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『邂逅し開口し続ければ、いつか、幸せな懐古の記憶に変わる。』
鬼塚 小毬ka5959)&鬼塚 陸ka0038

 目覚ましも兼ねている時計へと視線を向けてみる。
「そろそろですわね。……ですわよね?」
 その台詞は既に十数回を超えている。しかしこの場には誰も聞く者が居ない為、言葉を発した本人である鬼塚 小毬(ka5959)は更にその回数を増やし続けている。
 視線は時計とオーブンを行ったり来たりしていた。そして小毬自身もドアとオーブンの前を往復している。
 今日という日はタイミングを完璧にしたいと思っているのだ。既に様々な行事を共に過ごしてきた仲で、今では夫でもある鬼塚 陸(ka0038)がもうすぐ帰宅する筈なのだから。
(ここ最近は、帰宅時間もほとんど同じでしたわ?)
 だから、今日もきっと同じ時間だと信じている。
 その時間にあわせて、むしろ少し遅れたタイミングになるようオーブンのスタートボタンを押した小毬である。ほんの少しの時間のずれは、玄関でのやり取りで調節すればいいこともわかっている。
 玄関からリビングに移動する、その距離にしても時間にしても短い間にオーブンが完成の報せを教えてくれるのが、一番完璧なタイミングだろうと思う。
(だって、焼きたてを……完成して一番美味しいタイミングを味わってほしいのですもの)
 だからこそ、その瞬間が一番美味しいと思われるフォンダンショコラを選んだ。チョコレートの香り、甘さ、とろりと溶けるその食感……材料の段階から厳選したそれを、小毬が籠めた気持ちごと味わってほしいから。

 いつもの帰路に、何か変化があったわけじゃない。
 けれど自然と脚が急いたものになるのは仕方ないと思う。
(何で今日に限って引き止められるかなあ!)
 陸は早く帰りたいオーラを思いきりふりまいていたはずだ。だからこそ周囲からちょっかいをかけられた訳なのだけれど、その事実に気付く余裕があるかと言われると、今の陸にはそれがない。
 何故って、帰路につくと決めた段階で陸の心は小毬の元に向かっている。身体はそれを追いかけていくだけなのだから、周囲に構う気はないのである。
 それでも人付き合いは大事だと知っているから最低限の受け答えはして、急ぎの話じゃないことを確認してから出たのだけれど。結局、陸の背を見送る彼等の視線が微笑ましそうに、あるいはニヤニヤと、総じて悪戯めいた空気を纏っていた事には気づかなかった。
 時間を確認すればやはりいつもより少し遅い。だから陸は走る。いつだって最短経路を通って帰るのは当たり前で、いつもの時間に帰宅するには走る以外の選択肢がない。
(早く帰ろうと思ってたのに!)
 今日という日はいつもより長く小毬の傍に居たい。色々と料理を頑張るようになった彼女は、妻となってからさらにその腕前を挙げたように思う。伴侶としてのひいき目を抜きにして美味いと思うし自慢はするけれど、誰かに振る舞うほどの度量はない。もしも残るほどの量が出来あがったとしても自分が食べる。
 そんな小毬はきっと、いや間違いなく、チョコレートを用意してくれているはずだから。

((初めて過ごす、本気のバレンタインデーだから))

(早く君と)
(貴方と)

((この大切な記念日を、共に))

 ドアの前に辿り着いて、深呼吸。これくらいで汗をかくほどやわな鍛え方はしていないし、そもそも夫婦そろって一線級の覚醒者なわけだけれど。少しばかり息が上がってしまったことは仕方ないと思う。時計はいつもの時間を示していて、早く帰るという自分に課したミッションの失敗を告げている。
(驚かせたかったんだけどなあ)
 朝のやり取りを思い出す。送り出してくれる際に、帰宅時間を聞いてくれた小毬の仕草はとても可愛らしかった。
「き、今日は! ……いつも通りのお帰り、ですわよね?」
 普段はそんなこと聞いてこない。むしろいつも通り同じ時間に帰るように努めているのは陸の方だ。
 それは小毬もわかっている筈で、陸も敢えて言っては来なかった。けれど敢えて聞くその理由が何なのか、やはりお互いに分かっていた筈で。
 聞いたことによる恥じらいと、けれど聞いたことで自分がもたらす答えに対する期待。二つが混ざりあったその赤の瞳をどれだけ見つめて居たいと思った事か。
(もうね、仕事放り出したいと思ったよね?)
 呼吸は落ち着いてきた。これから後のことを考えると別の意味で盛り上がろうとはしているが、それはいつものことなので問題ない。
(それでも仕事に行った僕はえらい、褒めてもらおう)

