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『二つの家族』
日暮 さくらla2809)&不知火 あけびla3449)&不知火 仙寿之介la3450

 ある日の不知火邸。茶の間で卓袱台を囲み、不知火 あけび(la3449)、不知火 仙寿之介(la3450)、日暮 さくら(la2809)の三人が和気藹々と談笑していた。彼らは揃ってこのナイトメア蔓延る世界に流れてきた身。数か月前から身を寄せ合って暮らしているのである。そもそも、彼女達はこの世界に流れてくる前から浅からぬ縁があった。日暮さくらは別の世界のあけびと仙寿之介の娘、言ってみれば親戚のようなものなのである。
「あけび、本当にひどいですよ。由美佳を私達にけしかけようとするなんて」
「噂は色々と聞いてたからね。折角なら盛り上げ隊長でもやってもらおうと思って。快く引き受けてくれたよ」
「そりゃあ快く引き受けるでしょうとも。あんな方ですから……」
 さくらは溜め息を吐く。バレンタインデーはただただチョコレート料理を皆で味わうだけのパーティーになる筈が、気づいたら来栖 由美佳(lz0048)が意気揚々と乗り込んできて、好き放題に場を荒らしてしまったのである。さくらも含めてほぼ全員が被害者であった。そのくせあけびと仙寿之介は泊りがけでデートするとか何とか言い訳して、そんな家には帰って来なかったのである。さすが大人、やる事が違う。
「でも楽しかったでしょ?」
 そうしてあけびは屈託なく笑みを浮かべてみせる。さくらは肩を竦めた。
「それは……そうですが。中々会いたくても由美佳とは会う時間が取れませんし……」
「今度はヨーロッパの方に出向するんだろう? 中々世界も彼女の事を手放してはくれないな。時間があれば、顔を合わせて直接礼を言いたいところだったが」
「私も、そう遠くないうちに由美佳と葵については仙寿之介たちに紹介したいと思っているのですが……最近は二人ともどうやら忙しいようで」
 さくらは溜め息を吐く。あけびは首を傾げた。
「澪河葵、だっけ。向こうの世界ではさくらの先輩だったんだよね」
「ええ。私の四つ上で、家族同士の繋がりから顔を合わせる機会も少なくなかったのです。年上というと葵くらいのものでしたから、何かと甘えさせてもらうことも多かったですね……」
 幼い頃を振り返りながら、さくらはふとしみじみと呟く。仙寿之介とあけびは共に顔を見合わせた。
「なるほどな。さくらに縁があるという人物なら、確かに一度会ってみたいものだ」
「ええ、ぜひ二人には会って貰いたいです」

「……およそそんな経緯だ、葵。誘いに応じてくれたこと、感謝する」
「いや、此方こそ、お招き頂けて感謝しております」
 不知火邸の客間にて、澪河 葵(lz0067)と不知火夫妻は対面していた。北海道土産を揃えて深々と頭を下げる葵に、あけびは手を差し伸べる。
「そんなにかしこまらなくていいよ。よろしくね」
「ええ、何卒」
 そっと顔を上げた彼女は、あけびと仙寿之介の顔をそれぞれ見比べる。ほう、と葵は溜め息を吐いた。
「それにしても、さくらのご両親によく似ていらっしゃる。違うところを探す方が難しいくらいです」
「まあ同一人物みたいなものだしね」
「ふむ……さくらからはもとより浅からぬ縁があると窺っておりましたが、これはどうやら確からしい」
 葵が納得したように呟くと、仙寿之介は相槌を打った。
「そうだ。元はと言えば父親の俺が幾度となく対決を繰り返してきたのだが、互いに妻を持ち子を持つ立場となった以上、そう易々と顔を合わせるというわけにもいかなくなってな。私はともかく、向こうは人間だから都市と共に体力が落ちてくる。我らの勝敗の行方は、結局のところ棚上げになってしまった」
「そして私がその戦いを代わりに引き継いだのですよ。今のところは完全に私達の家族の負け越しですから、いつかは仙寿之介からも、仙寿之介の息子からも一本取って一矢報いるのが私の目標なのですよ」
「なるほど。……そしてその証明となるのが守護刀、小烏丸というわけなのだな」
 葵は目を細める。仙寿之介は眉を開いた。
「小烏丸を知っているのか」
「ええ、以前教えて貰いましたので。どちらの家にも親から子へ伝えられる一振りがあると」
「戦士として戦うにあたり、私は小烏丸を受け継ぎ、その刀を携えてこの世界にも渡ってきました。全ては宿縁を果たす為です」
 あけび達を立てて脇に控えていたさくらだったが、宿縁の話になると彼女は勇んで前へと踏み出して来る。
「……まだ当人には話していないのですが。あれはすっかり約束を忘れてしまっているようですし。ならばもう、全ての片がついた暁に、私の正体ごと明かしてやろうと思っているのです」
「ほう、明かされた彼の顔が楽しみだ」
 若人二人は小さく笑みを浮かべる。そんな彼女達を見遣り、仙寿之介は小さく肩を竦めた。
「ところで、こっちの守護刀は実はまだ渡していないのだ」
「そうなのですか? てっきり既に渡しているものとばかり思っていました」
 さくらは目を丸くする。仙寿之介は静かに頷く。
「いや。小烏丸は俺の部屋の物置にしまったままだ」
「それはまた何故」
「俺があの刀を託すときは、あれ自身が『寄越せ』と言った時にしようと決めたんだ。あれがその気になるまでは、俺は何も言わない事にしている。大人として、道を進むのは自分自身の意志であって欲しいからな」
「ふむ……」
「まあ、様子を見ている限り、その時がくるのはもう間もなくだろうが」
「わかりました。ならば私もその時が来るまで待つことにします。彼が己の守護刀を手にしたその時に、私は時は満ちたりと、改めて勝負を挑むこととします」
 さくらは真っ直ぐに背筋を伸ばして仙寿之介へと向かう。仙寿之介は何処か得意げな顔で彼女を見つめ返した。
「言うまでも無いが、守護刀を手にしたあれは強いぞ」
「わかっています。あれから腑抜けが無くなったら、きっと難敵になるのでしょうから」

