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『はじめまして、の兄と妹』
来生・百合8944)&来生・十四郎(0883)

 試合で思い切り投げ飛ばされた時。
 ……いや、それどころでは無い致命的な浮遊感。まだ衝撃は来ない。けれどすぐ来る。予測ならすぐに付く。自分ではどうしようも無い事態。咄嗟に衝撃に備える為態勢を整えようとしても――閃くように頭にそう浮かぶだけで実現にまで至らない。自分の意志でそこまで体を動かす間が無い――動かせたとしてもきちんと受け身として役に立つかもわからない。
 世界を股にかけての武者修行中。南米某国の、舗装やガードレールの有無すら定かでは無いガタガタの峠道。バスに乗っていた所で起きた事――崖下への、転落。今の事態は、取り返しが付かない。理屈じゃなく感覚の領域で、一気にそう理解している自分が居る。ならどうする――どうしようも無くとも「次」を考えるのは武道家の性か。何か出来る事がある筈――勝つ為に、いや、生きる為に。黙ってなるがままなんて――そんなの。

 許せない。

 ――世界最強の夢を叶えるまで死ねない!

 そう強く強く思ったのが、最期の記憶。



 ……いや、後になって思えば「最期」でも無かった、らしい。

 気が付けば来生百合(8944)は、何故か古いビルの廊下に立っていた。そう自覚した時点で、頭上に疑問符が乱舞する。自分はそもそも屋内に居なかった。乗物に――バスに乗っていた筈で、場所は南米某国の一地方で。峠道を走っていた所で、崖下に転落した。そこまでは確実だった筈。
 それから――走馬灯とでも言うべきか、いや、特段過去を思い出してた訳じゃないからそうでもないか――とにかく、多分実際の時間にすれば数秒どころか数瞬の間に、凄い勢いで思考がフル回転して、どうしたら助かるか必死で考えて――いや、最終的には「まだ死ねない」と強く思っただけだった。

 で、今である。

 古いビルの狭い廊下。そもそも、ここが当の南米某国である気がしない。何と言うか、空気が違う。気温や湿度が違う。匂いが違う。そこここの造りが違う。それでいて、全く知らない場所である筈なのに何処と無く感じられる懐かしさ――ここは、日本だ。もう感覚でわかる。酷く久し振りである。
 でも。

 何故に自分は突然こんな場所に立っているのか。
 完全に謎である。

 そもそも乗車していたバスが崖下に落ちた筈なのに、体に衝撃や痛みが残っている訳で無い。ならあれは何かの夢だったのか――思い直してみればその線がまず妥当な所である。が、そうなると立ったまま白昼夢でも見ていたと言う事になる訳で、それもそれで色々と腑に落ちない。
 と言うか、それにしては異様にリアル過ぎて白昼夢で済ませられる気がしない――いや、それ以前に服装や荷物が記憶の中にある薄汚れた旅装のままだった。崖下に落ちたバスに乗っていた時そのままの。武者修行中――つまり完全に実用のみを重視した、殆どサバイバルでもしている様な極限の旅行支度のままである。
 ならば何がどうなってこうなった。
 まさかこれが死後の世界とでも言うのだろうか。
 いや、それは無い――と思う。あくまでこれも勘働きの範疇の話だが。

 ……。

 考えれば考える程わからない。

「……困りましたわね」

 見た目に違わず――薄汚れた風体さておき当人の「お人形さんの様な可愛らしい造作に」と言う意味で――鈴を転がす様な声でひとりごちるが、聞く者は居ない――いや。
 すぐ後ろに、一人居た。
 くたびれた様子の男である――百合の姿を見、訝しげに声を掛けて来た。

「……あー、誰かに用でも?」
「あっ、これは良い所に。わたくし大変困っておりまして……ああ、やはりここは日本なのですね。日本語が通じる様で何よりですわ。本当良かった……とと、大変失礼致しました。わたくし、来生百合と申します」
「……来生?」
「はい! で、あの――」
「来生で間違い無いんだな?」
「? ええ。はい。あっ、ひょっとして――」

 何かわたくしの名前にお心当たりでもおありなのですか。そう続けようとした所で皆まで言うなとばかりに遮られ、再び頭上に疑問符が乱舞する。かと思うと――男は付いて来いとばかりにジェスチャーのみで軽く示し、百合を先導し始めた。そんな男に、百合も百合で疑う事も無くあっさり付いて行く。

