『DIVE.01 -Embodiment- 直生の場合』

瀧澤・直生（8946）

「武器は必要か？」
　ダイブの準備をしているクインツァイト・オパール（NPC5478）に向かって、ひらりと右腕を上げながらそう言ってきたのは、今回の協力者である瀧澤・直生（8946）であった。
「新顔くんね。……そうねぇ、対象物が曖昧だから……とりあえずは何も持たずで降りてくれる？」
「わかった」
「ダイブは初めてよね？　行けそう？」
「ん、このケーブル当てればいいんだろ。大丈夫そうだ」
　クインツァイトから直接受け取った一本のケーブル。それをまじまじと見ながら、直生は彼（彼女）の言葉を受け止め、軽く頷いて見せた。
「無理はしないこと、良いわね？」
　少しの間を置いてから、クインツァイトが念を押すようにして言ってきた。
　直生はその言葉をしっかりと受け止めつつ、ケーブルの先端――プラグをこめかみに押し当ててみるのだった。



　体感としては、一瞬の間だけ、重力が全身を過ったというような感じであった。
「……なるほど、こんな感じか」
　初めての体験ながら、見事に現場の着地をした直生が、独り言のようにそう言いながら、あたりを見回した。
　東京を模しているというだけあって、風景は日常とさほど変わりはないように思える。
「――ようこそ、ユビキタスへ」
「！」
　か細い声が、直生の背に投げかけられた。
　肩越しに振り向くと、そこには小さな少女がこちらに頭を下げた状態で立っている。
「……アンタがミカゲ、か？」
「はい。初めまして直生様。この世界の監視者の一人、ミカゲ（NPC5476）と申します」
　少女はそう告げながら、一度は上げた上体を再び下げて、深々とお辞儀をしてくる。
　どうやら、これが彼女の性格らしい。
　まだ名乗ってはいないはずだがと直生が思った直後に、ミカゲが立体マップのような宙に浮いた状態の『画面』を彼に流してきた。
　そこには、直生のデータがすでに構築されている。
　ダイブした時に、スキャン済みであったのだろうと思った。
「……ご安心を。この世界での必要であるデータしか頂いておりません。そしてこの画面は、直生様専用のものとなります。ご自身でも操作出来ますので、お時間がある時にでも試してみてください」
「ふぅん。スマホからでも見れんの？」
「もちろんです」
　ミカゲは直生の言葉を受けて、ふわりと笑って見せた。
　小さな少女であったが、大人のようにして笑う彼女に、直生は僅かに感情を動かされたようにも思えて、数回の瞬きをする。
「……ウイルス退治が目的なんだよな？　俺はどうしたらいいんだ？」
「実は、目標の変化時間が先ほどより縮まっていまして……我々の行動を察知したのかもしれません」
　直生の言葉を受けて、ミカゲの表情が僅かに険しくなった。
　そして彼女は踵を返してから、直生の視線を促すようにしてある一点を指さす。
　その先には、露店が並んでいた。
「このステージは、一般サーバーと連携させているためなのですが、定期的にお祭りが開催されるんです」
「……あぁ、なるほど。それで『誰かが持ち込んだ』って話に繋がるのか」
「そうなのです。攻撃性はさほど感じられないので、故意的に持ち込まれたとは考えにくいのですが……とにかく、ご確認して頂けますか？」
「わかった」
　通りをずらりと一直線に軒を連ねている露店たち。
　自分たち以外に客が居ないのは、『隔離』している為なのだろうか。賑わうはずの場所に誰もいないと言うのは、少々不気味でもあった。
「りんご飴から金魚……だっけか。物体であれば、見つけ次第叩くけど」
「はい……現在は、くじ引き屋の中にいるようです」
「しかも千本引き……レトロで厄介なヤツ」
　ミカゲが示した先には、数多の束になって紐が伸びるくじ引き屋であった。一本一本に景品が括り付けられ、それを引き当てるという物だ。
　直生は自分の視線でそれを確かめてから、顔をしかめた。
　だが。
「いや、視えるわ」
　紐をじっくりと見ていると、一本だけ異様なオーラを纏っていた。
　おそらくは、能力者でしかわからないものだ。
　ミカゲは彼のつぶやきを聞いて、その場でこくりと頷いただけであとは直生に任せるようであった。
「ふつうに引けばいいんだな。おっちゃん、一回」
「はいよ。二百円ね〜」
　店の奥にいる店主は、笑顔でそう言ってきた。
　直生は自分のボトムの後ろポケットに手を伸ばすが、次の瞬間にはどこからともなく二百円が現れて、直生はそれを握りしめていた。
「……あれ？」
「ここは『ゲーム』空間ですので、ゲーム通貨でお支払いくださいね」
「そうか。ん？　でも『これ』はどっから？」
「それは秘密です」
　とりあえずはと店主にその通貨を手渡しつつ、二人の会話が交わされた。
　その『二百円』はどうやらミカゲがこっそりと持たせてくれたらしい。彼女は小さく笑った後、くじのほうへと視線を移していた。
「やる事やっちまわねぇとな。……こいつだっ！」
　直生は紐を躊躇いなく引いた。
　するとゲーム機を模した箱を引き当てて、その後にそれはゆらりと形を崩し始める。
「……いけません、変形します！」
　ミカゲが少し焦ったような口調でそう言った。
　彼女に僅かばかりの視線を送った瞬間、『それ』は一旦姿を消して別の場所へと移動した。
「――へぇ、こりゃ厄介だ」
　直生はその場でため息を吐いた。
　そして周囲に視線を巡らせ、次はヨーヨー釣りへと目星を付ける。
　無数に水面に浮かぶ水風船。その中のどれかに『当たり』がある。
「直生様……」
「ああ、大丈夫だ。次こそ仕留めてやる」
　直生とミカゲは同時に地を蹴っていた。
　そしてそんな言葉を交わしてから、直生が先へと進む。
　先ほど読んだ気配で、彼にはウイルスの『色』が見えているのだ。
「……兄さん、一回頼む」
「はいどうぞ〜」
　気前の良さそうな青年に一回分の料金を手渡し、直生はヨーヨー釣りを開始した。
　目標は白に青の水玉模様の水風船だ。
「よっ……と」
　物の数秒で、彼はそれを釣り上げて見せる。どうやら、得意であるらしい。
　ミカゲは少し離れたところからそれを確認して、小さく拍手をしていた。
「おっと、逃がすかよ！」
　あっさりと釣り上げられた水風船は、慌てるようにして変容しようとしていた。
　だが今度こそ、直生はそれを見逃さなかった。
　視線よりわずかに上へと投げた後、彼は得意の格闘術で、その風船を割ったのだ。