 真面目な話も一通りこなした後も、しばらく彼女達はチーズケーキを食べつつ談笑していた。女三人寄ればかしましいと言うからには、自然と話も盛り上がっていくのである。
「いやしかし、あけび殿はお若いな。向こうのあけび殿と違って、貴方は普通の人間とそう遜色無いのだろう」
 葵はそう言ってあけびの顔をまじまじと見つめる。少なくとも成人した子供がいるようには見えない。若く見積もれば二十代、手堅く見積もっても三十代の見た目である。彼女は弾んだ口調で尋ねた。
「どうしてそんなに若作りなのだ。何か秘訣があれば教えて頂きたい」
「なになにー? 葵ちゃんも美容が気になるお年頃?」
 尋ねられたあけびはまんざらでもない表情だ。さくらはきょとんとした顔で葵を見る。
「気になるのですか?」
「当たり前だ。私も女子だからな。気にするところは気にするさ。さくらだってそうだろう?」
「え、ええ。まあ……」
 美容より修行なさくらにとっては今一つピンとこない。猫のように目を丸くしているさくらの横で、あけびは軽やかに話し始めた。
「なーんて言っても、そんな特別な事はしてないけど。化粧はきっちり落として、運動して、睡眠時間もきっちり取って。あとストレスを溜めないようにする。それだけ」
「ふむ……」
 葵は何処か信じられないという顔をしている。そんな彼女の表情を敏感に見て取ったあけびは、にやにやと笑みを浮かべ、隣に座る仙寿之介をぐいと引き寄せた。
「何よりも大切なのは愛する人がいる、って事かもしれないけど!」
「おっと……」
 引き寄せられた仙寿之介は肩を竦める。あけびは仙寿之介と腕を絡めて目をきらきらさせる。
「やっぱりこの人の為にもっと綺麗でいたいって思ったら、努力の一つや二つしなきゃって思うしね」
「はっはっは」
 仙寿之介は朗らかに笑っている。結婚してもう二十余年だというのに、相変わらず仲の良い夫婦である。葵が破顔すると、あけびは彼女に尋ねる。
「葵ちゃんは誰か、そういう人はいないの?」
「そうだな……悪くないと思う人物はいるが、今は考えない事にしている。先ほど話した通り、私は今大切な任務の最中だ。あまり色恋沙汰にうつつを抜かすというわけにもいかない」
 葵は肩を竦めた。さくらはじっと葵を見つめる。
「そんなことを言って、悪い人に引っ掛かったりしないように気をつけてくださいね」
「心配するな。今まで数えきれないくらいにナンパは受けてきた。そうそう騙されたりはしない。それよりも、私はさくらの方が気になるね」
「私ですか? 私は別に……」
 いきなり問い返されたさくらは、訝しげに首を傾げる。葵はにっこり笑ってさくらへと身を乗り出す。
「昔からさくらは宿縁に拘ってきたが、それが終わったら彼との関係はどうなる?」
「はい?」
「彼は相当な器量良しではないか。頭も冴えるし、将来を共にするには申し分のない存在だと思うがね。どうださくら。そんな風に彼を見たことはないのか」
「あれと、将来を共に……」
 さくらは言葉を失う。葵は一人合点して、手をひらひらさせた。
「ああ、心配するな。確かに色男だと思うが私の趣味でわぁああ!?」
 勝手に面白がっている葵にぎらりと光る眼を向けると、さくらは膝を叩いて立ち上がり、いきなり葵の襟を掴んだ。そのまま無理矢理引っ張り立たせて、部屋の外へと引きずっていく。
「葵、ちょっと付き合ってください。来るべき日に備えて徹底的に稽古をしたいと思います。良いですね?」
「ちょっと待って! 分かった! ごめん! からかい過ぎた! ねえ!」
 葵の悲痛な叫びが遠くなっていく。あけびと仙寿之介は互いに顔を見合わせる。
「さくらと……か。仙寿様、どう思う」
 あけびに尋ねられて、仙寿之介は肩を竦める。
「俺にはわからんよ。それこそさくら達次第だ」
「あの子もいるしねえ。どっちも応援したいけど……」
「ああ。いずれにしろ、俺の血を引いている以上、紛れもなく長命になる。いずれにせよ死を看取る事になるのは間違いない。……俺のように」
 仙寿之介はぽつりと付け足す。仙寿之介は天使。人間の寿命などは夢幻の如くだ。あけびが溌溂としているから普段は忘れていられるが、その事実に囚われてしまうことも増えていた。溜め息を零す仙寿之介に、あけびは再びそっと寄り添う。
「ね、アディーエ」
「なんだ?」
 そしてそんな時、決まってあけびは仙寿之介をその名で呼ぶ。意味するところは数字の一。天使の家で最初に生まれたという管理番号に過ぎない。徹底的な階層の中に生きている天使は、真名も結婚相手も、戦で功績を挙げた時に、上位の天使から賜るものだった。
「私は側にいるよ。私がいなくなっても……きっとあの子達がアディーエの側にいる。だから」
 もしあけびを使徒にしていたなら、いつか来る離別に思い悩み苦しむことも無かったのだろう。しかし、仙寿之介は、その苦しみすら掛け替えのないものであると信じていた。
「ありがとう」
 腕に絡む手をそっと取り、仙寿之介は強く握りしめる。
「……その名前に、俺に、意味をくれたのはあけびだ」

