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『ドラッグオンコーヒーソルジャー』
ケヴィンla0192

●嗜好という名の虚構
 知性というものが芽生えてから、ヒトは摂取を複雑化し、楽しむようになった。
 やがて生命維持に必要のない“嗜好”に目覚め、自然界の中から発見したり、ときには自ら創り出すことさえあった。
 甘いお菓子も酒も煙草もどちらかと言えば人体に有害で、本来は要らない筈だ。
 だが、今日誰もが当たり前に嗜むそれらが、もしも突然失われたら。
 この世界が寿命を迎える前に、人類は滅亡するだろう。

 たとえばケヴィン(la0192)などはコーヒーが欠かせない。
 休憩時はもちろん、それが許されるなら“仕事”中でも、果ては自宅にいてさえ。
 病めるときも安らかなるときも、その琥珀色を濃厚にした薬湯は常に彼と共にある――というとさすがに言い過ぎかもしれないが、少なくとも欲しいときにないと落ち着かない程度に日頃から愛飲しているのは間違いない。放浪者にしては、この世界での産地、品種、加工法、ブレンドに詳しく、どちらかと言えば好みにもうるさいほうだ。
 然るに、外出先での空き時間、足が向くのはもっぱらカフェである。
 そんな自分の嗜好と依存をいい加減に種の存続と結び付けたりとまったく無意味で埒もない思考を巡らせながら、その日ケヴィンが選んだのは、温かみと清潔感を高い練度で両立する小洒落た店だった。
 世界中に事業を展開している大手チェーンの末端にすぎない一店舗ながら、ログハウスと同じ工法の棟を全面ガラス張りにした、よく分からないが“今風”の建物らしい。
 まだ午前中のためか店内の人気は疎らで、話し声や物音もほとんどない。
 入店するなりそれとなく視線を巡らせていると、女性クルーにいらっしゃいませからお決まりの文句をかけられ、ケヴィンはカウンターへ歩み寄った。
「ダークローストのドリップコーヒー、できればフレンチを」
 気持ちよく承ったクルーは、次いですぐにカスタマイズのことを訊ねてくる。
「そうだな、ナッツ系のフレーヴァーでオススメが、あ、れ…………――?」
 突然、頭がずくりと軋んだ。
 クルーの営業スマイル、窓際の厚化粧、四人席に書類と端末を広げる中年、制服姿の女子高生二人組、木造の店内、メニュー、観葉植物、窓の向こうの信号機、自動車、自分の義手――視界のありとあらゆるものは、色相ごとひっくり返っている。
 なんだ、ここは――(胸が、鼓動が激しい)タダイマデストピーカンナッツトチョコレートナンテドウデショウ誰だお前(耳障りな声、癇に障る)アト、コジンテキニスキナノガオレンジこの光景はおかしいイガイトフカイリニアウンデスヨ(息が、止まる)平穏など遠い昔にオキャクサマ? 目の前のこいつはニンゲンなのか(安全な店なんてあるわけないじゃないか)オキャクサマダイジョウブデスカどうせレプリカだろう(決まってる)疑わしければ殺せ――やられる前に。

 やられる前に。

「そうだ。殺られる前に」
 ジャケットの懐に手を突っ込む。
 刹那、硬い義手と拳銃の硬いグリップがぶつかり、腕を通して上体に衝撃が伝わって。
「あ……?」
 ケヴィンの視界には、正しい色彩のありふれた平和な光景が広がっていた。
 元に戻った――というより、最初からなにも変わっちゃいない。
 そうだ。ここは、違うんだ。
「…………」
 ぼうっとしていると、クルーが気遣いげに、大丈夫ですか、顔を覗き込んでくる。
 その眼差しに怯えの色が見えて、ケヴィンは全身が総毛立った。
 無論彼女にではない。己自身にだ。
 放浪者としてこちらへ渡ったばかりの頃の。
 異界路を渡る前から“ドラッグ”に依存し完全に頭をやられていた、あの頃の。
 それらを再現した、つい今しがたの。
「……なんでもない。すまなかったね」
 それだけ言うと、ケヴィンは注文もせず踵を返し、カフェを飛び出すように帰途へ着いた。
 体中が恐怖に凍えて鈍った頭では、その場を離れる判断をするのがやっとだった。


