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『三本の矢』
不知火 仙火la2785)&不知火 楓la2790)&日暮 さくらla2809

●三子教訓状
 街中のとある喫茶店。その隅っこの席を、美男美女と美少女が囲んでいた。そのテーブルにどんと乗っているのは巨大な苺パフェである。何を隠そう、彼らは苺が好き、あるいはパフェが好きなのだ。巨大な苺のパフェが期間限定のメニューになったと聞いて、三人そろって流れ込んできたのである。
「ふむ。この粒の大きさと色つや。素晴らしい苺です」
「そうだな。これは間違いなく……」
 日暮 さくら(la2809)と不知火 仙火(la2785)はパフェを華やかに彩る苺を頬張りながら口々にその良さを称え合う。不知火 楓(la2790)はそんな二人のやり取りを眺めながら、個別のカップにパフェを大盛り取り分け食べ進めていく。
「本当に二人は苺が好きだよね」
「当たり前です。苺は神の作った果実なのですから」
「そうだな」
 さくらの言葉に、仙火もこくりと頷いた。何かにつけさくらが仙火に突っかかるばかりであった二人の関係だが、気づけば互いを認め合うようになっていた。楓はそんな二人の様子を一頻り眺めた後、静かに切り出す。
「さて仙火。僕達を今日ここに集めたのは別に三人でパフェを食べるのが目的ってわけじゃないだろう?」
「ああ。そりゃそうだ」
 仙火は頷くと、さくらと楓を交互に見渡した。
「この世界に来て、何度となくナイトメアと戦って、俺達はそれなりに成長したはずだ。【守護刀】として、他の仲間とも協力して刃を交えるような事も増えてる。そこでだ。今俺達の立場を明らかにして、隊の中核として、改めて方針を固められるようにしたいと思ったんだ」
「なるほど。良い事だと思います」
 さくらがこくりと頷くと、仙火は彼女に向き直った。
「互いの腹の中に抱えてるような事もあるだろ。この際、そういうのも全部なしにしちまおうってな」
「そういうことなら何よりもまず私が話をするべきでしょうか」
 さくらは口元にほんのちょっとついたクリームを紙ナプキンで拭うと、背筋を伸ばして二人を見渡した。
「私の名前は日暮さくらです。この日暮という名前は、仙火の父が名乗っていた姓と全く同じものなのです。私の世界には日暮という、長年要人暗殺のような仕事を請け負ってきた剣士の家柄があり、私はそこに生まれました。お二人の母が不知火の因習を打破しようと尽力されているように、私の父も同じく日暮の因習を断ち切らんとしています。……つまり、私はちょうど仙火と鏡合わせの存在。お二人と出会った事も、決して偶然ではないのです」
「そういうわけだ。さくらはある意味、俺とは最も遠くて、最も近い親戚ってわけだ」
 仙火はほんの少しにやけた顔で楓を見遣る。仙火がこの事実を知ったのはつい最近の事である。楓も知っていた様子は無いし、これを知れば随分と驚くだろう。そんな事を考えていたが、楓は相変わらず余裕綽々の表情をしている。拍子抜けした仙火は、楓に思わず尋ねる。
「驚かないのか?」
「ああ。さくらは君のご両親によく目鼻立ちが似ているし、そこに日暮なんて姓が乗っかっていたら、その関係性は簡単に推論できるさ。感付いている事を改めて知らされても、それは驚くような事じゃないよ」
「つまり知ってたって事か? 言ってくれよ。そうしたら俺は……こいつとの決闘に備えてもう少し対策をだな」
 澄ました顔の楓に、渋面作ってみせる仙火。快活な中にもどこか空虚さがあったこれまででは浮かべる事のなかった表情である。
「だってさくらがわざわざ言わずにいるんだもの。それを僕がばらしに行くのは野暮ってものじゃないか」
「確かに……」
 仙火はぐうの音も出ない。
「しかし今や隠す事はありません。この世界にある限り、私は正式に不知火家の縁者、一門として戦うつもりです。幼馴染達と共にこれまで以上に緊密な連携を取ることを望みます」
 さくらは言いきると、深々と二人に向けて頭を下げた。パフェの二杯目を取り分けながら、楓は頷く。
「それが今さくらの立っている道なんだね。……それなら、次は僕が話そうか。もしかしたら、仙火から軽く話は聞いているのかもしれないけれど」
「およそは。でも、楓の口から改めて聞くことに、意義があると思います」
「それなら話すよ」
 スプーンですくって一口食べて、楓はさくらを見つめる。
「まだ小さい頃だった。十になったかならないか。そんな頃じゃなかったかな。僕は不知火家の嫡男である仙火に間違われて拉致された。どんな手の者かは分からない。不知火家の新方針に不満を持っていた者かもしれないし、天使と悪魔と人間、三者の融和を象徴する存在の一人である仙火を殺して、融和を拒絶しようとしていたのかもしれない。あの頃の僕は、周囲が口々に噂をしていた、僕が『仙火の影武者』だという話を違和感なく受け入れていたから、その役目を当然に果たそうとしていた」
 楓は僅かに表情を曇らせる。何度となく乗り越えたつもりでいたが、恐怖の残滓は肝の奥に未だ残っていた。
「でもいざって時になって、やっぱり僕は怖くなった。そこで仙火は助けに来てくれた。その時の仙火だってもちろん幼かったし、敵うはずなんかなかった。でも、立ち向かってくれた。僕はそれが嬉しかったし、次は命を擲ってでも仙火の影武者として役目を果たそうと思っていた」
「命を……」
 さくらも彼女につられて眉を寄せると、それに気づいた楓はくすりと笑って相好を崩す。
「まあでも、そんな事は出来ないって気づいた。仙火は男で、僕は女なんだから。それが口惜しくて、その見てくれをごまかすようになったし、男らしい振る舞いをしようとも思ったけど、それでも、騙されてくれる人は少なくなってきたよ」
 中性的な、端正な顔立ちの楓。しかし、その睫毛の美しさや唇の艶は、紛れもなく女性のそれだった。そんな彼女は、隣の仙火にちらりと流し目を送る。
「それに、世継ぎ様がそんな事、もう許してくれなさそうだしね」
「当たり前だ。お前が戦場で死ぬような事、許すもんか」
 仙火は言いきると、泰然と構えて二人を見渡した。
「さくら、お前の言う通りだよ。俺はこれまでずっと腑抜けだった。自分がどうしたいかなんて、ずっと俺は分かってた。でもこの世界に来る前から、来てからはいよいよ、そんな道を歩めるだけの力が無いと思ってた。でもさくらに会って、楓と一緒にがむしゃらに戦っているうちに、わかったんだ。力がねえならつけるしかねえって。本当に誰かを……『楓を守りたい』と思ってたなら、力をつけるしかないし、心は強く持ってるしかないんだってな」
 仙火の堂々とした物言いに、さくらは目を丸くし、楓はどっきりしてほんの僅かに眼を逸らす。
「父さんから『小烏丸』は分捕ってきた。もう後には引けない。当主に相応しい実力をつけて、この小隊から誰一人死者が出ないように導く。それが俺の往く道だ」
「君がその道を行くなら、僕はその背中を支えるよ。君に護って貰うついでに、ね」
 跳ねる心臓の鼓動を抑えて、楓は仙火に振り返る。
「ああ、頼む。一人で何でもできるなんて、俺はこれまでもこれからも思わないからな」

