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『異形の視界から』
鞍馬 真ka5819

 近づいてくる足音に、『それ』は全身を緊張させた。
 物陰に潜む。まだ発見されるのは不味い。準備が十分とは言えない──準備とやらが本当に必要なのか、時折己への苛立ちと共に感じているとはいえ。
 物音をたてぬよう無駄な動きは抑えながら、自分の姿を隠してくれる瓦礫の隙間からやってくる者たちを観察する。
 自分を探し、狩りに来たハンター……には、見えなかった。
 そう思ったのは、まず武装らしきものが見当たらなかったからだ。だが、そうでなければこんな廃墟に何の用だと言うのか。
 ここはかつて雑魔の襲撃を受け、そのまま再建されることなく遺棄されることになった一角だった。故に人が暮らす場所のほど近くではあるが、好き好んで近づかれるような場所ではない。
 注意深く、様子を観察する。二人居た。背の高い方が先導している。どこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせつつ、時折後ろを来る者の様子を窺っている。その、後ろを行く小柄な方は、視線はずっと俯きがちながら前を進む方の背を見ている。表情には不安が見えるものの、ネガティブな物ばかりでもないように思えた。
 人間の体格や服装などに詳しいわけではないが、前を行くものの身体は男のものだろう。そして、着いて来る者の、あの下半身のひらひらした服は女が良く着るものだったはずだ。その組み合わせが、落ち着かない、だが悪い気でもない様子で、手を繋いで歩いてくる。このあたりから凡そのことは『それ』にも知れた。
「……こんなところまで来てもらって、ごめん」
 やがて前を行く方──便宜上、以降『それ』はこれを「男」とする──が、立ち止まって口を開いた。
「う、うん……それは、いいんだけど……何、かな」
 後ろの方──やはり以降、「女」とする──が、戸惑いを浮かべて応える。
「ごめん。どうしても、他に誰にも聞かれない場所で話がしたかったんだ」
 繋いでいた手を一度解き、男が女の正面に向き直る。そう言う事かと、舌打ちしたい気持ちをこらえて『それ』は事態を把握した。どうすべきなのか。死人や行方不明者を出せば大々的にハンターを派遣される恐れがある。そうなればここまでの忍耐が全てパァだ。安全策を考えれば、その『話』とやらが終わるまで待っていればいいだけの事なのだろう。
 が。
「君と……ずっと一緒に居たい。リアルブルーに来てくれないか。君を……本当に愛してるんだ──!」
 男の声は掠れて震えた、どこか苦し気なものだった。女の瞳が見開いて揺れる。
「え、……いや、あの、それ、は……」
「……やっぱり、駄目、かな」
「あの、ち、違うよ。待って。びっくりして。だから……」
「いや、いいんだ。赦されない想いだってのは、分かってる。だから万一にも誰にも聞かれたくなかったんだ。どんな答えでも……これ以上君の迷惑になる気はないから」
「……。あの、ね。本当に……いやな、訳じゃないんだ。ただ……ごめん、少し考えさせて」
 やがて、女もまたどこか苦しそうに答えた。
 どうも何やら、すぐに答えを出せない事情があるらしい。『それ』にとっては冗談ではなかった。こんなものに延々と付き合わされろと言うのか!
 一人で考えたい、と言うのか、女が数歩、男から離れる──よりにもよって『それ』に近づいてくる形で。増々苛立った。いっそ見つかってしまえば殺しに行かざるを得なくなるのに──考えて、閃いた。それならいっそ、待つ必要など有るか?
 どうせ殺すしか無くなることもあり得るなら、出ていってしまっていいじゃないか。どうやら障害のあるらしい恋仲の男女。死体で見つかるならともかく行方不明ならば……暫くは駆け落ちなどに思われる可能性もあるんじゃないか?
 そもそもが、『それ』にとって……歪虚である己が、人間の街を攻め落とすのになぜこそこそ調べ回るような事をしなければならないのだ、というのにずっと腹に据えかねる想いがあったのだ。
 少し、鬱憤を晴らすくらいいいだろう。
 物陰から機を窺う。女に距離を取られた男が、意を決したように女に近づいて行ったところだった。男が女の肩に手をかけ、振り向かせる。
「……すまない。そんなには待てないかもしれない」
 男が女の両肩をもってさらに引き寄せる。距離が、顔が近づいて行く。女に抵抗の気配は……ない。
 こうなると『それ』にとっては逆に興が乗ってきた。良いぞ、ならば最高の瞬間から地獄に叩き落してやろう。その恐怖と絶望から生じるだろう負のマテリアルに舌なめずりする。男と女のシルエットが重なったその瞬間、『それ』は飛び出して。

