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『主ここにあらす』
ノゾミ・エルロードla0468

●自由恋愛讃歌
 来栖・望(la0468)はさる貴人に仕えるメイドである。かつての世界では寺院に勤める巫女で、むしろ身の回りの世話は他の者がこなしてくれるくらいの立場にあった彼女であったが、この世界ではひょんな縁から、この世界に同じく流れてきた貴公子の下で生きる事になったのである。
 ところがこの貴公子、屋敷で甲斐甲斐しく働く婦女子の姿に惹かれる気質の持ち主であった。そして生来の真面目さを以って広い屋敷の家事をこなす望の姿は大層魅力的に映る事になったのだ。そして望も、肉親とも呼べる人物と離れ離れになって心細さを常に感じていた。そこに現れた頼もしき寄る辺に程無く心を開き、彼の懐のうちに抱かれるに至ったのだ。
 要するに貴人と下女の恋だ。世が世なら大事である。しかしこの世は2060年の地球。自由恋愛の権利は保証されている。二人は人目を憚る事無く、それなりに大っぴらに恋路を歩いていた。

●主の居ない夜
 そんな日々のとある夜。お気に入りのパジャマドレスに身を包んだ望は、自室の隅に置かれた鏡台へ向かい合い、じっと身だしなみをチェックする。櫛を手に取ってそっと豊かな赤髪の中に滑らせ、玉のような肌には化粧水を塗っていく。花も恥じらう美貌の持ち主だが、彼女は決してその手入れを怠らなかった。
 フリル付きの襟をそっと整えると、彼女は鏡台を離れ、部屋の中心に据えられた小さな丸テーブルの前に腰を下ろす。鍋敷きに置かれた小さな手鍋を手に取ると、一つだけのカップに中身を注いでいく。紅茶とミルクの香りがふわりと部屋を満たした。
 人肌よりも少し温かいくらいのミルクティーを、そっと啜る。胸の奥が温まって、望は天井を見つめてほっと溜め息を吐いた。
「静かな夜は、久しぶりですね」
 部屋には彼女一人だが、望はまるで誰かに語り掛けるように呟いた。最近は任務に次ぐ任務に出ずっぱりだった望は、現地のホテルやSALF支局の宿泊室、果てには輸送中の飛行機の中で夜を迎えるばかりだったのである。
 ミルクティーを半分ほど飲んだ望は、天板下のスペースに収まっていた小説を手に取る。しおりを挟んでいた部分を開いてみるが、話の流れにあまり覚えがない。望はぱらぱらページを遡ると、再び物語を追いかけ始めた。この世界に昔から伝わる、騎士道精神に基づいた古い物語である。
 彼女の暮らしていた世界でも、活版印刷が普及し、本はありふれたものになりつつあった。しかし、印刷されるのは神の教えを纏めた聖書だの、学者たちの論文ばかりである。望にとって物語は、劇場で一通り観るものとばかり思っていた。
 物語が追えなくなっても、もう一度遡れる。そんな物語との向き合い方も良いものだった。
「……ふう」
 そんなこんなで小一時間読み進めた望は、蝶の飾り切りが施されたしおりを挟んで本を閉じる。鏡台に置かれた時計の短針は、既に頂点を過ぎようとしていた。夜更かしは明日の仕事に障る。望はリモコンを取って照明を暗くすると、そっとベッドに寝転んだ。仰向けになって、ベッドの天蓋を見つめる。黒いビロードの幕が張られ、新月の夜のように真っ暗だ。
 冬の夜は鳴くモノも無く、しんと静まり返っている。こんな夜には主と共に添い寝して、これからの事を語らいあったり、愛を囁きあったりしたい。そんな望であったが、その思いは願っても叶わない。暗闇の中で嗚呼と悶えた望は、足や手を布団の上でバタバタさせる。
「あの人がいなーい! 何でいないのー? はい! あの人は小隊長会議に出るためグロリアスベースに泊まっているからです! それは今しなきゃいけない事なんですか? しなきゃいけないですよ、はい……」
 右に左に寝返りを打ちながら、望は胸の奥につっかえていた寂しさを思い切り吐き出す。彼女が仮に我儘な女なら、無理を言って彼を引き留めるような事もしただろう。しかし望に主の使命を邪魔するような事は出来なかった。悶々とする想いを抱え込んだまま、頬をぷくっと膨らませて布団を引っ被る。肌触りの良い毛布が肌に心地よい。羽毛布団が彼女の熱を逃さず、だんだんと温室の中にいるような温もりが彼女の身を包み込んでいく。しかし、そんな温もりは主の代わりにならないのだ。主の温もりは主だけのものだから。
 不機嫌な犬猫のように鼻を鳴らすと、望は隣に置かれていたもう一つの枕を胸の内に抱きしめる。めくるめくひと時の痕跡が残ってやしないかと、枕に鼻を埋めて深々と息を吸い込んでみる。しかし、枕を毎日清潔にするよう取り換えているのは他ならぬ望自身。そこに残り香がある筈も無かった。望は唇を噛むと、枕を側に放り出した。
「嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は……」
 望は最近触れた和歌の一節を呟く。もちろん彼は仕事で忙しいのだと知っている。しかし堪えられない時もある。今宵は一人きりと知っていても、華やかな下着を身に付けたり、お気に入りのパジャマドレスを着たりしてしまうくらいには。布団の中で、望はひたすら一人の寂しさを噛みしめていた。
 溜め息を吐くと、望はそのまま布団を頭から引っ被る。

 やがて望は眼を閉じる。睡魔が彼女を寂しさから解き放ってくれるまで、ずっと丸くなっていた。



 おわり


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物
 来栖・望(la0468)

●ライター通信
 お世話になっております。影絵企鵝です。所々すごく踏み込んだような事書いてるけどそれでいいんかと思いつつ。まあ主とメイドの恋なら、主がこっそりメイドの部屋を訪ねるはずだって事で細かい描写はそんなイメージで纏めています。主も寝るだろうってんで勝手に天蓋ベッドにしちゃいましたが。
 そんな感じでよろしかったでしょうか。何かあればリテイクをお願いします。

 では、失礼します。

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グロリアスドライヴ
2020年03月09日

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