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『女王の影を踏んで』
雨月 氷夜la3833

 札幌の街は、昼夜を問わずナイトメアによる攻勢に晒されるようになっていた。先日エルゴマンサーが山奥に築き上げていた基地を壊滅させたものの、既にある程度の戦力が運用可能な状態になっていたらしい。本人が姿を見せない間にも次々とナイトメアがビル街に襲い掛かり、ライセンサー達を街中へ釘づけにしていたのである。

 雨月 氷夜(la3833)は、銃を片手にぶら下げながら、ぶらぶらと街の中を歩いていた。ナイトメア襲撃を告げるアラートが街の中に甲高く鳴り響いている。この区画が彼の狩場となった合図だ。
 目の前でエンジンの駆動音が響き渡り、二足歩行のロボットがいきなり目の前に姿を現した。胸にはスペードのエースのマークが刻まれ、頭部のバイザーが歪な光を放っている。最近札幌で主に暴れているナイトメア、トランプの兵隊である。それは突撃銃の下に取り付けた擲弾筒から、早速深紅に染まったペイント弾を放ってくる。氷夜が咄嗟に左へ飛んで躱すと、アスファルトの床が深紅に染まった。氷夜もまた突撃銃を構えると、ナイトメア目掛けて引き金を絞った。既に敵の弱点は知り尽くしている。装甲そのものはまるでキングタイガーのように重厚だが、それを継ぎ留めているリベットの接合には甘い部分があるのだ。
 火花が散り、リベットが折れて地面に転がる。装甲が緩み、僅かに隙間が覗いた。しかしまだ足りない。ナイトメアの戦力を削るには至っていない。ロボットはすぐさま擲弾筒を外して銃剣を取り付けると、氷夜目掛けて突っ込んできた。氷夜は半身になって素早く躱すと、拳銃を抜いて首の装甲の僅かな隙間に向かって銃弾を一発撃ち込んだ。突き刺さった銃弾は急に冷気を放ち、するすると氷の鎖を伸ばしてナイトメアの身体を縛り付けた。
「良い格好だぜ?」
 氷夜はにやりと笑うと、再び突撃銃を構え、一歩ずつ背後に引きながら、側面のリベットを次々に砕いていく。片側が完全に剥がれた装甲は、ベロンと捲れてその内部構造を寒空の下に晒した。機体を動かすエンジンやら、水冷のラジエーターやらが小さな空間に押し込められている中で、一際大きなパーツが胸元に収まっていた。それはコクピットか、培養カプセルか。緑色の液体の中に詰まった頭でっかちのナイトメアがその複眼を通してじっと彼を見つめていた。その姿は、嘗てこの世界を沸かせたグレイ型宇宙人にそっくりだ。
「……よう、良い顔だな!」
 カプセル越しに威嚇するナイトメアに向かって手を振ると、ゆっくりとリロードして銃弾を撃ち込む。戦車と同じだ。幾ら装甲板が固かろうと、中にいる操縦者が死んでしまえばそれでおしまいである。カプセルを砕かれ、頭を撃ちぬかれた本体が死んだ瞬間、ロボットもそのままその場に倒れ込んでしまった。
「一丁上がり」
 倒れたナイトメアを見下ろし、氷夜はぎらりと歯を剥きだした。

 今日の襲撃はあっという間に片付いた。氷夜だけでなく、多くのライセンサーが機械化ナイトメアの処理に慣れてきたのだ。特別な苦労も無く全滅され、ナイトメア達はSALFの職員にその死体を回収されていった。
 氷夜は街の中でもひときわ高いビルの屋上に腰掛け、SALFのトラックが走り去る様子をじっと見つめていた。ナイトメアと相対している時には僅かな高揚感があったが、あっという間に冷めてしまった。倦怠感に苛まれ、彼は呻いて仰け反る。刺激が足りなかった。
(あいつはまだかなァ……)
 ふと、札幌に来てからの任務の連続を思い出す。そのレヴェル組織を追い始めたのは、結局興味半分だった。そんな彼をこれ幸いとばかりにSALFは使い倒した。同日の昼夜にそれぞれ任務へ投げ込まれるようなこともあったのである。最初こそそんな状況に面倒を感じていた氷夜だったが、今やこの状況を生み出したエルゴマンサーの事を追いかける事を楽しいと感じてさえいた。調査の為にドライブまでして、充実した日々を過ごしていたようにも思える。
(お前は科学的幸福を人間に与えようとしていた。でもそんなモノは必要ない。今、現に俺は“シアワセ”だ。オマエを追いかけるコトが、オマエをドコまでも追い詰めていくコトが、俺の中の感情を呼び起こしてくれた)
 そのエルゴマンサーは氷夜を忌み嫌っていたが、氷夜はそのエルゴマンサーの存在を切望していた。まるで生命の樹の実のように。彼女を追い詰める程に、氷夜は満たされていくのだった。
 その時、小さな足音が背後で響く。振り返ると、機械化ナイトメアに収まっているナイトメアの、更にそれよりも小さなナイトメアが氷夜をじっと見つめていた。氷夜は振り返ると、そんなナイトメアに手招きした。
「俺様の感情を喰ってみるか? 今、とっても気分がイイんだぜ」
 そう言って彼は再びへらへらと笑う。しかし、ナイトメアはそんな彼を警戒したのか、振り返ってビルの下へと飛び降りてしまった。
「何だ。もったいねえことしやがって」

 混乱は既に止んでいる。都市の光の流れが蘇り、何の変哲も無い夜の姿を描き出していた。
「……アイツがいないと退屈だな。もっと構ってくれよ」
 氷夜はぽつりと呟く。どこか甘えるような声。しかしその眼は赤く煌々と輝き、じっと街を見つめていた。



 おわり


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 雨月 氷夜(la3833)

●ライター通信
 お世話になっております。影絵企鵝です。この度は御発注いただきましてありがとうございました。
 シリーズも最初から通して参加していただき感謝しております。
 このノベルも満足いただける出来になっていたら幸いです。

 では。


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グロリアスドライヴ
2020年03月23日

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