 ただいまを伝えたら、君との時間。

 帰宅を知らせる足音が聞こえてくる。
 陸は足音を殺さずにいてくれるから、玄関の向こうの気配はすぐにわかる。時間からしても夫であることは間違いようがなく、なにより小毬は陸の足運びを、その気配をちゃんと覚えている。それが後に日課の占いで陸ばかりを追うような事態にも繋がっていくことを、今の小毬は知らないけれど。
(……おかしいですわね?)
 首を傾げるのは少し急いだリズムと気付いたからだ。ちらりとオーブンを振り返れば残り時間も丁度よい頃合い。ならばこそ、いつも通りに玄関のドアを開けようと歩いていく。
 この部屋のチャイムは、この夫婦間でまともに使われた試しがなかった。鍵はお互いに持っているけれど、相手が先に部屋に居る場合、鍵を取り出す習慣が不要だった。
 いつも通りにドアの向こうで待っているだろう陸の為に微笑みを浮かべる。小毬が共に暮らすようになってから増えた、壁にかけた鏡をちらりと見て乱れを軽く確認する。
(何度も見てしまいましたから、今更ですわね?)

 おかえりを伝えたら、貴方との時間。

 二人を隔てていた玄関のドアが開いて、冬の気配を残す空気と、甘い香りに満ちた空気が混じり合う。
「おかえりなさい、今日はお疲れのリクさんにご褒美がございますのよ?」
「ただいま、今日もぴったりだね、流石僕のマリ」
「もう、その言葉ほんとにお好きですわね?」
「そりゃあね、何度だって可愛い奥さんが僕のだってことを主張できるからね」
「……っ」
「僕の帰りを待つ手間を惜しまずに、こうして出迎えてくれる奥さんを労う意味もあるからね」
「なっ」
「それにやっぱり可愛いし褒めたいし、僕の気持ちも込められて言うことなしじゃない?」
「……も、もういいですわ」
「うん、満足してくれた?」
「不満になるわけ、ありませんわ……」
「満足したかどうかを聞いたんだけどなー?」
「もうっ、リクさんってば!」
 いつもならすぐに陸を迎え入れて上着を脱ぐ手伝いをする小毬が、真っ赤になりながらもまだ陸の正面に立っている。
 互いに靴は脱いでいるけれど、移動が始まらないのが少しばかりいつもと違う。
 小毬はタイミングを計っていて、陸はわかった上でからかっているのだ。
「ええと……リクさん、走っていらっしゃいましたの?」
「んー? それって聞いて後悔しない?」
「えっ?」
「どうしてこんなに甘ーい香りが充満しているのか、ご褒美って言葉を使ってまで秘密にしていた正体を、僕がはっきり口にしちゃってもいいってことだよね?」
「……せっ! せっかくの……!」
「うん、せっかくの?」
「っ! 誘導尋問ですわっ!」
「そうだよ?」
「だっ……!」
「マリ?」
 慌てて口元を抑える小毬は、そのまま深呼吸数度繰り返す。
 その様子も見逃さないように陸はずっと見つめているわけで、小毬の顔色が更に火照った朱に変わるのは必然。
 肩を上下させてまで整えた呼吸に背を押されるように、小毬が陸の首元に手を伸ばせば、今度は陸が見つめられる側になった。
「……ひとまず、お寛ぎなさいませ」
「勿論そうするけど?」
「ネクタイが緩むほど慌てて帰ってきてくださった旦那様ですものね」
「ん、そんなにだった?」
「ええ、こうしてすぐに解けるくらいには」
「走ったのもばれてたもんね」
「……リクさんが」
「うん」
「……急いで帰って来てくださったのが嬉しい、なんて。少しおかしいかしら」
「僕のマリはいじらしくて可愛いね」
「ネクタイ、解いた後でよかったですわね?」
「わー、僕のマリは鬼嫁でもあったかな?」

