じて現地調達かな」
「本格的……」


●というわけで
 同日午後。
 いい年の男二人が雁首揃えて、とある山深い僻地を訪れた。
 斜面に広がる森の中、そこだけは地面も比較的なだらかで、空も開けている。
 幸い天候にも恵まれ、冬にしては暖かな黄金色の日差しがテントを設営する二人の体温を確保してくれていた。
 続けてタープの設置作業をする最中。
「こいつが済んだら次は炉を組んでー」
「おっ、晩飯の準備? だったら俺」
「化野くんは炭熾しと材料切るとき以外触るな」
「早っ」
 炊事を手伝う気満々だった鳥太郎の機先をケヴィンが制した。
 鳥太郎は料理以前に野外活動のノウハウが不足しており――以前ケヴィンの要請で最低限予習はしてきたものの――ことこの場において、できることよりそうでないことのほうが圧倒的に多い。そしてケヴィンはその逆である。
「いいね?」
「…………」
 こんなとき、ケヴィンは有無を言わせない。
 が、鳥太郎としても素人同然の己が身を顧みれば従わざるを得ない。
 誘った手前、手持無沙汰に見ているだけというのは気が引けるところだが。
「ま、料理苦手だしなー」
「暇なら川遊びでもしてろ」
「そうするわ。魚くらいは釣ってくるよ」
 こちらの胸中を察してかそうでないかは五分五分なケヴィンの勧めに、鳥太郎は乗ることにした。
 もとより渓流釣りをするつもりだったし、そうでなくとも自分の食い扶持が用意されているのをただ眺めているだけなんて、居心地が悪いことこの上ない。
 適当な大きさの石で囲いを作り火を熾したところで、鳥太郎は竿とクーラーボックスを担いだ。
「待った」
 声に振り向いたときにはすでになにかふたつのものを投げて寄越され、鳥太郎はとりあえずそれらをキャッチする。
 ケヴィンが持たせたのはハッカ油の小瓶とLEDライトだった。
「……暗くなる前に戻るよ?」
「念のためだ」
「ハッカは?」
「虫除け。時期的に確率は低いが」
「んっ、了解」
 世話を焼かれたのが、なんだか嬉しくもあって。
 本当になにからなにまでそつのない友人――少なくとも鳥太郎はそう思っている――に笑みを向け、釣り人は今度こそ茂みの中へと消えていった。
「…………さて、と」
 横目で背中を見送ってから、ケヴィンも夕飯の準備に本腰を入れ始めた。


●カノープスの思索
 冬枯れの樹木と色褪せた常緑とが混在する森の中は、とても静かだ。
 時節柄生き物の気配が限られるためか、ところどころに雪が積もるゆえか。
 かと言って物音自体は絶えることがない。
 野鳥の気紛れとともに気流は入れ替わり続けているし、目の前にせせらぎもある。
 人の神経に障らない、むしろ心地好さを齎すものなのだろうそれらに囲まれ、鳥太郎は川面と向き合いじっと竿を構えていた。
 撒き餌に刻んだパスタを放り、手頃な岩に腰を下ろしてどのくらいの時間が経ったのか。
 敢えて時計を確かめてはいないが、少なくとも最前に認めた木々の狭間に見え隠れする光は、未だ朱に色づいていないようだ。
 ならば慌てることもない。 
 目を、閉じてみる。
 環境と一体になった心地に意識を委ねながら、思うのは友人のこと。
 たとえば鳥太郎はこのキャンプにはしゃぎ、安らぎ、今など穏やかな気持ちにさえなっているが、彼はどうだろう。
 あの見事な手際も気配りも、自分やこの世界の、特に日本人が思うそれとはもっと別の――恐らく自分以外の誰かのために――命せめぎ合う最中で身に着いたものに違いない。
 かたや異界の怪物に脅かされ対峙してさえ、鳥太郎はまだ優しさの中で生きている。
 否、鳥太郎自身の不遇を除けばそもそも平和な暮らしが染み付いており、だからなおのこと優しさに重きを置いて、戦火に身を投じているとさえ言える。
 すべては取り戻すため。
 そして彼も、この場にない他の友人達も。
 いつか取り戻す優しい世界の穏やかな日々を享受できたなら――そう思う。
 もしかするとこのような自分と彼には重なる部分もあるのかもしれない。
 だが、鳥太郎はあんな風には戦えない。
 だからこそ、彼に憧憬を抱かずにはいられない。
 及ぶことは決してなくとも、願わくば――。
「――来た!」
 思索の完成をみる寸前に竿を引かれ、鳥太郎は刮目した。


