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『ブルースターは遠方に咲く』
瀧澤・直生8946

 瀧澤・直生(8946)の手が、慣れた手付きでワイヤーをいじる。切り分けられた花と葉を丁寧にワイヤーで束ね、彼はバラバラだったそれらをウェディングブーケという愛らしい形に変えていった。
 結婚式にまつわる縁起の良いジンクスというものは、いくつかある。花嫁が青いものを持つと幸せになれるというのも、そのジンクスの内の一つだ。
 そのため、直生の手により小さな花畑になっていく花の中には、一輪だけ青い花が混ざっていた。
 他の種類の花とのバランスを見ながら調整した結果、美しい色の並びになったブーケの中に堂々と佇むその青い花は、このブーケを注文してきた者の幸せを願う気持ちが込められている。
(にしても、今週に入ってから急に客が増えたな。その影響か、ウェディングブーケの注文も多いし)
 花屋である彼がこうやってブーケを制作するのは、何も珍しい事ではない。しかし、青年はどこか不思議そうに首を傾げた。
 ジューンブライドでもない時期だというのに、何故か近頃ウェディングブーケの注文が相次いでいるのだ。

 急に増えた注文に少しだけ違和感を感じつつもいつも通り仕事をこなしていた直生が、常連客にこの花屋が「素敵なウェディングブーケを制作してくれる今話題の花屋」として注目を浴びている事を教えてもらったのは、その日の午後の事であった。
 なんでも、先日ネットに直生が制作したブーケの写真を載せた者がおり、巷で話題になっているのだという。
 寝耳に水というか、客が増えているのは他の店員のおかげであり、自分のブーケが目当てだったとは思ってもいなかった直生は、驚いて一瞬作業の手を止めてしまった。
 動揺するあまり「何それ知らねぇ」と思わず口から飛び出しかけた素の言葉を慌てて喉の奥へと引っ込めた直生に、客は件の写真の映った画面を見せてくる。
 直生の眼前に掲げられた画面の中で、新郎新婦らしき男女が幸せそうに微笑んでいた。その花嫁の手の中には、たしかに、直生が先日制作したブーケが在る。
(このブーケ、覚えてんな。お客さんが常連の人で俺の事を知っていたせいか、デザインも花選びも全部俺のセンスに任せるって言ってきたやつだ)
 普段その客が好んで買っていく花を思い出しながら気に入りそうな花を選んだり、教えてもらった式場やドレスに合うブーケの形を考えていた時の事を、直生は思い出す。
 客の理想から外れてしまう事を危惧し、せめて大まかな要望だけでも聞こうとした直生だったが、絶対にお任せでと頼み込まれてしまい断る事が出来ずに結局引き受けてしまったのだった。
 一生に一度であろう大切な日に、花嫁が手に持つブーケ。
 全て自分のセンスでそれを制作するのなら、その日きっと世界中の誰よりも幸せであるはずの者達の笑顔に見合うくらい、美しいものを作りたい。
 そう考え試行錯誤した直生の思いの結果を、まさかこういった形で知れるとは思っていなかった。
「よかった。幸せそうだな」
 今度は、思わず零れ落ちた言葉を喉の奥に押し込める事は叶わなかった。目の前にある画面の中の二人を見て、直生は安堵の笑みを浮かべる。
 自分の作ったブーケは、無事花嫁達にとって何よりも大切な日を彩る事が出来たのだ。

 ◆

 それから、数日が経った。相次いでいたウェディングブーケの注文も少し落ち着き、店はいつも通り(といっても、店員達目当ての常連客が多く普段からして結構店は賑わっているのだが)の平穏を取り戻しつつあった。
「結婚、か」
 雑務を行いながら、不意に直生はその二文字へと思考を沈ませる。
 時々、直生自身は結婚について考えたりはしていないのか、とか、恋人は作らないのか、と、友人や客に聞かれる事がある。
 だが、昔は本気で思い合っているわけでもないのに友人に紹介された女性と付き合ったりした事もあったが、今はあの頃のように刹那的な付き合いをする気は直生にはない。
 今でも友人に女の子を紹介される事はあるが、整った顔立ちのせいか直生の見た目しか見ていないような相手が多く対応に困っていた。直生の内面など恐らく二の次であろうに、気に入られたくてご機嫌取りのようなアピールをされたり、無理に話を合わせようとしてこられるのは、どうにも苦手だ。
(どっちかっていうと、俺に臆せず向かってくるようなヤツが好みだな)
 自分と対等に意見を言い合う事が出来るような気の強い女でなくては、自分は今後付き合う事はないのではないか、と直生は思う。
 仕事がら結婚という二文字に関わる機会は多い直生だが、自分自身の結婚は今はまだ縁遠い話であった。

 直生は、先日見せてもらった新郎新婦の写真を脳裏に思い浮かべる。彼の作った小さな花畑を手に、幸せそうに微笑む二人の姿を。
 ブーケを頼みに来る客は、いつだって幸せに満ちた笑みを浮かべている。昔やんちゃしていた頃の友人の内の一人も、先日結婚し当時の荒れた様子からは想像が出来ない程今は穏やかで幸福な新婚生活を送っているらしい。
(結婚が一つの幸せの形だっつー事は、よく知ってる。でも、やっぱり今の俺には、そういう事を考える気はないな)
 今は恋愛よりも、勉強中の花に関する資格の事とか、注文を受けているブーケのデザインとか、そういった事について考えていたいと直生は思った。
「さて、残りの仕事、さっさと片付けちまうか」
 水と花の入った重いバケツを、持ち上げる。その時、活けられている青い花が目に入った。ブーケを制作する時に使う事も多い、馴染み深い花だ。
 結婚式で花嫁が青いものを持っていると、幸せになれるというジンクスがある。この花は、きっとこれからも色々な人の笑顔を彩ってくれるに違いない。
 そう考え自然と柔らかな笑みを浮かべた直生は、いっそう気合を入れて仕事に励むのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
発注文に書かれていた結婚や恋愛というキーワードを元に、お話を膨らまさせていただきました。
直生さんのお気に召すお話になっていましたら、幸いです……! 何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。またお気が向いた際は、是非よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年04月02日

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