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『灰かぶり小夜曲』
白藤ka3768


 Twinkle Twinkle――



 それは、ガラスの靴が奏でる歌。

 階段を降りてくる音が駆け足でやってくる。
 いや、早足程度だろうか。
 それでも、音の“質”が変わることはない。
 どんな灰かぶりも煌めく舞台に心を踊らせ、一夜の魔法が永遠に続くことを夢見る。

 聖バレンタインデー。

 何処かの国の歴史書から紐解かれた、心優しく悲しい記録。その記録を由来とし、2月14日は恋人の日として語り継がれている。

「大好きな人にチョコ渡す日、なぁ……。ほんまいつからやろ、本気になってしもたんわ」

 年甲斐もなく、というのを言い訳に、意識をし始めて早数年。唇から漏れた独り言は、熱に浮かされた吐息に流されて消える。

 果たして、落ちたのか落とされたのか。

「(……――って、今更なに考えとるんやろ)」

 薄い手の甲をこつんと額に転がす。

 カーテンの隙間から差し込む光。
 薄らと暗い代わり映えのしない天井が、眠気の残った瞼に覆い被さってくる。

「ああもうっ、やめやめぇっ!」

 それを弾くように払った手で鷲掴んだ掛け布団を脇へ退けると、ベッドから勢いよく身体を起こし、伸びをした。

「熱いシャワー浴びて惚気落とそ。今日は朝から仰山クッキー焼かな」

 癖毛と寝癖で乱れた髪を掻き上げる彼女――白藤(ka3768)は、“靴”を脱ぎ捨てるかのように寝間着を床に転がすと、浴室へ向かったのであった。




 空は青天井。
 青く透き通るガラス瓶を幾重にも重ねたような色に、街のバレンタインカラーが相俟ってよく映える。

 赤とピンクのハートの飾り付け。
 綺麗に包装し陳列された美味しそうなチョコレート。
 浮つく心達――。

 白藤は赤ずきんも顔負けの大きなピクニックバスケットを腕に提げ、ブーツの踵を鳴らしながら、悠々と街の坂道を下りてきていた。

「チョコばっかりやと面白いないと思て焼き菓子にしたんは当たりやったな。……しっかし、他に配るんのとは別に分けといてほんまよかったわ」

 孤児院の子供達用に焼いた大量のアイスボックスクッキーの小袋は、あれよあれよという間に“売れ”、底を突いた。

「お返しは今より3倍返しの笑顔でよろしゅう頼むわ♪」

 そうウインクとリクエストを残し、孤児院を後にした白藤は、引き続き、日頃感謝している人達に焼き菓子を配る。

「(うちが毎日貰っとる嬉しい、楽しい仰山の気持ち……うちからも、おおきにって少しでもお返しを出来とるやろうか? 大好きって、伝えられとるやろか?)」

 目に新しい物をと色とりどりにラッピングした菓子。とは言え、菓子なのだから美味しさも大事。友人や悪友、妹、姉、“彼”――大好きな人の好みに合う物をと、白藤なりに試行錯誤を重ねた。けれど、

「ほんま、贈り物っちゅうんは心配事が尽きひんなぁ……まあ、それもまた楽しいんやけど」

 やっぱり、もしかしたら、そんな尾を引く不安も、自然と浮かぶ大切な者達の微笑みが、途端に何でも無いことへと変えてしまう。そう、例えばこんな風に――

「あら、こんな所で何しとんの?」

 とあるアクセサリー店の前に差し掛かった時、店先の脇にある街灯に背中を預け、思い耽るような眼差しで空を見やる友人の姿があった。友人――いや、親交の深いその悪友は、白藤の呼び掛けに、ふ、と、下げた視線を彼女へ移す。途端、海に咲く白光りのような笑顔が白藤の名を呼んだ。
 白藤は、初めて会った時から変わらない気さくな口調で話す彼の隣に慕い寄る。どうやら彼は、これからデートらしい。誰と、など、聞くのも野暮。言わずもがな、でもあるのだが。