●夕餉と真意
 どこか誇らしげな顔をした鳥太郎が戻って来たのは、ちょうどケヴィンが夕陽を浴びながらハンドグリルを過熱し始めた頃だった。
「釣果は?」
「オイカワ!」
「ご苦労さん。置いといてくれ、ワタ取るから」
 ケヴィンはグリルを二つ開けてベーコンを敷き、すぐに卵を二個ずつ割入れる所作を淡々とこなす。
 まな板の横にクーラーボックスを置いた鳥太郎は、目の前で繰り広げられるご馳走の絵面に目を輝かせた。
 グリルは蓋を閉じて即席の炉の中にくべられ、上部の網には飯盒とポットが置かれ湯気を昇らせている。
「……? ご飯じゃないよね?」
 ポットはともかく飯盒から漂う香りは炊飯のそれではない。
 だがうまそうだ。
「化野くんが持ってきた食材だよ」
 ケヴィンはそれだけ言うと、手早く川魚の下処理を済ませ、思い切りよく塩を撒く。
 器用に串で貫き、それを炉の火元に刺して立て、返す手でグリルを取り出した。
「そろそろいいだろう」
 再度蓋を開けるとほかっと湯気が立ち上り、その向こうからはぷるぷるに焼けたベーコンエッグが顔を出す。
「化野くん食器――はもう持って来てるね」
「うんっ」
 ケヴィンが顔を上げたところには、すでに鳥太郎がフォーク片手に待ち構えていた。
 そちらへグリルの一方をやりつつ、自身は飯盒を下ろして開けて中身をカップに注ぎ、これも腹ペコなピアニストに差し出す。
「スープ……!」
「豆と芋のな」
「いただきまーす」
 ケヴィンはチーズを刺した串を魚の横に並べ、やっと食べ始めた。
 鳥太郎は――言うまでもなく――その前に、黄身と白身と熟成した豚の油の焼けた味のハーモニーを忙しなく味わっている。
「ベーコンエッグうまい。スープも」
「そりゃなにより。まあ塩と胡椒しか使ってないけども」
「そうなの? 外で食べるとなんでこんなうまいんだろね……」
「…………」
 いくらこともなげに応じても感激をぶつける鳥太郎を、ケヴィンはじっと見る。
 そしてオイカワの向きを変えながら、切り出した。
「化野くんさ」
「うん」
「なぜキャンプを?」
「あー、それは」
 鳥太郎はスープを飲んで一息吐いてから、おもむろに答えた。
「一緒に星が見たかったんだよ」
「一緒って……俺と?」
 さすがに少し面喰い、ケヴィンは再度尋ねる。
 そういうのは他にもっと相応しい相手がいると思うからだ。
 もっとも、今更この男がなにを言い出しても不思議なことなどなにもない境地に達してはいるが。
 鳥太郎はほどよく焼き目のついたチーズに手を伸ばすと「これ漬け!?」とまたしても感激、そして咀嚼しながらやっと続きを言った。
「前はあんた一人で見たらしいじゃん。写真はくれたけど」
「まあ…………」
 コメントに窮し、とりあえずそろそろ焼けた魚を取って一方を差し出しておいた。
 その味にまたまた、また、鳥太郎が感動したのは言うまでもない。


●その星はいくつもの役を担い、たくさんの名前を持ち、そしてもっとも明るい
 献立をすべて平らげた頃にはすっかり日も落ちていた。
「晴れててよかった」
 鳥太郎が黒眼鏡を外して天を見上げる中、ケヴィンは豆を挽いてポットの湯を注ぎていた。
 そうしてあたりにコーヒーの豊かな香りが漂う。
「ん」
「あんがと」
 芳しいステンレスカップを差し出され、鳥太郎は俄かに視線を地上へ戻す。
「なんかチョコっぽいね。いい匂い」
「そういうフレーヴァーなんだ」
 ケヴィンは簡素に答え、炭火を最小限に留めてコーヒーを一口含む。
 やがてどちらからとなく改めて夜空を見上げ、その明るさに目を見張った。
 まるで藍色の紙に粉を散らしたよう。
 けれど奥行きもあって、深く、遠く、那由多の距離と数をゆうに凌ぐ途方もない大小の点在を示す。
 知識がなければ本来無秩序でしかない個の集合を、古来より人は天球に見立てた。
 中でも冬の寒い夜にはひと際目立ついくつかの星を、鳥太郎は指差した。
「あれがオリオン座」
「どれ?」
「あそこ。なんか砂時計みたく並んでるでしょ」
「……あー」
「んで冬の大三角」
 今度は鳥太郎がオリオンの左側を指で三角になぞる。
「こっちは分かりやすいな。ん? 冬ってことは」
「もちろん夏もある。それより、あの一番明るいの」
「ああ」
「あれがシリウスだよ!」
「シリウス?」
「シリウス。……憧れの」
 見上げたまま尋ね返すケヴィンにオウム返しをしてから、鳥太郎は少し声を落として言葉を添えた。
「ずっと自分以外の誰かのために戦い続けている人がいるでしょ。俺にとっては“星”――まさにシリウスってわけ」
「――……」
 ケヴィンはつい隣人を見る。
 鳥太郎は屈託なくてそれがときに憎たらしい、いつもの笑顔を浮かべていて。
「どうかした?」
「……別に。いい夜だと思っただけだよ」
 その様子に片眉を上げて肩を竦めると、赤い目をしたヴィランは「ひひひっ」と実に楽しそうに笑った。


 星よ、願わくば。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 登場人物
【化野 鳥太郎 / la0108】
【ケヴィン / la0192】

 いつもご依頼ありがとうございます。工藤三千です。
 釣りシーンから書いていたら文字数が大変な感じになってしまい、随分畳みました。
 ではなく。
 (たぶん)気心の知れた男性同士の冬キャンプってなかなかそそるシチュエーションで、もろもろ楽しく書かせていただきました。
 心情はもとより食事などもおいしそうな感じにできているとよいのですが。
 お気に召しましたら幸いです。

 例によって勇み足の過ぎる向きもあるかと思いますので、解釈誤認その他問題等ございましたらお気軽にお問い合わせください。
 それでは。
パーティノベル この商品を注文する
工藤三千 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年03月09日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.