▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『異界の門前』
白鳥・瑞科8402

 異界と繋がる門よりこちらの世界へ上体を乗り出させたそれは、無貌を白鳥・瑞科(8402)へ向ける。
 これまで門を押し広げていた腕の太さは数メートル、しかし今、その腕は瑞科の腕数本分にまで締まっており、体躯もまたその腕にふさわしい程度のサイズに収まっていた――とはいえ足の先まで這い出してきたなら、その全長は四メートルは越えるだろうが。

 瑞科は間合を測り、長杖の先に雷を灯した。
 人外はこちらの世界を侵すため、大概は多数をそろえて門を抜けてくる。単純に数が多ければ多いほど優位を保てるからだ。
 しかし門を大きく開くには莫大な魔力が必要とされる。基本的に多数が一気に抜けてこられないからこそ、数で劣る“教会”の武装審問官チームにも対処のしようがあるのだ。
 しかし、この無貌なる人外はただ一体で門を押し開き、こじ開けようとしていた。それも、瑞科の同胞である武装審問官たちを殺し尽くして。
 つまり。
 それだけの力があるということだ。
 そして今の形へ詰まった力は、先の闘いで瑞科が見た程度のものではありえまい。

 無貌が蛙さながらの体勢から手を伸べ、掴みかかってきた。
 瑞科はその指をサイドステップでかわし、杖で打ち据えて雷を叩きつける。
 杖はシンプルな打撃であり、雷は魔力と対抗する聖力で形成された“法”。これはどちらがどれほど効くかを計るための一撃だったのだが。
 聖が魔と反発し、激しく爆ぜたが、それだけのことである。無貌の手は小揺るぎもしなかった。
 ただ攻めるだけでは砕けませんか。
 間合を離した瑞科は杖先に集めていた雷を杖全体に薄く引き伸ばし、構えなおした。
 この無貌は、高純度・高密度の魔力体だ。通常、そうした存在は霊レベルの薄さでしか体を形作れぬものなのだが、無貌はちがう。肉と呼べる濃さをもって我が身を成し、瑞科の聖法ばかりか打撃すらも弾いてみせた。
 ――掴まれれば、さすがに逃げきれませんわね。
 瑞科は逃した瑞科へ未練たらしく追いすがってくる無貌の魔力を見やった。
 どれほど早く伸ばされても、追いつかせはしませんけれど。
 しかし、無貌から漏れ出した魔力は刻々と空間を押し詰めていき、そして。
「っ!」
 瑞科が唐突に跳び退く。そのまま背から落ちて一転二転し、さらに跳んだ。
 彼女が一瞬前まであった場所に、“針”が生えていた。
 先の闘いでは触腕が変じた針に追われた瑞科だが、この針はそんなものではない。無から唐突に生じたものだ。
 やはりそうなりますわよね。瑞科は眉をひそめ、雷まとう長杖を両手で構えた。
 魔力で形成された無貌は、そこから噴いた魔力をも体同様、自在に扱うことができる。数瞬前まではただの予想であったものが、ここに証明されたわけだ。
 と、それはともあれ。瑞科は逃げ足を止めて無貌へ向きなおった。
 前へ置いた右足を軸にしてかるく開き、重心を鳩尾に据えて長杖を右構え。
 絞った息が「ぃぃぃぃぃ」、ひとつの音をなぞる中――過冷却された酒が瞬時に凍りつくがごとく、魔力が針を成して瑞科へ襲いかかった。
 果たして彼女の杖は閃く。針を下から叩き、横へ払い、上から抑え……最少の動きで、針が形成される端から折り砕いていく。
 敵の機先を読むことは常道だが、突き詰めれば機先を先回ることすらも可能となる。ただしそれはあくまで挙動に対してであり、そもそもの理が異なる魔力に対して応用できるものではない。
 だからこそ瑞科は息を吹いた。息とは意気であり、彼女自身の意志の気が乗せられたもの。それを周囲へ吹き込むことで、魔力結晶化の機先を先読みしてみせたのだ。
 かくて足下より這い上ろうとした針を砕いた瑞科は、左の踵でそれを躙る。
 無貌はその不遜に憤るでも、凌ぎきられたことに驚くでもなく、腹ばいになったまま存在しない目を瑞科へ向けるばかりだった。
 その人ならぬ思考を、瑞科は読むことができずにいる。もっとも向こうも同じように思っているのかもしれないが。

