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『界淵の門前』
白鳥・瑞科8402

 それは長身痩躯の人型をしていた。
 とはいえ本来在るべき姿ではない。狭き門をくぐるため、そして敵と対するがため、数十メートル級の体躯を圧縮した結果の形である。
 故に、隠しきれるはずもないほど漲っていた。圧縮され、凝縮され、極限まで張り詰めた魔力が。
 超々高密度魔力体。
 それこそが、人の世の安寧を守護せし“教会”の刃――武装審問官であり、他の同僚には見上げることすらかなわぬ高みにひとり立つ白鳥・瑞科(8402)の敵方(あいかた)なのだった。

 超々高密度魔力体こと“無貌”が、その仮名通りにひとつとしてパーツを備えておらぬ面を傾げる。
 ただそれだけの動き……揺らぎが世界をかき乱し、断裂させた。
 瑞科は中段に構えた杖の先を体ごと引き、断層から遠のく。世界は速やかに自らを修復したが、あの断層に触れてしまえばたとえ瑞科であれど断たれ、此の世ならざる処へ投げ落とされるだろう。
 しかし彼女は修復が終わりきらぬうち、その脇を抜けて無貌へと迫った。
 どこにいても等しく危険ならば、この手が届く間合にあるべきですわね?
 無貌を起点に世界が割れるのだから、間合を開いて機先を読むほうが理に適っている。だが、かわすばかりではこの現状を覆せない。
 ましてや無貌は無貌としての理論をもって攻め立ててくるのだ。ならばこちらは実践によってその論を突き崩さなければ。
 雷をまとう瑞科の杖が無貌へ突き込まれ。
 無貌は立ち尽くしたままそれを受けた。
 鈍い衝撃と共に杖の先が数ミリ分砕け、散り消える。
 さすがに重く、濃いですわね。
 物理攻撃に聖力を乗せた突きだ。その二重の衝撃をあっさり弾いたばかりか逆に侵蝕してくるとは。
 瑞科が間合を取り戻すより迅く、無貌の手指が蠢いた。
 空間に満ち満ちた魔力が形を得、彼女を襲う。それらはここまで見てきた針そのものだったが。
「っ!」
 先には針を折り砕いた迎撃の杖が、大きく弾かれた。
 針の強度、すなわち魔力量がケタちがいに上がっているのだ。
 かくて瑞科の周囲に生み出された数百の針先が、その柔肉へと潜り込む。

「この身に神威を示す力はありませんけれど」
 ぞくり。針山の内より声音がしのび出て。カカカキキ――金属質の硬音がスカッタカットなリズムを刻み刻み刻む。
 音の発生源は無貌の針であり、それを弾くナイフ。
 瑞科は貫かれる寸前、胸の前に置いた左手の内で重力弾を握り潰し、爆ぜさせたのだ。一瞬外へ向かった重力が針を逸らし、続いて引き寄せる。地へ突き立てた杖から迸った電撃は重力塊へ吸い寄せられることで雷盾となり、その中で瑞科は腿から引き抜いたナイフをもって、重力と盾で抑えきれなかった針を打った。
 たとえどれほどの魔力であれ、瑞科という強い聖力に満たされたものの内へ直接針を生じさせることはできない。ほんのわずかであれ隙間さえあれば……瑞科ならば迎え討てる。
 腰を据えた不動姿勢だからこその誘いであり、体内の聖力を散らさず据えたからこその迎撃だったが、それは今もなお止まってはいない。
 折られながら押し迫る針へ、瑞科はナイフを振るう。打撃力では杖に及ぶべくもない短刃だが、取り回しに勝り、杖にはない鋭さがあった。そして鍔元から切っ先まで使って引き斬ることで、刃に沿って線を為した聖力は、その集約をもって強靱な魔力を断ち落としてみせるのだ。そして。
「技を示すことだけは、存分にかないますわ」
 針山を唐竹割った瑞科が、雷ならぬ重力弾を先に灯した“重さ”を今一度振りかざし。針陣を断ち割って路を拓いた。