 殆ど勘の領域で、そうした方が良さそうだと判断出来たのだろう、きっと。



 政界ゴシップに芸能スキャンダル、風俗にサブカルに、と無節操かつ下世話な情報満載の、三流四流の更に下を行く、五流のキワモノ弱小週刊誌「週刊民衆」。
 その吹けば飛ぶ様な弱小編集部が、このおんぼろ雑居ビルには入っている。

 その編集部の一角で、来生十四郎(0883)はいつもの如く仕事に没頭していた。今日は取材の予定は無く、自分のデスクで原稿執筆に専念する予定。記事にすべき材料が出揃った所なので、ここは一気に仕上げるつもりである。そろそろ筆も乗って来た。打つ度カタカタと軽やかに鳴るキーの音も心地好い。
 筈、だったのだが。

 おい、と同僚から声を掛けられた所で、何だかそうでもなくなった。
 原稿執筆の邪魔をされた、と言う気になったのがまずその理由。とは言え無視をする訳にも行かない――と言うかそもそも仕事の用で声を掛けられる事もある以上、文句を言う筋合いでも無い。
 キーを打つ手を止めて、振り返る。

 そこには声の主である同僚と――その隣に、薄汚れた旅装姿の女性が居た。



 ――「週刊民衆」編集部。

 百合が足を踏み入れたのは、入口にそんなプレートが入った部屋の中。狭苦しくも雑然とした弱小雑誌編集部らしいそこにまで先導され、とある人物の座るデスクにまで辿り着くと、自分を先導してくれたくたびれた男がその人物に声を掛けていた。来生。呼び掛ける声はそう聞こえた――え? と思う。呼ばれてその人物は振り返る。引き合わされたのはこれまた人相の悪い男。

 いや。
 そうじゃない。

 記憶の中の顔とは微妙に違うが、自分と同じ「獣」の匂いがする。
 それに、雑然としたデスクの上にある情報から、読み取れる事があった。

 来生十四郎――そこに座っている当人だろう、人物の名前。



「何だ」
「いや、名前からしてお前の親類か何かだと思って連れて来た」

 この子。

 ……素の造作は人形の様に可愛らしい割に、格好からして凄まじく旅慣れた強かさを備え持って見えるその女性。十四郎は反射的に観察し、あん? と眉を顰める――瞬間、反応に困った。覚えがある様で無い。誰だ? と思うが、その問い自体を頭の何処かで全力で否定している自分が居る。知らないのに知っている? どういう事だ――?
 と。
 俄かに困惑した間に。





「お兄様!」





 感極まった様な声が聞こえたと思ったら――ほぼ同時に。
 ひしっと――と言うより、がしっと。

 何故かその女性に、抱き付かれていた、らしい。

 数瞬、間。

 ……その間、編集部内の視線を一斉に集め。

「お兄様、お兄様お懐かしゅう御座いますわ! わたくしです、百合ですわ!」
「〜〜〜待て待て待て」
「お兄様?」
「ちょっと来い」

 逃。



 有休を取る。

 辛うじてそれだけを言い残し、十四郎は百合と名乗るその女性を連れ、編集部から近くのカフェへと逃亡した。ここでも人目が気にならない訳でも無いが、取り敢えず編集部内のアレよりはましである。何にしろ事情を把握するのが先だ。訳がわからないままでは如何とも仕様が無い――仕事に戻れない。

「お兄様――なのですよね? 随分零落れてしまわれた様ですけれど。おいたわしい事ですわ」
「……」

 零落れた。
 余計な御世話だ――いや。
 今のこの状況を零落れたと言うのなら、十四郎はそもそも初めから零落れている。
 つまり改めて言われる様な様変わりをした覚えは十四郎には無い。

「百合、と言ったよな」
「はい。百合ですわ。来生百合」

 百合。

 その名には十四郎にも覚えがある――妹、の名である。
 共働きの両親に代わり十四郎が面倒を見る事が多かったので、殆ど娘同然でもあった妹。
 但し、十歳の頃に火事で死亡しており、今は居ない。
 今はもう居ない筈なのだ。
 が――今目の前に居る、百合と名乗りお兄様と自分を呼ぶこの女性には確かに百合の面影があったりする。
 それに、お兄様と言われて、どうも否定出来ないと言う妙な感覚がある。

「あっ、お兄様も何か新しくなさりたい事を見付けられたと言う事なのですか? それがこちらの記者さんですの? でしたら大変な失礼を申し上げてしまいましたわ!」
「……何があった?」