●依存という名の事実
 知性というものが芽生えてから、ヒトは摂取を複雑化し、苦しむようにもなった。
 やがて生命維持にあるまじき“依存”に目覚め、自然界の中から発見したり、ときには自ら創り出すことさえあった。
 薬物は強ければ強いほど心身を害し、特別の理由がない限り服用すべきではない。
 だが、依存症に蝕まれた者の手に、もしも二度と手に入らなくなったとしたら。

「どうなるかな」
 ケヴィンは自室に戻るなり倒れるようにドアへ背中を預け、そのままへたりこんだ。
 そうしてポケットから電子タバコを取り出し、震える手つきでそれを咥えた。
 ここだけの話、ケヴィンは薬物依存症である。
 様々の薬物が混合したリキッドを、電子タバコの形態で摂取している。
 それは故郷において、仲間の形をした“敵”を見つけ出し躊躇なく仕留めるために被摂取者の最適化を図った、有り体に言えばヒトを殺すための薬であり、引いては世界の寿命を縮める遠因だった。
「困ったもんだよ実際」
 実に嘆かわしい。コーヒーなどは、少なくともヒトを豊かにするというのに。
 さておき、同様の薬物投与は取り沙汰され難いだけでこの世界の戦場にも横行しており、ゆえにこちらの世界に来てからも、特注となるが入手は可能だ。
 放浪者となってからも傭兵として戦地を渡り歩く彼にとって、それは“現状を維持するため”に欠かせない。とは言え、服用のへ弊害は身に染みて分かっていたため、一日一本の規定量を遵守していた。
 だが今、ケヴィンが吸っているのは本日二本目。
 実は昨年の夏頃から、彼は日に二本を常習としている。
 理由はやはり“現状を維持するため”であり、裏を返せばそうでもしないと最早己を維持できない、精神の均衡を保てない段階まできているということだ。
 その結果が、さっきのあのザマ。
 この症状はリキッドの摂取を止めれば治まる。
 しかし、ケヴィンというアイデンティティが兵士であろうとするには、止められそうにない。
 一方で止めなければ廃人となり、そのアイデンティティもいつか失われるのだろう。
「あとどのくらい、俺は“俺”でいられる」
 一体いつ、俺は“俺”でなくなる。
 愚問だ。
 分かっている。
 全部理解している。
 矛盾も、かなりのところまで蝕まれていることも。
 皮肉にもそのドラッグのお陰で、俄かに落ち着きを取り戻していた。
 カフェで覚えた戦慄さえ乱れなく顧るその目に宿すのは、袋小路に追い詰められた者特有のそれ。
「……自覚できただけ僥倖だ」
 そういうことに、しておこう。
 タバコを思い切り吸い込むと、諦観とそれへ纏わりつく幽かな恐怖のフレーヴァーが、口と鼻と灰と頭をすっかり満たした。
 だから、ケヴィンは殺風景な室内に虚ろな眼差しを送った。
 体中が、いつまでも冷たかった。
 



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 登場人物
【ケヴィン / la0192】

 いつもご依頼まことにありがとうございます。工藤三千です。
 分かっていてもどうにもならないことというのは実は誰もが抱えている問題で、その点では身近なお話なのかなと思いながら、恐らく身近な平穏からはかけ離れた内在世界でぼろぼろな様子を描いてみました。
 もう少しキレがあってもよかったような、このくらいマイルドなほうがよいような、そんな仕上がりですが、お気に召しましたら幸いです。

 解釈誤認その他問題等ございましたらお気軽にお問い合わせください。
 それでは。
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グロリアスドライヴ
2020年03月19日

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