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『魔の迸炎』
水嶋・琴美8036

 この器までもを出すこととなったか。
 グリフォンの頭部から這い出した魔道師は、地を割って顕われたものの内へ我が身を飲み込ませた。
 タングステン鱗まといし四つ足型ゴーレム。
 その姿は、数多のおとぎ話で最強存在として語られるドラゴンそのものであった。

 タングステン。魔法的な説得力という点から見るなら硬さよりも融点でしょうか。
 這い出しくるドラゴンを見やり、水嶋・琴美(8036)はさらに分析を進めていく。
 金属の内でも最高位の融点(摂氏3410度)を備えるタングステンで造られたドラゴン。こうなればその能力もおのずと知れる。炎だ。
 が、予測できたとて、吐き出されるファイヤブレスをかわすことは難しい。ブレスを吐く間も、ドラゴンの首は回避した琴美へ追いすがってくるからだ。
 彼女が投じた棒手裏剣を数瞬で赤熱した液溜まりへ変えるブレスの温度は、それこそ数千度に達しているだろう。装備で鎧っていたとて、不用意に近寄れば熱波だけで灼き尽くされる。
 そして。
 ドラゴンを包むタングステンの鱗は、体内から染み出した魔力を燃料に燃え立っていた。これではグリフォン戦のように背へ降り立つこともできない。
 それでも琴美は炎をくぐって四肢へ苦無を打ち込み、斬りつけたが……彼女の全力をもってしても、太い肢をわずかにも傷つけることはかなわなかった。
 火花ならぬ弾炎で炙られたグローブが発火するより迅く、数十メートルも退いた琴美は、肺を焼かれぬよう止めていた息を吹き抜く。硬さも相当なものですか。
 踏み出したドラゴンが前肢の鉤爪を振り上げ、振り下ろす。裂けた空気が烈風を為し、高熱を伴って琴美へ襲い来た。
 上体を振り込んだ遠心力でステッピング、円軌道を描き、琴美は大きくこれを避ける。
 これはままなりませんね。
 彼女の心は震えるどころか奮えていた。騎士でも冒険者でもない自分が、ストーンゴーレムとグリフォンに続いて竜退治までもを演じられることに。

 数十メートルの距離を保ってドラゴンのファイヤブレスを避け、駆ける。
 グリフォン戦のようにワイヤーを張ることもしていない。ワイヤー自体が1秒保たすに溶かされるのはもちろん、これまで彼女を勝利させてきた震動もまた、炎熱を弾けないからだ。
 対してドラゴンはブレスの内にファイヤボールを織り交ぜる。ブレスとして吐き出す魔力を口中で一度溜め、塊として吐きつけるのだが、着弾点で大きく爆ぜるこの攻撃は、敵にさらなる回避を要求した。
 爆風に煽られて転がる琴美。その下のアスファルトはぐずぐずに砕けており、さらに熱っせられて酷くべたついている。衣装に貼りついて穴を空けられぬよう、自ら回転を加えて加速した彼女は、足を取られぬよう意識して立ち上がった。
 足場は最悪。避け続けることも困難ですが、下手に近づいたところでブレスか鉤爪で裂かれるだけ。ドラゴン殺しが賞賛されるにはそれだけの理由があればこそですね。
 あらためて思い、琴美は大きく息を吸い込んだ。熱気をはらんだ空気は肺をじわりと痛めつけるが、ここからしばらく、呼吸を止めておく必要がある。きしむ肺をなだめて限界まで吸い込んで――ドラゴンへと踏み出した。
 途端にファイヤボールが彼女の先を塞ぐ。
 琴美は軌道を大きく横へずらしてなお向かい続け。
 合わせて体を巡らせたドラゴンは火弾を吐く。
 ちょうど180度までドラゴンの体が回ったところで、琴美はこれまで開いていた距離を半分以上縮めていた。
 ファイヤボールは溜めが必要な分、中近距離で使うには適さない。ドラゴンは速やかにブレス攻撃へと切り替え、顎を左右へ振り込み、琴美を追い散らした。
 後方宙返りを重ねて一気に距離を開き、琴美は口の端を吊り上げる。
「わかりました。次で終わらせましょう」