 それからしばらく、三人は再びパフェの攻略を進めた。せめてアイスは溶ける前に食べないと大変な事になってしまう。そうして半分ほど食べ終わり、ひとまずパフェを食べきる目途が立ったところで仙火は再び手を止めた。
「これでカップからアイスが零れるって事も無いだろ。今日はお前達に渡しておくものがあるんだ」
 言うなり、仙火は鞄から小さな包みを二つ取り出して彼女達に差し出した。開いてみると、中に収まっていたのは金細工のブローチ。その表面にはアルカナを模した紋様が刻まれている。仙火の手にあるのは魔術師、楓のそれには隠者の、さくらのそれには刑死者が描かれていた。
「これは……」
「この前アルカナ占いをしただろ。それに合わせて、揃いのアクセサリーを作って貰ったんだ」
「ふうん」
 楓は目を細くする。学生時代の仙火はモテた。彼自身はその理由があまり分かっていなさそうだったが、色男がこんな色男らしい仕草をするのだから当然だろうと、楓はこっそりとツッコミを入れた。
「これは良いものですね……」
 一方のさくらもその辺りの機微には無頓着であったが。この辺は二人揃ってよく似ている。楓は肩を竦めると、仙火のブローチを指差した。
「魔術師には起源や可能性、機会、あるいは才能やチャンスって意味が与えられている。ひっくり返すと無気力って意味になるんだ。小隊長として今前向きになっている君には、特にぴったりな意味だと思うよ」
「……ずっと無気力だったところもな」
 仙火は自嘲気味に呟くと、楓のブローチを指差した。
「経験則、高尚な助言、秘匿。あるいは思慮深さや思いやりを意味しているよ。変幻自在という意味もあるね」
「それは楓にピッタリですね。楓はいつも仙火を支えてきたのですし。私も、楓に何度となく良いアドバイスを頂いていますから。男装の麗人というミステリアスさも、楓にはありますし」
「それはありがとう」
 楓は微笑みを返す。
(陰湿なところもぴったりだよ。慕ってくれるさくらに、私は嫉妬してるんだから)
 そんな風に自らの胸を刺しながら、楓はさくらのタロットを指差した。
「刑死者、吊るされた男は知恵を求めたオーディンの姿を模している。修行、忍耐、奉仕。あるいは努力や試練。……もう、これはさくらそのものだね」
「逆位置は、徒労、痩せ我慢、投げやり……ですか。幸いそうなる機会にまだ遭ってはいませんが、苦境に備えて自らを律していたいと思います」
 さくらは唇を結んでこくりと頷く。楓は眉を上げた。
「へえ、よく知っているね」
「以前、知り合いにタロットについては教えて貰ったのです。不思議な方でした」
 そう言うと、さくらはブローチを目の前にそっと置く。仙火もそのそばに己のブローチを差し出した。楓もそこに合わせた。
「三本の矢の話は、お前らも知ってるよな? 俺も今そうありたいと思ってる。俺達がバラバラの方向を向いていたら、いつかどこかで綻ぶ。今俺達が話した決意。その道を三つ縒りあわせりゃ一つになるはずだ。それを軸に、俺は今後【守護刀】を背負う時の指針にしたいと思ってる」
「なるほど。いよいよ仙火は先頭に立つ決意をしたわけですか。ならば仙火が棟梁となり、楓が右腕となり、そして私がお二方を支える。この形が良いでしょう」
 さくらはそう言うと、ひとり納得して頷く。楓は首を振った。
「さっき言ったじゃないか。僕は仙火の背中を守る。仙火の隣は君の方が相応しいよ」
 それが楓の本心だった。嫉妬に駆られても、それを押さえつけるだけの理性が彼女にはあるのだ。しかし、さくらはむっと眉を寄せる。彼女がムキになった時の顔だ。
「そんな事ありません。二人が並び立った時ほど、戦場が華やぐことはないのですよ」
「何を言ってるんだよ。華やぐとか華やがないとか言う問題じゃ」
 立ち位置で争い合う二人。パフェの残りを口にしながら見守っていた仙火は、やがて耐え切れずに分け入る。
「おいおい、そこで睨み合ってどうするんだよ。ここは、楓は俺の右の翼、さくらは俺の左の翼って事で――」
「はぁ?」
 仙火が冗談めかして言うと、さくらと楓が一斉に爛々とした眼光を仙火へ向ける。仙火は思わず息を呑み、その眼を外へ泳がせた。
「いや、冗談だろ……」
 やっぱり最近の二人は何処かがおかしい。仙火はぼんやり思うのだった。