 白藤は茶化すのも早々に、

「じゃ、お邪魔虫は退散するわ。あ、これはうちからのバレンタインクッキーっちゅうことで、二人で仲良う摘まんでな♪」

 バスケットから取り出した小袋を彼の掌に乗せると、その場を後にした。



 “彼ら”の幸せそうな声音が、追い風に乗ってきたような気がした。















 時計塔の鐘が正午を告げる頃、白藤はカフェで一息ついていた。
 配り歩いたバスケットの中身は残り一つ。勿論、愛する彼に――ではなく、しかし、愛するという点に関しては何も変わらない。大切な妹へ作ったものだ。今日は朝から隣街の孤児院で曲芸を披露しているようだが、そろそろそのボランティアから帰って来る頃だろう。丁度注文した食事も届いたので、手早く食べて迎えに行ってあげよう。そうしたら彼に会いに――

「(……ちゃうやろ、うち。少しは我慢せな)」

 白藤は形の良い唇の両端を締め付け、鼻から短く息を抜く。

 白藤が一番の大好きを伝えたいのは無論、白亜(kz0237)だ。しかし、白藤と同じように彼を大切に想う人や、彼を愛する人は数多くいる。だから、出来るだけの時間を、出来る限り自分ではなくその人達と過ごして欲しい。

 それが例え、彼女のささやかなエゴだとしても。




 Twinkle Twinkle――



 ランタンに舞う蝶が、ポゥ、と、潤いを帯びた夜の街を羽ばたいていく。
 歩き慣れた大通りを進み、裏路地を抜け、少し歩みを進めれば、今宵もきっと迎えてくれる――。



 小気味よくアパートの扉をノックし、高鳴る鼓動を抑えていると、想っていたよりも早く玄関の扉が開いた。

「――っ」

 長い睫毛を俄に上げた白藤の瞳を、同じような意識を映した瑠璃の双眸が見据えていた。しかし、彼――白亜はその目許をすぐに、ふ、と、穏やかに緩ませる。まるで何処か、安堵したように。

「こんばんは、白藤。来てくれたのか」

 そう微笑みかけてきただけだというのに、白藤の胸はあどけなく高鳴り、同時に締め付けられた。

「待っとってくれたん?」
「言わせるのか?」
「……ちゃうん?」
「全く……。ああ、君に逢いたかった。年甲斐も無く期待していたんだ。今日は君にとって“特別な日”であってくれるのだろうか、と」

 僅かに視線を外し、面映そうに白い歯を覗かせる白亜。
 白藤にしか見せない、白藤だけの表情と言葉に、彼女の口許はどうしようもなく綻ぶ。白藤はそれを隠すように短く顎を引くと、そのまま彼の胸目掛けて玄関に飛び込んだ。

「もう、皆の白亜やなくて……ちょっとでえぇからうちだけの時間、もろてえぇ?」

 後ろで扉が閉まる。

 二人だけの空間に流れる、二人の呼吸。
 重なる鼓動。
 安らかな温もり。

「うちは一番最後でかまへん。けど……白亜が想う一番でおりたいんや」

 ひっそりと呟いた我儘が、彼に寄せる頬の熱に溶けた。
 白藤の背中に回る腕が、優しく、けれど、強く抱き締め返してくる。

「何時でも君は、俺の最愛の女性だ。君が俺との時間を望んでくれているように、俺だって君を独占したいと切望しているんだぞ?」
「……ほんまに?」
「何だ、俺の想いを疑うのか?」
「もう、その返しずっこいわぁ。……HappyValentine、それと……HappyBirthday白亜」

 端麗なその容姿と社交性に富む彼のことだ、色々な人から贈り物やチョコレートを貰っていることだろう。嫉妬の気持ちが全く無いわけではない。けれど、今日という日のこの時間、彼の言葉も笑顔も、心も、全て――

「(うちのもん)」

 だから、これでいい。

「――お茶でも淹れよか。白亜の好きなアイシングクッキー焼いて来たんよ。親友の折り紙付きやで。……さ、一緒に夜更かししようや?」

 そう、今宵は“特別”。





 2月14日――二人の時間に、まだ0時の鐘は鳴らない。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
何時もお世話になっております。愁水です。
大人のバレンタインは甘くてほろ苦いとは聞きますが、そんな甘味を目指した《COLORFUL PARTY》ノベル、お届け致します。

少しずつ字数を削りながら何とか調整致しました。泣きました。
お任せで書かせて頂いたシーンは、白藤さんの“日常”を当方なりに表現してみた次第です。彼女が見ている日常、感じている意識、触れ合っている人達――白藤さんの“世界”と異なっていなければよいのですが。

当方にとっても心弾むご依頼をありがとうございました。
又のご縁を祈り、後書きとさせて頂きます。
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2020年04月02日

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