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『天使の分け前』
ファルス・ティレイラ3733

 見慣れた倉庫なのに、あと10メートルが果てしない……。
 私――ファルス・ティレイラ(3733)は口を閉じたまま、すごく慎重にげんなりしたわけですよ。
 今の私、真の姿(竜)なんですけど、両手っていうか前肢は塞がってます。木樽をうやうやしく捧げ持ってて。
 ちなみに樽の中身は魔法薬で、お値段はリットルあたり数百円くらい。ええ、お安いでしょう? でも、それは今このときのお値段で、ちゃんと熟成させられたらお値段数十万倍になりますから!
 ……そうなんです。熟成がねぇ、難しいんですよぉ。
 素材自体はありふれたものばっかりなのに、なぜか混ぜ合わせるとニトログリセリンより不安定な代物になっちゃうんです。なのに木樽で3年以上熟成させないと薬効がちゃんと発揮できないですし、それより困るのは――
「寄ってきたら燃やしますよ」
 牙を見せて威嚇した途端、ぴゅーっと影に逃げてく小さな影、影、影。
 ――妖精さんの大好物なんですよね。猫のみなさんがマタタビとかキメるみたいに、妖精さんはこの薬キメたがるわけです。
 それに妖精さんっていたずらも好きじゃないですか。燃えるらしいですよ、倉庫番の目盗んでお宝ゲットだぜーって。
 で。さっきからこう、なんだかよくわかんない通信木(字まちがいじゃないですよ)で情報交換しながらスニーキングしたり、体のサイズに合わせてわざわざ作ったダンボール箱かぶって匍匐前進してきたりっていう感じでして……
「はいそこ見つけました」
 斥候役の妖精さんのお尻を爪の先から飛ばした熱線でつついて追い払って、私は慎重にもう1歩、進みました。
 ちゃんと後肢の裏に火魔法でスパイク発生させてますから、妖精さんの足滑らせトラップ――魔法で摩擦力を極限まで減らしたバナナの皮――も怖くありません。問題はむしろ、トラップに重ねがけされた魔法解除術式のほうです。でもここで面倒臭がると次のトラップでやられちゃいますから、私はすぐに新しいスパイクを生み出しました。
 ……コード“パープル”、スライドバナナトラップ突破! アルファよりデルタへ緊急要請! ブラボー、チャーリーと連動して弾幕張るぞ!
 キーキー言い合ってる声、丸聞こえです。まあ、妖精さんには遊びですからねぇ。こっちはこっちで普段お世話になってますから、あんまり酷いことできませんし。
「でも、これくらいは正当防衛ですよ」
 突撃銃仕様の豆鉄砲撃ちながらわーわー攻めてくる妖精さんたちに、さっきより強めの熱線を撃ち込みました。
 焦げ焦げな黒アフロわさわささせて転進転進ーとか言いながら逃げてく小さな背中を見送って、私はさらに1歩分進みます。
 あーもー! あと10樽運ばなくちゃいけないのに、これじゃあ夕暮れ過ぎても終わらないじゃないですか!
「あとで分け前あげますから、ちょっと待っててもらえません?」
 これはこの倉庫を含めた魔法薬屋のオーナーで、私の雇用主兼魔法の師匠な“お姉様”に認められてること。どうせ邪魔が入るだろうから、ひと樽はあげてしまってもいいって。
 でも。
 与えられるだけの人生に意味なんかねぇー! 楽しく激しくがオレらのヒューマニズムぅ! 続けようぜピリッピリのデスいゲームをよー!
 えっと、妖精さん? あなたたち人間じゃないですし、手段が目的になってますよ?
 とりあえず全員アフロにしてあげといて、私はできるだけ作業を急ぐことにしました。樽の安置場所はお姉様が編んだ封印術式で守られてるので、そこに全部押し込んじゃえば私の勝ちです! 妖精さんの邪魔なんて全部蹴散らして、私はやり遂げてみせますから!