●人と人とが綴る糸
 何だかんだで三人が三矢の訓示に倣って団結を誓い合ってからしばらくしたある日、さくらは前庭で狙撃銃を膝撃ちの姿勢で構えていた。引き金を引いて放った銃弾は、三間半先の的をぶち抜いた。
「精が出るな」
 そこへ仙火がふらりとやってくる。銃を担いださくらは、撃ち方を解いて立ち上がる。
「ええ。素振りしないと剣が鈍るのと同じで、きっちり撃たないと銃の腕も鈍りますから」
「お前は剣も銃も同時に使って戦ってるが……誰に習ったんだ? “うち”じゃないだろ。母さんは銃を触りたがらないし、父さんは興味はあるみたいだが、特別使う意味も見出してないしな。そっちも似たようなもんだろ」
 さくらはこくりと頷いた。
「そうですね。父さんは使った事があるようでしたが、やはり本腰を入れて使っていたわけではないですし。私の師は、マークスマンライフル一丁で近接戦までこなしてしまう方でしたので。……このスタイルを確立するうえで参考にしたのは、葵の叔母です」
「葵の叔母?」
 澪河 葵(lz0067)、さくらの先輩にして楓の友人。仙火は彼女の姿を思い浮かべる。
「そう言えば、葵も剣と銃を併せて戦ってたか」
「私達が物心つく時には既に現役を退いていましたが、それでもたまに手合わせしてくれたのです。彼女の銃と剣を状況に応じ使い分ける戦い方は、私にとって一つのヒントになったのです。父の教えと、『鉄の女』と謳われたマークスマンの教えを、私の中でいかに融け合わせるか」
「タロットの話といい、その話といい、お前にはたくさんの先達がいるんだな」
「ええ。仙火との宿縁だけではありません。様々な人の想いを継いで、私は今此処にいます」
「そうか。……俺も、いろんな奴からいろんな事を学んでいかねえとな」
「それをお勧めしますよ」
 彼女は銃を構えると、再び的に一発当てた。ほっと息を吐き、さくらは仙火に振り返る。
「……私の師は『アハトアハト』と呼ばれる戦技を効果的に使いこなす事で勇名を馳せましたが、この世界でもそれをようやく再現できそうなのです。……しかし、まだ名前を決めていなくて。それにふさわしい名前を」
「『鉄の女』の戦技なら、そのまま『アイゼンフラウ』なんてどうだ」
「完全にそのままな感じですが……でもそれくらいシンプルな方がいいかもしれませんね」