 取り敢えず端的にそこを聞く。
 新しくなさりたい事。そんな言い方をして来る以上、この「百合」の知る「お兄様」は雑誌記者では無い何か全然違う……恐らくはもっと高尚な仕事に就いていると言う事になりそうだ。となれば自分では無い。が――どうも単純に人違いと言うのも違う様な気がしてならない。
 どういう事か分析する為にも、情報は出来るだけ欲しい。だからまず話を聞きたい。

「わたくしバスに乗っていて、転落事故に遭いましたの。まだ死ねないと思ったら、何故かあの雑居ビルの廊下に居たんですわ」
「……何?」
「わたくしにも何が何だかわかりませんわ。そもそもわたくし南米の某国に居たんですもの。次の試合に出る為に移動してる途中でしたわ」
「……試合?」
「ええ。あちらの国は“何でもあり”のルールな競技が強いせいか、張り合いがありますの。幾ら体が小さくたって、次も絶対負けませんわ」
「……」

 ちょっと思考が付いて行かなくなりかけたが、どうやらこの百合は格闘技か何かをしている、らしい。

「……これまでどんな生活してたんだ?」
「鍛錬とバイト三昧ですわ。世界各国で生活費を稼ぎながら旅をしていましたの。この腕っ節さえあれば、あとは片言の英語とボディランゲージ、それから野性の勘を合わせれば何処に行っても大体何とかなりますわ。心配なさらなくてもこの通り百合は元気に夢を叶える為に頑張っておりますもの」
「……夢か」
「はい! 幾ら裕福であっても家の力を借りないで全て自力で! そう宣言しましたわよね!」
「……お兄様、は何をしてた?」
「? お兄様は元々外資系企業にお勤めでしたでしょう? あ、それとも上のお兄様の事かしら。著名なメイクアップアーティストとして世界に羽ばたいてらっしゃいますわ」
「……親は?」
「? どうしてそんな事をお聞きになりますの? お父様もお母様も、幼い頃に他界したとお兄様達に伺っていますのに」
「……俺は昔からこの仕事してる。外資系企業になんぞ勤めた事は無い。兄貴も勤め人で、メイクアップアーティストなんかした事無い。そもそも家は別に裕福じゃない」

 両親も幼い頃に死んだ訳じゃないし、妹は、もう。……いや、そこは言わなくていいか。

「?? 何を言っておりますの? お兄様?」
「つまりな。多分……同一人物だが、別人なんだろう」
「???」
「俺の方でもお前は妹なんだと思う。名前も同じだ。でも違う。……詳しくはわからないが、恐らく事故の衝撃で平行世界にでも飛ばされたって事なんじゃないか、それでこちらの世界に来た」
「へいこうせかいって何ですの?」
「いや、隣り合わせにある別の可能性の世界と言うか……わからないか」
「平衡感覚ならわかりますわ。三半規管は重要ですもの」
「違う」
「?」

 ここは一から説明しないとならないか――いや、説明してもわかって貰えそうな気がしない。
 なら。

「良く聞け百合。お前は別の世界の人間だ。でも心配しなくていい。元の世界に帰れる方法を一緒に探してやる。約束だ」

 力押し。
 それしかない。
 議論の余地無く押し切って、解決法を探る方に進む――そのつもりで、そう言ったのだが。
 返って来たのは、ふわりと無邪気な笑顔。

「やっぱり十四郎兄様はお優しいのね、では、それまでよろしくお願い致しますわ」

 ぺこり。
 優雅な仕草で、頭を下げる。
 同一人物であり、別人でもある――話の上ではわかっていない様だったのに、何処か根っこの所で理解した様な反応。野性の勘――まぁそういう事もあるかと思いつつ、何処か心の中で嬉しく思う自分が居る事に十四郎は気付く。別世界の人間でも、妹は妹。思ってもいなかったのに、また、共に暮らせる。その事実に心が浮き立ってしまう事は、仕方無かろう。

 ただ。

 あんな出て来方をした後の編集部の人間に、彼女の事を何と説明した物やら――頭を抱えざるを得ない。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 来生家の皆様にはいつもお世話になっております。
 百合様には初めまして。PC様の導入と思しき重要そうなお話、発注有難う御座いました。ミスの件もお気になさらず。
 そして今回もまた大変お待たせしております。
 あと昨今は世間的に健康面で気懸かりな事が多いですから、どうぞ御自愛下さいとも追記しておきます。

 内容ですが、零落れたとか変な踏み込み方してるのが何だか済みません(汗)それは言わないとかあったら申し訳無いです。他、細部も上手く汲み取れていればいいのですが、如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
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2020年03月23日

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