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『進化の急襲』
白鳥・瑞科8402

 時代の影へ潜み、秘密裏に人の世の安寧を侵すものどもを誅する“教会”。その守護を担う武装審問官随一の手練れとして影底に立つ白鳥・瑞科(8402)は今、此の世のものならぬ“虫”どもと対している。
 個体としての力と数の利を併せて攻め立ててきた超常の虫どもだったが、瑞科はその技と業(わざ)とをもってこれを退け、ついには巣へまで辿り着いた。
 しかし、虫どもとてこのまま巣を討たせようはずはない。なにより大切な“母”を護るべく、その親衛隊が出動する。

 羽音の低さは、羽の厚みを表わすものだ。そしてこのけたたましさは、個々の出力と数とを示す。
 硬さと力は今までと比べものにならないほど。数は、100を越えますかしら?
 瑞科は斜に構えた長杖の先をかすかにずらし、息を絞った。
 かくて這い出し来た虫どもは、雀蜂によく似ていた。体色は鈍色――いや、艶のない黒へと変化していく。
 蜂はたった今、生み出されたばかりなのだ。そう、瑞科を殺す、そのためだけに。
 あの黒がエボナイトのような絶縁体であることは確定している。おそらくは、重力への抗力も備えているだろう。さらにあの出力と形は、急襲のためのもの。
 だとすれば、時間をかけずに終わらせることができそうですわね。
 迅速な包囲からどのような攻めを繰りだしてくるものかは、先に攻めさせれば自動的に知れる。
 いや、初見の敵を相手に後手へ回るは愚というものだが、あえてそれを選ぶのが瑞科だ。なぜなら、取られた先を取り戻すことなど容易いことだから。
 もしかすれば、わたくしは悲鳴をあげてみたいのかもしれませんわね。泣き叫んで赦しを乞うて、侵されて犯されて投げ棄てられてみたいと、心のどこかで思っているのかも。
 その傲慢が神の怒りを誘うならば、彼女はこれより地へ這うこととなろう。しかし、神が彼女の末路を娯楽代わりに見ているならば……結末は瑞科次第だ。
 神を試すことはいたしませんわ。わたくしは、わたくしを試すばかりです。

 黒き蜂どもが唸りをあげて瑞科へ押し迫る。
 対して瑞科は、前へ置いた右足に重心を預け、杖を振り上げた。
 日本の古流剣術の型に乗せた杖はまさに打刀のごとくはしり、蜂を打つと同時に先へ灯した重力弾を振り放つ。
 それをあっさり突き抜けた蜂群は密集陣形を保ったまま急降下、螺旋状に瑞科を取り巻き、尻の針を突き出して――空を穿った。
 このときの瑞科は、前後に180度開脚した瑞科は上体を地へ投げ、針の包囲を逃れていた。上からの攻めを避けるには下へ向かうよりなかったわけだが、しかし。
 これは回避ではなく、溜めだ。
 地に着いた左手を軸に拓いた両脚を巡らせ、支点を肩へと移した瑞科が加速する。両脚を羽とした風車さながらの逆巻きは、蜂の螺旋を内から押し開き、ブーツのヒールに仕込まれた聖杭の先でその体を斬り払った。
「皮肉ですわね。強い体を備えたことで逆に討たれるのですもの」
 羽虫や蛾のような軽さを捨てたのは攻撃力を増すためだろうが、“的”としての確かさを備えることとなった。
 が、それは蜂にしても織り込み済みである。
 密集を解くことなく立ち上がった瑞科へ切り込む蜂は、群れでありながら個体としての“実(じつ)”を備えていて。
 突撃した蜂群は瑞科の杖先を叩き落とし。数十の連動をもって棘を為す。
 スウェーバックで棘を避けた瑞科の髪先が数ミリ引きちぎられ。続けて飛ばされた針が、髪の流れを沿って彼女の面へ殺到した。
 膝を曲げ、地に突き立てたヒールを軸に瑞科は上体をスイング、腿から抜き打ったナイフで棘の先端を払う――と、棘はすでに形を崩し。先端ならぬ尻となっていて。
 瑞科は回転力を殺さぬまま自らの背を地へ落とし、転がった。
 一瞬前まで体があった空間へはすでに蜂が押し詰まっており、八方に飛ばされた針が空をかき乱している。
 さながら魚か鳥のごとし、ですわね。
 動物の中には、寄り集まった群れが1体の生物であるかのように行動するものがある。この蜂もまたそのような性質を持ち、一瞬ごとのシチュエーションに合わせて形を変えているのだ。ただし防衛のため群れる他の動物とは異なり、獲物を攻め立てるがために。
 瑞科の業(わざ)を封じ、数の利をこのように生かしてくる。まさに脅威としか言い様もなかったが、そうだとしても。
「結局のところ、すべてを利とすることはできませんのよ」
 半眼に据えた瑞科の視線が群れを見た。個ではなく群そのものを視界に収め、ナイフを手に細く息を吹く。
 その息を手繰るように、踏み出した。
 10の棘を為して瑞科を迎え討つ蜂。針を飛ばしてこないのは間隙を作らぬためか。
 瑞科はかまうことなくナイフを繰る。突っかけてきた棘の先を斬り、手首のスナップを効かせて次の棘を突き、体を反転。バックハンドでさらに斬り払ってそのまま側転し、4本めの棘をかわしておいて横合いから連続突き――
 止まらない。1秒も、1割も、1分(ぶ)も。肉体に酸素という燃料をくべ終えた空気(からき)を吹き抜きながら、攻め続ける。