　――パァン、と弾ける音がした。

『virus removal』
　数秒後、そんな電子文字がミカゲの目の前に浮かび上がった。
「……お見事でした」
「案外、呆気なかったな。……でも、これが客がいっぱいだと、俺もちょっと自信ねぇわ」
　直生はそう言いながら、ミカゲへと歩みを寄せる。
　するとミカゲは深々と頭を下げてから、「ありがとうございました」と礼を告げた。
「私たちは監視者……その枠からは大きく外れることが出来ません。ですから、こうして直生様のような方たちを頼るしかないのです」
「なるほどな。まぁ、俺の力なんざ知れたモンだけど、今後も手伝えることがあったら言ってくれよな」
「ありがとう、ございます」
　直生はミカゲの目線に合わせるようにして膝を折ってくれていた。
　その姿勢と言葉が嬉しくて、ミカゲは再びのお礼を言いつつ笑顔を見せる。
　釣られるようにして笑ったのは、直生だ。

　それから他愛無い会話を交わした後、直生はミカゲに別れを告げて、現実世界へと戻っていくのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ライターの涼月です。この度はありがとうございました。
直生さんに会えてミカゲも嬉しかったと思います。
またの機会がございましたら、よろしくお願いいたします。

東京怪談ウェブゲーム(シングル)

涼月青

東京怪談

2020年03月16日