 包囲網を敷く妖精さんは完全無視。私は火魔法まとわせた竜翼をはためかせて牽制しつつ、両手で抱えた樽を運びます。
 残り9樽、大きさも重さも竜にとってはなんの問題にもなりません。そして問題であるところの妖精さんは出力高めの火で抑えておいて、いざってなったらアフロをパンチに変えてあげる構えです。
 完璧。うん、完璧ですね私。お姉様、あなたの弟子はちゃーんと日々成長してますよー。
 と。妖精さんたちがちぇすとーちぇすとー言い始めました。確か、日本のサツマって土地に伝わる剣術の気合、でしたっけ?
 私は傾げた首をまっすぐ戻して歩き始めました。歩数をカットできるように大股で、ただしすり足で揺らさないように。妖精さんの突撃を、もう少し出力上げた火魔法で抑えつつ。火が燃える音はちょっとうるさいですけど、視覚的効果って大事ですからね。
    と 。妖精さんの気合、聞こえません。
   すとー。はいはい聞こえませんよー。
 ち すと 。あれ? 音が大きくなったわけでも火魔法が弱くなったわけでもないのに。
 ちぇすとー。え? んん? ちょっと待ってください。もしかしてこれって――
 ち ぇ す と ー !
 妖精さんの腹式呼吸からの圧縮魔法詠唱が私の火魔法を吹き飛ばして。
 私の手の中にあった樽の栓が、シャンパンのコルクみたいにぽぽぽーんとぶっ飛びました!
 迸る魔法薬が一気に私をびしゃびしゃに濡らします。でも、どうしてこんな!?
 焦る頭の中で、お姉様から叩き込まれた知識が解説を開始します。

 この魔法薬は不安定なので、置いとくだけでも少しずつ蒸発して空気中に飛散します。天使の分け前ってやつですね。それを完全に封じようとすると内圧で大爆発しちゃうので、あえて“呼吸”ができる木樽に詰めるわけです。
 妖精さんはその蒸発して漂ってる薬を爆発させて、樽の中でいちばん薬が濃く染み出してる栓に誘爆させたってことです。

 って、こんなこと考えてる場合じゃないです! 熟成前の薬ってどんな副作用があるんでしたっけ――と、思い出す暇もありませんでした。
 この薬の粒子は細胞より小さいので、あっさり細胞の間に入り込みます。そして体温で乾くと、石みたいに硬くなるんです。
 表面が固められただけなら火で燃やせばいいですけど、内側に食い込まれたらもうどうにもできません。振り上げたまま前肢はカチカチに固まって、わたわたしたまま後肢も固まって……あわてた表情もそのまま固まりました。もう、舌打ちどころかしくじりを後悔して奥歯を噛み締めたりもできません。
 そんな私の足下で、妖精さんたちはグルー(接着剤)パーティーキメるぜーとか大騒ぎです。それ以上やべーこと言ったら自主規制パーティーですからね!
 だからそんな場合じゃないですってば!
 内側が固まったら次は外側。竜になってる今、皮膚呼吸の心配はないですけど、体表を覆ってるはずの魔力の流れが阻害されて、抵抗力が奪われて……ますます硬化が加速して……
 こうなると思わずにいられませんね。
 次は思考までちゃんと固めてください。
 そしたら、倉庫の入口からこっち見てるお姉様のやべー顔にげんなりしなくてよかったはずなので。

 損失を上回るだけの益があったってお姉様はほくほくしてますけど、7日もあのまま置いておかれたあげくあれこれお楽しまれちゃった私の苦しみとか悲しみとか、プライスレスで片づけちゃうの酷くないです?
 それはとにかく、今日こそやりきりますよ。運ばなきゃいけない樽の数は30。妖精さんはすでに作戦を展開してて、お姉様もハンディカメラ構えてますし……タフなミッションになるでしょうけど、やらなきゃ私がいろいろされちゃいますからね!


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年03月27日

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