 寸毫とも永劫とも思われる時が積まれた後。
 戦場を強い風が吹き抜けた。

 瑞科の力でも、無貌の力でもない、自然の力による一条。
 しかし。無貌は待ち受けていたのだ、この偶然が訪れるときを。
 魔力を撓め、風を受け止めるただ一枚の壁を発現させる。
 かくて壁に当たった風が逆巻き、針の欠片を巻き上げた。宙へ舞った針片は自らの魔力を他の片の魔力と結び合わせ、瑞科を封じ込める檻を成す。
「さすがに偶然まで織り込んでいらっしゃるとは思いませんでしたわ」
 苦笑して述べる瑞科に対し、無貌はなお無言である。しゃべる口がないからというだけではない。まだなにひとつ終わっていないからだ。
 檻に強力な呪詛を流して瑞科の反撃を封じ、檻の外へ新たな針を撃ち込んでは魔法回路をより複雑に形成していく。
 先ほど破られたものの数倍規模の回路を造り上げた無貌は、ようやく瑞科へ注意を向けたが。……彼女は檻を破ろうとするどころか、あれから身じろぎすらしていない。呪を怖れてもおらぬようだが、ならばなぜ、動かない?

 瑞科は一点ならず全体を見て取る“観の目”により、すべてを見据えていた。
 魔法回路とは、術式を概念上ではなく実際の場へ形成することでより強い効果を生み出すものである。
 しかし、概念の上でならば自在に組み合わせられる魔法路を実際組み立てるには、正常に動作させるための理で縛る必要がある。言い換えるならば、術者の「この型ならば最高性能を発揮できる」という思い込みでだ。
 この魔法回路は、無貌の理論。
 ならば瑞科の為すべきは――

 無貌の魔力が針という芯を巡り、ついにひとつの魔法を描き出す。
 効力としては毒となるだろうか。生者の魂を侵し、消えることなき苦痛へと封じ込める術式。自らの概念上で形成しようとすれば長い時間を必要とするそれをこの短時間で編み上げられたのは、計算式を回路任せにできたからこそだ。

「フェアなやりようではありませんけれど、ご容赦くださいましね」
 瑞科が杖を繰り出した。膂力、聖力、前進力、慣性力、反動力。挙動によって生まれ出るすべての力を順に加えてまっすぐと。
 瑞科は待ち受けていたのだ。呪詛が別の術式に形を変えるときを。
 形を変えるとなれば、より強大な術式の一部として使われるだろう。そしてそれは、強大であればこそ“遅く”、細い針を遡って彼女へ到達するまでには時間がかかる。
 だからこそ。
 それが届くより迅く、瑞科の杖は魔法回路の軸となっていた針を突き。無貌の論を根本から叩き壊した。


「そのままでよろしいのですの?」
 杖を引いた瑞科が無貌へ促した。その形では、わたくしに及ぶことはかないませんわよ?
 応えるがごとく、無貌はずるりと門より這い出した。
 狭間を通れるほど自らを細く固め、それに見合うだけ長さを縮めて、こちらの世界へ立つ。
 人間大――細身の男さながらな姿を為したそれは、あいかわらずの無貌をうつむけたまま踏み出した。
「真のお姿は最初に見せていただいた大きさなのでしょうけれど、あらためて歓迎いたしますわ」
 頭ひとつ分も変わらない位置にある無貌へ笑みかけ、瑞科は杖を構えた。その先に灯した雷は、無貌から噴く魔力の圧に煽られて今にもかき消えそうな有様だ。
 ええ、こうでなくては楽しめませんものね。
 果たして瑞科は決戦へ、かろやかに踏み入っていった。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年03月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.