 対して無貌は瑞科へ手を伸べる。
 自重にせよ魔重にせよ、脆弱なる人類を圧倒するだけのものを備えているのだ。逃げるつもりはない。揺らぐつもりも、それこそ負けるつもりも。
 かくて無貌は魔力を押し固め、形を為させた。針の数十倍の太さを持つ二本の杭をだ。投げ放ってはただかわされようから、それを握り込み、瑞科へと向かう。

 ああ、叩き潰しに来られましたのね。
 他人事のように思っておいて、瑞科は杖ならずナイフを構えた。
 単純な重さ勝負で打ち勝てようはずはない。しかし、逃げるつもりも揺らぐつもりも、負けてやるつもりも一切なかった。
 このわたくしに及ぶ敵方を得られるならば、魂くらいはいつなりと、いくらでも賭けてさしあげますわ。

 関節が備わっていない無貌の腕は、まさに変幻自在な軌道を描き、二本の杭を打ち込んできた。
 それを見切り、瑞科は右へ左へ舞う。そのステップがいつになく大きく激しいのは、杭に裂かれた世界の断層を避けるがためだ。
 修復されるより迅く、なお裂かれる世界。
 これもまた檻なのですわね。
 Zを描いた杭を避けた瑞科は、これでまた数瞬という長い時間、踏み出す先を狭められたが。
「おもしろくありませんわね。追われるばかりなのは」
 唐突な瑞科の声音に無貌の顔が傾ぎ、また世界を裂いた。
 狩られることを楽しむものはない。故に瑞科の感想は当然のものではあるのだが……
「ですのでお伝えしておきますわ」
 振り下ろされた杭をナイフで受け止め、瑞科は笑みを傾げて。
「これより転じさせていただきます」
 根元からへし折れたナイフの刃が断層に吸われて消え失せた。
 それを見送ることなく、瑞科は逆へ踏み出していく。無貌を取り巻くように駆け、その背後へ。
 しかし無貌には胸も背もない。瑞科を追ってなめらかに杭を振り込んだ。今度こそ瑞科を淵へと叩き落とすがため、あらんかぎりの魔力を込めて。
 断層の域を越えた深き淵の上に瑞科は舞う。そして体を返して一転させ、さらに高みへ。
「断層に引力があったなら、あなたの思惑通りでしたでしょうけれど」
 上を向いていたはずの頭を下へと向けた瑞科。その上――足下には、脱ぎ捨てた和装があった。重力弾を含められ、寸毫、彼女に勝る“重さ”を得たそれを蹴り、瑞科はさらに半回転しながら無貌へと降り落ちる。
「落ちるのはあなたですわ」
 無貌の脳天に、避けようのないそれが突き込まれた。そう、すべての力を集められた瑞科の右足、その踵より伸び出した聖杭が。
 一点に集中した聖力に突き抜かれた頭部を振り振り、無貌は一歩、二歩とよろめいた。
 自らの魔力に混ぜ込まれた聖力は微々たるものだが限りなく純然で、魔力の有り様を乱される。しかし、それでも。修復しつつある淵へ落とされるほどのダメージではありえない。踏みとどまり、反撃へ移らんとするが。
 すでに瑞科は再び跳んでいた。
 無貌の頭部に残した聖杭はまだ力を損なっていない。次の手を支える楔として充分な働きをしてくれよう。
「次が最後ですけれど」
 瑞科が振りかざしたものは折れたナイフの柄。そこから伸び出した細き雷は淵の内へと繋がっており、そして。
 落ちたはずの刃を引き抜いた。
 断層の向こうにあるものはひとつの虚無。だからこそ刃に雷をまとわせ、柄と繋げたまま落とし込んでおいたのだ。
 果たして瑞科は雷の刃で繋いだ“聖太刀”を、切っ先から鍔元まで使って引き斬った。
 存在を裂かれた無貌はそれ以上踏みとどまることかなわず淵へ落ち。
 自らを修復し終えた世界は、元の静謐を取り戻した。

 聖力でもってしつらえた閂で門を閉ざし、瑞科は息をつく。
「わたくしのおもてなし、ご満足いただけましたかしら?」
 応える者は当然ない。
 瑞科はつまらない顔で肩をすくめ、門前を後にした。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年03月24日

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