▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『麗しき巫女殿』
九十九里浜 宴la0024

●街角の男女
 エルゴマンサーに執拗な攻勢を受ける街であったが、今日の夜は穏やかであった。駅の構内を歩く人々の姿も普段よりは多く見える。九十九里浜 宴(la0024)は、そんな構内に設けられた白いオブジェの前に立ち、じっと人を待っていた。戦いのときはアロハシャツで豪快に戦うのが主義だが、今は襟付きシャツにチノパンを履いていた。セミフォーマルな服装だ。なにせ意中の女性と食事をする約束があるのである。どんな店にも行けるよう、準備は万端だ。
「やあ、待たせてしまったか」
 そこへ当人がやって来た。宴は咄嗟に背筋を伸ばす。
「いや、今来たところだ」
「そうか。それならいいのだが。君なら三十分前からでも待っていそうな気がしたからな」
「いやいや。流石にそんな事はないって」
 そうごまかしては見たものの、図星であった。相変わらず妙に鋭い彼女――澪河 葵(lz0067)に舌を巻きつつ、彼女の身なりをちらりと見遣る。普段着はタイトジーンズに革のライダースジャケットと、かなりアウトドア派な身なりをしている葵だったが、今日はタートルネックに紺色のジャケットを合わせ、ボトムスも千鳥格子のスラックスだ。コートの襟を開いて整えながら、葵は首を傾げる。
「君と食事の約束をしていたのを思い出し、昨日慌てて揃えたのだが……どうだろうか?」
「良いと思う。そういうしゅっとした服を着ると、やっぱり似合うよ」
 とはいえ、その出で立ちはまるでオフィスで働くキャリアウーマンのようだ。デートをする、という出で立ちではない。宴は一歩引いて彼女を見つめる。
「でも……たまにはロングスカートにカーディガンを着たような澪河も見てみたいな……なんて思ったり思わなかったり……」
「中々そういう服は慣れないのだ。パリッとした服を着ている方が落ち着く。……すまないな」
 しかし葵の返事はつれない。今しばらくは、心の中に思い描いておくしかないのだろう。気を取り直した宴は、出口の方をちらりと見遣った。
「とりあえず出ようか」
「ああ。もう店の予約は入れてあるんだ。君がどこでも良いというからな」
 二人は連れ立って冬の街へと繰り出す。空を見上げると、ちらほらと細かい雪が降っていた。
「どこの店だ?」
「大通りの方まで少し歩く事になる。イタリアンの店だ。元の世界で一度来た事のある店がこの世界にもあってな。ちょっと行ってみたくなったんだ」
「元の世界、か。そっちはどんな世界なんだ?」
「ナイトメアを無事片付けた世界と言えばわかりやすいかな。しかしまだいくらかのごたごたがあってね。私はそれを収める仕事をしていた。その都合で色々と世界を飛び回ることが多かったよ」
 冬の寒さの厳しさが落ち着き、道路の雪はべたべたに溶けかけている。宴はさりげなく車道側へと回った。せわしなく走り回るタクシーが飛沫を飛ばしている。彼女の装いを汚すわけにはいかないと、無意識のうちに思っていた。
「そっちは雪が飛ばないか?」
 葵はそんな彼に尋ねる。宴は肩を竦めた。
「まあな。でも洗えばいいからさ。おろしたての服が汚れるよりはマシだろ?」
「別に気にするような事でもないだろうに」
 葵は困ったような笑みを浮かべる。普段よりはっきりした化粧も合わさって、何気ない表情にも普段とは違う艶やかさがある。宴は思わずどっきりしたが、必死に何の気も無い風を装うのであった。

