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『知らずの散花(4)』
芳乃・綺花8870

 夜の闇の中、月明かりに照らされながらセーラー服の少女は舞う。華麗に戦場を駆ける彼女の姿は、まるで月を背に踊っているかのようだった。
 敵に攻撃を加えた後、長く伸びた黒い髪を揺らしながら芳乃・綺花(8870)は綺麗に地面へと着地してみせた。その手に握られているのは、磨き上げられた刀身を持つ、退魔の刀。悪霊を滅するための武器。
 今、彼女が対峙しているのは、一体の悪霊だ。
 彼女への恨みを糧に力をつけ、復讐のためだけに暴れまわる悪霊。しかし、そんな悪霊も、綺花の刀の前ではなす術を持たなかった。
 一撃を受けるたびに、悪霊の顔が悲痛に歪む。綺花への恨みを募らせ戦闘の中においても悪霊は更に力をつけていっているというのに、それでも悪霊の攻撃は彼女には届く事がない。
 すでに悪霊の攻撃パターンを全て見切ってしまっている綺花は、どれほど敵が強力な一撃を繰り出そうと、慣れ親しんだステップを踏むかのように軽く避けてみせる。
 自分が優勢だと思い込んでいた悪霊にとって、彼女のその余裕に溢れる態度はひどく屈辱的なようだった。
 躍起になった悪霊は更に攻撃を重ねるが、綺花の美しい肌を傷つけるどころか、その魅惑的な身体に触れる事すら叶わない。
 勢いよく彼女へと飛びかかった結果、地面と衝突しその巨体をよろめかせてしまった悪霊の背後で、くすくすと悪戯っぽく少女は笑った。
「あら、私に跪いてくれてるんですか? 弱者にはお似合いな姿ですね」
 その艷やかな唇で、綺花は楽しげに嘲笑を奏でる。
 嘲りの表情も、少女が浮かべると絵になるような気がした。醜く歪んだ心を持ち、その心に見合う醜い姿の悪霊とは違い、誰をも魅了する絶世の美貌を彼女は持っている。
 そんな綺花の姿もまた、悪霊の嫉妬心と憎悪を増幅させていた。実力と知性もあり、見た目も美しい彼女は、悪霊とは何もかもが正反対であった。
 悪霊は喰らう。自らの心に芽生える復讐心を、嫉妬を、綺花への憎悪を喰らって更に力をつける。
 ただでさえ強大だった悪霊は、ますます醜く凶悪な形に変わっていく。
 それでも、悪霊は綺花へと攻撃を当てる事が出来ない。
 少女は再び刀を振るった。鋭い切っ先が、悪霊の魂を逆に喰らってみせる。
 この悪霊に綺花は十分に時間をやった。なのに、相手は彼女に傷を負わせるどころか、彼女を焦らせる事すら出来なかったのだ。
 そんな期待はずれな相手に、これ以上時間を割くのはもったいない、と少女は冷静に判断する。
(今回の任務も問題なく私の勝利で終わりそうですね。私が敗北する事なんて万に一つもありえませんから、当然の結果とも言えます)
 彼女の頭の中には、もはや悪霊の事など存在しなかった。この後のスケジュールをたて、すでに次の任務へと少女は思いを馳せている。
 考え事をしながらも、彼女は相手の隙を見逃さずに鋭い一撃を加え続けていた。振るわれた刀が、悪霊の魂を無慈悲に切り刻む。
「あら、どうやらもう限界のようですね? 本当に、あなたって弱すぎます」
 一方的な蹂躙は、そしてようやく終わりを告げた。一時的に雲によって姿を消していた月が再び顔を出し、辺りは月明かりに照らされる。
 戦場に残っていたのは、綺花一人だけであった。悪霊は彼女に倒され、その醜い感情もろともこの世から消滅したのだ。
 綺花によって完全に叩きのめされた悪霊が最期に紡いだ恨みの言葉すらも、綺花には届く事はなかった。
「任務完了ですね」
 綺花は、今回もまた勝利を掴んだ事に胸を高鳴らせながら、帰路へとつく。
 彼女の勝利を祝福するように、夜空に浮かぶ月は光り輝いているのであった。

 ◆

 任務を終えた綺花は、堂々とした足取りで歩いていく。この後は所属している退魔会社「弥代」の拠点へと帰り、上司へと任務について報告をした後は新しい任務を請うつもりだ。
「今回の任務は、少し物足りませんでしたからね」
 任務を終えたばかりだというのに、すでに次の任務へと思いを馳せ彼女は期待に胸を膨らませていた。今回戦った悪霊よりもずっと強大な悪が、次の任務では現れてくれるかもしれない。
 むろん、たとえどのような敵が現れても、勝利するのは自分に違いないと彼女は確信している。綺花の美しく艷やかな身体に無遠慮に触れる事は、誰であっても許される事ではないのだから。

 ――少女の背後で、不気味な影が揺らめいている。
 機嫌良さそうに歩く彼女をひっそりと追っているのは、月明かりだけではなかった。闇夜にうごめく影は、まるで彼女を監視するかのように綺花の事を一心に見つめていた。
 まるでその正体が闇そのものであるかのように、巧妙に闇夜の中に姿を潜めているその怪しい影は不意に笑みを浮かべる。
 その影もまた、綺花にかつて破れ、復讐心を抱く悪霊の内の一体であった。彼女が戯れに見逃したその悪霊が憎悪を募らせ、今宵戦った悪霊とは比にならない程に強大な力を手にしている事を、綺花はまだ知らない。
 だが、やがて、彼女は嫌でも知る事になる。自身が慢心し、思い上がっていた事を。綺花であっても敵わない敵がこの世には存在しているという事実を。
 自分が今まで見下し嘲笑していた悪霊に無様に敗北した時に初めて、彼女はその現実を叩きつけられる。
 今まで自分が悪霊にしてきた事をそのまま返され、敗北し、ボロボロになった時、彼女はいったいどのような表情を浮かべるのだろうか。蹂躙され、散々な末路を迎える事となった綺花が、最期に口にする言葉はいったいどのようなものなのだろうか。
 影は、遠からず訪れるであろうそんな未来を思い浮かべ、一層笑みを深めた。
「あら? 今、何か……?」
 不意に、綺花は足を止め振り返る。しかし、そこにはもう影のいた痕跡などはなく、いつも通りの夜道が広がっているだけだった。
 だから、まだ何も知らない彼女は「気のせいでしたね」と呟き再び歩き始める。その道の先にあるのが、もしかしたら絶望かもしれないなどとは、夢にも思わないまま。
 ただただ、自分のこれからの未来が明るい事を信じ、退魔士の少女はそのスカートを揺らしながら堂々とした足取りで歩いて行くのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました、ライターのしまだです。
強大な敵相手でも難なく勝利する綺花さんの今回の活躍と、そんな彼女に這い寄る不穏な影……。このような感じのお話となりましたが、いかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら、幸いです。不備等ございましたらお手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、いつもご依頼誠にありがとうございます! またお気が向いた際は、是非お声がけくださると幸いです!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年03月27日

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