「──やっと出てきた。そんなに殺気丸出しじゃあ、気付かない振りにも一苦労だよ」

 そうして振り向いてきた男女の瞳は、表情は──獲物を捕らえた、狩人のそれだった。
 驚愕に全身の力がおかしなふうに流れるが、突進の勢いはもはや止まらない。そのまま男に向かって振り下ろした爪は、男が掲げたグローブ、それから生み出された力場によって止められる。
 そうして。
 歪虚はそのまま、鞍馬 真(ka5819)が、伊佐美 透(kz0243)の身体の影に隠すようにして生み出していた刃に貫かれた。



「思ったよりあっさり片付いたね」
「お疲れ様。流石だな」
 相手は歪虚だ。勿論付近に応援は手配してあった。しかし、歪虚としてそこまで強大では無いからこそ人の街で斥候めいた真似ができたと言う事なのだろうか、結局真の活躍によってほとんどケリがついてしまった。
 ……つまり、そういう作戦で、任務だった。初めは、街に連続して現れるようになった原因不明の体調不良。調べるうちにそれが、歪虚の負のマテリアルの影響と分かり……効果的に人類に『復讐』するために、隠れて街の構造を調べている歪虚がいるのではないか、そんな推測が立った。
 潜伏場所としてこの廃墟はすぐに目星が付けられた。ここなら負のマテリアルも過去の事件の残滓かと見逃しかねない。しかし、こうした動きをする歪虚ならば、堂々とハンターが動けば逃走される恐れがある。
 故に二人は、「こんな廃墟に用がある一般人」を装って調査していたというわけだ。
 ちなみに、歪虚がそのまま隠れ続けるようだったら小芝居を続けつつさり気なく接近、こちらから仕掛けて足止めの予定だった。
「あ、そうだ透、怪我は無い? 無いってことないよね。治療するから、ほら!」
「有難う。そんなに大したことないよ、というか怪我だったら君の方が……」
「私はいいんだよ! 透はもうすぐリアルブルーに戻って役者を再開するんだから、万一後遺症が残ったらどうするのさ!」
 強く言い切って、有無を言わさず回復のための歌を紡ぎ始める真に、透は苦笑して、分かったけど君も次にちゃんと治せよ、と有難くその治療を受ける。
 歌い終えて真は、透に怪我が残っていないかしっかりと確認して満足して。
「芝居って言えばそう言えば、やっぱりキスシーンってああいう風にやるんだね……」
「ああ、相手方がNGの時はな? 俺は必要なら直接することもあるけど。真はマズいだろ?」
 ふと、思いだしたように真が言って、透が答えた。
 つまり、先ほど近づいて行った後どうなったかだが、真横から見たらそう見えるように僅かに軸がずらしてあったので、勿論直接二人の唇が触れたりはしていない。こんな作戦を実行するからと言って、二人に勿論別に恋愛感情は無い。










━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
えー、この度はおまかせ発注有難うございます。
というわけで凪池式おまかせノベルルールに従いランダムで作業用BGMを選ばせて頂いたのですが。

選ばれたのは一番下の裏ダンジョン曲でした(

なんつーもん引いてくれるんだと思いつつ、一旦難易度はさておき私がこの曲から想起するイメージというと「異質なものにじっとりと見られている」でして。
隠れてる歪虚に見られてる?⇒むしろ隠れてる歪虚を探す任務? と考えていって
どうしてこうなった、と。(
いやでも違うんです一瞬前までほえほえしてたのに敵の出現と共に一瞬でハンターの顔になるの燃えません? 私は好きでして。それがやりたかったんです!
改めて、ご発注有難うございました
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ファナティックブラッド
2020年03月09日

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