●ゴールはまだ遠く
 かくして二人は、かつて葵が来た事のあるという小洒落たイタリアンを訪れていた。パスタやアヒージョがテーブルに並ぶと、早速葵は手を伸ばす。宴の皿と自らの皿にバジルソースのパスタをさっさと取り分けて、早速彼女は料理を口へと運んでいく。
「ふむ。この店の料理は美味いな。君もそう思わないか?」
 葵は笑みを浮かべて宴に尋ねる。宴は慌てて頷いた。
「あ、ああ。美味いな。というか結構この辺の料理屋って美味い店ばっかりだ」
「そうだろう。だからこの街は好きなんだ」
 宴はじっと葵が料理を食べ進める姿を眺める。彼女自身は前に『ケチな地方神社の生まれ』と言っていたが、それでもフォークやナイフの使い方や頬張り方には品があり、思わず宴は彼女に見惚れてしまう。彼女自身は勇ましい振る舞いも多いが、やはり宴は彼女を『いい女』だと思っていた。
「どうした? 私の顔に何かついているか?」
 宴の手が止まっている事に気付き、葵は小さく首を傾げる。宴は咄嗟に首を振った。
「いや別に。ああ、このホタテのアヒージョは美味いな」
「そうだろう。この店で一番だと思っている」
 食事をしている時の葵は本当に表情が豊かで楽しそうだ。しかし、それだけに宴は彼女の意識が完全に花より団子なのを思い知る。食事の付け合わせに白ワインも頼んでいるが、酒に酔った雰囲気を楽しむよりも、白ワインを舌で転がし、喉で味わい、すっかり味そのものを楽しんでいた。
「そう言えば、君には妹がいるのではなかったか?」
「ん? ああ、居るよ。一人。そいつもライセンサーをしてる」
「そうか。なら一度会ってみたいものだな。どんな子なのだ?」
 朗らかな口調で尋ねる。宴は眠そうな妹の顔を思い浮かべる。
「どんな子か……そうだな。食べるのと寝るのが好きだ」
「そうか。食べるのが好きか。それは良い事だ。機会があれば、彼女とも一緒に食事をしてみたい」
「気をつけろよ。アイツの胃袋は宇宙だからな。気付いたら財布の中身が無くなってるぞ」
「ほう。それはそれは……」
 楽しそうな彼女を見ながら、宴は何となく感じていた。少なくとも好感は持たれているようだが、それは男女としての好感では全くなくて、完全に良い友達として見られている。悪くは無いが、そこからさらに一歩踏み込むとなると、まだまだ彼女の眼をこちらに向けるまでの道のりは遠そうだ。
 仕方なしに目を細めると、宴は素直に葵との談笑を楽しむことにした。

 やがて宴もたけなわとなり、二人は再び寒空の下に立っていた。ほんのり赤くなった頬を夜の中に隠して、葵は宴に小さくはにかむ。
「悪いな。完全に楽しんでしまった。お代まで全て君に持たせてしまって……」
「いやいや。澪河が楽しんでくれたら、それが一番自分も楽しいんだ。お代も、そこは俺の意地みたいなもんだから、気にしなくていいって」
「ふむ……」
 彼女は首を傾げて宴の顔を覗き込む。しかしやがて眉を開くと、いつも通りの凛々しい笑みを見せた。
「まあ、何だ。最近は中々息の詰まる事が多かった。色々と話が出来て楽しかったよ。ありがとう」
 その表情を見ると、宴もほっとする。道のりは遠くても、やはり好きな人と一緒に食事が出来たし、楽しい話も出来たというのはこれ以上も無い嬉しさだ。彼は満面の笑みを浮かべた。
「こちらこそ、ありがとう。澪河と一緒にこうして食事が出来てよかった」
「そうか。ならまぁ、機会があったらまた行こうじゃないか」
「ああ。よろしく頼むぜ」



 おわり


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 九十九里浜 宴(la0024)
 澪河 葵(lz0067)

●ライター通信
 いつもお世話になっております。影絵です。葵ともどもお世話になりました。今回は食事デートという事でしたが、やっぱり今の葵は花より団子でございまして……こんな形になってしまいましたが、どうかご容赦いただければと思います。葵そのものはまだこの世界に居残るので、今後の進展に期待……? という事で。
 ではでは。これからも葵をよろしくお願いします。


イベントノベル(パーティ) -
影絵 企我 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年03月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.