 いいハッタリをかましてくれる。
 ドラゴンの耳目を介して琴美の笑みと言葉を受け取った魔道師は一笑した。
 このドラゴン型ゴーレムは、無補給でもあと48時間は継続稼働が可能。なにを惜しむことなく敵を攻め続け、灼き尽くすことができる。
 そして、いかなあの女であれ、間合を問わぬこの器を崩すことは不可能だ。
 せめてもの情けよ。おまえが後悔するより早く蒸発させてやろう。

 琴美は顎を開いたドラゴンへ歩み寄る。
 それを真っ向から塞ぐファイヤボール。
 彼女は瞬時に加速、解けた砂利の上をスライディングで滑り抜けた。
 それにより、彼女の背後十数メートルでファイヤボールは爆ぜ――琴美が両手で拡げ、足で踏みつけて引き伸ばした上衣を叩きつけた。
 衣は数瞬で燃え散ったが、インナースーツ姿となった琴美は“帆”で受けた爆圧に乗って跳んでいた。一度として足をつくことなく、竜の眼前にまで。
 計っていたのだ。ドラゴンがブレスに切り替えず、ファイヤボールを吐いてくれる限界距離を。
 贄に捧げた衣が弾みをつけられるだけの間保ってくれるかはひとつの賭けだったが、それに勝てたことを、特務統合機動課の装備に関わる需品科ナンバーレス中隊へ感謝しよう。

 突如眼前にまで迫った琴美を、ドラゴンは鉤爪で打ち落としにかかる。その間に顎を開き、ファイヤブレスを――
 おとぎ話で学んでいなかったようですね、ドラゴン殺しの方法を。
 燃え立つ爪先を苦無の腹で滑らせ、縮めていた体を伸ばし。
 今まさに炎を吐こうとしていたドラゴンの顎の内へ、構えた苦無の先から突っ込んだ。
 ドラゴン殺しの方法は決まっている。ドラゴンが炎を吐くより先に馬を駆って突撃し、鱗の守りなき顎の内へランスを突き込むことだ。琴美は自らをランスに見立て、それを為した。
 いかなゴーレムとて、複雑な魔力回路を備えた口中を守る装甲はない。
 苦無で突き裂かれた顎は炎吐く術を失くし、闇雲に振り回されるばかり。
 と、竜体の奥に隠されていた魔道師は、ひやりとした空気に頬をなぜられてすくみあがる。
 自らを鎧っていた竜体が内から裂かれ、大きく破れていた。そして。
 視界に開けた夜空を人型に切り取る影は、魔道師を見下ろし言ったものだ。
「まだ器は残っていますか?」
 まだ? この女は、まだ闘うつもりなのか。世界を相手取れるだけの力を注ぎ込んだはずのゴーレムを3体潰しておいて、まだ闘える気力と体力を残していると?
「今夜は私を絞り尽くせるかと期待していたのですが」
 つまらない顔を傾げた琴美は、苦無を魔道師の喉元へあてがい、引き斬った。

 絶望の闇底へ沈みゆく魔道師……その色を失いゆく瞳の中に、彼女は垣間見る。
 すべての技を弾かれ、業をいなされ、四肢の先から刻まれ、蠢くばかりの塊へ変えられた自分。
 自らのワイヤーでくびられた喉はなにを乞うことも赦されず、眼を逸らすこともかなわない。
 ひ。かろうじて漏れ出した悲鳴は、たった今削ぎ落とされた耳に引っかかることなく中空へ消えた。
 死線から足を踏み外すなど夢にも思っていなかったからこその、呆然。
 その間にも、切っ先はもう一方の耳を落とし、眼を潰す。
 聞こえず、見えず、喉に食い込む刃のひやりとした熱が感じられるばかりとなった体は、浅ましくその苦痛へすがりついた。そう、虚無へ墜ちることがたまらないほど恐しくて。
 ああ、これが私の――
 暗転。

 我を取り戻した琴美は魔道師の骸から目を外し。
「それ以上を思うのは、それが訪れたときに」
 あたたかな夜闇の内へ溶け消えた。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年03月31日

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