 庭先に葵を突き出したさくらは、葵に竹刀を放り投げてから彼女へと襲い掛かる。
「てやぁー!」
「わっ! あっ! 待って! 待つんだ!」
 葵は慌てて竹刀を手に取ると、真っ向から振り下ろされたさくらの一撃を慌てて受け止めた。竹刀と竹刀がぶつかり合う高らかな音が辺りに響き渡った。よろめいた葵は、何とか竹刀を構え直してさくらと向き直る。
「いいですか! あれと私はいつか果し合いをすることが定められているに過ぎません! 変な事を言わないでください!」
 さくらは懐へ飛び込み、葵が頭を守ろうとした隙にその脇腹を打ち据える。葵は呻いてその場に崩れた。
「痛い! ひどい! ちょ、ちょっと言ってみただけじゃない! そんなにムキになるんだったら本気にするぞ! お姉さん本気にするぞ!」
「はぁっ!」
 腰が引けている葵の太腿へ、更に一撃を見舞う。葵は思わず飛び上がった。
「あうっ!」
「覚悟してください、今日はとことんまでやります!」
「ひえ……」
 意気軒高なさくらを前に、葵はすでによれよれだ。庭先まで出てきたあけびは、仙寿之介の隣で手を振る。
「二人とも頑張って!」



 結局さくらは暫く葵を圧倒し続けた。さくらと彼の約束の日は、今まさにすぐそこまで来ていた。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 日暮 さくら(la2809)
 不知火 あけび(la3449)
 不知火 仙寿之介(la3450)
 澪河 葵(lz0067)
 来栖 由美佳(lz0048)

●ライター通信
 お世話になっております。影絵です。この度は御発注いただきましてありがとうございました。残りの発注分も今しばらくお待ちくださいませ。

 ではまた。

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2020年03月23日

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