 雷や重力弾といった超常の業に目を奪われた虫どもは失念していたのだ。
 瑞科の技、すなわち忍として鍛え上げた肢体と、天稟をたゆまず研ぎ続けた先に得た、唯一無二の戦闘術を。
 そして、失念させたのは瑞科自身である。虫が自分に合わせて進化するのなら、最後くらいは業によらぬ技で対したかった。そうでなければ、己を尽くし、試したことにはなるまい。
 だからこそ先の戦ではあえて初戦をなぞるよう戦術を組み立て、重力弾と雷とを軸とした展開を演じてきたのだ。

 小刻みなステッピングが蜂の反撃を置き去り、大胆な跳躍と回転とが死角を突く。
 数を大きく損ねた蜂群は瑞科の舞いから逃れて上空へわだかまり、楔を形作った。残された個体のすべてをもって、瑞科が止めきれぬ打撃を成す。その上で1体でも残ればこちらの勝利だ。
「受けて立ちますわ」
 重心を高く保ってナイフを構えた瑞科。息を止め、そして。
 降り落ちる虫の楔へ刃を閃かせる。123456789――肩、肘、手首、さらには指のスナップで最少の切り返しを為し、斬る斬る斬る斬る斬る。
 ナイフを繰るのは右腕だが、その自在を支えているものとは。見て取れぬほど細かなステップで反動を生み、スナップを増幅する両脚だ。そしてそれができるのは、あえて重心を据えていないからこそ。
 そして。
 瑞科が体の内に残る息を吐き出した後、すべての蜂は地へと墜ちていた。

 守護を失った巣の前に立ち、瑞科はささやいた。
「謁見を願いますわ」
 雷をもって巣を裂けば、湯気をあげる多数の卵が転がり落ち、自重と衝撃をもって割れ潰れる。
 それを幾度か繰り返し、露われた巣の中心部には……瑞科とほぼ同じ体長を持つ、女王蟻然とした虫が在った。
「生存競争に勝つため、あなたは子を産むことに特化したのですわね」
 環境と状況に即応した虫を産み、他の人外から自らを守らせ、餌を運ばせる。そうして力を蓄え、さらにその能力を高めてきたわけだ。
「けれど今日、あなたは敗北するのですわ。これまであなたに及ばず命を散らしてきたものたちと同じく」
 瑞科はぶよぶよと白い人外の腹の中心を聖杭の先で踏みつけ。
「この生存競争、世界の、人類の、そして」
 わたくしの勝ちです。
 人外へ言い置いて、“彼女”を突き抜いた踵を引き抜いた。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年03月12日

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