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『明日の君はどんな顔をしてる?』
霜月 愁la0034

「――どうしたんですか?」
 そう掛けた声に、こちらに背を向けて地面にしゃがみ込んでいた少年二人が振り返る。そして目が合うと一瞬瞳に怪訝な色を浮かべ、しかし顔を見るなり、まるで見知った相手かのように露骨に気を緩めた。その態度に恐らくは少し年上程度だと思われているらしいと察したが無理からぬことと分かっているし、目くじらを立てるつもりもない。むしろ自分の外見が理由とはいえ警戒心の薄さに彼らを心配しながらも傍まで歩み寄って、二人と姿勢を同じくした。アスファルトとは少し違うが茶色が濃くなった地面に雨上がり特有の何ともいえない匂いが鼻腔を刺激する。自身も含め三人で囲う中心には針穴よりは若干大きい程度の穴とそこから出てきた蟻が群がる飴玉、更にその周辺には蟻の死骸が散らばっている。目を凝らせば脚が千切れたり潰れたりしているのが見えた。おおよそ飴玉で巣からおびき寄せて捕まえて――といったところだろう。
「何故、こんなことをしているんです?」
 何となく訊いてみたくなった。彼らは顔を見合わせ、如何にも活発そうな方が別に理由なんてないよと、素っ気なく返してきた。激昂はしないがつり上がる眉に不満が滲む。咎めるような声ではなかったと自分では思うのだが、訊くこと自体が彼の癪に障ったのかもしれなかった。不快にさせたなら謝るべきかと考えるも撤回するのは気が引けて口を噤む。一拍を置いて薄く開いた唇から細く息を吐き出し、再び開いた。
「虫も同じ生き物です。僕は……無為に命が奪われるのを見るのは、悲しい」
 ふと自らも意図せず零れ落ちた言葉に、どうして理由を訊きたくなったか、何故謝りたくないのか、その理由に思い至った。それを聞いた少年は顰めっ面になるとばっと勢いよく立ち上がった。鋭い眼差しでこちらをひと睨みして捨て台詞じみた言葉を吐き、そのまま駆け出していく。呆気に取られていたもう一人も慌てて立ち上がると、背中を追いかけていった。彼らの後ろ姿を呆然と見送り、息をついて立ち上がる。汚れていないがボトムスを軽く払い、数分しゃがんでいただけで全身が僅かに軋むのを自覚した。ただ息をしてご飯を食べて、眠るだけの生活を続けていれば若さなど関係なしに次第に体力は衰えていく。このままではいけないだろう。それを考えれば、動き出せるまでまだ時間は掛かる。それでも――と目を閉じて、また開き、前を向いた。足元には死骸が転がっている。じきに忘れるだろう。残酷に踏み荒らされる命に、自らの過去を重ね合わせたことも、顰めっ面に罪悪感が垣間見えたことも。意を決して視線を落とせば、死なずに済んだ蟻らが巣穴と飴玉とを行ったり来たりしている。その姿を薄情と取るか逞しさと取るかはきっと見る人間の感性次第だろう。自分はどうだろうかと考えて浮かんだのは、全てを喪ったこの数年では最も希望を抱ける感想だった。