「さあ召し上がれ、と言いたいところなのですけれど……?」
 オーブンは完成の合図をとうに伝えていた。だから出来上がりのお披露目をしようと台所に向かおうとしたのに。
「うん、そうなんだけどさあ」
 陸の腕が小毬の腰に回っているせいで離れられそうにない。
「早くしないと、焼きたての、一番美味しいタイミングを逃してしまいますわよ?」
 フォンダンショコラだけではいけないと、盛付けの為の準備だってしておいたのだ。最後に焼きたてを置けばすぐに完成するように、いくつかのソースや果物を用意して、お皿を綺麗に飾り立てておいた。ホイップしたクリームが暖房で溶けて形が崩れないように、果物の鮮度が落ちないように、今は冷蔵庫にしまってあるけれど。
 大切な言葉は勿論直接言葉にするけれど、お互いにとって大切な流星の模様や、想いを示すハートマークを集めて花の形を描いたけれど、念頭にあったのは去年の盛り合わせプレートだ。
 あの時のやり取りは今も鮮明に思い出せる。お互いにそうだということは、さっきの会話でわかっていた。
(着替えている間に離れてしまうべきでしたわ!?)
 ネクタイや上着を片付ける手伝いは、いつもの習慣になっている。今日はチョコレートの準備があるのだから、少し急げばよかったのだ。
「このままでは、冷めてしまうではありませんか……!」

(でもねえ、これはしょうがないと思うんだよ?)
 口にすべきではない台詞は脳裏に浮かべるだけにしながら、腕の中の小毬を見下ろす。
 折角の計画が台無しだ、と潤む瞳で見上げてくる小毬はずっと甘く香っている。
(これ、自覚無いんだろうなあ)
 玄関のドアが開く前からわかっていた。換気扇の隙間から漂うチョコレートの香りだけでも甘く誘われていた。
 笑顔と、より強く香る甘さに、愛しい小毬の笑顔があって。
 エプロンはいつもと変わらないけれど、もう一方の手にミトンがついたまま。朝の質問と、出迎えの様子で。どれだけ自分のタイミングにあわせようとしていたかもわかるのだけれど。
(その努力と期待に応えなきゃ、とも思うんだよ?)
 ラフな部屋着に着替える間にもさりげなく様子を伺っていれば、エプロンの下に来ている服はリボンが多くて。
「リクさんってば、聞いていますの?」
 睨みつけようとしているのはわかるけれど、全く怖くない。
(ラッピングされたチョコレートってさあ、既に……ねえ?)
 気付いてしまってからは、もう小毬こそが本命のチョコレートにしか見えないのだ。

「聞いてるよ?」
「なら、離してくださいまし、私、最後の仕上げが……」
「ねえマリその前にさ、さっきの言葉」
「はい?」
「今言ってくれる?」
「さっき?」
「さあ召し上がれ、ってやつ」
「どうしてで……リクさん?」
「うん、僕は今言って欲しいんだよね?」
「まだ言っておりませんのに、どうして移動しておりますの? そちらは台所ではありませんわ!?」
「そうだけど、何か問題ある?」
「大ありですわ!?」
「そうかな?」
「そうですわよ!?」
「それで、言ってくれないの?」
「言ったら台所に連れて行ってくれますの?」
「……大丈夫だマリ、チョコレートは全部責任もって僕が美味しくいただくから」
「そうでなくては困りますけれど!」
「ね、だから大丈夫だよ?」
「でも、フォンダンショコラはひとつですわよ?」
「それが関係ある?」
「全部……と、おっしゃいましたわね?」
「うん、全部だね?」
「複数ないと、全部とは言わないと思いますの」
「流石僕のマリは可愛いなあ」
「馬鹿にしておりますの?」
「いいやまったく」
「じゃあどうして……って、ここは……」
「うん、それで、言ってくれない?」
「……」
「……」
「出来立ての、美味しいタイミングで食べていただきたいと思っていましたのよ?」
「そこに応えられない悪い夫を、マリは嫌いになったりする?」
「ずるい聞き方ですわ」
「帰って来てからずっと、目の前に最高のチョコレートが在ったらさあ、目移りするなんて無理だと思わない? 僕の期待とときめきを向けるしかないって奴だよね」
「私が気の毒とは思いませんの?」
「……今、この抱きあげてる状態から降ろしたら。マリは跳ねて逃げてしまう?」
「いいえ」
「マリの手作りチョコレートは、二番目なんだ」
「……なら、仕方ありませんわね……」

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【鬼塚 小毬/女/19歳/玉符術師/温め直すとほんの少しだけ、味が落ちてしまいますのよ!】
【鬼塚 陸/男/21歳/守護機師/どれだけ経っても冷めるはずがないし、構わないと思うよ?】

『COLORFULL PARTY』
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2020年03月27日

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