 そんな二人のやり取りを、楓は廊下の隅に立って見つめていた。それを見ていると、胸の奥をチクリと刺されたような気分になる。
(……やっぱり、よく似合っているね)
 さくらは良い子だ。彼女を友として好いているだけに、二人の仲睦まじい姿を見るのが少し辛い。もちろん、道を突き進み始めた仙火に“そういう”つもりは全くないのだろうが。
 息を詰めて嫉妬心を己の胸の内に収めると、楓は笑みを作って二人の下へ歩み寄っていく。
「やあさくら、面白そうな話をしているじゃないか。僕も混ぜておくれよ」



 三人は一束の矢となって歩み始めた。彼らは手を取り合い、この先の戦線を力強く戦い抜くことを誓ったのである。
 一方、その恋路は複雑だ。その道の行き着く先は、まだだれにも分からない。



 おわり



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 不知火 仙火(la2785)
 不知火 楓(la2790)
 日暮 さくら(la2809)
 澪河 葵(lz0067)

●ライター通信
 いつもお世話になっておりました。影絵企鵝です。最後のノベル納品となります。満足いただける出来になっていれば幸いです。勝手にあの子とのつながりも付けてしまいましたが、どうかお許しいただければ。スキル名案は『Koenigstiger』とかも考えましたが、結局シンプルにしました。参考にしていただければ幸いです。
 では。御発注いただきまして本当にありがとうございました。


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2020年03月27日

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