「――僕はライセンサーになります。もう決めました」
 近況を尋ねる言葉にさしたる躊躇もなく答えればカルテに落としていた視線が一瞬のラグを挟んでこちらを向いた。もう何年も定期的に通ってはいるが診察なんてあってないようなもの。形骸化して済し崩し的に続けられるこの習慣に投じた一石は、机の上に滑らせた仮登録のライセンスで現実だと証明する。そこには霜月 愁(la0034)と氏名と住所、それと我ながら人形じみた無表情の顔写真まで載っている。これはあくまでライセンサーになる意思表示でしかなく、ナイトメアに対抗しうる唯一最大の希望に対する特権が行使出来るわけではないが、今は充分だと思った。生き残ってしまってからのこの数年、何一つ――行く場所も生きる理由もなく呼吸をしていただけなのだ。現実は御伽噺のように、無敵のヒーローが余さず全ての人間を救ってくれはしない。ごく一般的な家庭で生まれ育ち、何の才能もない平凡な己がすぐにライセンサーになることだって難しい。けれど今更――そう家族を喪った今更になって適性があると発覚し、戦いに身を投じようと決意するまでに然程の時間は掛からなかった。
 生き残ってしまって、後を追いたくて、でも両親が守ってくれた命を自ら散らすことはどうしても出来なくて、激情なんて遥か彼方へと消え去り、ふとした瞬間笑みを浮かべてしまう自分さえ許せない毎日だったのだ。戦いの最中、もしいつか死ぬことになったとしてもそれで構わない。誰かの為にこの生命が役立ったのなら――そしてそれが一般人であったなら尚のこと、満足いく最期だといえるだろう。そんな内に秘めた思いを目の前の精神科医に語りはしない。ただ正面からその視線を受け止めれば彼はガリガリと後頭部を掻いた。吐息が零れ、仕方がないと独り言も同然の声量で呟かれる。君が生きたいと思えるならそれでいいと見つめ返して医師は付け足した。次はこちらが目を瞬く番だった。意外かとの言葉に小さくかぶりを振る。
「そういうわけではありません。……ですが、反対されるだろうなと思ってました」
 鏡代わりに窓硝子の方を見た。仮ライセンスに書かれた歳には似つかわしくない幼い顔立ちがうっすらとそこに映る。そもそも愁があの惨劇から数年経った今でもここに通院をしているのは、まるで時が止まったように襲撃事件以降、ほとんど成長していないのがかなり大きな要因だ。中学生に間違えられることも度々あり、先程の少年がうぜーよクソババアと捨て台詞を吐いていったように女性と思い込む人も珍しくはなかった。ライセンサーはイマジナリードライブを駆使して、ナイトメアのバリアーを破り自らもシールドを張って身を守り戦う者だ。だから背格好が影響する部分は、競技シーン等と比べれば無きに等しい。それでも小柄な子供が戦う姿に人間は抵抗を感じるものらしいし、反対にヴァルキュリアを同列に思わず、その命を軽視する向きもあった。ナイトメアに関する事件の類は耳に入り易いので、自然と記憶にも残る。ただこの精神科医の思想が何であるか愁は少しも知らないし、ナイトメアへの対抗策のおまけ的に実施されている事件被害者のケアを彼が行なっているというだけで個人的な交流などもない。それでも自分の担当が危険に足を踏み入れるだなんて普通は嫌がるだろう。仕事に差し障りが出る可能性もあると思えば尚更だ。しかし先程の言葉は――確かに、愁の意志を第一に思っての判断に違いなくて。戸惑いに少し目が泳いだ。
(僕のことを心配してくれてるって、そう思ってもいいのかな?)
 ――それなら本当に嬉しいことだ。胸中で静かにさざ波が立ち、鼓動が早まって、頬が少しだけ上気しだす。ただの医者と患者の関係だと思っていたのに情があったことより何よりも懐かしさが閉じきった扉を叩いて胸が詰まりそうになった。髪を梳くように優しく撫でる細い手と、髪を掻き乱すようなガサツさを感じさせながらも褒めたい気持ちはこれ以上もなく伝わってくる無骨な手。人に思われるって、こんな気持ちだった。擽ったくて、優しい。
 死ぬなよと彼が言い、はいと愁が頷く。それから差し出された手を握り返し、微笑んでみせた。実際にうまく笑えたかどうかは分からないけれど。ライセンサーになって何か変わるのだろうか。何も変わらないのかもしれない。本当は生き続けられる保証も出来ない。ただパンドラの箱に残ったのが希望であるように願って触れた手は温かった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
初めましてでこんな暗い話はどうかと思いながらも
重い過去と比べると今現在はお友達も多くてとても
生き生きとしているようなイメージが強かったので、
無気力な状態からそんな今に足を踏み入れる時期を
書きたいなと思いこんな話にさせていただきました。
外見が変わらないのは精神的外傷のせいかもという
ことなので精神科に通院している設定に勝手にして
しまったんですが、別にそういう感じではないなら
本当に申し訳ないです……!
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年03月11日

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