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『知らずの散花(2)』
芳乃・綺花8870

 彼女がこの学校に入学してからというもの、成績順位のトップにある名前は一度たりとも変わった事がない。
 芳乃・綺花(8870)は、常に頂点に存在している。勉学においても運動においても、容姿やプロポーションにおいても、誰よりも優れた少女は周囲から羨望の眼差しを向けられていた。
 綺花が誰も手の届かぬ高みにいるのは、学校生活に限った話ではない。
 下校中の彼女を突然襲った、異形。この世にはびこる魑魅魍魎の一種であるそれを、彼女は携えていた刀で華麗に斬り捨ててみせる。
 綺花は、ただの女子高生ではなかった。退魔社「弥生」に所属している、女子高生退魔士だ。
 日々人類にとっての驚異である敵と戦い、命の危機に晒されながらも人々を守っている退魔士達の中でも、一目置かれる程の実力を有している。
 学業の傍らであるというのに、彼女はその圧倒的な実力と知識で数え切れない程の敵を徹底的に蹂躙し続けてきていた。
 その強さ故か、綺花は傲慢な性格をしており、他者を見下した言動をする事も多い。そんな彼女の加虐的な一面は、敵相手にはいっそう容赦のないものとなる。人類に仇なす敵をせん滅する時ほど、彼女の胸が高鳴る時はない。
 それ故か、緊急の任務だと突然上司に呼び出されたというのに、綺花の顔に不満の色はなかった。
 自分が次に戦う事になる敵はどんな敵だろうかと期待に胸を膨らませ、いつものように自信に満ちた笑みを浮かべている。退魔士として悪を打ち倒す生活に、綺花は満足しているのだ。

 ◆ 

 任務の内容を聞き、綺花は以前戦った悪霊と今回の退魔対象が似ている事にすぐに気付いた。
 あれは、たしか一月程前だったか。恨みという感情を糧にしていたその悪霊は、人々を襲い死の間際に自らへと向ける憎悪を喰らうという残虐な行為を日夜繰り返していた。
 喰らった憎しみが多ければ多い程力をつける事の出来る強大な悪霊で、退魔士の中にも犠牲になった者がいるくらいだ。
 もっとも、綺花にとっては大した驚異でも何でもなかったが。
 強い敵だという噂を聞いて少しは歯ごたえのある任務になりそうだと期待していただけに、予想以上の弱さにがっかりした事を綺花は思い出す。
 上司から手渡された資料に書いてある悪霊の特徴は、あの時の悪霊にひどく似ていた。
 命からがら逃げ出した悪霊は、あれから何とか力を取り戻したらしい。以前と同じように人々を襲っている悪霊に対し、懲りない奴だと上司は呆れたように言うが、綺花は首を左右へと振った。
「いいえ、これは恐らく罠ですね。私をおびき出そうとしているのでしょう」
 敵の狙いは、恐らく綺花だ。悪霊を徹底的に叩きのめした彼女に、復讐がしたいのだろう。
 悪霊は自らを負かせた綺花に対する憎悪すらも喰らい、自身の力にしたのだ。恐らく、前回戦った時とは比べ物にならない程、敵は強大な力をつけてきている。
 簡単な任務ではない。一手でも間違えれば、命の危険のある任務だ。悪霊の作り出した闇に飲み込まれて、誰も知らない場所で死に至るかもしれない。
「了解しました、私に任せてください。この程度の敵なら、準備運動にちょうどいいです」
 だが、綺花は迷う事なく任務を引き受け、笑みを浮かべる。その名に倣っているかのように、花が咲いたかの如く綺麗な笑みを。
 敵が強大であればある程、徹底的に叩きのめした時に得られる高揚感も強いに違いない。
 彼女の瞳が映すのは、今度こそ強い敵と戦えるかもしれないという、純粋な期待であった。

 芳乃・綺花は、常に誰よりも上の高みにいる。圧倒的な実力を持ち、誰もが羨む美貌を持つ彼女には、頂点こそが相応しい。
「負けた時に感じる屈辱と恨みなんて、私は知りませんし今後も知る機会はありませんから……私の分まで、悪霊にはその感覚を味わっていただきましょう」
 だが、知識も豊富で今まで数多くの戦場に身をおいてきた綺花であっても知らない事がある。綺花だからこそ、知らない事がある。そのもっともたるものが、『敗北』であろう。
 勝利の味しか知らない少女は、徹底的に叩きのめされた悪霊は無様に逃げていったあの時にいったい何を思ったのだろうか、としばしの間だけ考えを巡らせる。しかし、聡明な綺花でもその胸中はついぞ分からなかった。
 綺花にはあまりに縁のない事柄であったため、悪霊の抱く恨みの大きさも、その屈辱の味も、彼女には想像すら出来なかったのだ。


東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2020年03月09日

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